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48、極楽じゃ




 気が付くと、見た事の無い部屋のベッドの上に私はいた。



 カーテンからは薄っすらとした明かりが洩れ、部屋の全体を朧気に照らしている。


 その広い部屋の中には豪華な調度品や、綺麗な装飾の数々。



 うちの屋敷にも似たような部屋はあるけども、多分ここはうちではない。



 ここは……?



「うっ……」



 部屋をよく確かめようと身体を起こそうとすると、微かな吐き気が襲ってきた。



 な、何これ…?


 何だか凄く喉も乾いてるし、ちょっと頭も痛いような……。




『祥子様、お目覚めでしょうか?』



 現状も分からず混乱している所へ、部屋の外からそんな声が聞こえてきた。



 聞いた事のない女性の声…。


 知らない部屋…。


 そして昨日私は千聖君のパーティーに出席していた…。



 うん、何となく状況が分かってきた。


 ここはあれだね、千聖君の別邸だ。


 どうやら昨日はあのままここに泊まったみたいだね……。



 あれ、全然記憶にない!




「今起きました、どうぞお入りください」



 部屋の外にいる女性にそう声をかけると、一拍置いてから部屋のドアが開かれた。



「失礼いたします」



 そう言いながら、綺麗な所作で部屋の中に入ってきた女性。


 橘家のメイドさんと思われるその人は、未だベッドから出られない私の側まで静かに歩み寄ってきた。



「おはようございます、祥子様」


「おはようございます。えと、貴女は…?」


「申し遅れました。わたくし橘家の使用人の溝口と申します」



 溝口さん、見た目は凄く綺麗で年も若そうだけど、何だか仕草はベテランのような洗練さを感じる。


 さすがは橘家の使用人、教育も行き届いているみたいだった。



「溝口さん…。あの…、あまりよく覚えていないのだけども。どうして私はここに泊まる事になったのかしら?」



 ちょっと躊躇しながら私は溝口さんにそう訊いた。


 

「はい…祥子様は昨夜のパーティーでお酒をお召しになられたようでして。お帰りになるのも困難な様子でしたので、それでこちらでお休み頂きました」


「お、お酒っ!?」


「どうやら間違えて飲んでしまわれたようで…」


「そ、そうでしたか……」



 帰れない様子ってどんなんだったの!?


 ひょっとして大勢の前で醜態晒してたりとか…してた……?



 ちょ、ちょっと、訊くのが怖いんだけど!


 何この恐怖!?


 世の酔っぱらいたちはこんな恐怖を毎朝感じているの…?




 私がそんな身悶えするような恐怖に苛まれていても、溝口さんはマイペースに話を進めてくる。



「祥子様、朝食のご用意もございますが、先に湯浴みをなさいますか?」



 湯浴み……?


 ああ、お風呂ね。



 そういえばお化粧も落としてないのか…。



「そうですね、そうします」


「はい、それでは着替えもご用意いたします」


「ええ、ありがとう」



 なんだかクールな人だな…。


 淡々としているというか…、橘家のメイドさんは皆こんな感じなのかな?




「ではこちらに。ご案内いたします」



 溝口さんそう言うと軽く一礼して片手をドアのほうへと指し示す。



 私はそれに誘われるようにして、その部屋を後にするのだった。













 橘家の別邸には何度か来た記憶があるけども、ここでお風呂に入るのは初めてだ。



 全面大理石で、うちのお風呂に負けず劣らず広々とした浴室。


 ジェットバス機能付きの丸みのある浴槽も、4、5人くらいは余裕で入れる広さ。


 全体的に爽やかな雰囲気で、なんだか良い香りも漂ってくる。




「あ~~、幸せ~~~」



 さっきまでの気持ち悪さも吹っ飛ぶような気持ち良さだ。


 やっぱ二日酔いにはお風呂なのね。


 なんかよくOLさんが言ってるもんね、ドラマとかで。



「あ~~~、極楽じゃ~~~~」



 広いお風呂で誰もいないと何故か言いたくなる、これ。


 どんな深窓の令嬢でもこの時ばかりはオヤジ化する瞬間だ。



 ああ、極楽極楽…。



 こういうお風呂に千聖君と一緒に入るのも良いかもしれないな……。


 体の洗いっことかしてね。


『きゃっ、千聖君そこはっ』とか言ったりして……。



 ……。



 おお、やばい!


 危うく18禁に突入するところだったわ!


 さすがにこれ以上リアルな妄想をするのは無理よ!!



 いかんいかん、令嬢と18禁は真逆の存在なんだからね。


 深く反省せねば。



 コホン…。


 気を取り直して。



「それにしても気持ち良いお風呂だわぁ……」



 こんな気持ち良い湯船に浸かってると、お湯と一体になって溶け込んでしまいそうな感覚がする。



 お湯の中に溶けた私はいずれ頭までとろけていって、意識も無くなっていく。



 そうしていつの間にか何もかも忘れていってしまい……。



 何もかも忘れてしまい……。



 忘れて……。



 …………。



 なんか思い出してきたよ?



 昨日…、千聖君と汐莉さんが会場を抜け出していって……。


 それを追っていったら……。



 そ、そうだ!!



 二人で何か如何わしい会話をしていたんだった!



 あ、あれは何だったの!?


 何をしてた!? 何をしてたんだ、あの二人はぁぁ!?


 隠れて二人で何やってたのぉ!!



 はぁはぁ……。



 いや待て…、まだ分からない。


 何かの間違いという事も……ある。


 でもこれがシナリオに支配された事象だとすると、何かの間違いという可能性は低くなる……。



 ぬぁぁ、どっちなんだよ~!?



 ふぅ……。



 もう直接本人に訊くしか……。


 いや怖くて訊けない……。


 いやでも訊かないと分からない……。


 いやいやでもでも訊くのが怖い……。



 はぁ……。



 小心者な私が憎い……。


 しくしく……。




 そんな感じで、それから暫く浴槽の中で悶々とした時を過ごした。




 ちょっとのぼせ気味になってきたところで、そろそろ出るかと浴槽の中で立ち上がる。


 そして。


 気落ちした気分も洗い流せたらいいのに…。


 そんな事を考えながら浴室を後にした。



 しかし――


 脱衣所に出ると、私はその心地の良い室温に酔いしれる事になった。



 少しひんやりとしていて、のぼせた体になんとも絶妙な快適さ。


 何という事だ。


 さっきまでお風呂に浸かって極楽浄土を感じていたけど、ここは極楽のさらに向こう側。



 ああ、気持ち良い。


 なんか身も心も軽くなった気分。


 色んな悩みが吹き飛ばされるようだわ…。



 ちょっとこのままダンスでも踊ってあげようかしら。



 ああ、いやいや。


 私は裸のままで何を言ってるんだ。


 さっさと出ないと溝口さんが心配して見に来るかもしれないじゃない。


 裸で踊ってるところなんて見られたら、一生溝口さんの顔を見れなくなるよ。


 さっさと服を着てここを出た方が良さそうね。



 そういえば着替えの用意をしてくれてるって言ってたな。


 えと、着替えはどこに……?

 

 ああ、あそこか。



 用意してくれた着替えを発見し、それに手を伸ばそうとした。


 その時――



 ガラッという音と共に脱衣所の扉が開かれたのである。



 私は一瞬、溝口さんが来たのかと思った。


 しかし――


 その扉の向こうにいたのは溝口さんではなく、私がよく知る大好きな人。


 そう、橘千聖その人だった。



 一瞬だけ時が止まる。



 見つめ合う私と千聖君。


 どちらも何が起こったのか分からずに茫然と立ち尽くすだけ。



 そんな永遠にも感じる一瞬の時間が過ぎた後。


 そして時が動き出す。



「す、すまん!!」



 すぐに我に返った千聖君は叫ぶようにそう言うと勢いよくドアを閉めた。



 私は忘れていた。


 ここが橘家の屋敷だという事を。


 さらに私は忘れていた。


 ここが物語の中の世界であるという事を。



 物語の中。


 そう、それはつまり。



 お約束。



 そんな言葉が頭を過った後――



「ふぎゃああああああぁぁぁぁぁ!!!」



 謎の奇声が脱衣所に木霊するのだった。






3章最終話が長くなってしまったので2話に分けます。

続きは後ほど更新しますので、しばしお待ちください\( 'ω')/ 

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