47、もう一つの物語
今回は予告の通り汐莉編です。
そこは私が見た事もない、お伽話の世界のようだった。
お城のような大きな建物に、煌びやかな装飾。
私とは住む世界が違うような豪華な衣装を身に纏った人たち。
その何もかもがいつもの日常とはかけ離れたこの光景、私はそれを見てつくづく実感してしまう。
お金持ち、凄い!
ってね…。
この小学生並みの感想しか出てこないのが、私の語彙力の限界。
いやまあ、そりゃそうなるよ。
こんなのを見せられたら、紫式部だって持ってた筆を叩き折るというもんだね。
それにしても、凄い家だなぁ。
祥子さんの家も凄かったけど、橘君の家もまた凄い。
これで別邸だっていうんだから、堪ったもんじゃない。
そのうち皆をうちに招待して日頃の感謝をって考えてたんだけど、何か気後れしてきたなぁ…。
よし、招待するときは出来るだけ家の中を装飾しとこう。
折り紙とかでね。
「さあ皆さん、パーティーが始まるまではまだ時間がありますからあちらでお飲み物でも頂きましょう」
私たちが感嘆の声を上げていると、祥子さんがそう声を掛けてきた。
さすが祥子さんは私たちとは違う。
颯爽としていて優雅。
それでいてその表情には自信が満ち溢れている。
とても私たちと同じ高校生とは思えないくらい、堂々とした姿だ。
やっぱ凄いなぁ。
ドレスも凄い似合ってるし、何と言うか着こなし感が違うよね。
私が今着てるのは祥子さんに借りたドレスだけど、祥子さんとは何かが違うんだよね…。
祥子さんに貸してもらったドレス。
淡い青色で肩紐の付いたオフショルダーのワンピース。胸元には花柄のレースがあしらわれていて凄く可愛い。
祥子さんは私に似合うと言ってこれを貸してくれたけど、残念ながら私はこういう物に疎いんだよね。
本当に似合ってるのかなぁ……?
うーん、なんか無理に着せられてる感じしないかなぁ…?
……。
ま、いいか。
考えてもしょうがないしね。
祥子さんが似合ってるって言うんだからきっとそうなんだよ、うん。
そうこうしている間に、私たちは浅野さんたちと合流した。
浅野さんも馬場園さんも綺麗なドレスに身を包んでいて、いつもとは雰囲気が全然違う。
やっぱりこの二人も、祥子さんと一緒で凄くこの場に馴染んでいる。
何か、着るものでは補えない何かがあるような、祥子さんたちを見てるとそんな気がするんだよね。
そんな事を考えながら周囲の人達を見渡していると、聞き慣れた音が聴こえてくる。
それは私のお腹の辺り。
地鳴りのような、それでいて愛くるしい音。
そう、それとは私のお腹の虫。
美味しそうなのがいっぱい並んでるから我慢できなくなってしまったか。
分かるよ、うんうん。
まったくしょうがない子だ、この子にはご馳走の刑を与える事にしよう。
よし、そうと決まればいざ行かん!
確かビュッフェ形式って言ってたから、どれでも食べて良いんだよね。
いやあ、それにしても凄いご馳走が並んでるねぇ。
これを全部食べていいとは…。ここは天国なのか!?
うーん、これお母さんと稔にも食べさせてあげたいなぁ…。
実は、タッパーを持っていくって言ったら稔に止められたんだよね。
稔ったら、すっかり体裁を気にする年頃なのかな?
やれやれ、難しい年頃だね。
おっとそんな事よりご馳走の刑のほうが先決だったね。
稔には味の感想だけ教えておけば十分でしょ。タッパーを否定した罰よ。
さて、どれからやっつけて行こうかなぁ。
迷うよねぇ、これだけあると。
あ、これとか、美味しそう……。
はっ!
私一人ではしゃいでた!
こういうのって皆でワイワイしながらやるもんじゃないのかな!? もぐもぐ…。
た、多分そうだよね……、もぐもぐ…、うまっ! 何これ!?
しまった~、またやってしまった~! もぐもぐ…。
す、すぐに…もぐもぐ、皆の所へもどらないと…もぐもぐ! うまっ!!
そう思った私は、急いでお皿に料理を盛ると皆の所へと戻る事にした。
皆の所に戻ろうとして気が付いた。
いつの間にかそこには神楽君がいて、祥子さんと何か楽しそうに話をしている。
お、神楽君。今日はスーツだね。
祥子さんと並んで話してると何かの雑誌のスナップ写真みたいに絵になるなぁ。
いやぁ眼福、眼福。
「神楽君…もぐもぐ。今日は、もぐもぐ…スーツで…もぐ、かっこいいね……もぐもぐ」
私がそう言うと皆の視線が私に集中した。
やっぱり食事を取りに行くのに誘わなかったから怒ってるのかと思ったけど、そうじゃなかった。
どうもまだ食べるタイミングじゃなかったみたいで、その為に皆から奇異な視線を向けられてしまった。
稔から恥かくなよって言われてるのに、さっそく失敗しちゃった…かな……?
でもこういう所のルールってよく分からないんだよなぁ…。
いちいち祥子さんに訊くのも迷惑だし……。
うーん。
ま、いいか。
なるべく大人しくしていよう……もぐもぐ。
☆
橘君の挨拶が終わった後、祥子さんと橘君のダンスを見る事が出来た。
何と言うかもう、凄いものを見た!
何が凄いかは詳しい事は分からないけど、とにかく凄かった。
例えて言うなら、凄い料理に出会った時のようなあの凄い感動と同じ。
いやあ、ロボットダンスくらいしか踊れない私とは雲泥の差だよね。
私が二人のダンスに見惚れていると、あっという間にそれは終了してしまった。
そしてダンスが終わった二人に、会場は割れんばかりの拍手を送った。
私も痛くなるくらい手を叩いていたけど、その音は会場の拍手の中に消えて祥子さんたちの耳には届かない。
こういうのってあれだね。
華やかな王子様とお姫様にそれを眺める町娘が声援を送ってるみたいな。
そんな物語の世界によくあるシチュエーションみたいだよね。
うん、ちょっと面白い構図だ。
そんな拍手が鳴りやまない中、祥子さんは私たちの所へと戻ってきた。
浅野さんや馬場園さんが感想を述べる中、私も興奮しながら二人のダンスを賞賛した。
そしたら私たちが興奮し過ぎたのか、祥子さんは少し戸惑っていた。
踊っているときは自信満々な感じがしたのに、そんな事で戸惑ったりするのが祥子さんの可愛いところだね。
そこからは色んな人が祥子さんの所へやって来る。
橘君のお母さんとかクラスの男の子たち、あと知らない男の子も。
やっぱり祥子さんのところに男の人が集まってくるなぁ。
まぁあれだけ美人なら、これだけモテるのも当たり前か。
でも祥子さんはあまり嬉しそうじゃないみたい。
橘君以外にモテてもしょうがないって感じだね。
そして、祥子さんへのダンスの誘いを勝ち取ったのは神楽君だった。
それはまるで劇的で、急に現れた王子様がお姫様を攫っていくような、そんなロマンティックな光景だった。
まずいよ橘君! 祥子さんが神楽君に!
みたいな事が、お話の世界だったらありそうなシーンだった。
何でもこういう所ではダンスの誘いはパートナーがいても関係無いようで、だから皆ここぞとばかりにアピールしてくるらしい。
今まで遠慮して声を掛けられなかった人も、こういう機会なら気軽にお話できるとかって祥子さんが言っていた。
そんな祥子さんが神楽君と踊りに行くのと入れ違うように、ある人が私たちの下へとやって来た。
その人とは早花咲妃花さん。
隣のクラスの凄く綺麗な女の人で、いつもたくさんの人を引き連れている。
早花咲さん自身が私に話しかけてくる事は無いんだけど、その周りの人達からは私は最近なにかと注意を受ける事が多い。
私がこの世界のルールに疎いせいで、どうも迷惑を掛けているみたいなんだよね…。
その早花咲さんたちがやって来たということは、私は今日も何かやっちゃったんだろうか…?
「これはこれは浅野家のご令嬢様、ご機嫌よう」
いや、早花咲さんが口にしたのは浅野さんの名前だった。
どうやら私が何かしたってわけじゃないみたいだね。
ひょっとして浅野さんが何かやっちゃった!?
「これは早花咲様……」
「あら、浅野様は随分と交友関係の幅が広いようですなぁ」
早花咲さんはそう言いながら私や桜井さんたちを一瞥した。
「クラスメイトですが、それが何か?」
「いえいえ、皆さん仲がよろしいようで羨ましい思いまして」
浅野さんを見据えながら、早花咲さんはくすりと微笑を浮かべる。
「それはどうも。……それで、私たちに何かご用で?」
「祥子さんに挨拶でもと思いましたんやけど、どうやら居らっしゃらへんみたいですなぁ」
「祥子様なら今は場を外されていますが」
浅野さんは、早花咲さんに対して淡々と言葉を返す。
「そのようですなぁ…」
早花咲さんから、ふぅと溜息のようなものが漏れた。
「では祥子様が戻られましたら伝えておきますので――」
「なんや浅野様は強顔いですなぁ。そちらの方たちと同じように、うちらとも仲良うしてくださいな」
その言葉が意外だったのか、浅野さんは少し動揺したような表情を見せる。
「強顔いと言っても、私はいつもこんな感じですが?」
「あら、そうやったんですか――」
浅野さんと早花咲さんのそんなやり取りをしているのを、私は黙って眺めていた。
そんな時だった。
「――あなた、素敵なドレスを着ていますわね」
不意にそんな声が私に投げかけられた。
「え…? あ、どうもありがとう…?」
それは早花咲さんと一緒に私たちの所へやってきた中の一人だった。
「ねぇ、皆さんもそう思いません?」
「あら本当、素敵ですわぁ」
「まあ、こちら誰のデザインですの?」
「うらやましいですわ」
その一人の言葉で他の人達も私の側へと寄ってきた、……私の側へというより祥子さんのドレスにかな?
よく分からないけど、このドレスが彼女たちの琴線に触れたみたいだった。
さすが祥子さんのドレスだね。
いつも厳しい人達が良い雰囲気で私に接してくれている。
でもその雰囲気も、私の一言で一変した。
「あ、いや、これは借り物で。私のじゃないんだけど……」
その一言で、私の所へ集まって来ていた人達の笑顔が一気に冷笑へと変わっていく。
「あーら、そうでしたの。どうりで…」
「まあ借り物ですって」
「ドレス一つ買えないんじゃありません?」
「あら信じられませんわ」
その声は、ひそひそと話しているけどはっきりと私の所まで聞こえてくる。
その彼女たちの言葉を聞いて、ようやく私はまた何かを間違えてしまった事に気が付いた。
私が自爆して一人恥をかくんならいいんだけど。
ただ、今回は私だけじゃない。
一緒に祥子さんからドレスを借りている桜井さんたちまで私のミスに巻き込んでしまう。
どうしよう…。
「ねぇ貴女、このドレスはどなたからお借りになったものなんですの?」
そう言いながら一人がドレスに触れてきた。
「え、えと、これは……」
すると他の人達も――
「あら、よく見たらこの生地、金糸を縫い込んでいますのね」
「まあ本当。目立たないように縫い込んでますわね」
「貴女には少し上品すぎるんじゃありません?」
「ですわよねぇ。もう少し地味なものの方が似合いますわよ」
自分も見せろと言わんばかりに、引っ張るようにして一斉にドレスに触れてくる。
これに焦った私は。
「あ、あの。ごめんなさい、触るのはやめてください」
借りたドレスに何かあってはと、思わずそんな言葉が口から出てしまった。
「まあ、私たちの手が汚いとでも仰るのかしら!?」
「ちょっと橘様と親しくしているからって調子に乗ってるんじゃありませんの!?」
「信じられませんわ!」
し、しまった…。
私はまたやってしまった……。
昔から少し変わってると言われる事はあるけど、どうしてもそれがこの人達を逆なでしてしまうみたい。
「貴女! 何か仰ったらどうなのです!?」
「あ、ご、ごめんなさい! 私そんなつもりで言ったんじゃ無かったんです!」
「じゃあ、どんなつもりだったと言うのです!? 仰ってごらんなさいよ!」
「私たちの顔に泥を塗っておいてただで済むとお思いなの!?」
「そうよそうよ!!」
「え…、えと、あの違うんです。本当にごめんなさい!」
どうしよう…。
何を言っても逆効果になりそうで。
謝る以外に言葉が出てこない……。
どうしたら…、こういう時はどうしたら……。
「謝って済むとお思い――」
そして彼女たちの怒りがさらに膨れ上がろうとしている。
その時だった。
「――葉月?」
その声に彼女たちの声がピタリと止まった。
「あ、橘君…」
その声の方に振り向けば、そこには訝し気な表情を浮かべる橘君がいた。
それは、さっき祥子さんと踊っていた時のような別世界の人といった感じではなく、いつもの学校で接しているときのような馴染みのあるものだった。
「……どうかしたのか?」
その声は不思議なくらい、私を安堵させる。
何だかずっと前から知ってるような、そんな印象を与える声。
橘君の声は、こんなにも人に安心感を与えるものだっただろうか…。
「えと…、別に何も――」
「これは橘様、御用事はもう宜しいのですか?」
「お時間が空きましたのなら是非私と一曲」
「いえいえ、私と」
私の言葉を遮るようにして橘君に話しかける彼女たち。
でも橘君はそれを。
「悪いが、葉月に用があるんだ」
ぞんざいな感じでそう答えていた。
そして――
「あらそうなんですの? 残念ですわぁ」
「ではその用が済んでからで――」
「皆さん、橘様を困らせたらあきませんよ」
そんな彼女たちの言葉もまた、その早花咲さんの声に遮られた。
「妃花様、お話はもう宜しいのですか?」
「ええ、浅野様とも仲良うなれそうで嬉しいですわ」
早花咲さんはそう言いながら橘君の前まで歩を進めてくる。
「橘様、先程は大変失礼をしました」
「いや別に…。それより、ここで何を?」
「祥子さんに挨拶をと思ったんですけど、何やいらっしゃらへんみたいで」
「そうか…。じゃあ、見かけたらそう伝えておくよ」
「ありがとう存じます。ではウチらはこれで」
早花咲さんはそう言って一礼すると、皆を引き連れてこの場を去っていった。
そんな彼女たちを眺めながら、橘君が私に話しかける。
「浮かない顔をしてたが、何かあったのか?」
「ん? ううん、何も無いよ」
「そうか…」
橘君はそう呟くだけだった。
何でも見通してしまいそうな、そんな瞳をこちらに向けながら。
少しだけ沈黙が流れた。
「そ、そうだ。私に用があるって言ってたけど、何だったの?」
「ああ、怜史を見なかったかと思ってな。さっきから探してるんだが見当たらなくて」
「なんだ神楽君か。それだったら祥子さんと――」
その時だった。
プツ、という音がしたような気がしたのと同時。
肩紐が緩んだような感覚と共に、胸の辺りにドレスが下にずれるのを感じた。
「――っ!?」
「きゃっ!」
慌ててドレスを押さえるも、しっかりずり下がった後だった。
ちょっ!?
ええぇ???
ド、ドレスが落ちて……。
うう…、み、見られたーー!!
うわぁ、恥ずかしいぃ!!
何で!? 何がどうなってるの!?
え、ひょっとして肩紐が切れた!?
ど、どどどうしよう、ずっとドレスを押さえてる訳にもいかないし……。
まだこのパーティ続くよね……?
こ、困ったな……。
そうして私が必死にドレスを押さえていると、橘君が素早く動いてくれた。
自分のジャケットを脱いだかと思うと、私にそれを羽織らせる。
そして――
「とりあえず、ここを出るぞ」
そう言って、私をこの会場から連れ出したのだった。
☆
そこは沢山の洋服や和服が掛けられている、このお屋敷の衣裳部屋。
私が今いるのは、その衣裳部屋の試着室。
祥子さんに借りたドレスは肩紐が切れてしまったので、このまま着続けるのは無理と判断した。
それで「替わりのドレスを貸してやる」と、橘君に連れられてこの部屋までやって来たんだけども…。
そこにはずらりと並ぶドレス。
橘君は「好きな物を選べ」と言うけども、私にはそれに圧倒されるだけでどれを選んでいいのやら……。
結局しばらく悩んだあと、適当に何着か持って試着室へと潜り込んだというわけだった。
「橘君、ありがとう」
試着室のカーテンの向こうにいる橘君に向けて、私の口から礼の言葉が漏れる。
「気にするな。別に大した事はしていない」
大した事。
大した事はしてない、か…。
橘君にとっては大した事じゃなくても、私にとってはそうではないんだよね……。
私は、そんな何とも言えない寂しさを感じながら、脱いだドレスに目を遣った。
すると、そこで私の目に飛び込んできたものに私は驚いた。
それは自然に切れたものとは思えないドレスの肩紐部分。
「これ……」
明らかに刃物か何かで切ったような、綺麗なその切り口。
それを見て思わず声が漏れていた。
「……誰かに切られたんだろ」
多分さっき確認したときにこの切り口を見たんだろう、橘君が私の空気を察したかのようにそう言った。
「……このドレスね、祥子さんに借りた物なんだ」
「祥子に…?」
カーテンの向こうから意外そうな声が返ってきた。
「うん、私こういうの持ってないからね。そしたら祥子さんが貸してくれるって…、あっ他の外部の子たちも祥子さんから借りたんだよ」
「そうだったのか…、あいつ何も言ってなかったな。衣装くらいは言ってくれればこっちでも出せたのに」
「いやぁ、そういうのは頼みにくいよ…。とくに橘君みたいな男の子には……」
「どういう意味だよ、それは」
橘君は少し不機嫌な声でそう訊き返す。
「あ、いや別に悪い意味じゃないよ。むしろ褒めてるよ、橘君モテモテだねぇって」
「はぁっ? 何だそりゃっ」
「くすくす。あれれ、自覚なかったのかな?」
「うるさい、変な事を言うな」
照れたような声がカーテン越しに聞こえてくる。
橘君でも照れたりするんだね。
なんだか新鮮だ、ふふふ。
「ごめんごめん。それにしても祥子さん、ほんとに良い人だね。このドレスの事も私を心配して祥子さんから言ってくれたんだよ」
「葉月が危なっかしいから余計に心配してるんじゃないか?」
「あ、ひどーい」
そう言って二人で笑い合うと、そのあと少し沈黙が流れた。
とても静かな部屋。
会場の音などは全く届かないこの部屋では、私が着替える衣擦れの音が妙にうるさく部屋の中で響いているような気がした。
着替えが終わると鏡の前に立つ。
橘君に借りたドレス、それはとても綺麗で凄く素敵なものだけど、やはり祥子さんのドレスが気になって素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
「これ、祥子さん大事にしてたよね。きっと……」
「……祥子には俺から言うよ」
「ううん、私から言う。ちゃんと私から言って、謝らないと…」
「いや、俺にも主催者としての責任があるし…」
「違うよ、私が…。私が悪いんだよ……」
「いや…、葉月は悪くないだろ」
また、少し沈黙が流れる。
「祥子さん、悲しませちゃうね……」
「…………」
「私ね、祥子さんが大好きだから悲しませたくないんだ」
「ああ、分かってる」
祥子さんのドレスを胸に抱きかかえると、私はふうと一つ溜息を洩らした。
「なんでもっと注意してなかったかな…」
さっきの早花咲さんたちの事を思い出すと、そんな言葉が口から出ていた。
「いや、俺ももっと早く気付いて対処したかったんだが…。俺の方こそ注意が足りなかったよ」
「いやいや、橘君は何も悪くないよ。全部わたしの不注意のせいだから気にしないで」
「だったら葉月だって別に悪くないんだからそんなに気に病むなよ。祥子には俺からも言っておいてやるから」
それは凄く嬉しい言葉だった。
嬉しくて暖かい言葉。
「……橘君は優しい人だね」
「はあっ!? きゅ、急に何言ってんだよ」
橘君の見た目からは意外だけど。
鋭い眼差しの外見とは違って橘君は本当は優しい人だ。
思えば私はこの学校に入学してから、その優しさに随分と助けられている。
この間の合宿のときも……、あれは思い出すと橘君の顔を見れなくなるくらい恥ずかしいんだけど。
あの時だけじゃなく、気が付けばいつも助けられている。
知り合ってまだ二ヶ月くらいで、よく分かってないかもしれないけど。
私の大好きな人が大好きな人は、とても優しくて素敵な人だった。
橘君だけじゃなく、祥子さんも神楽君も、浅野さんたちもみんな良い人だ。
いつか私も、この素敵な人たちの為に何かが出来るようになりたい…。
「どうかな? このドレス」
着替えの終わった私は、試着室のカーテンを開けるなり橘君にそう訊いた。
「………」
橘君は何も言わずにそれを訝し気な顔で眺めてくる。
「こ、こういう時はその…、何か感想とかを言うものじゃないかな?」
そう言っても、橘君は少しの間沈黙していた。
そして――
「どうしたの…?」
「……いや、祥子も同じようなのを持ってた気がしてな」
私は何故か、その言葉にちくりとした痛みを胸に感じるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/
前回の汐莉編ではあまり出せませんでしたが、葉月汐莉は天然系ヒロインです。天然キャラは書いてて楽しいですが、上手く表現できてるかは別問題です(`・ω・´)b
そんなわけで次回で三章は終わりです。
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