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46、悪い夢を見てるよう




 怜史君とのダンスを終えた私は、汐莉さんの行方を知ろうと薫子さんの下へと急いだ。



 さっき見た光景、千聖君が汐莉さんを会場から連れ出すところ。


 一瞬見えただけだったけど、あの姿は確かに千聖君と汐莉さんだった…。



 何かの間違いであってほしいと思いながらも、その一瞬が目に焼き付いてしまっていた。



 とにかく早く薫子さんに事情を聴かなくては。


 そう思って足早に歩を進めていた所に――



「あら祥子さんやないですか」



 早花咲妃花が私に声を掛けてきた。



「これは、妃花さん……」



 取り巻きをぞろぞろと引き連れた妃花さんが私を呼び止める。


 まるで私の事を意図的に邪魔するかのように。



 この急いでるときに……。



「お久しぶりですなぁ。さっきの踊り見てましたよ、えらい素敵な踊りでしたわ」



 妃花さんはそう言いながら不敵な笑みを浮かべる。



「それは…、どうもありがとうございます」



 何だか嫌な表情だ…。


 私の先入観からそういう風に見えるだけかもしれないけど。


 まるで自分の優位性を主張しているかのような、そんな勝ち誇った顔。



「やっぱりこっちのパーティーは上品ですなぁ。なんや踊りも着るものもみんな品がありますわ」


「そうですか、楽しまれているようで何よりですわ。妃花さんは、踊られないのですか?」


「うちはあきませんわ、祥子さんみたいにお声がかかりませんもの。祥子さんはおモテになるみたいで羨ましいですわ」



 そりゃそんなに取り巻きを連れてたら誰も寄ってこないでしょ。


 威圧的なのよ、あなたはいつも…。



「いえ、私なんてとんでもないですわ。妃花さんこそお綺麗ですからすぐに誘われると思うのですが…、ひょっとしたら男性の方も気後れされているのかもしれませんわね」


「あら、祥子さんたら上手い事言いはりますわ。まぁうちはそんな事はどうでもよろしいんですけどね」



 妃花さんはそう言ってクスリと笑う。



「そ、そうですか……」



 いや、あんたが言いだしたんでしょ!



 な、何なのよ…!?


 用が無いんだったら呼び止めないでほしいんだけど。



「どうでもよろしいんですけど、うちのクラスでは何かとそういう話題も多いもんですから」


「話題…ですか? それは、どのような…?」


「そうですなぁ。最近ですと…橘様になんやけったいな虫が纏わりついてるゆう、話とか」



 虫……。


 またそれか…。



 たぶん汐莉さんの事を言っているんだろう。


 さっき汐莉さんたちの所にいたのもそういう事か…。



「それは、気味の悪い話ですわね…」


「ええ、せやから祥子さんも十分に気ぃ付けてくださいね」



 妃花さんがそう言うと、周りの取り巻きたちがくすくすと小さな笑い声を上げる。


 早花咲妃花の傘の下という安全な所から…。



 その人達の姿に、私はお腹の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。



 これだ…。


 こういうのが嫌なのよ。


 集団になるとすぐにこうなる。



 ……。



 私はぐっとお腹に力を入れた。



「あら、妃花さんのお気を煩わせることはありませんわ。そのような話は噂好きの者が流すデマでしょうから」



 一瞬、空気が止まった。



 う、怖い…。



 でも、ここで引き下がったらこの子たちはどんどん増長する。


 祥子ちゃんだったら…。


 如月祥子ならそんな事は絶対に許さない。



「デマ、…ですか? いややわ祥子さん、そら心外いうもんですわ」


「心外…とは何の事でしょうか、妃花さん?」



 私が訊き返すと妃花さんの眉がぴくりと動いた。



「だってそうですやろ。それやと、うちのクラスにデマを流しているものがおるゆう事やないですか。うちのクラスにはそんな事するようなものは居りませんもの。ねぇ皆さま」



 そう言って妃花さんは取り巻きたちに笑いかける。


 するとその取り巻きたちは、それに釣られるように笑顔を返し。


 くすくすという笑い声は徐々に皆へ伝播していき、やがてそれが私への冷笑へと変わっていく。



 それはまるで威嚇をするように、目の前の集団が揃って薄い笑みをこちらに向けてくる。


 自分達が多勢であることをアピールするため、この場の優位がどちらにあるかを顕示するために。



 うぅ、び、びびっちゃだめだ……。


 こんな事で負けてたら如月祥子は務まらない…。


 そ、そうよ、私は如月祥子なんだからね、ここはもっと強気に行くのよ!



「あら、それはこちらとしても心外ですわね」



 再び空気が止まる。



 まるで一触即発のような雰囲気が私と妃花さんの間に出来上がってしまった。


 そのせいで煽るように笑っていた取り巻きたちもその表情から笑みが消え、こちらを神妙な面持ちで窺ってきている。



 あ、あれ…。


 なんか反応が…。


 い、いや、もう後戻りはできない。



「それは、どういう事ですやろか?」


「私は千聖さんの側にずっといますからね。そんな如何にもやっかみ者の言いそうなデマを流されればすぐに分かりますの」



 妃花さんの表情が目に見えて変わった。


 さっきまで余裕の笑みを浮かべていたその顔は、少し眼光に鋭さを増してこちらに向けてくる。



「やっかみ者やなんて酷いこと言いますわ。うちのクラスにはそないな者はおりま――」



「あら、それではこの如月祥子の言葉が嘘だとでも?」


「――!?」



 妃花さんを正面に見据え、力のこもった声で言い放った私に妃花さんは自身の言葉を呑み込んだ。



 一瞬にして凍り付く周囲の取り巻きたち。


 妃花さんと一緒という事で強気だった周囲の取り巻きたちも、今は一様に息を詰まらせている。



「いやですわ、嘘やなんて。そんな事言いしませんわ。そうですなぁ、これは誰ぞの勘違いやったかもしれませんわね」



 妃花さんは明らかに動揺を見せた。



「勘違い…。そうですか、それは私も失礼をいたしました」


「いえ、こちらこそ。なんや気を悪ぅせんといてくださいね、そんなつもりや無いんですよ」



 さっきまでとはまるで違う態度を見せる妃花さん。


 その妃花さんの態度を見て私は悟った。



「ええ、分かっておりますわ。では、私は用がありますのでこれで。ごきげんよう」



 ここが引き際だと。



「ええ、ごきげんよう…」



 私は軽く一礼をするとその場を後にする。



 かなり足早に。



 まるで逃げるように。



 まさに脱兎の如く!!


 

 逃げろーー!!









 ふぅふぅ。


 怖かった~~。


 まあでも、ついに言ってやったよ!


 偉いぞ私! 



 い、いやぁ、私もやれば出来るんだよ。


 ちょっと祥子ちゃんぽかったよね。


 ふふふ、実は密かに練習してたんだよね。妃花さんの挑発にどうやって対抗するかってね。



 こ、怖かったけど、何とか上手くいった…。


 あ、だめだ、今頃になって足が震えてきた。


 心臓もバクバクいってるよ。


 やっぱ私にはああいうのは向かないな、二度とやりたくないよ…。



 それにしても…。


 妃花さんはあっさり引き下がったな。


 もっと反撃してくるかと思ったけど…。


 やっぱりあれか、如月祥子の名前は妃花さんをも怯ませる…とか?


 いや…、単にこの場で事を荒立てる事はしたくないだけかな?


 よくよく考えたら、ここで騒ぎを起こして立場が悪くなるのは妃花さんの方だもんね。



 なるほど、それであっさりと引いたわけか……。


 ん~、なんだか向こうの方が上手な感じがするなぁ。


 むむぅ…。




 妃花さんたちの前から逃げるように去ったあと、色々と頭の中を巡らせているうちに薫子さんたちの下へと到着した。



「祥子様、神楽様とのダンスはいかがでしたか?」



 私が戻ってきた事に気が付いた薫子さんが私に声を掛けてくる。



「ええ、とても素敵でしたわ」


「そうですか、それは良かったですね」



 薫子さんは無表情でそう言った。



 な、何、その顔…。


 私にそんな顔してもダメだからね。


 踊りたいなら晴香さんみたいに誘ったらいいでしょ。


 あ、いや、いま私はそんな事言ってる場合じゃなかった。



「それよりも、汐莉さんの姿が無いようですが何処へ行かれたのですか?」


「……? そういえば居ませんね…。何処へ行ったのでしょう?」



 え~~、見といてって言っといたのに~~。


 も~~、何やってんのよ~~。


 も~~も~~も~~~!!



 い、いや、今更そんな事言ってもしょうがない。


 そんな事より今はあの二人を探さなくては!


 このままシナリオ通りにさせてなるものですか!



「わ、私、ちょっと捜してきますね」


「葉月さんをですか……?」



 早く行かないと危険なフラグが立ってしまう!


 と、その前に…。



「あ、薫子さん…」


「はい、何でしょうか…?」


「たまには余計な事は考えないで動いたほうが良い事があるかもしれませんわよ」


「はあ、それはどういう…?」


「それでは、ちょっと行ってまいります」



 不思議そうな表情を浮かべる薫子さんにそう言い残し、私は一目散に会場を飛び出した。







 と、勢いよく飛び出したまでは良かった……。



 長い廊下を早足で歩いているうちに、その足取りはどんどんと重くなっていく。


 この後の展開、つまり原作のシーンの事を考えるだけで私の気持ちが萎えそうになってしまうのだ…。



 私の脳裏に浮かぶその漫画のシーン。



 落ち込む汐莉さんが会場を抜け出して、この屋敷の中庭に張り出した大きなテラスを発見する。


 そこで一人落ち込んでいるところに千聖君が現れて、窓から漏れる光の中で二人ダンスを踊るというロマンチックなシーン……。



 そのシーンがロマンチックなだけに、そこに私が入っていけるのか不安になってくる。



 もしも、二人で盛り上がってるとこなんて見せられたら……。



 い、いや、あの二人が会場を抜け出してからそう時間は経っていない。


 まだシナリオが動くような時間的余裕は無い……はず。


 今ならまだ間に合う……といいなぁ……。



 ぬぅ、どんどん弱気になってくる……。


 いかんいかん。


 さっき薫子さんに言ったみたいに余計な事は考えないようにしよう!



 考えないように!


 考えないように…!


 考えないように……。


 ああ…、考えないようにすればするほど頭から離れなくなる。



 も、もうすぐテラスに着いてしまう…。



 ああ、心臓が…。



 そこに近づくにつれ、私の心臓がとくとくと強く脈を打ち始める。



 この角を曲がったところにテラスが……。



 私は張り裂けそうな心臓を必死に堪え、ゆっくりとその角から顔を覗かせた。




 …………。




 いない……。




 ちゃんと確かめようと中庭に出て辺りを見渡してみるも。


 しかし、そこには誰もいなかった。



 ここじゃない……?



 じゃあ、一体どこに……?



 ここに居なかったということに安堵するのと同時に、また新しい不安も襲ってきていた。


 原作と同じ場所に居ないということは、原作とは違う展開になっているかもしれないという事…。


 その事が一層の不安となって私を苛むのだ。



 と、とにかく、捜さないと……。



 再び屋敷の中に入り、二人の行方を捜す。



 二人を捜して彷徨うように歩く廊下、そこは賑やかな会場とは違ってしんと静まり返っている。


 その雰囲気も相まって私の足取りはさっきよりも重い。



 心臓が締め付けられるような、そんな不安な気持ちがどんどん強くなっていく。



 ふ、二人は何をしているんだろう…。


 私の知らない所で二人の仲は既に進んでいるのだとしたら……。



 もし…。


 もしそうだとしたら…。


 私は、どうしたらいいんだろう……。



 わ、私は……。




 そのとき、静かな廊下の何処かから人の話し声のようなものが聞こえてきた。


 酷く聞き取りにくいけど、それは確かに人の声のようだった。



 すぐに反応した私は歩いていた足を止めて聞き耳を立てる。



 この近く……。



 どこかの部屋の中から…?



 私はそろりそろりと、その声のする方へと歩を進めていった。



 そうして声のする方を辿っていくと、一つの部屋の前に行きつく。



 ここって確か衣裳部屋…だったかな……?



『……祥子さん…………』



 ん…?


 私の名前が聞こえたような……。



『…には俺から言うよ』



 さっきと違う声…、これひょっとして千聖君の声……?



『……私から言う。ちゃんと……謝らないと』



 これは汐莉さんの声だ…。



 かなり聞き取りにくいけど確かにこの声は二人のものだ…。


 間違いない、二人は今この部屋の中にいる。



 私は部屋に入ろうとノブに手を掛け――


『いや、俺にも……責任があるし…』



 ――ようとしたけど、その手がピタリと止まってしまった。



『違うよ、……。私が悪いんだよ……』



 な、何?


 何の話をしてるの…?



 なんか、凄く嫌な予感がするんだけど……。

 


『……、葉月は悪くない…』



 悪いとか悪くないとか…。


 わ、私に対してってこと……?



『祥子さん、悲しませちゃうね……』



 やっぱり…、私の事だ……。



 と、という事は、二人で私に何か悪い事をして謝りたいと…?


 な、何なのそれ…?


 ちょっ、え? 


 もしかして…、『私たち付き合う事になったから、ごめんなさい』…ってこと?



 い、いや、それはさすがに飛躍しすぎ……。



『私……大好きだから……』



 ――!?



 い、いい、、いや、いやいや、違う違う。


 こ、これは多分違う…。違うやつよ、きっと。


 なな、何かの間違いに決まってる。



『ああ、分かってる』



 だ、だめだ…、心臓が……。


 心臓がバクバクいって破裂しそう…。



 ど、どうしよう、もうここに居るのやだ…。


 でも足が…、足が動かない……。



 私が暫くの間その場で動けず立ち尽くしていると、その部屋から聞こえてくる声もピタリと止まった。



 凍り付くような沈黙が続く。



 中で何をしてるんだろう……。


 こ、怖い…。


 知りたいけど知りたくない……。



『…もっと、ちゅう して……』



 なっ!?



 な、な、なな、いま、何を……?



 い、いや、違う! 



 こ、これは、何かの間違いで……!




 そして次の千聖君の言葉に私の思考は停止する――



『…俺ももっと…したかった………』






 …………。




 …………。




 だめだ……。




 頭の中が…真っ白になって……。




 何も、考えられない……。




 …………。



 …………。





 ああそうだ、会場に戻らないと……。



 今日は千聖君とダンスを踊るんだった……。



 いっぱい練習したから頑張らないとね……。



 うん、頑張らないと……。





 この後の記憶は酷く朧気でよく覚えていない。



 覚えているのは、凄く喉が渇いていた事と。



 ドリンクを運んでいるボーイさんから飲み物を強引に奪い取って、それを一気飲みした事くらいだった。

 



 

 


いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/


次の話との兼ね合いのためにちょっと時間がかかってしまいました(-_-;)

お待ち頂いている方には申し訳ないです…。

さて、パーティの話はここまでなのですが次回は汐莉視点でパーティを書こうと思ってます。ゆるく期待してお待ちくださいませ_(._.)_


ブクマ評価、その一押しであなたは幸せになるかもしれません…。(個人の感想です)

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