45、からかい上手の神楽さま
その、優しく透き通った声に皆の言葉が止まる。
たった今、怜史君が口にした約束という言葉。
これに薫子さんや男子たち、そこにいる皆が反応したのだ。
「神楽さま、約束というのは……」
約束…。
確かに約束をした。
だけどそれは……。
「あれ、忘れちゃった? ダンスの約束だよ」
鳴神くんの誘いを躱す為の嘘だったのでは…?
「神楽さま、その約束は――」
「したよね、約束」
怜史君は私に顔を寄せてくると、笑顔でそう囁いてきた。
「は、はい、しました……」
爽やかな笑顔が急に近づいてきたせいで思わず心臓がドキリとしてしまった。
思わず『はい』って言っちゃったけど、こっちはイケメン耐性が無いんだからそういうのはやめてよね。
なんかよく分からない圧みたなのも感じるし…。
「うん、じゃあ行こうか」
そう言って、怜史君が私の手を取ろうとすると。
「ちょっと待ってよ神楽君」
怜史君が現れて呆気に取られていたクラスの男子の一人が、それを止めようと私たちに声を掛けてきた。
「ん? どうかした?」
「僕たちもさっき如月さんにダンスを誘ってたとこだったんだ。だから僕たちが先に…」
「ああ、そうなんだ。それはごめんね。祥子ちゃんとは前から約束していてね、だから後にしてくれないかな?」
怜史君はすまなそうにそう言った。
その顔もやはり爽やかである。
「あ、ああ、そうなのか。じゃあ仕方ないね、分かったよ…」
おお、男子が引き下がった…。
あの鳴神くんにも薫子さんにも食い下がっていた男子が……。
え、何?
男子もイケメンに弱いの? トゥンクしちゃうの?
そうですか、それはそれは……。
あらまぁ。
「神楽様――」
その男子が引き下がったと見ると、晴香さんがすかさず怜史君に話しかけてきた。
「祥子様の後でよろしいので私とも踊って頂けませんか?」
誰この子っていうくらいの満面の笑みを見せる晴香さん。
晴香さんって、こういう時は積極的だよね…。
ある意味この子が一番恐ろしいかも。
「うん、いいよ。じゃあ後でね、馬場園さん」
「は、はい!」
怜史君が片目を閉じて晴香さんに応えると、晴香さんの瞳は少女漫画のように輝きだした。
背景にいっぱい花が描かれそうな、そんな瞳である。
ああ、晴香さん凄い嬉しそうだ……。
でもね、晴香さん。
横、見てみ。
薫子さんが凄い睨んでるから。
なに抜け駆けしてんだって顔で見てるから。
たぶん薫子さんは、さっき自分で『女から誘うなんてはしたない』とか言っちゃったもんだから自分から言えないんだと思うんだよね。
その憤りが全部晴香さんに向かってると思うんだよね。
とりあえず、逃げて晴香さん!
そこにいると薫子さんに何されるか分からないよ!
「さ、行こうか祥子ちゃん」
「あ……」
怜史君は私の手を取ると、強引に引っ張ってその場を後にした。
晴香さんと薫子さんを目の端に置きながら、私は怜史くんに引っ張られてホールの人波を縫うように移動する。
あの二人、何かを言い合ってるみたいだけど大丈夫かな?
まあ、ケンカはしても仲違いはしない二人だから大丈夫でしょ、たぶん。
それよりも…。
「あの、神楽様。私なんかでよろしかったのですか?」
なんか怜史君の勢いに流されて踊る事になってしまったけど…。
よく考えたら、こういう時こそ汐莉さんを誘うべきなのではないかな?
汐莉さんが踊れないから?
だったら教えてあげればいいのに…。
うーむ。
「ん? 祥子ちゃん踊るの嫌だった?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…。神楽様には、私なんかよりも良い人がいる…ような……そうでないような……?」
あれか、今の段階ではまだ汐莉さんに好意は抱いてないのかな…?
しまったな、それだったらこのダンスは汐莉さんに譲るべきだったか?
何がきっかけで二人の心に火がつくか分からないもんね。
「えー、酷いなぁ。僕が誘ってるのは祥子ちゃんなのに」
「あう…、ごめんなさい」
だってぇ、二人が付き合ってくれるとみんな丸く収まるじゃん~。
どうせ好きになるなら早い方がね、良いと思うんだよ私は。
けっして打算的な考えから言うんじゃないよ。
今なら誰に憚る事なくアタックできるし、二人が好き同士になる可能性も高くなるじゃない?
そしたら皆がハッピー、何も言う事なし!
どうよこれ?
「それにしても珍しいね。祥子ちゃんが私なんかって」
私が邪な事を考えているところに、怜史君が不意にそう言ってきた。
「そ、そうですか? め、珍しくなんてありませんわ。時々にはそう言う事もあります…わよ?」
祥子ちゃんとしては不自然な事を言ってまったかな…。
確かに祥子ちゃんは『私なんか』とは絶対言わないよね。
ぬぅ、怜史君。
けっこう細かいとこ見てるなぁ。
「へぇ、そうだったんだ」
「そうです。私は神楽様が思ってるよりもずっと繊細な女ですから、自分を卑下する事も時にはあるのです…」
「なるほど、そっか」
怜史君はそう言いながら含みのあるような表情で納得をしている。
「……何ですか?」
「随分とモテてたみたいなのに何かあったのかなってね」
「モテ…って、いえ全然モテてませんから。へ、変なこと言わないでください」
あれをモテるとは言わないでしょ。
モテるっていうのはもっとこう、何て言うの?
チヤホヤというか、愛を囁かれたりするもんじゃないの? 知らないけど。漫画とかではそうだった気がする。
だからあれは違うよ。
あんな勝手に作ったファンクラブの主導権争いとかしてる連中は絶対違う。
そんな事を話しているうちに私たちはホールの中央へと到着した。
皆が踊る中で立ち止まった怜史君は。
「僕は祥子ちゃんだったらモテて当然だとおもうけどね」
そう言いながら私の背中に手を回してきた。
曲はワルツ。
爽やかな笑みを見せる怜史君は、私の手を引くように踊り始めた。
ホールの中央、そこには踊る人達だけ。
そんな多くの人達が踊っている中、ぶつかったりしないのは怜史君のリードが上手いからなのだろう。
やっぱり怜史君も凄くダンスが上手い…。
クルクルと回りながら踊っていても周囲の状況をしっかりと見ていて。
私の下手さもしっかりカバーしてくれている。
さすがライバル役、やっぱりこの人も凄い人だ。
きらきらと輝いていて、何をしても様になっていて、女の子の理想が詰まったような人。
まるで本当の王子様のよう……。
まあそれは良いんだけど…。
近いなぁ…。
イケメンが超近いよ…。
もうこの世界来て2カ月近いけど、一向にイケメン耐性ってやつがつきませんよ。
おかしいな…、この世界イケメンだらけなのに。
少しは慣れてきてもいいのではないだろうか……。
あ、でもお兄様にはこんなにドキドキしないな。
お兄様も不本意ながらイケメンのはずなのに。
ドキドキよりも腹が立つ方が大きいからか?
ま、しょせんはお兄様だからかな、ふふっ。
「どうかした? 動きがぎこちないみたいだけど」
ぎくぅ!
「ふぇっ!? そ、そうですか!?」
し、しまった、そうだった。
さっきちょっと上手くいったもんだから調子に乗って忘れてた。
怜史君みたいな目聡い人には祥子ちゃんと私の実力差に疑問を持って当然だよね。
こ、こんな不用意に踊るべきじゃなかったか…?
でも、もう遅い……。
「大丈夫? 僕に合わせ辛かったかな?」
こうなったら仕方がない。
「い、いえ、そんな事はありませんわ。少し調子が…、あ、いえ、緊張しているのかもしれませんわね…、ほほほ」
こういう時は笑って誤魔化せばいいのよ。
大概の事はこれで何とかいけるから。
え、ダメ?
ダメか…。
「え、緊張してるの? 祥子ちゃんにしては珍しいね」
なんだとう?
「わ、私だって緊張くらいします。失礼ですよ神楽様」
私にしてはってのは何なのよ。
聞き捨てなりませんよ、ほんとに。
「ごめんごめん。変な意味じゃなかったんだけどね」
「まったくもう、神楽様は私をどんな人間だと思ってるんですか?」
「祥子ちゃんを…? んー、そうだな。クールで気の強い高嶺の花みたいなイメージ――」
な、何よそれ。
全然褒めてないじゃない、こういう時は嘘でも褒めるものでしょ!
「――だけど、実は優しくて可愛い女の子……かな?」
――!?
「か、揶揄うのは、やめてください……」
そ、そういうのは、言われ慣れてないんだから…、やめてよね……。
だいたい言う相手が違うでしょ。
私じゃなくて汐莉さんに言うべきなのよ、そういうのは。
私を揶揄ってても汐莉さんの心は掴めないんだから…。
「あれ、照れてる? 可愛いね、ははは」
こ、この男…!
飄々とした顔で何て事を…。
危険だ!
この男は危険!
こんな危険人物を汐莉さんにあてがおうとしてたけど、やっぱりこの男に汐莉さんを任せられない。
これは計画の見直しをしなきゃいけないかも……。
怜史君ってこんなキャラだったかな…、原作ではこんなセリフを言った事は無かったと思うんだけど……。
「むぅ……」
「あれ、怒っちゃった? ごめんごめん、祥子ちゃんを見てたらついね」
ついじゃないよ!
爽やかな顔して何言ってんだ! このイケメンめ!
もうこのイケメンの顔は見ない。
この顔は凶器だわ。
いや、凶器というよりも兵器ね。
世界から平和を奪っている何かよ!
「まいったな、怒らせるつもりは無かったんだけど…」
「ぷいっ!」
ふん!
私はこんなイケメンにかかずらってる場合じゃないのよ!
そうそう、こんなイケメンよりも私にはやる事が…。
……。
そ、そうよ! 汐莉さんの事を忘れてた!
こんな踊ってる場合じゃなくて、ちゃんと汐莉さんを見張ってなきゃだった!
薫子さんには汐莉さんの事をよろしく言っといたけど、何が起こるか分からないのがこの世界。
汐莉さんが一人で会場を抜け出す目を潰したとはいえ油断は禁物なのよ。
し、汐莉さんたちは何処に……。
私は周囲へと視線を飛ばした。
でも、踊りながらでは上手く見渡せなくてなかなか見つからない。
あれ、あの子たちどこいった…?
「どうかしたの?」
「え、いえ。汐莉さんたちが、少し気になりまして…」
「葉月さん…? ああ、早花咲さんたちといるね……」
え…!?
私はすぐに怜史君の視線の先を追った。
会場にいる多くの人を掻き分けるようにその視線を辿ると、そこに汐莉さんたちと何かを話す妃花さんの姿が目に入ってきた。
な、何? 何やってるの?
あの子…、ひょっとしてまた絡まれてるの?
「何を、話しているのでしょう…?」
「んー、何だろね。そういえば最近よく葉月さんと早花咲さんたちが話してるのを見かけるよ。僕が近づくとすぐ解散しちゃうから何を話してるのかは知らないけど…」
「そ、そうだったんですか……」
ぬぅ、私の知らないところで。
い、いや、私のいない時を狙ってるのか…?
そう考えるとあまり良い話をしてるって感じじゃないな。
それにしても、妃花さんはどうしてそんなに汐莉さんに付き纏ってるんだろう…?
外部生徒は汐莉さんだけじゃないし、同じクラスでも無いんだからそんなに気になるような相手でもないような……。
んん…、何だ…?
何かモヤモヤするなぁ……。
「随分と葉月さんの事を気にしてるね」
頭を悩ませる私に怜史君はそう声を掛けてくる。
「それは勿論。お友達の事なのですから当然ですわ」
「そっか…。そうだね、友達だもんね」
そう言って怜史君は嬉しそうな笑みを見せた。
な、何よ…。
何か含みのある顔と言い方じゃない?
私が友達を気に掛けたら悪いっての?
友情とババロアを比較したら友情を取る方なのよ私は、そこんとこ分かってる?
まったくもう…。
……。
腹立つからその顔をやめなさい!
「あ、千聖が…」
「え…?」
怜史君の言葉に反射的にその視線の先を追った。
そこに見えたのは、妃花さんたちがいなくなりその代わりに千聖君の姿があった。
それを見た私はほっと胸をなでおろす。
「早花咲さんたちいなくなってるね…。千聖が何かしたかな?」
「良かった…」
そうか、千聖君が……。
ふぅ、これで一安心かな?
良かった良かった…。
……。
いや、良くないよ!!
え、これって不味いんじゃない!?
原作では二人は会場を抜け出してテラスで一緒に踊る事になっている。
これを阻止するために今まで頑張ってきたっていうのに、今その二人が接触してしまっている!!
なぁぁ!
どうしよぉぉ!!
こんな踊ってる場合じゃないぃぃ!!
あうあうあぁ~~!
そして。
次に私の目に飛び込んできたものは。
汐莉さんの肩を抱きながら会場を抜け出す千聖君の姿だった。
いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/
パーティーの話は次回で一応終わりなのですが…。
当初、どこかでお兄様を出す予定だったのですが泣く泣くカットとなりました( ノД`)シクシク…
というわけで、またどこかでお兄様回を作ろうと思ってます(*'ω'*)v
それでは皆様、また次回にお会いしましょう。
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