44、ファンクラブ
私たちがクラスメイトの男子たちと遣り取りをしていると、とある男の子がその間に割って入ってきた。
それはこのまえ出会った、隣のクラスの鳴神次郎くんだった。
「……鳴神さま」
「や、やあ、祥子ちゃん。……向こうに唐揚げがあってね……それで……」
鳴神くんは急に現れたかと思うと、他を無視して私に話しかけてくる。
だけど――
「ちょ、ちょっと、何だい君は? 今は僕たちが如月さんと話してるんだけど」
クラスメイトの男子たちは鳴神くんに待ったをかけた。
「ぬ…? 僕は鳴神家の次男、鳴神次郎だ。君たちこそ何なんだ…?」
「な、鳴神家…!?」
鳴神という名前を聞いてクラスメイトの男子たちに動揺が走る。
よくは分からないけど、男子たちの表情から鳴神家というのは少なからず示威的な意味があるのだという事がわかった。
しかし鳴神くんはそんなクラスメイトの男子たちを無視して私に話しかけて来る。
「あの、祥子ちゃん…。唐揚げ持ってきたんだけど、食べない……?」
そう言って鳴神くんは唐揚げ大盛りの皿をこちらへと突き出してくる。
「唐揚げ……?」
唐揚げって…。
よくそんな庶民的なのがあったね。
橘家が出す食事にしては珍しくないかな…?
「これ、リクエストしたら作ってくれたんだ…。祥子ちゃんも食べようよ」
あんたが作らせたんかい!
何だろうね、意外と我儘な人なのか?
ダメだよ、あまり困らせるような事言っちゃ。
「どうかな…? 唐揚げ……」
「は、はい、では一つだけ……」
あまり油っこいのはなぁ…、まあ一つだけなら大丈夫かな。
鳴神君が差し出してきた唐揚げを一つフォークで突き刺し、私はそれを口へと運ぶ。
こ、これは…。
さっくりとした衣を噛んだ瞬間に口の中に肉汁の旨味が広がっていく…。
しかも、これだけ肉汁がしっかり閉じ込めてあるのに全く油っこさを感じさせない…。
うまっ!
何これ、美味し過ぎない!?
こんな唐揚げ食べたの初めてだよ。
さすが橘家のシェフ、恐るべしだわ!
「えと…、どう? 美味しい…?」
「ええ、大変美味しいですわ。ありがとうございます鳴神さま」
「えっ、あ、いやぁ…へへへ。そ、そうだ、これもっと食べて!」
顔を赤くした鳴神くんがさらに唐揚げ大盛り皿を突き出してくる。
その厚意は嬉しいんだけど…。
「い、いえ、私はそんなに沢山は食べられないので…」
確かに美味しかったけどね、これ以上はやめておいたほうが良い。
あまり食べて合宿の時みたいになったら困るし、唇が油でテカテカになったらもっと困るしね。
「そ、そう……」
私の言葉にしゅんとしょげた顔を浮かべる鳴神くん。
何と言うか、なんか悪い事した気分になるからその顔やめてほしいんだけど…。
「ちょっとちょっと、待ってよ鳴神くん。僕たちが先に如月さんと話してたんだから、ここは僕たちに先を譲ってくれないと」
ここでクラスの男子たちが鳴神くんに詰め寄ってきた。
抜け駆けをするなと言わんばかりの男子たち、だけど鳴神くんは――
「ぬ…? ああ、君たちも唐揚げが食べたいのか?」
そんな事はあまり気にしてはいないようだった。
「いやいや、そうじゃなくてっ」
「ぬぬ…? いらないのか? 後で欲しいって言ってもあげないぞ?」
「い、いらないよ。そんな事より如月さんと話すなら僕たちの後にしてくれって言ってるんだよ」
鳴神くんに食い下がる一人の男子。
しかし別の男子たちはそうではないようで…。
「お、おい、相手は鳴神家だぞ」
「あまり強く言うと面倒な事になるんじゃないか?」
「同じ匂いのする相手だけど気を付けた方が良いぞ」
そんな事をコソコソ話している。
どうも男子たちは鳴神家をかなり警戒しているみたいだ。
まるで腫れ物に触るような、そんな扱いをしている気がする…。
まあ鳴神家といえば、この国の十大財閥の一つだからね。
家格の事を考えるとあれが普通の反応…なのかな?
そうか、彼らにとって鳴神くんはかなり驚異な存在となるのも無理のない話なのか……。
…………。
いやいや、おかしくない?
私の時と全然態度が違うじゃない。
私、如月家の長女なんですけど?
如月家よ、如月家。
如月家って知ってる? ねぇ、知ってるの?
あなた達の如月家の存在ってどうなってるの?
どうなってんの!?
まったくもう、これだから最近のお坊ちゃんたちは……やれやれだわ。
「ぬ…、祥子ちゃんと話すのに後も先も無いだろ」
おっと、こっちはまだその話が続いてたのね…。
「い、いや、ここはマナーとしてだね…」
「何だお前、祥子ちゃんを独り占めにしようという気か?」
ねえ、その話そろそろやめにしない?
みんなで楽しくお食事を楽しんだらいいじゃない?
「いや、そういう事じゃなくて」
「お前は全く祥子ちゃんの事を分かってないよ」
私の事を私抜きで話すのやめてほしいんだけど…。
「ど、どういう事?」
「いいか? 祥子ちゃんはな、皆の祥子ちゃんなんだぞ!」
…………。
はぁっ?
いやいやいや、違うけど!?
ちょっと何を言いだすんだこの人は!?
「き、如月さんは皆の……?」
おおい、違うから!
絶対違うからね!
この男の言う事を信じちゃダメだからね!
「お、おい。如月さんが皆のものって」
「ああ、新しい概念だな」
「僕たちが如月さんのものじゃないのか?」
やめろ!
皆にそれを浸透させていくんじゃないよ!
だいたい何なのその皆のものってのは!?
女子か!? 女子がよくやる紳士協定みたいなやつか!?
「ふふ、理解したみたいだな…」
そう言った鳴神くんの顔は何故か勝ち誇っていた。
そんな勝ち誇った鳴神くんに一人の男子が口を開く。
「鳴神くん…、確かに君の言う事にも一理ある」
無いよ!
「…だろ?」
その男子は顎に手をやり少し考え込むと「ふむ」と一言呟き、続けてこう言った。
「じゃあ一つ提案なんだけど、ここにいる僕たちで如月さんのファンクラブを作るっていうのはどうだい?」
「「「ファ、ファンクラブ!?」」」
ファ、ファンクラブ!?
ちょっ、ちょっ、ちょっと。
私の目の前で何を勝手な事を言いだしてんの!?
ただでさえ悪目立ちするキャラなのに、ファンクラブなんて作られたらどうなっちゃうのよ!
そ、そんなもの私の許可も無しに作らせないからね!
「祥子ちゃんのファンクラブか…。良いな…それ……」
「おい、ファンクラブだってよ。どうする?」
「いや、良い案かもしれないぞ。今作っておけば今後如月さんに近づいてくる連中を俺たちのルールで縛れるってわけだからな」
「なるほど、縛られるわけか」
ぐぬぬ、この人たち好き勝手な事を…!
それにしてもこれは不味い…。
このまま黙ってたら、どんどん変な方向に行きそうな流れになっている。
な、何とかせねば!
「ちょ、ちょっとお待ちください皆さま! そのようなものを作られては困ります!」
思いのほか大きい声が出たので男子たちが驚いた顔をこちらに向けた。
「如月さん……」
「良いですか皆さま、私にも都合というものがあります。それにそのようなものを作っては紳士としての品位を問われますよ」
よし、男子たちが面を食らっている。
ふふ、私だって言う時は言うのよ。
「しかし如月さん。これは如月さんを守る事にもなると思うんだけど」
男子の一人がそんな私に反論をしてくる。
「ま、守る…?」
と、そこに――
「いい加減にするのです、あなた達。勝手にファンクラブを作るなどと、言語道断です!」
「言語道断ですわ!」
薫子さんと晴香さんが乱入してきた。
お、おお。
私のピンチに、こんな時こそ頼りになる薫子さん!
しかも、さっきまで存在感を消してた晴香さんまで!
さっきのリベンジね。
実はさっき悔しかったのね!
よし、行け薫子さん!
「何だ、また君か。ちょっと今は君の相手をしてる場合じゃないんだ」
「むっ、全く失礼な人達ですね。そんな態度を取っていられるのも今のうち、あなた達はすぐに私にひれ伏す事になるのですよ」
「そうですわ。すぐにひれ伏すのですわ」
そうだそうだ!
言ってやれ薫子さん!
「ひ、ひれ伏すって、何を言ってるんだ君たちは…?」
「あなた達が祥子様のファンクラブを作ろうなんて無謀な事を言いだすからです」
「言いだすからですわ」
そうそう、無謀なのよ。
十年早いのよ。
「む、無謀…? 何で君がそんな事を言うんだ、君には関係ないだろ」
関係者よ!
薫子さんは超関係者!
「ふっ、あなた達は何も分かっていませんね。私が無謀と言っているのは、祥子様のファンクラブが既に存在しているからです!」
「存在しているからですわ!」
そうそう既に存在して…って、ぅおおおいっ!!
「な、既に有る…だと!? き、聞いた事ないぞそんな話」
ど、どういう事よ!?
私も初耳なんですけど!
何で既にあるのよ!!
「まあ、あなた達程度なら知らなくても仕方ないかもしれませんね、ふふふ」
「仕方ないかもしれませんわね、ほほほ」
「くっ…。しかし、僕たちにだって新にファンクラブを作る権利くらいは…」
「甘いですね……。残念ですが会員番号001番の私の目が黒いうちは、そんな非公認ファンクラブは認めません!」
あんたらのも非公認だよ!
しかも何? 会員番号001番って、薫子さんが会長じゃない。
ちょっと薫子さん、私に隠れてそんなの作ってたの!?
「く、くそう…。オフィシャルが何だというんだ! いずれは僕たちのも大きくして公式に認められるようにしてやる!」
認めるわけないし!
どんなに大きくなっても絶対に認めないし!
「やれやれ、分かってませんね。我々は生徒の内部外部を問わない幅の広い組織ですよ。その我々に対抗できるというのですか? ふふ、それは考えが少し甘いというものです。そうですね? 外部生徒代表、会員番号003番の葉月汐莉さん!」
「えっ? ああ、う、うん。そうだね…」
…………。
汐莉さんが003番……?
「な、何…!? そんな巨大な組織なのか…」
「ふっ、どうやら理解したようですね。私たちがその気になれば、あなた方のような小さい組織は一溜まりもないでしょう。しかしまあ我々は心の広い組織です、あなた方も入りたいと言うのなら拒みはしませんよ」
「拒みはしませんわよ」
よし、ちょっと待とうか。
薫子さんったら、もの凄くドヤ顔で大袈裟な事言ってるんだけど。
憎たらしいくらいのドヤ顔なんだけど。
その、私のファンクラブって。
多分というか、十中八九なんだけど……。
会員、三人しかいないよね?
絶対そうだよね?
ん? 何?
三人しか集まらなかったの…?
最近仲良くなった汐莉さんが003番っておかしくない?
というか、汐莉さん吃驚した顔してない? たった今003番に据えたんじゃないの?
これ、実質二人なんじゃない?
どうせ002番は晴香さんなんでしょ?
おい、その辺どうなのよ!?
いやいや、良いんだよ?
大袈裟な組織じゃなかったからね。
目立つ事はあまり好きじゃないし、大袈裟にされても困るし。
そこは凄く良いんだよ、良い事なんだけど…。
んー、何だろうこの釈然としないモヤモヤした気持ちは。
「お、おい、どうする? 勧誘されちゃったぞ」
「いやダメだ。ルールは作る側に廻らなきゃ意味が無い」
「しかし、女子の会員が多そうだぞ。これは女子のネットワークに食い込むチャンスでは?」
「ちょっと待て、最初の目的を忘れてないか? さっきから話がズレ過ぎてるだろ」
薫子さんの迫力に圧倒されたのか、男子たちは何かをコソコソと話し始めた。
それを見て薫子さんは勝ち誇った顔を浮かべている。
どうやらこの勝負は薫子さんに軍配が上がったようだ。
いや、この人達が一体何の勝負をしているのかよく分からないけど…。
だけど、これだけは間違いなく言える。
どっちが勝っても私が一番の被害者だと…。
「さあ、どうするのです? どうしても入りたいと言うのなら入れてやらなくもないと言っているのです」
「入れてやらなくもないのですわよ」
さ、さすが薫子さん。
ここぞとばかりに微妙に言い方を変えてマウントを取りに来た。
「お、おい…。なんか態度が横柄になってるぞ」
「うむ、底意地の悪さが顔に滲み出ているな…」
「あれに従うと人間として失ってはいけない何かを失いそうな気がするんだが…」
「ちょっと興味は湧いてきたけどな…」
薫子さんの態度に不満を覚えつつも、男子たちははっきりと拒否とは言えない様子だった。
しかし――
「ぼ、僕、入ろうかな…」
そう言ったのは鳴神くんだった。
「ちょ、ちょっと鳴神くん! 抜け駆けは無しだよ」
「ぬ…!? 抜け駆けって…、別に僕は君たちの仲間になった覚えは…」
「いや、そこは空気を読んで僕たちと連携しようよ」
「さあ、どうしますか!? 今なら祥子様の写真スタンプが付いてきますよ」
「「「しゃ、写真スタンプ!?」」」
「にゅ、入会す――」
「お、おい! そんなので釣るのはズルいぞ!」
「今を逃すとスタンプは無しです。さあ、どうするのですか!? あなた達の祥子様への想いはそんなものですか!?」
「ぐぬぬぬ~~!」
ちょっと…、なんか聞き捨てならない事が聞こえてきた気がするんだけど…?
スタンプが何だって……?
いやいやそんな事よりも、皆の興奮を少し冷まさないと。
声が大きくなってきて周りから注目され始めてる…。
「皆さん、ちょっと落ち着いてくださ――」
「よし、分かった! 入っても良いがその際は会長選挙をやってもらうぞ!」
「ふっ、何を馬鹿な事を…。そんなもの許すわけありません! 会長は私、これは不動です!」
「横暴だぞ! 組織の私的運用だ!」
「「そうだそうだ!」」
ダメだ、収集がつかない……。
どうしよう……。
せっかくの千聖君の誕生日パーティーなのに、こんなに騒がれると……。
そんな時だった。
「祥子ちゃん、随分と賑やかだね」
そう声を掛けてくる男性の声が。
「神楽様…!?」
にこやかな笑顔を浮かべながら私に声を掛けてきた怜史君。
「約束通り、ダンスに誘いにきたよ」
怜史君のその言葉に、騒がしかった皆の声が止まり。
私と怜史君にその視線が集中する事となった。
いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/
真面目な話にしようと思えば思うほど逆へいってしまいます。おかしいなぁ…(*'ω'*)
もっと真面目人間にならなくては!
そんな意気込みを込めて、次回へと続きます。
皆様の、愛のブクマ評価等お待ちしております('ω')




