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43、お義母様と私







 綺麗な黒髪をアップに纏めた、和服の似合う美しい女性。



 どこか妖艶さも漂うその美しい女性が私に声を掛けてきた。



「お久しぶりね、祥子さん」



 それは千聖君のお母さまだった。



 千聖君のお母さま、名前は『橘 燈子(たちばなとうこ)』という。


 千聖君とよく似ている鋭い眼差し、その瞳に射貫かれるとまるで心まで見透かされたようなそんな気持ちになる。


 正直、千聖君のお母さまといえど面と向かうのは怖い相手だ。



「こ、これは、おば様。ご無沙汰しておりますわ」



 私はそう言いながらスカートを少し抓み、笑顔で軽くお辞儀をした。


 千聖君のお母さまはそんな私に微笑を浮かべて応える。



「先程のダンス、見ていましたよ。とても素敵な踊りでした」


「あ、ありがとうございます、おば様。ですが千聖さんに上手くリードして頂いたお陰ですので、私は何も…」



 謙虚よ。ここは謙虚な祥子ちゃんでいくのよ。


 こういうのは真に受けちゃいけない言葉の一つだからね。



 まあ実際、私がそんなに上手く踊れるわけないしね。


 たぶんあれだ、千聖君が何か上手い事やってくれたのかもしれない。


 見る人が見るとそれくらい分かるんだから、ここは謙虚に振舞うのが正解よ。




「ふふふ、慎み深いですね祥子さんは」



 千聖君のお母さまは機嫌の良い声を私に向けてくる。


 とりあえず、正解だったのかな…?



 それにしても、これってあれよね、お姑さんとのコミュニケーション能力が試される場面よね。


 よし…。



「いえそんな、本当の事ですわ、おば様。千聖さんにはいつも助けられてばかりなので、私も何かお役に立てないかといつも頭を悩ませているところでして」



 こういうのはね直接褒めちゃだめなのよ。


 素人はすぐにお義母さまの服とかを褒めちゃうからね、そこがダメな所よ。直接的だと嫌味に聞こえたりするからね、却って逆効果になる。


 だからここはまず息子さんを褒める。そうすると遠回しにお母さまの教育の賜物ですわという風になる。そしてそこから徐々にお義母さまを持ち上げていくのがベストよ。…って何かの漫画で読んだ気がする。


 完璧よ。これで私の株は爆上がり、『祥子さん、今すぐ嫁に来なさい』とか言われちゃうこと間違いなしよ。



 と、そんな事を思ったのも束の間で。



「ふふふ、そうですか…」



 あ、あれ?


 思った以上に反応が薄いな……。



 千聖君のお母さまは薄く笑みを浮かべるだけで、さっきからあまり抑揚が無い気がする。


 どこか気持ちが別の所にあるような。


 何だか祥子ちゃんの記憶の中のイメージとは少し違うような気がするんだけど…。



 うーん、何かあったのかな…?




「ところで祥子さん、今日は清華(きよか)さんは来られてないのかしら?」



 千聖君のお母さまは少し周囲を見渡してから私にそう訊いてきた。


 ちなみに清華さんとは私の母の名前だ。



「母ですか? 母でしたら兄と一緒に後から参ると申しておりましたけど、恐らくもう会場には来ていると思いますが……」


「……そうですか。ではもう少し探してみましょうか。それじゃ祥子さん、また後ほど」


「はい…」



 あれ、もう行ってしまうのか。


 そうか、私じゃなくお母さまに用があったのね。


 それで反応も薄かったのかな…?



 この場を去ろうとした千聖君のお母さまだったけど、「そうだ」と一言呟きその足を止めた。



「祥子さん……」



 振り向きざまに私の名前を呼ぶ、その千聖君のお母さまの表情からは少し笑みが消えていた。



「は、はい…」


「あなた……、今も千聖の事を?」



 さっきまでと少し空気が変わった。



 その少し真剣な表情からは、恐らく昔交わした約束の事を言っているのだろうというのが分かった。


 その上で今も気持ちが変わらないのか、そう訊いているのだ。



 でも何か含みがありそうな、何だかそんな怖い雰囲気。



 千聖君のお母さまが何故そんな事を訊くのか、ひょっとすると真意は別の所にあるのかもしれない。



 そんな色んな事が頭を巡ってくる。



 だけど、私の答えは決まっている。




「はい、お慕いしております」




「そう…、あの子は幸せ者ですね」



 そう呟くと千聖君のお母さまはまた笑顔に戻り、私の母を探しにこの場を去っていった。



 その何とも言えない朧気な香りを残して。





「祥子さん、今の人って?」



 千聖君のお母さまが去っていくのを見送っていると汐莉さんがそう訊いてきた。



「千聖君のお母さまですわ」


「へぇ、やっぱ美人だねぇ。そういや橘君に少し似てるかな? なんかあれだね、祥子さんの周りは美形な人ばっかりな気がするね」



 何を言っているんだろうこの子は。


 あなたもその一人じゃない…。



 一応設定の上では素朴な一般人という事になってるみたいだけど、どう見ても飛びぬけて可愛い容姿をしている。


 これも少女漫画の主人公という理不尽さよね。



「橘君のお母さんとは何を話していたの?」


「たいした話はしていませんわ。どうやら私のお母さまに用があったようですので」


「そっかぁ。…あ、その橘君が女の子に囲まれてる」



 なにっ!?



 私は条件反射のようにその言葉に反応し、汐莉さんの視線の先を追った。


 見るとそこには汐莉さんの言う通り、さっきまで千聖君を囲んでたおじさん達はいなくなっていて、それと代わるように見覚えのある女の子たちが千聖君に群がっていた。



「あ、あれは、妃花様……」



 やっぱり来てたのか…。それに取り巻きたちもいるじゃない。


 あの全員分の招待状を出したのか……。



 完全に妃花さんの言い分が通った形になってる。


 さすがの橘家も早花咲家を蔑ろには出来なかったということ、なのかな……?



 それにしても……。


 相変わらず接近し過ぎな連中だな、隙あらば触ろうとしてるじゃない。



 離れなさい! もっと離れて喋りなさい! おばちゃんじゃないんだからお触りは禁止! そぉーしゃるでぃすたーんす!



「早花咲さんたち招待されたんだね」


「まったく、性懲りの無い連中です。橘様は何故あのような者たちを招待したのでしょう……」



 汐莉さんの言葉を遮るように薫子さんが口を挟んできた。



「橘家としても早花咲家の令嬢が来たいと申しているものを無碍には断れなかったのでしょう」


「それはそうかもしれませんが、他の連中まで招待することは……」



 私の言う事に理解はしていても、やはり納得の行かない様子の薫子さん。


 

 そこに汐莉さんが。



「あの人達、招待されてもまだ橘君に用があるのかな? 何を話してるんだろ?」



 またピントのずれた事を言いだした。



 そんな汐莉さんに薫子さんは溜息を一つ吐く。



「大方ダンスの誘いでもしているのでしょう。女の方から誘うとは、何ともはしたない連中です」 



「まあまあ薫子さん。今日はお祝いの席ですのでそういった話はよしましょう」


「そ、そうですね…」



 今日が千聖君の誕生日パーティーという事でようやく納得した薫子さんだけど、まだまだ愚痴り足りない様子だ。



 気持ちは分からなくもないけど、今日ばかりは揉め事とかはやめてほしい。


 あの人たちも自重とかしてくれればいいのに……。




 と、そんな事をしている時に。



「あの、如月さん」



 不意に私を呼ぶ声がした。



 その声のする方に振り返ると、そこには数名の男の人達が。


 にこやかな笑顔を見せて私に話しかけてはいるけども、正装に身を包まれた男の人がずらりと並ぶとそれはそれで迫力のようなものがあるわけで…。



 何だろう、この人達は…?


 ちょっと怖いんだけど……。



「は、はい…。なんでしょうか…?」



 私が恐る恐る返事を返すと、その男の人達は堰を切ったように喋り始めた。



「さっきのダンス見てましたよ。大変素晴らしかった」

「如月さん、ダンス最高だったよ!」

「俺なんて思わず目を奪われちゃったよ」

「まるで女王様みたいでした」



 そんな言葉が一斉に投げかけられる。



 ちょ、同時に喋らないでよ…、何言ってるか分かんないじゃない。


 なんか褒めてるのは分かったけど、とりあえず礼を言っとけば良い…?



「あ、えと…、ありがとう存じます……」



 私はまた恐る恐ると礼の言葉を返す。



 するとその様子を汲み取ったのか、一人が改めて丁寧な口調で私に話しかけてきた。



「ああ、ごめんなさい、急に話しかけちゃって。今まで話したこと無かったけど僕たちは如月さんと同じクラスで…、僕は鈴木っていいます」


「小野です」

「斎藤です」

「下部です!」 



 クラスメイト……?



 そういえば見た事あるような……。



 なんだ、それならそうと早く言ってよね、びびって損したじゃない。


 い、いや…、クラスメイトの顔を覚えてない私もどうかとは思うけど……。



「そ、そうでしたか。ごめんなさい、普段の制服とは随分と印象が違っていたものですから、気付くのが遅くなってしまいましたわ」



 祥子ちゃんだったら『知りません』って普通に言いそうだけど、私には無理だね。


 クラスメイトから誰とか言われたら、私だったら泣いてしまうかもしれないよ。



 この人達もきっと傷ついちゃうよ……。



「…………」



 少し沈黙が流れる。



 何?


 何なのこの沈黙は…。


 何で何も言わないんだ?



「おい、やっぱあの噂は本当みたいだぞ」

「まじか、だとしたらやばくね?」

「おお、すげぇぜ」

「俺は前の方が良かったけどな」



 男子たちが何かをコソコソと話している……。



「あ、あの…。何のお話でしょうか?」


「ああいや違うんですよ。如月さんが中等部の頃と随分と印象が変わったみたいで、ちょっとした噂になってまして」



 なぬ…。


 う、噂になっている……?


 それって私が偽物だってバレてるって事…?


 いやいや、それは話が飛びすぎか……。


 でもこのまま行くとそういう話も出てくるのでは……。


 ど、どうしよう…。どうしたらいいの……!?



「う、噂なんて信じてはいけませんわ。私は何も、変わってなんかいませんもの……」



「やっぱり何か雰囲気変わりましたね。前はこんな気軽に話せなかったし」



 う…、変わってないって言ってるのにぃ。



「今の方が全然良いっす如月さん!」

「そうですよ、見た目とのギャップが最高です!」

「元に戻ってください如月さん!」



 ぎゃ、ギャップって何よ。


 ギャップのある所なんて見せてないんだけど。



「か、揶揄わないで下さいませ。それと変な噂を流すのはお止めください」


「噂というか…、見たままのような気がするんですが」



 見たままってどういう事よ!?


 私は常にポーカーフェイスのはずよ、見たままとかそんなはずは――



「照れてる顔がかわいいっす!」

「ちょっと怒った顔も最高です!」

「もっと怒った顔も見れたら最高です!」



 だ、だめだ…。


 何かを言えば言うほど裏目に出ている気がする……。



 これ以上この人たちと話してるのはまずい。


 さっさと用件を聞いてお引き取り願おう。



 あと、何か変な人が一人混じってない?



「あ、あの! それで、私にどういったご用件で…?」


「ああ、そうでした。出来たら一曲踊って頂けないかと思いまして」



 うう、ダンスか…。


 千聖君以外と踊る気は無かったし、それに出来ればもう踊りたくない……。



「申し訳ありませんが、私はもう――」


「如月さん、是非俺とも一曲!」

「いやいや、先に俺と一曲!」

「むしろ嫌々な感じで僕と!」



 ぬぅ、人の話を遮らないでくれる?


 そんなんじゃ女子にモテないんだからね。


 そういう強引なのは、時と場合と相手という限られた条件じゃないと許されないって知らないのかね、まったく…。



「皆さま、すみませんが今日はもう疲れてしまって…」


「一曲だけでいいんですよ、何ならこの中の誰か一人だけでも」


「だったら俺と!」

「この中で一番踊りが上手いのは俺です、だから是非俺と!」

「踊らされるのは得意です、是非僕と!」


 

 ……やっぱり、変な人混じってるよね?



「い、いえ、しかし……」


「あの、祥子さんが困ってるからもうそれくらいで…」



 ここで私の様子を見かねたのか汐莉さんが割って入ってきた。


 しかし――


「お、誰かと思ったら葉月さんじゃないか。今日は素敵なドレスを着ているね」

「おお、うちのクラスのツートップが揃ってるよ!」

「どうかな、葉月さんも一曲踊らない?」

「…………」


「あ、いや、私はダンスはやった事ないんで……」



 男子たちに圧倒され、唯たじたじとなるだけだった。



 やっぱそうなるか……。


 まあヒロインだしね、あまり強く言うタイプじゃないよね。



「何ですかあなた達は、失礼な振舞いはお止めなさい。祥子様も葉月さんもあなた達のようなものとは踊りません、さあ二人から離れるのです」



 ここで薫子さんも割って入ってきた。



 おお、こういう時こそ頼りになる薫子さん。


 いけ! 男子たちを蹴散らしてやれ!



「ちょっと待ってよ、僕たちは二人にダンスのお誘いをしているだけじゃないか。それを邪魔するほうが礼を欠いていると思うんだけど?」


「お二人とも困っています。それくらいは汲み取るのが紳士の嗜みというものでしょう?」



「いや困ってるかどうかは君が判断する事じゃないよね? それに、それほど困るような事は言ってないと思うけど」


「そうだそうだ、俺たちは如月さんと葉月さんに話してんだ」

「あんたが出てくる幕じゃないぞ」

「目に冷たさが足りないぞ」



「ぬぅっ……」



 か、薫子さん…?


 頑張って! そこで引き下がらないで薫子さん!



 い、いや、薫子さん一人に任せてちゃだめだ、私も何かしないと…。


 うう、どうしよう……。


 こういう時、祥子ちゃんだったらどうするんだろう。


 漫画の中の祥子ちゃんはいつも毅然としていて、迫力があって、多分こんな男子たちなんて寄せ付けないよね……。



 ……。



 やっぱり私のせいか……。




 私がもっと祥子ちゃんらしくしていれば、こんな事にはならない。


 前々から何となく思っていたことだ。



 原作とは違った私の行動が色々な所に影響を与えていて、これもその中の一つ。


 それは良い事ばかりじゃなくて、こういう事も起こってくるという事だ。



 改めて、祥子ちゃんの行動にも意味があったのだと気付かされてしまった。



 ただ単に横暴に振舞っていた訳じゃなくて、祥子ちゃんにも色々と抱えるものがあったというわけだ……。


 作中でそれを理解する人は少なかったみたいだけど…。



 やっぱりここは…。


 祥子ちゃんのように出来なくても私がやらなくちゃいけない……気がする。


 今は私が如月祥子…、だからね。



 私は深く息を吸ってお腹に力を入れ。



 全てを吐き出すように大きく息を吐く。



 そして一歩前に出ると、皆が私にその視線を集めてくる。



「皆さま――」



 そんな皆の視線の前で、恰好良く啖呵を切ってやろうと男子たちを鋭く見据えた。



 まさにその時だった――



「――祥子ちゃん……、あの、さっきのダンス素敵だったよ……」



 また更に誰かが私に声を掛けてきた。



「……な、鳴神さま」



 それは、花壇の前で会った男の子。



 鳴神次郎くんだった。




 ああ…、こんな時にややこしいのが来た……。

 




 


 


いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/


だいぶ涼しくなってきたので筆が進むかと思ったら…………そうはいかなかったようです('A`)

もっと頑張りたいと思います……。


では、皆さまのポチポチを期待しつつ次回に続きます(゜д゜)/

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