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4、乙女の決意は秘して語らず




 車に揺られる事二十分。


 車内にはさほどの会話もないまま、私立青華院学園へと到着する。



 車は校門の前に横付けされ、その中から私と千聖君が登場する。


 すると周囲からの視線が一気に私達に集中した。



 私達二人が婚約関係にあるのは既に周知の事実。


 二大財閥同士の結びつきということで、随分と話題になったらしい。


 そんな二大財閥の二人が、しかも美男美女のカップルが、一緒に登校してきたとあって学園生徒達の羨望の眼差しが私達に向けられるのは当然の事なのだ。



 でも、今の私にとってはそんな事はどうでもいい事なのよ。


 これからここで起こる事を考えれば、そんな些末な事には構っていられない。



 そう、今日この校門を潜った先で起こるイベントによって、この物語が始まってしまう。


 つまり、ヒロインである『葉月 汐莉(はづきしおり)』がここで登場する。


 そして、ここで千聖君と葉月汐莉は出会ってしまうのだ。


 

 まあ、出会ってしまうのは仕方がないとして、重要なのはそれを運命的にしてはいけないという事だ。



 私に課せられた使命はこのフラグを折る、いや、フラグすら立てさせない事よ。


 その為に今日は朝から気合いを入れてきた。


 ここが今後の私の運命を大きく決定づける分水嶺なのよ!



「どうした、行くぞ?」



 私が決意を新たに佇んでいると、千聖君は私に一声掛けてすたすたと足早に校門に向けて歩いていく。



「あ、ちょ、ちょっと待ってください」



 ああ、先に行かれると私の計画が!



 私は急いで千聖君に追いつき、横に並んで歩く。



 この校門を潜ると奴がやってくる。


 この先に起こる事というのは、私達が校門を潜った後に、その奴こと葉月汐莉が校門を曲がりながら自転車に乗ってやって来る。曲がった先に私達の姿を見て、「あぶなーい!」とか言いながら千聖君に突進してくるのだ。


 そして葉月汐莉の乗った自転車は急ブレーキをかけながら千聖君の手前で転倒し、パンチラをかましながら転がって千聖君を悩殺してくるという狡猾な罠を仕掛けてくる。


 もちろんこの青華院学園に自転車で登校する人なんていない。その辺りが、パンチラと相まって千聖君の中で葉月汐莉に対して『面白い女』という印象を与えてしまうのだ。



 この『面白い女』だけはダメよ。


 少女漫画において『面白い女』は恋愛フラグなのだから。


 実際何が面白いのかは、読んでてもさっぱり分からないんだけども。



 とにかく、このフラグだけは何としてもへし折らなければならないのだ!




「ち、千聖君、もう少し端を歩きましょう」



 校門を潜った私は、体で千聖君を押しながら端へ端へと移動していく。



「お、おい、何だ? そんなに押すなよ」



 千聖君は私の行動を訝しげに見ながら、端の方へと誘導されていく。


 ごめん、ちょっと不審な行動とるけど我慢して!


 こうやって、そんなイベント自体を起こさせなければ……。



 と、その時である。



「きゃああ!! あぶなーい!」



 急ブレーキをかける音が後ろから聴こえてくる。



 き、来た! そう思ったときである。



 ――ドンッ!!



 どういうことか、後ろから迫ってくる音を聴くや否や、私の背中に衝撃が走ったのである。



 私は何が起こったか分からず、ただその後ろからの衝撃に身を任せるように二回転しながら地面に突っ伏してしまった。



 えっ!? 何!? 何が起こったの!?



 そして後から襲ってくる背中の痛み。



 え、ちょっと、背中が痛いんだけど? 何これ、ひょっとして私にぶつかった?


 ちょっと待って、私、ヒロインの自転車に轢かれたの?


 いやいや、千聖君の場合は手前で転んでたじゃない? 何で私の場合はぶつかるの? 何で、どういう事これ?



「……うう、……いた、……い……」



 私が背中の痛みに呻き声を上げていると千聖君が声を掛けてくる。



「おい祥子、だいじょう……」



 うう、大丈夫じゃないよ~~。背中、痛いよ~~~。息できないよ~~。



 でも、心配してくれて嬉しい。


 ついでに、背中さすってくれたりしないかな……? そしたらすぐに痛みも治まるのに。



 ……してくれる訳ないけど。



 ま、まあ、これでフラグを回避できるなら、この痛みも無駄ではないよね。


 ふっふっふ、どうやら私の作戦勝ち、初っ端から物語を終わらせてやったってやつね。



 そこで倒れている私に、ヒロインこと葉月汐莉が声をかけてくる。



「ご、ごめんなさいっ!! 大丈夫ですか、どこか怪我は……。……あ……くま……」



 ――なっ!?



 ちょっと、今、あくまって言った?



 え、あ、悪魔……?



 だ、誰が悪魔だって!?



 あんた人に自転車で体当たりかましておいて、その相手を悪魔呼ばわりとは一体どういう了見なの!?


 ちょっとちょっと、これは甘く見てたわね。


 この子、ヒロインの皮を被ってるけど、とんでもない本性を隠してるみたいじゃない。



 少女漫画の主人公といえば皆いい子ちゃんの集まりかと思ってたけど、まさか読者まで欺いていたとはね。

 

 そうかそうか、そういう子なら私も遠慮なくやれるってもんよ。



 とはいえ、さっきから周りに人が集まりだしている。


 そろそろ起き上がらないと変に思われてしまう。



 私が起き上がろうとして地面に手を付いたとき、妙な違和感が私を襲う。



 なんだろう、さっきからお尻の辺りがスース―するのよね……。



 ……んん……?



 ……あ……くま……?



 あ、くま……。



 あ、熊!!



 全身から血の気が引くのを感じた。



 私は慌ててお尻に手を当て、それを確認する。



 ……ちょっ!!!



 ス、スカートが捲れてんじゃないのよぉぉぉぉ!!!!!



 すぐさま起き上がってスカートを手で押さえ、顔を紅潮させながら葉月汐莉を睨みつける。



 な、な、何てことを、してくれてんのよこの女はぁぁ!!!



 今日は勝負の日になる。


 そう思った私は朝から勝負用パンツを部屋にあるチェストの中から探していた。


 そうして見つけたのは、前世の私と全く同じ勝負パンツ(熊さんバックプリント)だった。


 これは履くしかないなと、最強装備を身に纏い登校するに至ったというわけなのだ。



 この、乙女が秘して語る事のない勝負パンツ(熊さん)を!


 よりによって、よりによって千聖君の目の前で!!

 

 こんな衆目の中で!!



「……あ、あの……ご、……ごめんなさい……」



 葉月汐莉はこちらに怯える顔を見せながら、恐る恐る謝罪の言葉を絞り出す。



「あ、ああ、ああああなた……、ど、どどど、どういう……」



 上手く呂律が回らない。


 それはそうだろう、あんな醜態晒して冷静でいられるはずがない。


 

「お、落ち着け、祥子」



 千聖君が私を宥めようと声をかけてくる。



 うう、恥ずかしくて千聖君の顔を見られない。


 お願い、この数分の記憶を消して! 何も起こらなかったことにしてぇ!!



 くぅぅ、この葉月汐莉のせいで~~~。



 どうしてくれるんだ、きっと千聖君の中で私は本当の意味での『面白い女』になってしまったじゃない!



 フラグをへし折って、私が優位に立つ予定が……。


 優位どころか、何歩も後退してしまった気分だわ……。



「あ、あの、本当にごめんなさい!! 私、本当にドジで……、ごめんなさい!! あ、その、お体の方は大丈夫でしたかっ!?」



 そう言って深々と頭を下げてくる葉月汐莉。


 そして、この騒ぎが気になるのか、どんどん周囲に人が集まって来る。



 その周囲に集まってきた人が目にしているのは、この物語のヒロインが悪役令嬢に頭を下げている図。


 

 何だ何だと、周囲から騒めきのようなものが起こり始めている。



 ……ちょっ、ちょっと待って、これって私がこの子に無理やり謝らせてるみたいに見えてない?



 ただでさえ悪役令嬢ってことできつめの顔してるのに、この状況は確実に誤解を生む。



 だめだ、このままここにいる方が誤解が誤解を生むような気がする。



 くぅ……、悔しい……けど……。



「……あ、あなた、……以後、気を付けなさい……」



 とにかく早くこの場を去らねばと、それだけ言って踵を返す。


 

 顔を俯かせ、口を真一文字に結び、足早にその場を後にする。



 何で、何で、何で私がこんな目に合わなきゃいけないの!


 自転車に轢かれた上にこの仕打ちはあんまりだ。



 悔しさと、情けなさと、どうしようもない憤りに涙が自然と浮かんでくる。



 こんな事で泣きたくはないと必死に堪えるけど、どうしても涙は止まってはくれない。


 目の前の景色が歪んでいくのを見ると、尚のこと惨めな気持ちになっていくのだ。


 

 と、そこへ。



「おい、祥子……」



 千聖君が私を追いかけてきてくれて、軽く私の肩に触れた。



 その肩の感触にとても暖かいものを感じる。



 嬉しい、私の方に来てくれた。


 散々な目にあったけど、唯一の救いを千聖君が与えてくれている気がする。

 


 確かに私はそう思った。




 でも……。



 目に涙をいっぱい溜めて千聖君の方に振り返った私は。




「ふぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




 謎の奇声を上げながらその場を走り去る事しかできなかった。


 



祥子ちゃん頑張れって思った方は、下の方のボタンなどをポチポチっとしてくださると有り難いです(*ノωノ)


では、続きはまた明日(-ω-)/

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