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30、物語の中の世界




「祥子様のクラスの方が、あの、大変な事に……」



 私の隣のクラス、早花咲妃花さんと同じクラスの桜羽白雪さん。


 その桜羽さんが、急いで汐莉さんを探しに行こうとした私を呼び止めて、そう告げてきた。



「私のクラスの…? えっと、ごめんなさい、何があったのでしょうか?」


「は、はいっ。あ、あの、祥子様がいつも一緒におられる……」



 桜羽さんは、そこで言葉を詰まらせる。



 いつも一緒にいる…?


 薫子さんか、晴香さんか……。



 いや、大変な事になってるとしたら、あの子だろうな……。



「それは……、葉月汐莉さんの事でしょうか?」


「そ、そうですっ、その方ですっ。特待生で、いつも一緒にいる、その……」



 何かを言い難そうに口ごもる桜羽さん。



 な、なに? 何か言いたい事があったんじゃないの?


 急いでるから、話すなら早くしてほしいんだけども…。



「あの、桜羽様、私急ぎますので……」


「そ、その方が、あの…、妃花様に…」



 ひ、妃花さんに……?


 やだ、その続き聞きたくない……。



「ひ、妃花様がどうかされたのですか……?」


「えと、特待生さんを囲んで、皆さんで迫ってまして、それで……」



 皆さんで……。


 やっぱりいるのね、取り巻きたちが……。



 はぁ…。


 やだなぁ、怖いなぁ、怖いなぁ…。



「そ、そう……。それで、妃花様たちは汐莉さんにどういったご用件で?」


「えと、そこまでは、あの、よく聞こえなくて分からなかったのですが…。何だか、…雰囲気が、良くなかったもので……」



 何だろう、何で汐莉さんに……?


 ひょっとして、あれ? 昼間の事で意趣返しをしようとかってこと…?


 いやでも、昼間の事ってそんな大勢で取り囲む程の事……かどうか分からないか……。あの辺の人たちって、やたらプライド高いしね。庶民に対してはとことん厳しい対応を取るのかも……。



 うーん、ここでこうしてても何も分からないか…。



「……そうですか。桜羽様、よく知らせてくださいましたわ。それで、彼女たちは何処にいるのでしょうか?」


「こ、この先の、売店の近く…です」



 しょうがない、助けにいくか…。


 妃花さんに対抗できるのは祥子ちゃんだけだしね。私がやらなきゃ誰がやるんだって話だ。そもそも、私のために売店まで向かったわけだし、私が行かなきゃだよ。うん、そうだよ、私が行かなきゃいけないんだよ。


 私が行かなきゃいけないんだ!



 ……よ、よし、腹を括ったぞ。



 腹を括るのに色々と理由をつけないといけないのが我ながら情けないな……。



「わかりました。桜羽様、お手数をお掛けしましたね。あとは私にお任せくださいませ」



 今回は一人だけど、大丈夫よ私。


 私は如月祥子だからね。いくら早花咲家が大きい家だからって、如月家の人間に何かしてくるって事はないからね。


 大丈夫、大丈夫よ、大丈夫だからね!



「あ、あの、祥子さ――」


「あーら、これはこれは祥子様やないですか。こないな所で奇遇ですなぁ」



 桜羽さんの言葉を遮って、不意に私たちに掛けられたその声。


 それは早花咲妃花のものだった。



 きたーー!!


 きた、きた、きた!!


 妃花軍団がこっちから行く前に来ちゃったー!!



 お、落ち着け私!


 相手が大勢だからってビビる事はないのよっ。


 そ、そう、ここは笑顔で、余裕の笑顔で返して大物感をだすのよ。



 私の前まで来て立ち止まる妃花さんとその一団。


 私はその一団を前にして、にこりと笑顔を……。



「こ、これは妃花様、皆さまお揃いで。キャンプファイヤーの方は宜しいのですか?」



 だめだ、顔が引き攣って変な笑顔になってしまった。


 ぐぬぬ、不意打ちでくるから……。



 妃花さんは私の言葉にくすりと笑みを溢す。



「ええ、ちょっとした野暮用がありまして。祥子様こそ、うちの桜羽と何をしてはるのですか?」



 言いながら、妃花さんの視線が桜羽さんに向けられ、桜羽さんはその視線にびくっと体を震わせる。



 この遣り取りだけで、何となくこの二人の関係性が分かる気がする…。


 桜羽さん、気が弱そうだしね。妃花さんのクラスじゃ苦労が絶えないだろうな……。



「あ、あの、妃花様、これは――」


「桜羽様とは以前に何度かお会いした事がありまして、それで少しお話をさせて頂いてたのですわ」



 ここで迂闊な事言ったりしたら、桜羽さんのクラスでの立場が悪くなる。ここは以前から知り合いだったという事にしておくのが一番よね。


 大丈夫よ桜羽さん、情報提供者を売ったりはしないからね。



「へぇ、そうやったんですか、それは知りませんでしたわ。それならそれで言うてくれたら良かったのに、なあ白雪さん」


「あ、はい、えと、その、ご、ごめんなさい」



 だから、あんた怖いんだって。


 言葉に圧があるのよ、圧が。


 ほら、桜羽さんが委縮しちゃってるでしょ、まったくもう。



もっと人に好かれる様な接し方しないとダメよ。そんなんだと、敵ばっかり作っちゃうんだからね!



「それほど親しくお話をしたという事もありませんでしたので、桜羽様も失念していたのでしょう。桜羽様を責めないであげてくださいませ」


「いややわ、責めるやなんてとんでもない。白雪さんが祥子様と仲が宜しかったのがちょっと意外に思いましてね。ほら、白雪さんは陰から隠れて見てる事が多いやないですか」



 陰に隠れて……。


 そうか、桜羽さんを何処かで見た事があると思ったら、前に教室を覗いていた子だ。


 千聖君たちに妃花さんのクラスの子たちが群がっているのを、陰から覗いてたんだよね。私と目が合ってすぐに顔を引っ込めたので一瞬しか見てないけど、多分あれは桜羽さんだった思う。



 桜羽さんは妃花さんグループという訳ではなく、遠巻きに見てるって感じなのかな…?



 それにしても、ぬぅ、そんな言い方しなくてもいいのに。


 フォローを入れたつもりだったのに、却って桜羽さんに悪い事してしまったじゃない!



 ごめんよ、桜羽さん。


 桜羽さんの話はこれ以上はやめておくよ……。




「ところで、妃花様。あちらには売店くらいしか無いようですが、お土産でも買われたのですか?」



 そう言って、妃花さんたちがやって来た方向に視線を向けた。


 すると、妃花さんはその私の視線の先に目をやり少しだけ口角を上げる。



「いえね、たいした用やないんですよ。ちょっと虫よけでも買おうかと思いまして。どうもこっちは虫が多くて敵いませんから」

 


 野暮用というのが虫よけを買う事? なんか含みのある言い方だな……。



「そうですか? 私はあまり気になりませんが…」


「私、虫だけは昔から好きにはなられへんのですよ、特に人に集ってくる虫が」


「そう、なのですか……?」


「嫌やないですか? 知らんうちに近寄ってきて、耳元で羽音を立てるんですよ? 考えただけで寒気がしますわ」



 それは、確かに気持ち悪いけど……。


 絶対そのままの意味では言ってないよね?


 なんか、雰囲気がおかしいような……。



 しかし、妃花さんはさらに続ける。



「何処を這ってたかも分からへん虫が、潰しても潰しても、次から次に湧いてくるんですよ。耐えられます? うじゃうじゃ、うじゃうじゃと這い寄られるあの気持ちの悪さに」



 妃花さんの目が、徐々に興奮したような色に変わっていく。



「え……、いえ、それは……」



「虫には遠慮いうもんがありませんやろ? 気が付いたらすぐ近くにいて、知らんうちに遠慮なく血でも何でも吸っていくんですよ。触覚の届くもんやったら、どんなもんでも手当たり次第で…」


「は、はあ…。そうですか……」



 興に乗ったように、妃花さんの話は止まらない。


 語気に強さは無いものの、何とも言えない迫力みたいなものが私の言葉を詰まらせる。



「虫の中でも一番嫌いなのが、人に寄生してくる虫でしてなぁ。いつの間にか人に取り付いて、もぞもぞと体の中で這い回って、栄養を横取りしていくんですわ。 祥子様どないします? 祥子様の知らんうちに、祥子様の体の中に寄生でもされてて、もぞもぞと動き回ってたとしたら」



 妃花さんは呼吸を乱して興奮し、手をワキワキとさせながらそう訊ねてくる。


 私の目を見据える眼光は鋭く、見るもの全てを恐怖させるような迫力があった。



「ひ、妃花様……?」



 私の声に、ふと我に返った妃花さんは、くすりと笑って距離をとった。



「ああ、ごめんなさいね。ちょっと祥子様が心配になりましてなぁ。その綺麗なお肌がいつの間にか虫に食われたりせんかと思いまして」



 妃花さんは、一気に普段の平静を取り戻す。


 その変わり身の早さが、彼女の印象をさらに恐ろしいものにした。



「お、お気遣い、ありがとうございます…」


「ほな、私らはこれで失礼いたします。祥子様、くれぐれもお気をつけくださいませ。ごきげんよう」



 妃花さんは軽く会釈すると、私に視線を向けたまま横を通り過ぎる。


 それに倣うように、取り巻き立ちが私に会釈をして妃花さんの後を付き従っていく。



 そして。



「あ、あの、祥子様、私もこれで…」



 桜羽さんもそう言って、妃花さんの後を追っていった。




 妃花さんたちの姿が見えなくなるまでその後ろ姿をずっと眺め、そして私は静かな施設の廊下に再び一人となった。



 こ、怖かった~~~~~。


 何あれ? 何なのあれ!? ほんとどういう事なの!? 


 なんか、ずっと虫の話してたよ? しかも体を這い回るとか…、ひぃ、寒気がする……。



 それにしても凄い迫力だったな…。


 特にあの目! 怖すぎでしょ、あれ! 絶対何人か殺してるよあれは! 散々いたぶって殺したあと、家の力で揉み消してるんだよ! 


 ひょっとして家に拷問器具とか取り揃えてるんじゃないでしょうね……。



 ううぅ、怖い怖い怖い!



 想像したとたん、鳥肌と震えが全身に襲ってくる。


 背中や手といった体中に汗が滲み、それはもちろん腋にも……、いや、腋は大丈夫よ! 令嬢は腋に汗なんてかかないんだからね! まったく、失礼しちゃうわっ!



 いやまあ、それはいいとして。


 さっきの、妃花さんが言っていた話……。


 虫というのは、間違いなく外部からの一般生徒の事だろう。


 原作でも描かれてはいたけど、それほど取り上げられなかった外部生徒との確執部分。あの早花咲妃花という人物にはこの確執が、他の生徒よりもかなり根深いものがあるのではないかと思えた。



 単なるエリート意識だけなのだろうか? 


 それだけじゃ無いような気もするけど……。


 まあ、あまり関わりたくないから、その辺は知らないほうがいいのかもしれないけど。



 はぁ……、この学園には、一体あとどれくらいあんな人がいるんだろうか……。


 私、この学園でやっていけるかな……。


 だいぶ不安になってきたわ…。



 …そういえば、妃花さんって原作では出てこないんだよね。


 あんな濃いキャラが何で出てこなかったんだろう……。


 濃過ぎてカットされたとか?



 ――と、そんな事を考えながら廊下を歩いていた時だった。



「あ、祥子ちゃん。寝てなくて大丈夫なのかい?」



 よく知った声が私に話掛けてきた。



「あ、神楽様と…。お二人もお揃いで……」



 そこには声を掛けてきた怜史君と、その後ろに千聖君と汐莉さんが居た。



「祥子さん、もう体調の方は大丈夫なの?」



 売店に向かった汐莉さんがいるのが分かるけど、なんで千聖君と怜史君が……?


 キャンプファイヤーを楽しんでいるんじゃ……。



 ……。



 あっ……!



 そうか…、そういう事だったのか……。



 何て事だ、すっかり忘れていた。



 合宿一日目の夜。


 汐莉さんに絡んでいたのは、祥子ちゃんだ。


 その日の夕食の支度の際に、千聖君と汐莉さんが仲良くしているの眺めている事しか出来なかった祥子ちゃんが、腹を立てて汐莉さんに八つ当たりをするのだ。


 その時、祥子ちゃんから汐莉さんを助けたのが、千聖君と怜史君だった。


 だから今こうして三人が揃っているのだ……。



「え、ええ、お薬のおかげで随分と良くなりまして……」



 でも、私がやるはずだった役が妃花さんに替わっている……。



 本来原作には出てこないはずだった妃花さん。


 その妃花さんが、私がやるはずだった事を替わりに行っているっていう事……?



 これは…。



 私は随分と甘く見ていたのではないだろうか……。



「ほんとに? 良かったぁ、さっきはかなり苦しそうな顔してたからね、心配したんだよぉ」



 汐莉さんは、ほっと胸をなでおろしながらその顔を破顔させる。


 だけど私には、その顔が胸にずしりと圧し掛かったような気がした。



「ご、ご心配を、おかけしましたね……」



 私が祥子ちゃんとは反対の行動をとっても、物語には何の影響も無いとしたら…。


 何をしても、妃花さんのような人が出てきて物語を修正してしまうのだとしたら……。



 本当は、物語を変える事なんて出来ないんだとしたら……。




「あ、でも、ちょっと良くなったからって歩き回っちゃダメだよ、治りかけが一番油断しちゃだめなんだから。…あ、ひょっとして、私が遅いから探しにきてた……?」


「……い、いえ、そういう訳では……」



 それは、今までなるべく考えないようにしていた事だった。


 臆病な私は、敢えてその事を避けていたのだ。


 それを今、無情にも突き付けられてしまったのだ。


 

 そう思った時、私は全身の力が一気に抜けていくのを感じた。



「祥子ちゃん、やっぱり顔色が悪いよ? 安静にしてなきゃ」



「え、ええ…。そう、ですね……」



 私は何とかその声を絞り出した。



 怜史君や汐莉さんの顔が歪み、目の前は靄がかかったように視界を奪っていく。



 そして、皆の声もどんどんと遠くなっていき。



 私はふらつきそうになるのを必死に堪えながら、茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。




「祥子、大丈夫か? 無理はするなよ」



 千聖君のその声に、はっとなって彼の顔を見上げる。



 そこには、私を諫めるように見つめてくる千聖君の顔があった。


 それはどこか優しさがあって、私の事を心配してくれている、そんな顔だった。



 私を心配してくれている、それは物凄く嬉しい事のはず。



 だけど私には、その顔がどんどん遠くなっていくような気がして、涙が溢れそうになるのだ。




「はい……」



 消え入りそうな声でそう答えた私は、涙を見られないように顔を俯かせた。




 俯いて…。

 


 震える手を、胸の前で強く握りしめて…。


 

 変えられないかもしれないと…、その事ばかりを考えていた。



 何度も何度も、その事ばかりを考えていた。



 

 私の足下に、一滴の涙がこぼれ落ちても。







いつもお読みいただき、ありがとうございます(/・ω・)/


ようやく30話ですが、体感では60話くらいです(`・ω・´)b

そんな気持ちで読んで頂きたいです(`・ω・´)b


それでは皆様、次回にまたお会いしましょう(`・ω・´)ノ

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