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27、令嬢たちの戦いはこれからだ




 変な悪夢にうなされながらも、私たちはオリエンテーリング合宿所施設へと到着した。



 青華院学園が保有するその施設とは、まさに絢爛豪華な高級ホテルのよう。


 広大な敷地の中に一際大きくその存在感をアピールし、まさに青華院の名に相応しい威風堂々たる姿を顕現している。



 そしてその絢爛さは外観だけに止まらない。


 内装は上流階級に相応しい贅を尽くしたもので埋め尽くされ、そこに常駐する職員も一流の人員を取り揃えている。


 施設内にはジムや室内プール、各種レクリエーション設備も整っていて、そのどれもがプロが使うような本格的な規模となっている。



 さすがは青華院と云わんばかりのその威容さに、外部生徒たちは一様に息を呑み、驚愕し、溜息をもらす。



 そんな豪華なこの施設……。



 運動部が使う以外に殆ど使い道が無いという、完全に持ち腐れ施設となってしまっているのだ。



 まあ確かに、こんな野外活動的なイベントなんてそうそう無いし、運動部だって年中合宿をやってる訳じゃない。


 そうなるとこの施設を利用するのって、一年を通して考えると数えられる程度になってしまう。


 学校の施設を一般に開放するわけにもいかないだろうし、いよいよ使い道が見当たらないものになってしまっている。



 ほんと、なんでこんな無駄に凄い施設を造っちゃうかな……、金持ちの考える事ってよく分からないよね。


 それに、ここで働いている人たちは普段どうしているんだろう……。


 今いる人たちは臨時で雇われて来たとかなのかな……?


 いや、一流のスッタフを臨時雇いっていうのもおかしいかな? 


 ということは、ここに常駐してるってこと?


 何も無い時もずっとお給料払ってるの? その辺は、一体どうなってるの……?



 青華院学園の謎はまだまだ深い……。




 さて、そんな私の杞憂はどうでもよくて。


 合宿所に到着した私たちは、一先ずそれぞれの部屋へ荷物を置きに行く。


 私は同じ班という事で汐莉さんと二人部屋だ。


 もっと大人数でも良かったんだけど、部屋数もいっぱいあるので各部屋二人となった。


 まあ、一人部屋とかだと合宿って感じがしないから、それよりは良かったかな。



 施設の部屋の中はやっぱり豪華で、二人で使うには勿体ないくらいに広い。


 その部屋に入ったとき、あまりの壮麗さに汐莉さんが感嘆のため息を洩らしていたくらいだ。


 いや、汐莉さんの気持ちは分かるよ。なにせ元庶民である私も、心の中では驚いていたからね。……表にはださなかったけど。



 いやはや、前世の私にはまず縁の無い場所だよ。



 部屋に荷物を置いた私たちは、施設内のホールのような所に移動し皆で昼食を摂る。


 食事の内容は学園の食堂と大差はないけど、皆が同じものを食べているというのはこの学園では珍しい光景だ。


 あと食事代が無しでご馳走が食べられたので、外部生徒たちが喜んでいた。



 食事を半分ほど残して昼食を終えた私は、皆と共にラウンジへと移動した。



 今日の夕食はこの施設のキャンプ場で自分たちで作る予定となっている。


 その準備は夕方から始まるので、それまでの間は自由時間とのことだ。



 自由時間ならこの施設の設備を使って皆で運動でもしないかと汐莉さんが提案してきたのだけど、薫子さんと晴香さんの何言ってんだこいつっていう顔の前に一蹴された。



 令嬢たるもの、食後はラウンジで優雅にお茶をするものらしい。


 うん、これには私も薫子さんたちに賛成だ。


 決して面倒臭いとか、汗かくの嫌とか、そういう事ではない。


 ましてや、運動音痴だから体を動かすのが嫌っていう事ではない。


 断じてそういう事ではない。




「運動なんてジムに行けばいつでも出来るでしょう。こんな所でわざわざやる事でも無いんですよ」



 薫子さんはのティーカップのお茶を啜りながら、汐莉さんにそう言って窘めている。



 さすがは浅野家の令嬢、そのお茶を飲む居住まいにも堂に入った迫力と説得力のようなものがある。


 いつもよく分からない迫力があるんだけど、ティーカップを持つとそれが二割くらい増しているような気がする。



「ああ、いや私、ジムとか行ってないから…」



 そんな迫力に圧されたのか、汐莉さんも少したじたじになっている。



「それは物の例えです。葉月さんも青華院の生徒なら、もう少し気の利いた事を言わないとダメだということです」



 そう言いながら薫子さんはティーカップを口元で傾ける。



「う、うーん、気の利いた事かぁ……ゴクッ」



 汐莉さんは首を捻りながら、紅茶をぐいっと嚥下した。



「そうですわよ、ここでしか出来ないような事じゃないと、コクッ、意味ないんですからね」



 晴香さん、喋りながらお茶を飲むのはやめようね。



「まあ、私でしたらすでに三つは案を出していますね。それくらいが淑女としての嗜みと言えるかもしれませんね……ゴクゴク」


「はあ、浅野さん凄いなぁ……コクッ」


「私たちくらいになると、ゴクッ、当然の事ですわ」



 三人は早々にお茶を飲みほしたかと思うと、さっそく二杯目のお茶を注文しだした。



「こういう初めての場所でも、瞬時にその場所でしか出来ない事を思い付く。これからの女はそんな頭の回転の速さも要求されるのですよ……ゴクゴク」


「要求されるのですわ……ゴクン」


「なるほどぉ……ゴクッ」



 二杯目のお茶も勢いよく飲んでいる三人。



「あ、じゃあ、カラオケとかどうかな? この施設カラオケもあるみたいなんだよ。……ゴク」


「カラオケ……、何だかぱっとしませんね。それにカラオケなんて、うちの家には最新のが置いてありますよ。……ゴクゴク」


「そうですわよ、ここでしか出来ない事、ゴックン、でないといけませんのよ」


「うーん、難しいなぁ」



 二杯目のお茶を飲みほしながら、汐莉さんは首をひねっている。



 いやいや、あなた達。


 さっきから、やたらとここでしか出来ない事に拘っているけども。



 食後にお茶を啜ってる方が、よっぽどいつでも出来る事だからね。




 ――そんな感じで楽しくお茶をしてるときだった。




 遠くの方から、今朝にも聞いたような黄色い声が聞こえてきたのだ。



「む、あれは、やはり例の連中ですね」



 薫子さんのその言葉で、私たちの視線は自然とその黄色い声へと集中する。



 それは私たちのいるラウンジの横を通り過ぎようとしている女子生徒たちの集団。


 その中心にいるのは例によって……。



「ああ、やっぱり橘君たちが中心にいるね」



 そう、汐莉さんの言う通り、またもや千聖君と怜史君があの連中に集られているのだ。



 またあの人たちか…。


 ぬぅぅ、あの連中、姉妹校組よね。 ということは、それなりの家柄の人間ということよ。


 だったら、橘千聖に婚約者がいることくらい知ってるだろうに。


 私、というね!



 それなのにまぁ、あんなにも馴れ馴れしく……!



「葉月さん、そんな呑気な事を言っている場合ではありませんわ。橘様と神楽様があんなに嫌がっているではないですか」



 そうよ! 遠くてよく分からないけど、千聖君と怜史君は確実に嫌がってるよ!



「晴香さんの言う通りです。あれは明らかに私たちのクラスに対する侵略行為です」



 そうそう、侵略行為だ!



「そんな、大袈裟じゃないかな…?」


「何を甘い事を言っているのですか、これだから一般家庭の人は困るのです。これこそ私たち令嬢の縄張り争いというものなのですよ」


「そういうものなのですわよ」



 そうそう、そういうもの……なのかどうかは知らないけど!


 とにかく、あの連中をどうにかしないと……。



 …………。



「よ、よく分からないけど、そういうものなんだね……」


「そうです。さあ葉月さん、今こそ特待生の頭脳の見せどころですよ。連中を追い払うアイデアを出すのです」


「出すのですわ」



 息巻く薫子さんに、それに同調する晴香さん。



 ……。


 

 うん、ちょっと待とうか。


 私、この流れ嫌いだな。



 だって、この後の流れはだいたい予想がつくじゃん!



「え、私が…!? んー、じゃあこういうのはどうかな? 橘君たちをここに誘って一緒にお茶するってのは……。そしたら、あの人たちも遠慮してくれるんじゃないかな?」



 お、……おお、すぐアイデアが出るのね……。



「甘いですよ、そんな事言ってもここまで付いてくる可能性が……いや、なるほど、このテーブルは詰めても六人までしか座れない。たとえあの連中が付いてきたとしても、同じテーブルには座らせないというわけですか……」


「え、いや、そこまでは考えて無かったんだけど――」


「さすが特待生、なかなかの策士ですね」


「なかなかやりますわね、葉月さん」



 考えてなかったって言ってたよ、今。



「むしろ、同じテーブルに座れない事のほうが屈辱的に……。いいでしょう、その案を採用します。では祥子様、参りましょうか」



 きたーー!!


 やっぱり、こっちにきたーー!!


 せっかく大人しくしてたのにーー!!



 まったく、予想通りの流れだよ。


 はぁ、結局こうなるのかぁ……。



 私が行くという事は、私が中心に居なきゃいけないってことなんだよ。


 この子たちみたいに、後ろでガヤってるだけだったら凄く気が楽なんだけど、私はそうはいかない。



 これも悪役令嬢の宿命なのね……。




 まあでも、千聖君の為にも行くしかないよね。あの連中の千聖君に対するお触りは看過できないわ!


 頑張れ祥子! 奴らのセクハラを止めるのよ!



 幸いにも、今回は汐莉さんがアイデアを出してくれている。


 人数も増えてるし、気合い入れて奴らに対抗するのよ!


 よし、いける気がしてきたよ!



「祥子様、早くしないとあの連中が行ってしまいます」



 薫子さんがそう言って急かすのを聞きながら、私はその連中に一度視線を流す。



 私は目を閉じてすっくと立ちあがると、腕を組みながらこう言った。



「わかりました。では皆さん、参りますか」



 私の声に呼応するように皆が席を立つ。



 まるでこれから戦でもしに行くような顔の薫子さんと晴香さん。


 なんだかよく分からない感じで皆に倣っている汐莉さん。



 そんな三人が、何故か私に期待の目を向けている。




 いや、そんなに期待されても困るんだけど……。




「……あ、あくまでも、千聖君をお茶に誘い行くだけですからね?」



 

 大丈夫かな、私……?

















「――橘様、是非ご一緒に!」


「いえいえ、私とご一緒に!」


「では、私は神楽様と――」



 千聖君と怜史君に取り巻く女子生徒たちの声がこのフロアに鳴り響いている。



 その、令嬢としては少し騒ぎすぎている一団へと私たちは歩を進めていく。




 五人か、結構いるなぁ……。


 隣のクラスの人なんて原作には出てこないから、誰がいるんだか知らないんだよね……。

  


 ……やばい。



 ちょっとビビってきたわ……。



 うう、だめよ……!


 こ、こんな事でビビってる場合じゃない!


 ここは毅然とした態度でいないと意味が無い!


 大丈夫、私は如月祥子なんだからね! 


 私は如月祥子、私は如月祥子、悪役令嬢、如月祥子!



 ああ、そんな事を考えている間にもう集団が目の前に……!



「あ、やあ、祥子ちゃん。みんな揃って何処へ行くんだい?」



 こちらに気が付いた怜史君が、私たちより先に声を掛けてきた。



 う、先に声を掛けてきてくれたのは嬉しいけど、そのせいで女子生徒たちの視線が一気にこっちに向いちゃったよ……。



「え、ええ、私たちあちらのラウンジでお茶をしていたのですが……」



 私が喋りだした途端、女子生徒たちの視線がより鋭くなる。



 こ、こわっ!!


 ちょ、知らない人たちから睨まれるのって、こんなに怖いの……!?

 


 だ、だめよ、こんな事でビビってちゃ。


 わわ、わ、わ、私は如月祥子なんだからっ!!



「神楽君たちも一緒にどうかなって誘いにきたんだよ」



 私が躊躇している隙に、汐莉さんがその続きを話した。


 すると当然、女子生徒たちの視線が汐莉さんに移る。


 それでも汐莉さんは、その笑顔を崩さずニコリとしている。

 


 代わりに言ってくれたのは助かったけど、あんな視線を浴びて何とも思わないのかしら……。


 ど、鈍感系ヒロインってやつですか……?

 



「ああ、良いね。ありがとう、是非ご一緒させてもらうよ。千聖もいいかい?」



 怜史君は私たちの意図に気付いたのか、すぐに賛同してくれた。


 そして、千聖君もそれに一言「ああ」と言って首肯した。



「じゃあ君たち、悪いけど僕たちはこれで――」


「ちょっとお待ちくださいな」



 怜史君が女子生徒たちにお引き取り願おうとしたそのとき、その女子生徒たちの中からそれを制止する声が聞こえてきた。



「えらいお久しぶりですなぁ、如月祥子様」



 その声の主は私の名前を口にすると、一団から一歩前に出て私たちに対峙する。



 その、まるで私と旧知の間柄であるような事を言う声の主とは……。



「…これは、早花咲妃花様、お久しぶりですわね」



 この女子生徒の正体は『早花咲 妃花(さはなさきひめか)』という、原作には出てこない女の子だ。


 それ故に私には馴染みのない人物なんだけど、祥子ちゃんの記憶の中にはある女の子だったので何とか名前だけは分かった。


 とは言っても、祥子ちゃんも数回しか顔を合わせた事がない相手なので、それほど知った仲というわけでもない。



「ごめんなさいね。同じ学園に入学してましたのに挨拶もまだしてませんでしたわ」



 早花咲妃花は優雅な所作でそう言うと、長い巻き髪を軽く掻き上げる。



 少し盛ったまつ毛が特徴的だけど、化粧が濃いという印象は与えない絶妙なラインの美人顔。


 どこか妖艶さを纏うその容姿は、女の私でも少し見惚れてしまいそうな所がある。



 何というか、祥子ちゃんよりもこの人のほうが悪役令嬢っぽい気がするんだけど……。



「いえ、こちらこそ。ご入学されてましたとは存じませんでしたもので」



 祥子ちゃんの記憶が正しいなら、この早花咲妃花はかなりの要注意人物だ。


 なにせ早花咲家というのは、如月、橘に次ぐ西の名家。


 住んでいる地域の違いから今まで顔を合わせる事が少なかっただけで、この界隈ではかなり有名な存在なのだ。



 これは不味い。


 橘樺恋に引き続き、如月家の威光の効かないのが出てきた……。


 何でこんな原作に出てこないのが出てくるかなぁ。


 私のアドバンテージが無くなっちゃうでしょ、まったくもう。



 こういう前情報の無いのは本当困るんだって。



 やばい、さらにビビってきた……。



「ほんまでしたら初等部からこちらの学園に入る予定でしたんやけど、家の事情で高等部からになってしまいまして」


「あら、そうでしたか。でも高等部からでも早花咲様とご学友となれて大変嬉しいですわ」


「いややわ、妃花って呼んでくださいな。せっかく同じ学園に通えることになったんやし、仲良うしてくださいよ」


「ええ、妃花様。では私の事も名前で呼んでくださいませ」


「はい、そうさせてもらいます、祥子様。ほほほ」



 何だろう、会話の内容は和やかななのに、もの凄く背筋に冷たい物を感じる。



 何と言うか、この子……。


 目が……、笑ってないんだよね……。



 やだわ、超怖い……。



「祥子様、挨拶がお済みでしたらそろそろ――」


「それでなんですけど、橘様と神楽様とも仲良うしたいと思いまして。こうしてお話させてもらってましたんやけど」



 薫子さんが喋るのを制止するように割って入ってくる早花咲妃花。



 その妙な迫力の前に薫子さんが閉口してしまった。


 薫子さんを黙らせるとは、恐るべし…。




「何でも聞くところによりますと、今月の末に橘様の誕生パーティーがあるそうやないですか。是非とも私らもそれに参加したい思いましてな」



 早花咲妃花は、その綺麗な声色と独特な口調で更に話を続けた。



 その独特な優雅さは、まさに西の名家といった雰囲気を醸し出していて、彼女を見るものを魅了する。


 取り巻きがこれだけいるっていうのも、家の力だけじゃないってことか……。



 私とは大違いね。



「橘様の誕生パーティーは、毎年同じクラスの人しか招待されません。誰も彼もと招待していては際限がなくなりますので、そのための区切りです。どうぞご理解ください」



 薫子さんがすかさず口を挟んできた。



 やっぱり、さっき喋ってるのを遮られたのがイラっときたのね。


 薫子さんのプライドに障っちゃったのね!



 それにしても、よくあれに向かっていけるなぁ。


 さすが薫子さんだわ……。



「せやから、こうして頼んでるんです。ほんまでしたら同じクラスやったかもしれへんわけやし、特別にお願いできひんやろかと思いまして」



 しかし、早花咲妃花は動揺する事なくそれを軽く躱す。


 その、アナタなんて相手にしていないのよっていう態度に、薫子さんの表情が目に見えて険しくなった。



 やばい、だんだん空気が不穏な感じになってきた……。




「はぁ、だから俺が決めてる訳じゃないって、さっきから言ってるだろ」



 ここで、堪らなくなったのか千聖君が溜息交じりに口を開いた。



「そんな、いけず言わんでくださいな橘様。私たちはこれから宜しうしていきたいだけなんですよ。橘様が一言だけ口を利いてくれはったら、それ以上の無理は言いませんので」



 そう言って甘えるような声を出す早花咲妃花。



 随分と下手に出たような言い方をしているけど、これってかなり狡猾じゃない?


 主役の千聖君が口を利けば誰であろうと融通されるに決まっている。つまり、どちらにしろ断れない選択肢を提示しているようなものだ。


 あの獲物をロックオンしたような目は間違いない、恐らくそういうのを全部計算ずくで言っている。



 どうしよう……。


 あの子が喋れば喋るほど怖くなってくる。



「まあまあ、早花咲さん。その話は少し保留にしておいてくれるかな?」



 ここで割って入ってきたのは怜史君だった。



「神楽様、それはどういう事ですやろ?」


「千聖の性格じゃ無責任な約束は出来ないから、今この場で良い返事はできないよ。だから少し待ってくれるかい?」



 すっと早花咲妃花との距離を詰めた怜史君は、それはもう爽やかな笑顔と優しい口調で語りかける。



 おお、眩しい……。


 怜史君が何故か輝いて見えるよ……。


 あれが、所謂イケメンオーラってやつなのかしら……。



 早花咲妃花とその取り巻きや、薫子さんたちまでもがその笑顔に頬を染める。


 まるで白馬が似合いそうなその爽やか笑顔。


 さすがの早花咲妃花でもその笑顔には、完全に毒気が綺麗に抜けてしまっている。



 あんなのを見せられたら、そりゃそうなっちゃうよね。


 いやいや、女子なら誰でもそうなるよ……うん。



 いや、私はならないけどね!


 千聖くん一筋よ!!



「はい、神楽様がそう仰りはるんでしたら、この話はまた今度にということで……」


「うん、ありがとう早花咲さん」



 またもや爽やかな笑顔で礼を言う怜史君に、早花咲妃花は少し瞳を潤ませた。


 

 だけど直ぐに我に返り、緩んだ表情を元に戻したかと思うと千聖君へと向き直る。



「では橘様、そう言う事なのでどうぞ良しなにお願い致します」



 早花咲妃花がそう言って千聖君に軽くお辞儀をする。


 千聖君はそれに素っ気なく「ああ」と答えるだけだったけど、それでも早花咲妃花の笑顔が崩れることは無かった。




 早花咲妃花はそのまま取り巻きたちに向き直り「では皆さん参りましょうか」と言って、取り巻きたちを促す。



「それでは橘様、神楽様、また後程。祥子様も」



 早花咲妃花が私たちに軽く会釈しながらそう言うので私もそれに返した。




 そして、早花咲妃花たちが私たちの下を去ろうとしていた時だった。




「誕生パーティーって、そういえばうちにも招待状が来てたよ。あれって本当にやるんだね、なんか大袈裟な物が送られてきたから冗談かと思ってた」




 私の隣から、そんな呆気らかんとした声が聞こえてきたのだ。



 その声を聞いた早花咲妃花の一団が、その声の主である汐莉さんに一斉に鋭い視線を向けてくる。



 うわっ! 睨んできた!!


 ちょっと汐莉さん、何で今それを言っちゃうかな!?


 バカなの!? あんた特待生なのにバカなの!?


 その招待状が欲しくてこんな必死になってるって分からなかったの!?



 この子、だんだん天然なのか何なのか分からなくなってきたわ……。



「あれ、私何か不味い事言ったかな……?」



 さすがに何かを察したのか、私に耳打ちをしてくる。



「そ、そうですね、あまり良くは受け取られなかったみたいですね」



 お、お願いだからなるべく波風は立てないようにして。


 せっかく穏便にお引き取りしてる最中なんだから。


 この子、ほんと冷や冷やするよ……。




「ふふ、葉月さん、あなたなかなかやりますね、気に入りましたよ」



 早花咲妃花たちが立ち去っていくのを横目に見ながら、薫子さんは汐莉さんの肩に手を添えてそう言った。



「え、えと…。何だかよく分からないけど、あれで良かった……のかな?」



 いや、良くはないでしょ……。


 あれは絶対仕返ししてくるって顔だよ。その面ぁ覚えたからなって心の声が聞こえてきそうな顔だったよ?



 やだなぁ…、怖いなぁ…。



「さぁ、それでは橘様、神楽様。改めてご一緒にラウンジの方でお茶でもしに参りませんか」



 今まで一言も発しなかった晴香さんが急に喋り出した。



 何なの? 何で今まで喋らなかったの? 何で今はそんな明るい声で喋ってるの?


 晴香さん、そういうとこあるよ。そういうとこあるよっ。

 



「ああ、そうだったね。でも、その前に軽く運動でもしない? ちょうど今から千聖とテニスをしに行く所だったんだよ」



 一息つく間もなく怜史君から新たな提案がなされた。



 テニスかぁ、二人がやるんだったら観戦だけしてたいなぁ。


 この二人ならきっと素敵な絵が見れるはずだしね……むふっ。



 あ、でも、やるのはちょっとね……。


 薫子さんと晴香さんも運動は面倒臭がってたし。


 さっき運動しようって言った汐莉さんに、散々ダメ出ししてたしね。




「いや、運動は――」



 汐莉さんが薫子さんと晴香さんを見ながら答えようとした瞬間。



「丁度ひと汗かきたいと思っていたところです」


「私、神楽様にテニスを教わりたいですわ」



 それは見事な手のひら返しだった。



 ちょっと二人とも、さすがに言ってる事が違いすぎないかい?



「ええ、でもさっき運動なんて――」


「葉月さんは運動が苦手なようなので見学するそうです」


「私たちはテニス大好きなのでご一緒しますわぁ」



 尚も汐莉さんが食い下がろうとしたけど、その言葉はかき消され、何故か汐莉さんが見学する事になってしまった。



 この二人、容赦なく邪魔者を排除しようとしている……。



「え、葉月さんテニスしないの? やってみると結構楽しいよ」



 怜史君が優しくテニスに誘うけども。



「え、いや私は――」


「さあ、早く行きましょう。テニスコートが逃げてしまいます」



 薫子さんがそこに割って入り、皆に移動を促した。




「そうだね、取り敢えず移動しようか」




 怜史君がそう言うと、薫子さんが思い出したように私の方に振り返り。 




「祥子さま何をしているのですか、もたもたしていないで早く行きますよ」


「祥子様、早く行きますわよ」





 ……おい、お前たち。






いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/


次くらいから当初考えていたオリエン編に入ると思います。ここまでは序盤ということで…。


ではまた次回にお会いしましょう( ´Д`)ノ~

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