表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/59

26、あなたはどっち派




「はい祥子さん、ポテチだよ」



 オリエンテーリングを行う合宿所へと向かうバスの中。


 車内はわいわいと話声が飛び交って雑然としている。


 高級なバスだからエンジン音は小さいのだけど、その分生徒達の声が騒々しくバスの中を埋め尽くしているのだ。



 そんなバスの中で、汐莉さんがにこりと微笑みながら、前の座席からひょっこり顔を出してくる。



「ありがとうございます。私のお菓子も食べてくださいね」



 お互いのお菓子を交換し、私もポテチを食べる。



 さっきから甘いのが続いてたから、塩気が欲しかったのよね。


 うん、美味しい。これよこれ、この絶妙な塩加減。


 引きこもりにポテチを嫌いな人はいないってね。


 ポテチ最高~。



「ほら祥子さん、キノコのお菓子もあるよ」



 なにっ! 



 ……きのこ?



 きのこ……だと?



 いやいやいやいや、普通タケノコでしょ?


 店頭に並んでたらタケノコを手に取るでしょ。


 タケノコ以外を取る選択肢なんて無いでしょ。



「何ですか、キノコとは?」



 汐莉さんの言葉に、薫子さんが訝しげに訊いてきた。



「あれ、知らない? このお菓子のシリーズがキノコとタケノコとあって、どっちがより優れているかをファンの間で何十年も論争してるんだよ」



 まあ、この学園に通うような人たちには縁のない話題かもね。


 たぶん見た事も聞いたこともないだろうな。



 ちなみに私はタケノコ派よ。



「そんなものを論争して何になるんですか?」


「えと、これは何と言うか、人には時として譲れないものがある、みたいな感じかな」 



 そうそう、みんな拘りがあるからね。


 時に熱が入って論じてしまうんだよ。



 それだけこのお菓子が皆から愛されてるって証よ。


 

「くだらない。お菓子メーカーの戦略に踊らされてるだけじゃないですか」



 にゃにをぅ!?



 この論争はメーカーまでが憂慮してしまうほど、長い間繰り広げられてきたものなのよ。


 どれほどの血が鼻から流れたか分からないと云われるくらいの激戦だというのに。


 薫子さんたら、まるで分かってないようね。



「あはは、そうかもしれないね。まあ、浅野さんも一つ食べてみて」



 ちょ、ちょっと何でそんな軽い感じなの?


 あなたのキノコ愛はどこいったのよ?



「まあまあですね。私はもっとビターな物の方が好みですが…」



 薫子さんは汐莉さんが差し出したキノコを一口食べて感想を述べる。


 すると、そこに晴香さんが興味を示してきた。



「何ですかそれは、私も一つ頂いてよろしいかしら?」


「どうぞどうぞ。あ、祥子さんも食べてね」


「ええ、頂きますわ」



 ふぅ、タケノコ派の私にキノコを勧めてくるくるとは……。



 まあ、せっかくの厚意だから食べるけどね。


 今回だけよ、今回だけ。



 それにしても、この子お菓子ばっかり食べてない?


 さっきから一番食べてるような気がするんだけど……。


 そんなに食べてたら太っちゃうよ?



 そういうの気にしないの……?



「祥子さん、甘いものの後はしょっぱいものだよ。はいポテチ」



 それ、永遠に食べ続けるやつ!



 ダメだよそんな食べ方してたら、ニキビとかいっぱい出ちゃうし、肌の色とか悪くなっちゃうからっ。


 体に良いことないし、女の子なんだからその辺ちゃんと気を付けないとって。



 いや、あれは天然のやつだな……。


 さては、いくら食べても太らないとか、ニキビなんて出たことも無いとか、そういうチート体質のやつだな!



 そういや、いつも昼食は大量に食べてたな……。

 

 全女子の憧れの体質じゃないの……。


 ヒロインめ……。



「いえ、私はもう……」


「ええ、遠慮はいらないのに~」



 屈託のない顔でお菓子を勧めてくる汐莉さん。



 たぶん厚意で言ってるんだろうけど、さっきからちょっと食べすぎなんだよね。


 まだ午前中だというのに、こんなに食べるのは私の身体的にもまずい……。



「祥子様、では私のお菓子をどうぞ」



 隣の薫子さんが自分のお菓子を差し出してくる。



 いや、別に汐莉さんのお菓子がダメとかそういう事ではないからね?


 厚意は有難いけど、ちょっともう控えておかないとね。



「いえ、もうお腹がいっぱいで……」


「祥子様、私のお菓子も食べてくださいよぉ。席が離れているので、私のをあまり食べてくれていませんわ」



 そこに晴香さんまでが参加してきた。



「ごめんなさい晴香さん、私はもう食べられないので」



 私は口を押さえて、お腹いっぱいだという事をアピールした。



 ――しかし。



「祥子さん、そんな遠慮なんてしないで食べて食べて」



 そんな事はお構いなしに汐莉さんがさらにお菓子を勧めてくる。



「いえ、ですから……」



 ……ん? 


 ちょっと、全然人の話聞いてないじゃない?



 何をそんなに私にお菓子を食べさせたいの!?



「祥子様、是非私のを食べてください」


「だめですよぉ、祥子様は私のを食べるんですっ」



 それでも三人は執拗に私にお菓子を勧めてくる。



 な、何なの!?


 もう食べられないって言ってるのに…。



 これは、何? 嫌がらせか何か……なの?



「祥子さん、早く食べてよ」


「さあ、どうぞ祥子様。私のを先に食べてください」


「だめですぅ、私が先ですわ」



 ちょっと、何よ、やめて。 


 なんか目が怖いんだけど!


 ほんとやめて!



「む、無理ですって……」



 私の言葉は届かず、尚も三人が私に迫ってくる。



「そう言わずに、祥子さん」


「そうですよ祥子様」


「祥子様ぁ、食べてくださいぃ」



 何なの、どうしたの三人共!?


 悪戯とかだったら、しつこすぎるよ!?



 ちょっと、ほんとに怖いからやめて!!



「や、やめてください……!」



 声を張り上げようと思ったけど、思うような大きな声が出ない。



「祥子さん」


「祥子様」


「祥子様ぁ」



 私の名前を呟きながら、三人の顔がどんどん迫ってくる。



「い、いや……!! ……っ!?」



 う、動かない……!?



 何とか三人から逃れようとするも、手を上げるどころか首を回す事もできない。


 まるで金縛りにあったように、まったく力を入れる事ができず思うように体が動かなかった。



 な、何これ!?


 こわい! こわい! こわい!!



「祥子さん」


「祥子様」


「祥子様ぁ」


 

 い、いや……。


 三人が、迫ってくる……。


 

 こわい!! こわい!! こわい!! こわい!! こわいぃぃ!!!



 動けない状態なので目を逸らす事もできない、そのせいで、ただ三人が迫ってくるのを眺めている事しかできないのだ。



 冷や汗なのか脂汗なのか、もう何だか分からないものが全身から溢れ出てくる。



 い、いやっ、もう……。



 身動きがとれずガタガタと震えている間にも、三人は私の眼前にまで迫ってきた。



「……こ、来ないでっ!!」



 私が何とかその声を絞り出したときだった。




「――どうした、祥子?」




 その声は私の斜め前の席から聞こえてきた。



 そしてその声の主は、ゆらりと座席から立ち上がりこちらに振り返る。



「ち、千聖君……」



 はあぁぁ、千聖君!!!


 た、助けて、助けて、助けて!!!



 だ、だめだ、声が思うように出ない!



 お願い助けて! この子たちがなんか怖いの!!




 この子たち……って、あ、あれ? 




 あの三人は何処行ったの?



 気付けば三人はいつのまにか姿を消してしまって、どこにも見当たらない。


 いや三人どころか、このバスの中に私と千聖君以外には誰もいなくなっていた。



 な、何で? 



 何なのこれ……?



 千聖君、こ、怖いよぉ……。




 千聖君は私の顔を見ると、その表情に微笑を浮かべた。



 まるで心まで温かくなるようなその微笑み。


 それを見た瞬間、私の恐怖心は一気に消え去っていった。



「祥子、凄い汗じゃないか。何かあったのか?」



 ああ、千聖君……。


 千聖君が、私を助けてくれた。



 う、嬉しい……。



「う、……うぐっ……。うっ……、うっうぅ」



 自然と涙がこぼれ落ちてくる。



 嬉しさからなのか、安堵したからなのか、とにかく千聖君の顔を見ていると涙が止まらない。



「何だ、泣いてるのか。しょうがない奴だな」



 そう言いながら、千聖君は私の方へと歩み寄ってくる。



「だ、だって……、だって……」



 喉が震えながらも、何とか声を出す。



 さっきまでは声を出すのが苦しかったけど、今はさっきよりも楽になっている。


 たぶん恐怖で声が出なかったんだろう、千聖君の顔を見たおかげでだいぶ落ち着いてきた。



「千聖君が、……助けてくれたの?」


「当たり前だろ。祥子は俺の婚約者なんだから」



 ……!?



「千聖君……」



 い、今、何て……?



「お前は大事な婚約者だ。いつだって、どこに居たって助けてやるよ」



 心臓が一気に早鐘を打った。



 わ、私は何を言われているの……?


 頭の理解が追い付いてこないけど、心の方は既に反応しているのか心臓が破裂しそうなほどに拍動している。



 千聖君が、私を大事な婚約者だって……。


 いつでも助けてくれるって……。



 どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、その言葉を頭の中で繰り返した。



 そして、ゆっくりと近づいてきていた千聖君が、私のすぐ傍まで来て立ち止まる。



「そ、それ、本当に……?」



 千聖君はそれには答えず、徐々に私に顔を近づけてくる。



 ち、千聖君……。



 千聖君の顔が私の目の前まで寄ってくる。



 私はゆっくりと瞼を閉じた。



 ――しかし。



「でも、それはもう終わりだ」



 私の耳に、信じられない言葉が飛び込んでくる。



 驚いて目を開けると、そこには口角だけを上げて笑みを浮かべる千聖君の顔があった。



「えっ!? ち、千聖君?」



 すっと私から離れた千聖君は、突然現れたある女性の肩を抱く。



「悪いな祥子、お前との婚約は解消だ」



 え、何を、……何を言っているの?



 やめて……、変な事言わないで!



「俺は葉月と婚約することにした。お前とはもうこれまでだ」



 葉月……、汐莉さん?



 ど、どういう、……何で急に!?



「ごめんね、祥子さん。そういう事だから」



 千聖君が肩を抱いていた女性。


 その女性が声を発すると、ようやくその女性が汐莉さんだという事に気が付いた。



「ど、どういう事……」



 急な事に戸惑う私に向けて、二人は冷たい笑顔を見せる。


 まるで何の感情も無い、ただの作った笑顔。


 その作った笑顔が、こんなにも私の心を凍り付かせる。



「じゃあな、祥子」



 千聖君がそう言うと、二人は私に背を向けてどんどんと私から離れていく。



「ま、待って! ちょっと待って!! お願い、待って!!」



 その背中に手を伸ばすも、二人の姿は暗い闇の向こうへと遠ざかっていく。



 い、行かないで……。

 


 お願いだから……。



 待って……!!



 

 千聖君……! 千聖君……!!




 

「あああぁぁぁぁ!!!」
















「…………こ……」





「……しょうこ、……」




 千聖君……。



 行かないで……。



「おい、しょうこ。……」




 千聖君の、声が聴こえる……。




「おい、祥子。さっさと起きろ」



 え、何?



 よく聴こえない……。



「……ち、さと……くん」



「祥子! 起きろって!」



 ん? おきろ……?



「千聖君、行かないで~」


「おい、なに寝惚けてるんだよ。さっさと起きろ」



 その声に引っ張られるように、視界が急に明るくなる。



 そして私の目の前には、千聖君の姿が急に現れたのだ。



「……え? 千聖君……?」


「やれやれ、やっと起きたか。お前かなりうなされてたけど、大丈夫なのか?」



 起きた……?


 私、寝てたってこと……って、え、今までのは夢だった……?


 ちょ、ちょっと待って。


 一体どこから……、どこから夢だったの?



「ここは……? あ、バスの中……。あれ、みんなは!?」



 ようやく思考が追い付いてきて周りを見渡してみると、バスの中には私と千聖君以外は誰もいなくなっていた。



「施設に到着して、もうみんなバスを降りたよ。お前がなかなか起きないから、俺だけ残ったんだ」


「そ、そうでしたか……。ごめんなさい、お手数をおかけしました」

 


 そうか、夢だったのか……。


 ああ、良かった、……本当に夢で良かった。



 うう、思い出しても身震いがする。



「別に構わないよ。それより、かなり酷い夢を見てたみたいだな?」



 本当に酷い夢……。



「ええ、もうこの世の終わりのような夢でした……」


 

 ようやく夢だとはっきり認識できた私は、深い溜息を一つ吐いた。



 今も心臓はバクバクと強く脈打っている。


 それは痛いくらいに強く。


 身が裂かれる様な思いだったと云わんばかりに。



「ほら、これで涙を拭けよ」



 そう言って千聖君は私にハンカチを差し出してくる。



「あ、えっ!? わ、私、泣いて!?」



 千聖君に言われて初めて、私は自分が涙を流していることに気が付いた。



「はは、気付いてなかったのか?」


「は、恥ずかしいので、あまり見ないでくださいっ」



 私は顔を赤らめながら千聖君のハンカチを受け取り、目にいっぱい溜まった涙を拭った。





 その涙を拭いながら、私は何処かで引っ掛かるものを感じていた。



 妙に現実的で鮮明なあの夢、果たしてあれは本当に夢だったのかと……。




 まるで物語がこう進むと暗示されたような。




 そんな悪い考えが、私の頭をもたげてしまっているのだ。







「恥ずかしいんだったら、涎も拭いたほうがいいんじゃないか?」




「んにぁっ!!!」





いつもお読み頂きありがとうございます(/・ω・)/


今回はもっと短くする予定だったのに微妙に長くなてしまいました……。

次回より本格的にオリエン編へと入ります。


ではまた次回に( ´Д`)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ