25、出発の朝はウキウキです
「おはようございます、祥子様」
「祥子様、おはようございます」
「如月さま、おはようございます」
「皆さん、おはようございます」
にこやかに挨拶を交わす朝の一幕。
でも今日の一幕は、いつもの一幕とは訳が違う。
皆の顔は微妙にほころび、自然と口数も多くなる。
ソワソワしている人や、平静を装う人。
そこかしこで繰り広げられている様々な人間模様は、一様にその時を待っているものなのだ。
その時とはそう、本日より始まる二泊三日のオリエンテーリングへと向かう出発の時をだ。
やっぱり、こういうイベントはテンションが上がるよね。
みんなとお泊りするなんて滅多に無い事だしね。
やっぱ就寝前に女子トークとかしちゃうだろうね。
恋バナとかしちゃうんだろうねっ!
むふふ、超楽しみ。
あとそれと……。
何といっても楽しみなのが。
三日間も千聖君と一つ屋根の下でに寝食を共にする事だってばよっ!
三日間よ三日間。
その間、ずっと一緒よ?
お風呂上りなんかも見れるかもしれないのよ?
にゅうぅぅぅ!!
だめだ、もう興奮が止まらないっ!
はぁはぁ……、顔がどんどん熱くなってくるわ。
ちょっと、鼻血出てない……?
ふぅ……、いやはや、三日も一緒かぁ……そうかぁ……むふっ。
これからの三日間、ずっと一緒というのがどういう事かというと、私と千聖君は同じ班として一緒に行動するという事なのだ。
まあ、同じ班というのは原作通りなんだけど、ちょっと原作とは違う所がある。
原作では担任教師によって班は勝手に分けられていたんだけど、何故かこの班決めは怜史君が行ったのだ。
原作の方は、担任教師が祥子ちゃんと千聖君に気を使って同じ班にしたみたいな描かれ方だったけど、今回はどういう意図があってかは分からないけど怜史君がこれを取り仕切って決めた。
どっちにしても班のメンバーは変わらず、私と千聖君と怜史君と汐莉さんの四人の班となった。
それは良いんだけど、あまり原作と違う展開になっちゃうと、私の強みというか、チート的なアレが無くなっちゃうじゃない?
戸惑うからそういうのはやめて欲しいんだよね。
まあ、原作を知ってても今の所何も活かせてないんだけどね……。
「祥子様、今日はとても良い天気ですね」
私が鼻血の心配などをしていると、声を掛けてきたのは薫子さん。
「そうですね、このままの天気だと良いですわね」
薫子さんといえば、あまり感情を表に出すことはせずクールな印象だ。
ましてや、普段の薫子さんなら天気の話なんてしてくることはない。
やっぱりこれはあれだね。
薫子さんといえど、今日はテンションが上がらざるをえないようだね。
「祥子様、何のお話をされてるのですかぁ?」
そこにゴロゴロという音と共に晴香さんの声が割り込んでくる。
「あ、晴香さん、おはようございます……」
振り返って晴香さんを見た私は目を丸くした。
さっきから鳴っていたゴロゴロという音の正体。
それは、晴香さんが引っ張っているピンク色のキャリーバッグの音だったのだ。
もっとテンション高い人が来た!
何で? 何で二泊三日でそんな大きいキャリーバッグが必要なの?
何をそんなに沢山持ってきてしまったの!?
やっちゃったわね、晴香さん。
荷物の多い女は片付けができないというレッテルを貼られがちなのよ。
いくらテンションが上がってもそこは注意してないとダメよ。
「晴香さん、何ですかその大きな荷物は?」
おっと、そこツッコんじゃうのね薫子さん。
普通は気を使って言えない部分だけど、さすがは薫子さんね。
「これですか? 旅行の時はいつもこれくらいですけど、どこか変ですか?」
晴香さんは自分のキャリーバッグを見ながら首を傾げている。
どうやら自覚はないみたいだね……。
「それは海外などに一週間以上行く場合の事でしょう? 今回は二泊三日ですよ、明らかに多すぎます」
「ええぇ、そんな事ないですよぉ。全部必要な物が入ってるんですぅ、女の子の必需品が詰まってるんですから薫子さんには分からないんですわ」
「そんな事言って、いつも半分以上は要らないものじゃないですか。あと、どさくさに紛れて人を女の子じゃないみたいに言いましたね」
「全部必要なんです、いるんですぅ」
「いりません、断じていりません」
「いるんですぅ」
「いりませんっ」
「いるんですっ」
「いらないんですっ」
これって、止めないと永遠に続くのかな?
この二人は、二人だけにするとずっとこんな感じなのだろうか。
一度、隠れて見てみたい気がする……。
「お二人とも、それくらいにしておきましょう。もうすぐバスも来るでしょうしね」
私たちは今、校庭に集まって学園専用のバスが来るのを待っている。
制服姿の生徒達が集まるその場所は、より一層華やかに輝いて見える。
やっぱり令息令嬢たちが集まると、それだけでオーラが違う。
これぞ青華院学園って感じがするよね。
「祥子さん、おはようございます」
と、そこに、後ろから汐莉さんの声が挨拶をしてきた。
「汐莉さん、おは……」
振り向いて汐莉さんを見た私は、晴香さんの時よりもさらに驚いた。
「いやぁ、皆さん制服なんだね。間違えて体操着で来ちゃったよ」
照れながらそう言う汐莉さんの姿は、体操着姿で頭にはバケットハットを被り、その背にはこれまた大きなリュックサックを背負っていた。
何で!? 何でそんな、バックパッカーみたいな姿で来ちゃったの!?
いやもう、何からツッコんだらいいか分からないけど、取り敢えず体操着はそれほど問題じゃないわ。
そのでっかいリュックは何なのよって事よ。
テンション上がりすぎてそんな大きさになっちゃったとか? 旅慣れた感じを出したかったとか?
晴香さんも旅慣れた感じが出てたけど、汐莉さんのそれはジャンルの違うやつだよ!
出発前から色々と驚かせてくれるじゃないの。
やるわね汐莉さん……。
これは良い思い出として後で写真に撮っておかねば。
「むむ、特待生ではないですか」
「むむむ、特待生ですわ」
こんな面白い姿の汐莉さんに、敵意を顕わにする薫子さんと晴香さん。
最近、汐莉さんはこの二人に時々話しかけている。
たぶん、私の友達とも親しくなりたいという事なのだろう。
私としても三人が仲良くしてくれるのは大歓迎なんだけど。
当の二人は、その度にこの有様なのだ。
なんだろうね、やっぱりプライドが邪魔をしているのかな?
この二人も良家の令嬢だからね、相容れないのもしょうがないのかもしれない。
打ち解けるにはもう少し時間がかかるのかもしれないな……。
「浅野さん、馬場園さん、おはようございます」
そんな二人に少し硬い笑顔で挨拶をする汐莉さんだけど。
「……ぷいっ」
薫子さんは顔を背けてその挨拶を黙殺する。
「おは、……ぷ、ぷいっですわ」
惜しい!
晴香さんの方はもうちょっとで仲良くなれそうな気がするね。
まあ、晴香さんは薫子さんのマネをしてるって感じだから、そんなに悪い感情は持ってないのかもしれない。
となると、薫子さんを攻略すれば自動的に晴香さんとも仲良くなれるかもしれない。
「お二人とも仲良くしてくださいよ。汐莉さんは同じクラスなのですから」
「ですが祥子様っ――」
私の言葉に食い下がろうとする薫子さん、私はその薫子さんの顔にそっと近づいて耳元で囁いた。
「仲良くしておいたほうが、神楽様とお近づきになるチャンスが増えますわよ」
「っ!?」
薫子さんの言葉が詰まった。
よし、やっぱり怜史君の名前は絶大だね。
ちょっとどうかと思うやり方だけど、この際手段は何でもいいでしょ。
「あの二人同じクラス委員ですし、何かと接点がありますでしょ?」
「ですが、特待生が色目を使うということは……」
「私が見ている限りでは、そういった事は御座いませんわ。それよりも、今のうちに仲良くなっておいてそれを阻止するというほうが……」
薫子さんは、しばし沈黙する。
「わかりました……。葉月様、おはようございます。これからは仲良くしましょう」
そう言って薫子さんは、汐莉さんに一礼した。
この変わり身の早さ……。
さすが薫子さんね、やっぱり恐ろしい子だわ。
「は、はいっ! 是非お願いします!」
少し緊張した顔だったけど、汐莉さんの表情が安堵の色に変わった。
「ほら、晴香さんもぼさっとしてないで挨拶するんですよ」
「ええ……、薫子さんズルいですぅ」
ふぅ……。
友達同士を引き合わせるのって、どうしてこうも気を使うんだろうね……。
この子たちが仲良くなれなくても別に私のせいじゃないのに、上手く打ち解けられないと何故か両方に悪い事をしてしまった気になってしまう。
やっぱりこれも、小心者の性なのかしら?
それにしても、怜史君を出しに使ってしまったなぁ。
ちょっと申し訳ないけど、これで皆が仲良くなるならいいよね?
まあ、怜史君なら笑って許してくれるかな。
……許してくれるよね? いや、そうあってほしい……。
――そんな事を思いながら汐莉さんたちを眺めているときだった。
少し離れた所から、耳をつんざくような黄色い声が聞こえてきたのだ。
私たちが何事かとそちらに振り向いてみれば、そこに見えたのは女子生徒達が寄り集まっている光景。
そして……。
その女子生徒達の中心に、千聖君と怜史君が……。
ちょ、ちょっと、何の騒ぎなのこれは!?
どこから湧いたの、あの女たちは!?
と、とりあえず千聖君から離れなさいよっ!
誰の許可を得てそんな、あっ、ちょっとお触り禁止よ!!
「あれは、隣のクラスの生徒たちですね。性懲りもなくまた来ましたか」
薫子さんの言葉でようやく私も思い出す。
隣のクラス……、この前うちのクラスに来てた姉妹校の人たちか。
ぬぅぅ、まだ諦めてなかったのね……。
「あ、この間の人たちですわ。薫子さん、どうしましょう。あの人たち、あんなに慣れ慣れしくしてますわ」
「今は教室じゃないので遠慮が無くなっているみたいですね、なんと身勝手な連中でしょうか……」
私と同じように憤りを見せる薫子さんと晴子さんだけど。
「わあ、橘君たちやっぱりモテるなぁ……」
汐莉さんは何処か他人事のようにそれを眺めていた。
「何を呑気な事を言っているんですか、橘様たちの一大事ですよ。さあ葉月様、あの人たちを蹴散らしてくるんです。これは貴女にしかできません!」
鼻息を荒げながら、薫子さんは女生徒たちの群れを指さす。
か、薫子さん、さっき仲良くなったばっかりの人によくそんな事言えるなぁ……。
ひょっとして、汐莉さんを自分の手駒にしようとしてるとか……?
やっぱり薫子さんは恐ろしいわ……。
「え、ええっ、私には無理だよ」
薫子さんの無茶振りに戸惑う汐莉さん。
流石にあそこに割って入っていくのは、かなりの勇気がいるよね。
常人には無理ってもんよ……。
それこそ祥子ちゃん辺りを呼んでこないと。
あ、祥子ちゃんは私か!
むぅぅ。
「晴香さんも、ぼぉっとしてる場合じゃありませんよ」
「わ、私もですかぁ。薫子さんが行けばいいじゃないですかぁ」
と、私たちが誰が行くかで押し付け合っている時だった。
私たち生徒が集合しているこの校庭に、数台のバスが乗り入れてきたのだ。
私はそれを見て安堵の息を漏らした。
「皆さん、バスがようやく参りましたわね」
続々と入ってくるバスは、クラスで一台となっている。
ということは、あの違うクラスの女子生徒たちは、必然的に千聖君たちの所から解散せざるを得ないというわけだ。
バスの到着を目にした女子生徒達が、すごすごと自分たちのクラスが集まる下へと戻っていくその様子を見て、薫子さんが腕を組みながらこう呟いた。
「ふっ、他愛のない連中です」
……あなた、何もしてないよね?
☆
バスの車内は独立した三列シート。
その座席はゆったりとしていて、足を延ばせるスペースがちゃんと確保されている。
内装も高級感があって、まさに青華院学園の生徒に相応しいといえるバスなのだ。
前世で通ってた学校が用意した、あの窮屈なバスとは大違いね。
ああいう隣の人とくっついてるようなバスはね、友達がいなかったら拷問のように感じる人もいるって事を理解しないとだめよ。
まったく、設計者に優しさを感じないのよね、優しさを。
「祥子さん、これ食べる?」
などと考えていると、前のシートに座っている汐莉さんが声を掛けてきた。
ちなみに、皆の座席位置はこうなっている。
私が窓際左端で、私の前に汐莉さん。私の右隣に薫子さん、そしてその右隣が晴香さんだ。
千聖君と怜史君は、汐莉さんの右隣りに並んで座っている。
つまり、千聖君は私の右前の席ということだ。
できれば隣が良かったけど、担任教師が勝手に決めてしまったのでもうどうにもできない。
まあ、ここからちょっと見える千聖君の表情も良いけどね……。
隣でお喋りもしたかったよ……うぅ。
「祥子さん?」
「あ、と、ごめんなさい。ちょっと、ぼっとしてましたわ」
「あはは、そっか。はい、これどうぞ」
そう言って汐莉さんが差し出してきたのは、スティック状のお菓子にチョコをコーティングした国民的お菓子と言っても過言ではない、あの名菓。
そう、ポ〇キーだ。
こっちに来てからは見る事の無くなったお菓子、私の大好物であるポッ〇ー。
これを考えた人はきっと天才だと思えるくらい、私の大好きなお菓子だ。
その大好物である所のポ〇キーが、いま私の目の前にある。
〇ッキーの何が良いって、味はさることながらそのゲーム性に富んでいる所よ。
両端を異性同士で咥えてね。
食べ進めると、どんどん相手の顔が迫ってくるのよ。
お互いの口が触れる前にポッ〇ーが折れるなんていうお約束を無視してそのまま突き進んじゃうのよ!
どうするのよ、千聖君とそんな事ができたなら!
……でもうちの家にポッキ〇は無い。
たぶん、千聖君の家にもポ〇キーは無い……。
はぁ……。
セレブも良い事ばっかりじゃないよね……。
「ありがとうございます……」
汐莉さんから貰ったポ〇キーを口に運ぶと、その懐かしい味が舌の上に広がる。
転生して一か月くらいしか経ってないのに、何だか何年も食べてなかったように感じなぁ。
うん、美味しい、美味しい。
「浅野さんと馬場園さんもどうぞ~」
汐莉さんは、薫子さんや晴香さんにもポッ〇ーを差し出した。
薫子さんも晴香さんも、素直にそれを受け取って口へと運んでいく。
お菓子って、仲良くなるにも良いツールだよね。
やっぱり同じ物を食べるっていうのはコミュニケーションの基本だね。
「お返しに、私のお菓子も分けてあげましょう」
「あ、私もお菓子差し上げますぅ」
そう言って二人が出してきたのは、いかにも高級そうなお菓子ばかり。
うわぁ、バランス悪いなぁ……。
どう見ても値段が釣り合ってないじゃない。
私だったら貰うのに気が引けてしまうわ。
「わぁ、美味しそう! いっただきまーす」
しかし、汐莉さんにそんな事を気にした様子は無い。
うん、汐莉さんはそういう子だよね。
知ってたよ。
おっと、私もお菓子を出さないといけない雰囲気ね。
私は自分の持ってきたお菓子を取り出し、その話の輪に入っていく。
こうして、それぞれが持ち寄ったお菓子を食べながら。
オリエンテーリング合宿の幕は開けるのだった。
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皆さまの健康を願いながら次回へ続く('A`)ノ
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