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23、終わり良ければ……




 橘樺恋の凄まじい気迫のようなものが、私の蚤の心臓をきゅっと絞めてくる。


 身震いを覚えるほどのその視線、それはまるで縄張りを主張して威嚇する大型肉食動物のよう。



 ちょっと油断したら、あの眼力だけで射殺されそうなんだけど……。



 あ、あんなのに、小動物な私で勝てるの?


 窮鼠は猫を噛めるの?


 ぷちって踏み潰されるんじゃないの……?



 うう、考えれば考えるほど恐ろしくなってくるわ……。



 あ、やばい、脂汗が出てきた。



 その汗を拭うため、バッグからハンカチを取り出す。



 ふぅ、ちょっと落ち着かないとね。


 千聖君を狙うライバルは何も汐莉さんだけではないわけだし。


 この先こういう敵もいるっていう事は覚悟しておかないとね。



 私自身ももっと強くならなくては。


 あんな年下にビビってる場合じゃないのよ……。



 ほんと、もっと度胸をね……。



 うん……?



 何だか……、このハンカチ何だか違和感があるわね。



 …………。



 ぬあぁ!!




 折り畳んだハンカチの間に例のブツが挟まってる!!


 

 さ、さっき、適当にバッグの中に押し込んだからっ。


 何かがどうにかなって、こんな所に挟まってしまったと……?


 いや、そういう事はよくあるけどね。整理してない引き出しの中とか、何でこれがこんな奥の方にいっちゃってるのよとかって。


 でも、今その現象は起こらなくていいのよっ。



 ていうか、もう橘樺恋でいっぱいいっぱいなんだから、あんたは出てこなくていいの!



 まったく、あのバカお兄のせいで……。


 と、とりあえず、早くこれを仕舞わないとっ。



 私は誰にも見られていない事を確認してから、ブツ入りのハンカチを素早くバッグの中に戻した。



「ところで樺恋ちゃんってどこに住んでるの? たまにしか会えないという事は、だいぶ遠い所なのかな?」


「はい、海外のジュニアスクールに通っていますので、こっちには滅多に帰ってこられませんの」



 橘樺恋は、それはもう完璧な笑顔で受け答えている。



 どうやら、汐莉さんの事は敵とも思ってないようね……。


 まあ、何処から見ても上流階級の人たちとは違うからね。歯牙にもかけないというやつなんだろうけど、甘いわね橘樺恋。


 身分差の恋っていうのは昔からの鉄板ネタじゃない。


 障害があるほうが燃え上がるってやつよ。



 いや、私も他人事じゃないんだけどね。



 はぁ、想像したら辛くなったわ……。



「へぇ海外かぁ、じゃあ家族でそっちに住んでるの?」


「いえ、向こうに親戚がおりますので、そちらでお世話になっておりますの」


「家族とは離れて暮らしてるのかぁ、寂しくない?」


「そうですねぇ、でも高校からはこちらに戻ってまいりますので」


「え、そうなの? もう決まってるの?」


「受験まではまだありますが、来年から私も青華院学園に通おうと思っておりまして」


「あ、じゃあ私たちの後輩になるのかぁ」



 と、汐莉さんと橘樺恋のやり取りをハンバーガーを食べながら聞いている時だった。



 橘樺恋がとんでもない事を言いだしたのだ。



「はい、そうなのですわ。それで、実家は青華院から離れておりますので、千聖さんの家にお世話になろうかと思っておりまして」



 なっ!?



「ぶっ!!」



 ちょ、ちょっと、そんな話知らないんだけど!?


 千聖君も飲み物を噴き出すほど驚いてるし、何なのその話は!?



 というか、これ以上原作に無いことしないでよ! どう対処していいか分からなくなるでしょ!



「ごほごほっ、おい、そんなの聞いてないぞ。何勝手な事言ってんだよ」



 そうよ、勝手な事言わないでよ!



 って、その前に、千聖君のお口周りが大変な事になってるわ。



「千聖君、このハンカチで拭いて……」



 いや、ちょっと待って!!



 ま、まさか、またハンカチに挟まってない……よね?



 さっき仕舞ったときに取り除いたんだけど、ひょっとしたらまた挟まっているのかもしれない……。



 ど、どうしよう、バッグの中は確認してみないと分からない。


 でも、皆から見られないようにしてるから、バッグの中が暗くてそこまではっきりとは見えない。



 ここで思い切ってハンカチを取り出してしまうのはリスクが……、いやでもハンカチを出さないと千聖君が……。



 挟まっているか、挟まっていないか、確率は50パーセント……。


 いわば、挟まってる状態と挟まってない状態が重なり合っていると、そういうことなのね!



 どうする、ここは挟まってないほうに賭けて……。



「千聖さん、このハンカチを使ってください」



 ああ、悩んでるうちに橘樺恋に先を越されたっ。



「ああ、悪いな。それにしても、急に変な事を言いだすなよ。そんなの、おじさん達が許すはずがないだろ」


「あら、何も変な事はございませんわ。私の実家は遠いですからね、その方が効率的ですもの。なんとか説得してみますわ」



 ま、まずい、このままでは千聖君の家に邪魔なのが住み着いてしまう。



 な、何か、何か言わないと……。

 

 えーと、えーと……。


 ぬぅぅ、何も思いつかない!



「青華院の外部試験ってかなり難しいらしいけど、樺恋ちゃんは大丈夫なのかい?」



 お、怜史君が良い事言ったよ!


 そうよ、試験に落ちれば……。



 あ…、でも原作で来年入学してくる事になってるし、試験はパスしちゃうのか……。



「御心配には及びません、千聖さんに勉強を見てもらいますので大丈夫ですわ」



 ぬぅぅ、この子、またとんでもない事を……。



「ああ、じゃあ安心だね。千聖は責任を持って合格させないと」


「何で俺がそんな事を。怜史が見てやればいいだろ」



 そうよ、怜史君が見てあげればいいのよ、怜史君が。


 ていうか、お金あるんだから優秀な家庭教師を雇えばいいじゃない。どうせ今もそうしてるんだろうし。


 何でわざわざ千聖君がそんな事を!



 まったく図々しいったらないよ、この子は。



 さっきからほんとに好き勝手な事ばっかり言って!



 周りの迷惑とかもちゃんと考えなさいよね。


 あなた中心に世界が回ってるわけじゃないんだからっ。




 あ、だめだ、橘樺恋を見てたら、フラストレーションしか溜まらないよ。



 何とか気を紛らわせられないか、……そういえば汐莉さんは。



 隣の汐莉さんは何をしているのかと、視線をそちらに送ってみる。


 するとそこには、もぐもぐとハンバーガーを食べながら千聖君たちを眺めている汐莉さんがいた。



 こっちはこっちで呑気な雰囲気を出してるなぁ……。


 頬っぺたにソースなんか付けちゃって、全然気づいてないのかな?


 世話の焼ける子だわね……。



「汐莉さん、頬にソースが付いてますよ」


「え、ほんとに? どこどこ?」


「あ、ちょっと待ってくださいね」



 私はそう言ってバッグの中からハンカチ……はやめといて、ポケットティッシュを……。



 いや待てっ!



 ポケットティッシュだから安全だと、何故言い切れる!?

 

 いやむしろ構造上、中に潜り込んだらかなり厄介な事にならない?



 危ない危ない、あやうくバカお兄の罠に嵌まるところだったわ。


 これは巧妙、いや狡猾といってもいい。


 もう、今これに悩んでる場合じゃないというのにっ。



 私はティッシュを取り出すのを諦めて。



「こ、ここに付いてるから、さっきの除菌シートで拭くといいですわよ……」



 そう言って、汐莉さんの頬を指さした。



 やっぱりこの危険物を先にどうにかしよう!



 これがある限り、いちいちこれに気を取られてしまう。


 問題が山積したときは、一つ一つ解消していかないとね。



 橘樺恋はちょっと後回しにして、まずはこの危険物からよ!




 とりあえず、皆から隠してる状態じゃ何もできない。


 どこか場所を変えないと……。



 となると、あそこしかないか。



 私は徐に席を立ち。



「すみません、ちょっとお化粧を直しに行ってまいります」



 そう言ってその場を後にした。






  ☆






 化粧直し、つまりはトイレの事だ。



 私がここに来た目的は勿論これ。


 この危険物が時折ひょっこり顔を出すのを何とかするためだ。



 捨てられたら一番いいんだけど、これを捨てられる所が見当たらない。


 だからとりあえずだけど、なんとかこれをバッグの中で隔離して、他の物に引っ掛からないようにしないとね。



 そうして私がバッグの中を弄っている時だった。



 トイレのドアが開き、そこにある人物にが入ってきたのだ。

 


「祥子様、元気が無いようですけどお体の具合でも悪いのではないですか?」



 橘樺恋だ。



 トイレに入ってくるなり私の下へやってきて、いかにも作ったような表情で私に話しかけてきたのだ。



 う、嫌なタイミングでやって来たな。


 まだ例のブツを隔離できていないのに……。



「あら樺恋さん、お気遣いいただきありがとうございますわ。でもご心配なく、私はいつも通りですので」


「そうですか、今日は随分と静かでしたので心配をしてしまいましたわ」



 そう言いながら、橘樺恋は満面の笑みをこちらに向けてくる。



 でも何故だろう、どこか棘のようなものがチクチクと刺さってくる感じがするのだ。


 あの笑顔も凄く胡散臭く見えて、まるで十四歳のものとは思えないような雰囲気を漂わせている。



 ど、どんな環境で育ったらこんな子が育つのかしら……。



「ところで祥子様、あの葉月という方は何者なのでしょうか?」


「……何者、といいますと?」


「いえね、千聖さんたちと随分仲が良いようですですので、一体どういった家柄のお人かと思いまして」



 さっきは普通に接していたけど、何だかんだで汐莉さんの事は気にしていたのか。



 いや、どんな小さな不穏分子も見逃さないって事かも……。



「家柄と言いましても、彼女は学園の特待生ですから――」


「特待生っ!? ということは何ですか、いわゆる一般の庶民の方ということですの?」


「え、ええ、まあ」



 うわ、一気に表情が歪んだよ。そんな露骨に嫌な顔しなくても……。



 なんだろう、とにかく凄いプライドの塊というか、庶民に対する嫌悪みたいなものを感じる。


 この顔だけでも、祥子ちゃんよりこの子のほうが悪役令嬢に相応しいような気がするんだけど……。 



「祥子様、一体どういうつもりですの? そんな方を千聖さんに近づけさせて、どんな風評が立つか分かったものではありませんわ」


「そんな、大袈裟ですわ樺恋さん。青華院学園は、そういった――」


「何を仰っていますの!? 学園だからこそではないですか! 将来を見越して学生のうちから立場を弁えさせるのがあの学園の役目でしょ、何の為に一般生徒を受け入れているとお思いなんですか!?」



 な、何なのよこの子は、一方的に。


 最後まで喋らせなさいよねっ!



 ていうか青華院学園ってそんなとこだったの!?



「それに何ですの、あの方のあの見窄らしい恰好は。千聖さんといるのに少しは気を使えないのかしら」



 む……。



「あんなのが近くにいたのでは、橘の品位にも傷が付くというものですわ」



 橘樺恋の言葉が、私の胸の奥の方を苦しくさせる。


 苦しくて、もやもやさせて、お腹が熱くなって。


 何故こうも私の中でそんな反応が出てくるのか。



 その理由は簡単だ。



 汐莉さんを悪く言われているからだ。




 ライバルで友達の汐莉さんを悪く言われて、私は腹を立てているのだ。




「どうせこのような所に誘ったのもあの方なのでしょう。いかにも庶民に相応しい汚らしい場所ですわ」



 千聖君も怜史君も、もちろん私も、この子みたいな気持ちで汐莉さんに接している訳ではない。


 今日だって友達同士で遊んでいただけだ。



 それをこの子は……。



 みんなで楽しく食事をしていた所に割って入ってきて、みんなの気持ちを踏みにじるような事言って……。



 何も……、何も知らないくせに、何でこんな子にこんな事を……。



「それに――」


「そういう事は、千聖君の前でご本人に仰ったらいかがです?」


「なっ……!?」



 橘樺恋は、その目を大きく見開いて驚いた表情を見せた。



 さらに、畳みかけるように次の言葉を放つ。

 


「それに、こうして陰でコソコソと繰り言を申しているのが、橘の品位というわけではないでしょう!」


「……!!」



 私の強い口調に圧されたのか、橘樺恋は言葉を失った。



 よ、よし、言ってやった。


 ちょっと顔が引き攣ってたかもしれないけど、声は震わせずに言えた。


 いつまでも大人しく聞いてると思ったら大間違いなんだからっ。



 今更ながらに心臓がバクバクと脈を打ってくる。



 この辺は我ながら情けない所ではあるけど、何か言わずにはおれなかった。


 このままここで何も言わないと、絶対に後で後悔する。



 そんな気がしたのだ。 




 でも……言ったはいいけど、後の事は考えて無かったな。



 なんか気まずい空気が流れてるし。



 えと、どうしよう……?



 とりあえず、……トイレから出る?




 と、そう思ったとき、橘樺恋が息を吹き返したようにまたも口撃を仕掛けてくる。



「しょ、祥子様、本来ならあなたがあの方に注意すべきでしょう!」



 私はその言葉を聞きながら、洗面台へと歩を進める。



「もうその話はよろしいですわ。私たちは貴女と同じ考えではないようですし」



 そう言って私が洗面台の前に立つと、橘樺恋が私の横へとやってくる。



「それはどういう事ですの!? ちょっと、まだお話は終わっておりませんのよ!」



 尚も食って掛かってくるけど、取り敢えずさっさと手を洗ってここを出たい。


 もう、この子の相手は嫌だ!



 

 私は手を洗う前にハンカチを取り出そうと、バッグの中に手を入れた。


 そして、手探りでハンカチを見つけ、それをバッグの中から取り出した。



 ん……?



 何だか少し手の感触に違和感を覚えた私は、そちらへと視線を移動させる。



 これは……。



 ハンカチの間に何かが挟まっている……?



 これってひょっとして……。




 私が視線を移したその瞬間、そのハンカチの間に挟まっていた何かがするりと零れ落ちた。




 あっ!




 その零れ落ちた何かとは、もちろん例の危険物の事だ。


 もう散々悩まされたあいつだ。



 そしてその散々悩まされたあいつの落ちていった先というのは、橘樺恋のバッグの中だった。



 恐らくさっき千聖君にハンカチを出した時に閉め忘れたのだろう、その隙間に例のブツが吸い込まれるように入っていったのだ。




 あ……。




 な、何この奇跡……。



 こんな事が起こるの?



 いや、これは予想外だわ……。



 えと、これは、……どうしたらいいの?




「祥子様、何を黙っておられるのですか!? 貴女のすべき事を私がこうして教えて差し上げているのでしょう!」



 どうやら橘樺恋は気付いていないようね。



 うーむ、あれはもう回収は不可能よね。



 じゃあ……。




 ま、いっか。




「そうですか、それはご忠告ありがとうございますわ。では、私はお先に失礼します」



 そう言って素早く手を洗った私は、足早にトイレを後にした。




 ふぅ、何とかいい形で処分ができたわね。



 いやあれは、巣立ったと言ったほうがいいのかもね……。



 いや、まったく親鳥の気持ちではないんだけど。



 とにかく私の下を旅立った、そういうことなのだ。




 そして、二度と帰ってくるんじゃないよと、私は心の中で呟くのだった。





 その後、橘樺恋は何やら赤い顔をしてあまり喋らなくなった。



 何かあったのかな? 


 うん、何か分からないけど、静かになったみたいで何よりだわ。



 やっぱり令嬢たるもの、お淑やかでないとね。



 あまりお喋りなのはいけませんわよ、おほほほ。




 そんなこんなで、その日は何事も無く無事に終了した。




 うん、今日は何だかんだで楽しかったな。



 やっぱり友達と遊ぶのは嬉しいもんだわ。




 前世ではこういうのは滅多に無かったからね。





 また四人で来れるといいな……。




 そんな事を考えながら帰路に就くのだった。






 さ、帰ってお兄様に腹パンしないとね。

 






いつもお読みいただきありがとうございます(/・ω・)/


あまり一話を長くしたくないので分けてしまいました。

なんか変な所で切ってしまったような気がするので、続けて読んで頂けるとありがたいです(◎_◎;)


ではまた、次回にお会いいたしましょう。

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