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22、もう一人の天敵




 突然私たち、いや千聖君にか? 声を掛けてきた少女。



 私は、この少女を知っている……。


 ベージュ系ブラウン色の長い髪をゆるふわサイドテールにし、瞳はぱっちりと大きくてやや幼さを感じる表情、少し小柄な感じが庇護欲を掻き立てさせる。



 この、いかにも男性受けのしそうな少女は……。



「樺恋、お前なんでこんな所に……?」



 その名を『橘 樺恋(たちばなかれん)』という、千聖君の又従妹だ。



 子供の頃の祥子ちゃんと何度か顔を合わせているようなので、祥子ちゃんの記憶の中にあるというのもあるのだけど、それよりも作中での彼女がどう描かれていたかの方が重要だ。


 橘家の傍流とはいえ、腐っても橘家。学園内で如月家に唯一肩を並べる家柄といえる。


 そんな家柄だけに、この橘樺恋は作中で如月祥子の天敵として登場するのだ。



 天敵というのがどういう事かというと。



 そう、この橘樺恋は親戚同士のくせに、事もあろうに千聖君と結婚をしたがっているという事なのだ。



 それゆえに、千聖君と仮にとはいえ婚約をした如月祥子の事を非常に恨んでいて、作中でも二人はよく対立をしていた。


 つまり私にとって、汐莉さんとは別の形での障害となるのが、この橘樺恋なのだ。




 それにしても、橘樺恋の登場はもっと後のはず……。


 というのも、彼女は私たちの一つ年下な上に海外留学をしているという設定になってたはずなのだ。


 なので作中で登場するのは、一年後。


 私たちが二年に上がった時、彼女が青華院学園に入学して来た時が作中での初登場となっていた。



 今はまだ海外にいるはずなんだけど、どういう事なんだろう……。

 

 また原作に無い話、というか原作の外の話ということなのだろうか?



 しかもこの子はちょっと、いや、かなりやっかいな性格で……。



「たまたま千聖さんがこのお店に入って行くのをお見かけしましたものですから、お声がけだけでもと思いまして」



 そう言って、首を少し傾げながら満面の笑顔を見せる橘樺恋。


 

 これ、この顔よ。


 男心をくすぐるポイントを熟知しているかのような、そんな笑顔だわ。


 あなた、ほんとにまだ十四歳なの?


 なんと末恐ろしい小娘なのか……。



「樺恋ちゃん、久しぶりだね。こっちに帰ってきてたんだね」


「はい、ご無沙汰しておりますわ怜史様」



 怜史君に対してもベストスマイルを向ける橘樺恋。



 おお、爽やか笑顔とぶりっ子笑顔の対決だよ。


 キラキラして見える光景だけど、私にはライオンと虎のじゃれ合いにしか見えないわ。



 というか、この流れは私も挨拶しないといけないよね。知らない仲じゃないし。


 あんまり関わりたくはないんだけど……。



「お久しぶりですわね、かれ――」


「今日は、お揃いでどこかへ行かれるのですか?」



 おおい!


 私がまだ喋ってる途中でしょうがぁ!


 

 ぬぅ、これは絶対わざとだ。


 そうよ、やっぱりこういう子なのよこの子は。



「ああ、今日はね――」



 怜史君が話しだすと同時に汐莉さんが私の耳元で囁いてきた。



「祥子さん、祥子さん。この方はどなたなの?」


「ああ、この子は千聖君の親戚で、樺恋さんという方ですわ。確か、年は私たちの一つ下だったと思います」


「なるほどぉ」



 何が成る程なのかはよく分からないけど、汐莉さんは何かを納得したように頷いている。



「では、このお店に来られるのが今日の目的ですの?」


「普段来ること無いからね、試しに来てみたんだよ」


「あら、私もこういう所は初めてですわ。それでは私もご一緒してよろしいかしら?」



 は?


 いや、帰りなさいよ。


 なに図々しい事言ってんの、あなたは。


 自分の友達と来ればいいでしょ、自分の友達と!



「皆が良ければ構わないけど、どうかな?」



 ちょっ、怜史君そこはあなたが責任を持って断るとこよ!



「どうぞどうぞ、もちろん大歓迎だよ」



 うっ、汐莉さんまで……。



「祥子ちゃんも、いいかい?」


「え、ええ、もちろんですわ」



 もちろん良くないよ! 良いわけがないのよ!


 ここに奴の席は無いとか言って断るのよっ。


 怜史君、あなたにはそれが出来る!




「樺恋、おばさんに何て言って出てきたんだ? こんな所に一人で来て、早く帰らないと心配するだろ」



 お、千聖君が良い事言ったよ。


 そうそう、早く帰らないと心配するわよ!


 良い子はもう帰る時間ですよ、……まだお昼だけど。



 とにかく、さあ早くお帰りなさい!



「千聖さん、私はもうそんなお子様じゃありませんわ。一人で何処へでも行けますのよ」


 

 そう言いながら、橘樺恋は得意げな笑顔を見せる。



 このゆるふわな顔からの得意げな笑みに変わるギャップ。


 これにあざとさを感じるのは私だけなのだろうか……。



 あ、あざといで分かった。


 この子、千聖君の後をつけてきたのでは……?


 そうよ、この子がこんな所に偶然いるわけがないもの。



 絶対そうだ! そうに違いない!


 ぬぅぅ、あざとい上にストーカースキルまで……。



「まったく、しょうがない奴だな。俺から連絡を入れといてやるよ」



 千聖君は嘆息混じりにそう言うと、自分の携帯を取り出して操作を始めた。



 うわ、最後の牙城が籠絡された……。


 せっかくダブルデート気分を味わってたのに、とんだ邪魔者がやってきてしまった。



「ありがとうございますわ、千聖さん」



 そう言って橘樺恋は満面の笑みを浮かべると、隣の席の椅子をこちらに移動させてくる。



 ちょっと、勝手にそんな事したら店の人に――。



「痛っ!」



 橘樺恋が重そうに椅子を持ち、よたよたと歩きながら私のすぐ横まで来たその時、私の足に痛みが走った。



 その痛みの正体はというのは勿論、橘樺恋の持ってきた椅子が私の足に当たった事によるものだ。



「あらっ、ごめんなさい祥子様、当たってしまいましたわ。大丈夫ですか、お怪我はありませんでしたか?」



 こ、この小娘……。


 わざとでしょ! 


 絶対わざとやったでしょ!!



「だ、大丈夫ですわよ、樺恋さん……」



 眉を引き攣らせながらそう答えるも、橘樺恋は私の返事も聞かずに自分の持ってきた椅子に腰を降ろした。



 こ、こぬぉ~~~。


 なんとか、なんとかこの小娘に仕返しがしたい~~~。



 ――と、その小娘に対して怒りで身震いしている時だった。



 私の足下からどさっという音が聴こえてきたのだ。



 何かしらとそちらに視線を送ると、それは背もたれと腰の間に置いていたバッグが下に落ちた音だった。



 なんだ、バッグが落ちた音だったのね。


 ちょっと体を震わせちゃったから、バランスが崩れて落ちちゃったかな。


 あ、うっかり口が開いたままだったのか、中身が出ちゃって……。



 のおぉぉぉぉぉ!!!!!



 私は慌ててその中身をバッグに仕舞い込んで拾い上げた。



 あっぶなっ!


 ちらっと例のブツが見えてたよ!



 み、見られてないよね? 大丈夫だよね!?



 私は恐る恐る皆を見渡した。



「祥子さん、どうかしたの?」


「え、いえいえ、ちょっとバッグを落としただけですわ。ほほほ」



 ふぅ、どうやらセーフのようね。


 危ない危ない、寿命が縮みそうになったわ……。



 というか、こんなの持ってるのがいけないのよ。


 そうだ、こんな危険なブツはどこかに捨ててしまえばいいんじゃない。


 そうよ、捨ててしまえば……。


 ……ああダメだ、この店のゴミ箱といえば、食べ終わったのを捨てるあそこしかない。



 あんな所にこんなの捨ててあったら、やっぱり迷惑よね……?



 うう、仕方がない、とりあえずこのバッグは膝の上に置いて警戒しておくしかないか……。




  ☆




 自分の椅子を確保した橘樺恋は、その後ドリンクを注文して戻ってきた。



「そうだ樺恋ちゃん、紹介しておくね。こちらは葉月汐莉さんっていって僕らのクラスメイトだよ。葉月さん、樺恋ちゃんは千聖の又従妹なんだ」


「よろしくね、樺恋ちゃん」


「はい、よろしくお願いいたしますわ、汐莉お姉さま」



 おお…、さすが汐莉さん。



 初対面でいきなり樺恋ちゃん呼ばわりは、橘樺恋も初めてだろな。


 それに対して、汐莉お姉さまときたか……。



 天然女子と腹黒女子の対決……、うん、面白そうだけど、あまり近寄りたくはないな。



「樺恋ちゃんは、いつこっちに帰ってきたの?」



 怜史君が自然な感じで橘樺恋に話を振る。


 橘樺恋が早く打ち解けるために自分で事情説明させるというやつね、やっぱり紳士は違うな。



「はい、実は今月末の千聖さんの誕生日パーティと向こうの試験の日が重なってしまいまして、それでこちらの連休に合わせて前倒しして帰ってまいりましたの」



 なるほど、だから原作の誕生日パーティでは登場しないのか。これで合点がいったわ。


 原作では語られなかった裏事情というやつか。


 こういうのが知れるのは、ちょっと面白いな。



「へぇ、じゃあ連休の間はこっちにいるんだ?」


「そうなんですけど、千聖さんがあまり相手をしてくれないので退屈して困っているんですの」



 橘樺恋は顎に指を添えながら、甘えるような口調でそう話す。



 なんともあざとい仕草だけども、ここにいるイケメン二人にそんなのは効かないのよ。


 

「ええ、そうなんだ。相手してあげなよ千聖、せっかく帰ってきてるんだからさ」



 効いてないよね?


 あんなのに流されてないよね?



「そうだよ橘君、相手してあげなよ」



 何であんたまで流されてるのよ!


 そっち側に回るんじゃないの!


 

「うるせぇな、俺は色々と忙しいんだよ」



 さすが千聖君、あんなあざといのには流されたりしないのよね。


 ふふふ、やっぱり千聖君はこうでないとね。



「少しの時間でも割いて頂けたら嬉しいんですのに……」



 橘樺恋は、縋るような声を出して千聖君に潤んだ瞳を見せる。



 さらに攻勢を仕掛けてきてるわね。


 誰に教わったか知らないけど、なんともあざとい仕草!



「お前、いつもそう言って少しの時間で済まないだろ」



 だが、千聖君には通じない。


 よしっ!



「たまにしか会わないんだからいいじゃないか千聖」


「そうだよ橘君」


「いや、お前らは関係ないだろっ」



 そうだよ、関係ないし何であっちの側についてるのよ。




「まあまあ、皆さん。千聖君が困っていますのでその辺でよろしいでしょう」



 ここで割って入って千聖君の味方をする。


 ふふ、私もあざとい。



(ちっ、嫁気取りかよ!)



 えっ!?


 今なんか聞こえなかった!?


 なに? 何の声なの!?



 はっ!



 橘樺恋が自分の髪の隙間からこっちを凄い睨んでる!


 こわっ!!



 ていうか、さっきの声は橘樺恋が……?



 何この子、思念でも飛ばしてきてるの!?




 えっ、そんな事できるの!?




 ちょ、超怖いんだけど!!





 それにしても、あの殺気は……なに?



 あれは十四歳が発していい殺気じゃないよ。





 その橘樺恋のただならぬ殺気に、私は身震いがするほどの戦慄を覚えるのだった。





長くなってしまったので二話に分けます。


次話は後ほど(たぶん21時頃)投稿いたします。

暫しお待ちください。

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