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21、お兄様、やってくれましたわね




 店内には流行りの音楽がBGMとして流れていて、いかにも大衆的な雰囲気を漂わせている。



 今は連休という事で客の入りも良い。


 様々な人の話声が飛び交い、その雑多な雰囲気が増々この空間を大衆的に感じさせる。


 学生から家族連れ、そのほかビジネスマンなども多く見られ、客層は多様ではあるけども比較的に若者が多いように見える。



 ただ、その中にあっても、私たちの存在はかなり浮いているように感じるのは気のせいだろうか……。



 たぶん、千聖君と怜史君のせいよね。


 この二人がイケメン過ぎるからいけないのよ。



 私が悪役令嬢っぽいからとかそういう事ではないはず……。



 たぶんね……。

 




 それはさて置くとして、現在私たちは学食で昼食を食べる時と同じ並びでテーブル席に着いている。



 千聖君は少し周囲を気にしている様子があるけど、怜史君の方はいつもと然して変わった雰囲気もない。


 むしろこの中で一番落ち着きが無いように見えるのは汐莉さんではないかと思える。



 あなた一番慣れてるだろうに、何をそんなにソワソワしているのか……。




 落ち着きが無いといえば、さっきは注文をするのにあんなに手間取るとは思ってたなかったな。



 いやまあ、私が余計な事言ったからなんだけどね。


 何か言わなきゃと思って出たのがアレだったからなぁ。


 ほんと、何であんな事言ったんだろ。


 ちょっと反省せねば……。





「本当に僕が払わなくて良かったのかい?」



 怜史君が汐莉さんに念を押すように訊いてくる。


 というのも、さっき会計で怜史君が全部払おうとしたのだけども、汐莉さんがそれを止めたのだ。



 待ち合わせで一番遅かった怜史君に全部払わせようという話をしていたことについて、汐莉さんはこれを冗談話だと思っていたようだ。


 でも、怜史君や千聖君のようなセレブな人たちからしたら、割り勘のほうが冗談話に聴こえたみたいで、さっきから怜史君が何度も同じことを訊いてきているというわけだ。



「だめだよ神楽君、こういう所ではお会計は別々にするのが基本なんだから」


「残念、葉月さんにご馳走できると思ってたのにな」



 怜史君は肩をすくめつつも、爽やかな笑顔でそう答えた。



 おお、あんなセリフがすぐに出てくるっていうのが凄いよね。


 これはどんな女の子もイチコロになるってもんよ。



 これには汐莉さんもイチコロに。



「橘君、キョロキョロしてどうしたの?」



 スルーかよ!



 あれをスルーされるとかなり恥ずかしいと思うんだけど、怜史君は笑顔を崩さない


 さすが神楽怜史だ。



「いや、これ手で食べるんだよな? なのに、手を洗う所も手を拭く物も見当たらないんだよ」



 おっと、千聖君が何やら触れてはいけない部分を触れようとしている気がするよ。



 さっきから周囲を気にしていたのはそういう事だったのね。


 確かに手を洗わずに食べるのも、セレブとしては気になる所か。



 手を洗う所、あそこしか思いつかないな……。



「多分、お手洗いに行かないと無いんじゃないかと思うんですけど……?」



 私の言葉に千聖君が目を丸くして訊き返してくる。


 

「ここにいる客は全員トイレで手を洗ってるのか? それだとトイレが混雑しないか?」



 うっ、どうしよう……。


 手を洗わずに食べてる人ばっかりだとか言ったら、引くかな……?



「あ、ちょっと待って、そう思って良いもの持ってきたから」



 そう言いながら汐莉さんは自分のバッグへと手を伸ばす。



「はいこれ、除菌シート。これで手を拭けるよ」



 なっ!? 除菌シート……だと?



 汐莉さんが取り出してきたのは、手軽に持ち運びのできる携帯用の除菌シートだった。

 

 

 ちょっと、何でそんなの持ってきてるの? 清潔好きなの? 潔癖症なの? それとも子供連れのお母さんなの? 


 いや、こ、これが女子力ってやつなの?



 ぐぬぬ…ぬ…、そんなの持ってこようなんてこれっぽっちも思わなかったよ……。



 私もあんな気の利いた女になりたい……。



「おお、悪いな。やっぱりトイレで手を洗ってくるのは、気持ちの良いものじゃないしな」


「あ、僕も一枚いいかい?」


「どうぞどうぞ、祥子さんも使ってね」


「あ、ありがとうございます……」



 ちょっと、何か無いの!? 私にもそんな気の利いた秘密兵器みたいなのがっ。



 私は自分のバッグに手を入れて、皆からは見えない位置で中の物を探った。


 バッグの中には財布とかハンカチに、あとは化粧品か……、これといって気の利いた物とか……。



 ……ん? ……これは? 


 何かしらこの四角いのは……? 


 ……こんなお菓子あったかな?



 …………。



 んぬぁっ!?



 そのバッグの中から出てきた物の正体が判ったとき、私は湯気が出そうなほど顔が熱くなった。



 こ、ここ、ここここれ、これ、コ、コ、コン、コンド、……お、おほん! ひ、ひにん、……ぐ、じゃないの!!



 ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと!! 何でこんな物が私のバッグの中に!?


 こんなの持ってて『気が利くね』とか言われたくないんだけどっ!!



 というか誰よ、こんな物を私のバッグの中に入れたのは!!



 ちょっと、まさかこの中に!?


 いや、これをバッグに入れた犯人がこの中にいるとは思えない……。



 ということは、家の中の誰かが入れたということか。


 となると、こんな事をしそうなのは……。




 あ、あ、あ、ああ、あんの、バカ兄貴~~~~~~!!!!




 絶対あの男だ!! あの男以外考えられない!!


 乙女のバッグの中に何て物を入れてくれてんだあの男はぁぁ!!!



 確かにこの数日、千聖君とお出掛けするんで、浮かれまくってお兄ちゃんに色々話を聞いてもらってたけど。


 あまりに話し過ぎて、若干うざがられてたけど!


 まさかこんな事をしでかしてくるとはっ!



 覚えてろバカ兄~~~!!


 帰ったら、その目玉を指でぶっ刺してやるから!!




「祥子ちゃん、顔が赤いけどどうかしたのかい?」


「ふぇぁっ!? は、はは、はい!? 何でしょうか!? いえっ、何でもありませんわ! どうかなさいましたか!?」



 急に怜史君が声を掛けてきたので、素っ頓狂な声を出してしまった。



 と、とりあえず、バカお兄ちゃんの事は一旦忘れよう。


 一旦忘れて平常心を取り戻すのよ。


 それでこれは見つからないように、バッグの奥へと押し込んでおきましょ。



「おい、大丈夫か? まさか体調でも悪いのか?」



 う、千聖君まで……、このままでは変に怪しまれる。


 

 とりあえず深呼吸して自然に振る舞うのよ。


 はー、ふー。はー、ふー。ひ、ひ、ふー。



「何でもありませんてば。それよりも汐莉さん、このアップルパイありがとうございます。ありがたく頂きますわ」



 ふぅ、まだ少し動揺が残っているけども、なんとか誤魔化せたかな?


 

 いや、まだ不審な顔でこっちを見てるね……。



「あ、どうぞどうぞ。それはお礼だから、橘君も遠慮せず」



 汐莉さんの言うお礼というのは、先日の靴を隠された一件の事である。


 私にはアップルパイ、千聖君にはナゲットをご馳走してくれたのだ。


 汐莉さんの家はあまり裕福ではないので、気持ちだけ受け取りたかったけどそういう訳にはいかないよね。



「葉月さん、お礼って何だい?」


「ふふふ、ちょっとね」



 怜史君の質問に汐莉さんは笑って誤魔化す。



「俺は別に何もしてないけどな」



 千聖君はあの次の日から、お礼を言う汐莉さんに対してあれを言い続けている。


 あんな分かりやすい力技をやったというのに、それで押し通すつもりのようなのだ。


 こういう所がちょっと可愛い。



「私も何もしていませんけどね、ふふふ」



 私も千聖君の真似をしてみた。



「ええ、僕だけ仲間はずれかい? 酷いなぁ」



 怜史君は困った顔をしながらも爽やかな笑顔だ。さすが神楽怜史だ。



「二人にはちょっと助けてもらったというか。こんなのじゃお礼にもならないんだけどね、せめてもの気持ちなの」


「祥子ちゃんが、葉月さんを助けたの?」


「何ですか神楽様?」



 何か問題でも!? 


 私が汐莉さんを助けると何か問題でもあるのかな!?


 言いたい事があるならはっきり仰いなさい!



「はは、祥子ちゃんらしいと思ってね」



 そんな笑って誤魔化しても……、私らしいってどういうこと?


 その辺詳しく!



「ほんと、二人には何度もありがとうを言いたいよ」


「もうその話はいいだろ。それよりも――」


「あ、ひょっとして、下駄箱の事と何か関係あるの? こんな時期に急に変わったから変だと思ってたんだよね」



 怜史君の言う下駄箱の事というのは、あの次の日に、学園にある全部の下駄箱が新しい物に変わった事を言っている。


 しかもダイヤル施錠のできるものに。


 それにより、もう汐莉さんの靴が隠されるというような事も無くなったのだ。


 また何かしてくるかもしれないが、この件に関しては一応解決をしたと言える。



 ただ、あれはどう考えても千聖君の仕業なんだよね。


 本人はしらを切ってるけど……。



「おい、余計な事は言わなくていいんだよ」



 話を遮ろうとする千聖君だけど、怜史君はさらに続けた。



「どうせなら新学期が始まる前に変えるだろ? 気になったから先生に訊いてみたんだけど、そしたら千聖が変えさせたって」



 やっぱりか……。


 まあ、学園にそんな圧力を加えられる人は千聖君くらいだもんね。



 しかし凄い行動力というか、力技というか。


 そのおかげで今は嫌がらせも鳴りを潜めているんだから、凄いとしか言い様がない。



 だけど千聖君の顔が明らかに不機嫌になっている。


 あまりこの件に関して触れてほしくないみたいね……。



「ちっ、……デザインが気に入らなかったから変えさせただけだ、他意はない」



 ええ……、それはそれでどうなの? それだと凄い我儘な人みたいになっちゃうよ。


 もう少し上手い言い訳は出来ないものなのか……。



 千聖君は相変わらずの不器用さだな、ふふふ。



「デザインねぇ。まあ、そういう事にしておこうか」


「うるさい、余計な話してないでさっさと食え」



 不機嫌にそう言い放った千聖君は、ポテトに手を伸ばしパクパクと口に運んでいく。



「ほ、ほら、その話はまた今度にして。神楽君も食べようよ」


「ああ、ごめんごめん、話の詮索をするつもりは無かったんだよ。ちょっと千聖を困らせてやろうかと思ってね」


「おい」



 怜史君は、はははと笑い声を上げている。


 この男、案外Sっ気があるんだな……。



 千聖君はそんな怜史君に溜息をつきながら、ポテトをパクパクと食べ続けている。



「まったく、お前は見た目と性格のギャップが大きすぎるんだよ」


 

 そう言いながら、ポテトを次から次に口へ運んでいく千聖君。



 やり取りにだけ見ていると、この二人は仲が良いのか悪いのか分からない。


 原作でもライバル関係になってたしね。


 でも、この二人の間には女の子には分からないアレ的なものがある。



 ……きっとある!



「酷いなぁ、僕の優しさを理解してくれないなんて」


「何言ってんだよ」



 一言ぼやき、そしてまたポテトを食べている。



 それにしても、千聖君はさっきからポテトばっかり食べてるな。


 ひょっとしてこのジャンクなポテトが、セレブな舌を虜にしてしまったとか? 



「千聖君、ポテトが気に入りましたか?」


「ん? ああ、気に入ったというか、何故か食べるのが止まらないというか。……まあ、悪くはないな」



 千聖君は、私の問いにポテトを食べながら答える。



「あ、じゃあ、私のも食べますか? 私はそんなに食べられないので」


「ん、そうか。じゃあ、貰う」



 私が「はい」と言って千聖君のトレイの上に私のポテトを置くと。


 千聖君は、その私が置いたポテトを一つ抓んでパクリと食べた。



 元は私のだったそのポテトを、千聖君が美味しそうに食べている……。




 なにこれ……良い。




 なんだか分からないけど、凄く興奮するものがあるよこれ!


 まるで私の一部が千聖君の口の中に入っていくような? ついでに私も食べてほしいみたいな?


 はいあーんして千聖君、やだそれは私の指だから~みたいな!?


 ああ、私の指をなぞるように千聖君の唇が~……みたいな!!



 はぁはぁ。



 ふぅ……。



 どうしよう、こんな事で興奮している私って変だよね?


 自分でもやばいような気がしてきた……。


 

 うう、自重しようと思っても妄想が止まらない。




「――祥子さん? 祥子さん、どうかした?」



「は、はい!?」



 ……うっ。

 


 気が付けば、怜史君と汐莉さんが私を見ていた。

 


 い、一体、いつから見てたの……?


 やめて、今の私を見ないで。



「大丈夫? 祥子ちゃん、ぼーっとしてたよ?」



 はい、妄想の世界にいってました、……とか言えるわけないよね。



「い、いえ、少しお腹がいっぱいなってきて……」


「いや、まだ全然食べてないだろ」



 千聖君の鋭い突っ込みに言葉が詰まる。



「み、見てるだけで、お腹がいっぱいになるんですっ」



 少し顔を赤くしてそう言い返すと。



「ちゃんと食べろよ、楽しみにしてたんだろ?」



 千聖君は素っ気なくそう言った。



「……はい」



 それは少し素っ気ない言い方だったけども、何だか妙に嬉しい言葉だった。



 とくんと心臓が脈打つのを感じながら、千聖君にちらりと一度だけ視線を送ってみる。



 すると、ポテトを口に運んでいる千聖君と目が合った。



 それに何だか暖かいものを感じつつ、ハンバーガーへと手を伸ばしていく。




 ――そんな、例のブツの事などすっかり忘れて、密かに心をときめかせている時だった。




「あーら千聖さん。こんな所で奇遇ですわね」




 不意に掛けられたその声に、せっかくのときめきが壊される事になるのだった。






いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/


冬本番となってきましたが、実は私は冬が大好きです。

手足が冷えることに喜びを感じています(〃▽〃)


それでは、皆さままた次回にお会いしましょう。

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