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2、やっぱり私は如月祥子





 黒塗りの高級車が我が家の門をくぐり、玄関の前に横付けされた。


 そして、一人の男性がその車に近寄り、後部座席の扉を徐に開けて私の帰宅を迎えるのだ。



 私が車から足を出し、颯爽と姿を現す。



 すると――



「「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」」



 屋敷の使用人たちが、一斉に声を揃えてこの屋敷の令嬢を出迎えるのだった。



「みなさん、ご苦労様です」



 優雅にそれに答える私だが……。



 内心は心臓がバクバクいっている。


 凄い、凄い、凄い! こんなの漫画の世界でしか見た事ないよ! これが、この国を代表する大財閥の日常風景なのね!



 だめだ小市民の私にはこの光景に慣れるには、かなりの時間がいると思う。


 だって、ここにいる人たち皆私より年上でしょ。そんな人たちが勢ぞろいで頭下げてるとか、小心者の私からしたらこっちはもっと頭を下げなきゃいけないような気になってくるじゃない。



 大丈夫かな私?


 この生活、耐えられるかな……?




 玄関の扉が開かれ、誘われるようにして屋敷の中へと入っていく。


 私の後ろには、ぴたりとくっついて歩いてくる執事が一人とその後ろに三名のメイドたち。



 執事の、えーっと、確か黒崎さんだったかな、祥子の記憶の中に確かにある。


 この人がこの屋敷のメイドたちを取り仕切っていて、この家の人たちのスケジュールなんかを一手に管理しているやり手の人だ。


 年の頃は五十代半ば、前世の私のお父さんくらいの年齢なのだけど、お父さんとは違うこのダンディな見た目。



 この漫画の作者、こういう所も抜かりが無いのね。



「黒崎さん、ちょっとお願いがあるんですけど」


「――はっ、はい、どういった事でしょう?」



 私が声を掛けると黒崎さんが少し動揺した。


 それもそのはずだ、祥子はいつも黒崎さんを呼び捨てにしていたのだから。


 さすがに、私にはそれはちょっと出来ない。


 だって、黒崎さんからしたら私って娘くらいの年齢よね。前世のお父さんと同じくらいだし。お父さんが私くらいの年齢の女の子から呼び捨てにされてたら、悲しすぎてお父さんの顔見れなくなっちゃうじゃない。



 やっぱり小市民の私の感覚では、こういう所は埋められない気がする……。



「このハンカチと同じものを明日までに用意してください」



 制服のポケットから取り出した一つのハンカチ。


 そう、それはさっきツンデレ王子から借りたものだ。


 黒崎さんはそのハンカチを覗き込みそれを手に取ろうと、手を伸ばしてくる。



「では、少しお借りしても――」


「だめです、これに触れないでください。必要なら写真に撮ってください。あと、このハンカチは洗濯厳禁でお願いします」


「……えっ、は、はい。かしこまりました……」



 うっ……、若干引いてるよね?


 こんなナイスミドルに引かれるのはちょっと心にくるものがあるけども、ここは背に腹は代えられないってやつよね。


 本来なら私ですら触るのは憚れるものなのに、他の誰かが触ったり洗濯なんかしたら匂……いえ、なんでもない。


 ……そんなはしたない事はしません……よ……?



 とにかく、これは私の宝物になりました、悪しからず。



「新しいのが用意できましたら、それを一度洗濯してラッピングしておいてください」


「かしこまりました」



 黒崎さんは後の事をメイド三人に任せ、さっそくハンカチの用意をしに姿を消してしまった。



 そして私の後ろにピタリと張り付いてくるメイド三人と共に、私の部屋の前までへとたどり着く。


 そこでその三人に振り返り私はこう言い放った。



「少し一人になりたいので、ここまでで結構です」



 三人のメイドは驚いた表情を浮かべた。



「し、しかし、お着替えがまだ……」


「自分でやりますので結構です。それでは――」



 そう言うや否や部屋の中に入り、静かに扉を閉めた。



 そして、そこで驚くような光景が私の目に飛び込んでくる。



 如月祥子の記憶の中にあるとはいえ、その部屋の中の豪華さに私は息を呑んだのだ。


 

 やっぱり実際にこの目で見ると凄い……。


 クイーンサイズの天蓋付きベッド、恐らく海外ブランドの物だろうフカフカそうなソファー。


 カーテンに壁紙、調度品や絨毯に至るまで、全てが眩しいくらいの絢爛豪華さなのだ。



 この部屋でこれから暮らすのか……。



 なんだろう、このホームシックな感じ。


 いや、この部屋が悪いわけじゃない。むしろ女の子の夢が詰まっているような気がする。


 でも、私には不釣り合いというか……。


 こんな無駄に広くなくても……。



 というか。



 私はあの六畳の部屋が大好きだった……。


 全ての物が手の届く範囲に配置できるあの機能的な部屋が大好きだったのだぁ!



 くぅ……、なんとかこの部屋の一角にあの前世の私の部屋を再現できないものか……。



 おっといけない、そんな事を考えている場合ではなかった。



 部屋に入ってまずする事を忘れていた。



 まず私がしなきゃいけないことといえばやっぱりこれよね。


 そう、自分の姿を確認すること。



 私は部屋の中を見渡し、すぐに姿見を見つけてその前に直立する。



 確かにそこにいたのは、如月祥子その人である。


 毛先を少しカールさせた長い黒髪。眼差しは強めだが整った細面、すらりと伸びた細い手足。胸はやや小振りかもしれないけど、とても綺麗な体系。



 そのなにもかもが、前世の私とは比べ物にならないくらいの見目麗しい女性の姿だったのだ。



 さっきまでは何処かで夢かもしれないと思っていたけど、これでようやく現実として実感できた。


 やっぱりこれは私の大好きだったお話の世界なのだ。


 戸惑いも大きいけど、嬉しさも大きい。


 何せ、あの橘千聖と同じ世界に来ることができたのだから。



 そう、あの橘千聖と……。



 ……そういや、今日はそのツンデレ王子とちょっと喋っちゃったのよね。



 私は目の端に留まった豪華なソファーへと腰を下ろす。


 ふぅと一つ溜息を吐き、ポケットの中のハンカチへと手を伸ばした。



 薄いブルーで、海外ブランドのロゴが入ったハンカチ。


 そのハンカチを見つめながら、今日のツンデレ王子を思い出す。




 王子がハンカチを差し出してきたのシーン。




『……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ』



『……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ』



『……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ』



『……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ』



『……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ』




 むきゃーーーー!!!



 なんなのその照れ臭そうな顔はーー!! 可愛いすぎて死ぬぅぅぅ!!



 いける! これはいける! 何回リプレイしてもいけるわこれ!



 やっぱ生ツンデレ王子の破壊力はハンパない!


 よく私はあの時失神しなかったもんだわ。よくぞ耐えた私! 


 どうしよう明日も顔を合わせるのに、まともに見れるのか私!



 くぅぅ、だめだぁ、トキメキが止まらないぃ!



 ちょ、ちょっと待って! 心臓がやばいから!



 ふぅ、ふぅ、落ち着くのよ。落ち着くのよ、私。



 それにしても、ハンカチを見ただけでこの動揺。……これからの事を考えると、私はいつか心臓が破裂して死ぬかもしれない。



 このハンカチを見ただけでこんなにも……。



 ハンカチを……。



 また動悸が激しくなるから直視はなるべく避けよう。



 ……ふぅ、……それにしても。



 ……このハンカチを渡したとき、王子はどういう気持ちだったのだろう?


 少なくとも嫌ってはいないと思うのだけども……。


 面倒くさいって思われた可能性は……あるかも……。



 うーん、漫画だと感情が解り易いんだけどなぁ……。



 ぽふっという音とともにソファーの上に横になると、天井に向けてハンカチを翳した。



 そのハンカチを見ていると、どうしてもあのシーンを思い出すのだけど。


 入学式にあんなシーンは原作には無かったよね。


 まぁ、如月祥子が一話目から号泣するシーンなんてあるわけ無いんだけども……。



 んん、つまり原作に無い出来事が起こせるってことなのか?


 だったら、シナリオも変えられるとか……?


 いやいや、そんな都合よく考えてると後で痛い目に……。



 でも、諦めないって決めたんだよね。



 いや、でもどうなんだ? 諦めないって決めたけど、そもそも私にあのハイレベルな男子を落とせるのか? 出来る気が全くしないんだけど……。


 なにせ、前世の私はアイアンメイデンの異名を持ってたほど、男に縁が無かった。


 祥子ちゃんも怒ってばっかりで恋愛下手だし……。



 だめだ、何処を探しても恋愛スキルが見当たらない!


 

 え、これ、無理じゃね?



 ああでも、諦めたくないぃぃ!!



 諦めたくないよぉぉ!! こんなグジグジするのもいやあぁぁぁ!!!




 その時、翳していたハンカチを手放してしまった。



 ふぁさっと私の顔を覆う王子のハンカチ。



 そして私の鼻腔をくすぐるこの香り……。



「ふぁ、ふぁぁ、ぁああ、あああ、あああああ……。きゃあああああああ!!」



 なになに、何なのこの良い匂い!!


 イケメンは匂いまで良いってか!!


 だめだ、この匂いだけでどうにかなってしまいそう!!



 私は体を反らして得も言われぬ興奮に打ちひしがれた。



「うにゃあぁぁぁぁぁぁ!! ふにゃぁぁぁ! はふぅぅぅ!!!」



 こ、この感覚は……!!



 の、脳が蕩けりゅぅぅぅぅぅ!!



 ――っと、その時だった。



 私の部屋の扉を叩く音が鳴り響く。



『祥子さん! どうかしたんですか? 変な声が聴こえましたよ!』



 ――はっ!!



 私は一体何をして……?



 そ、そうだ、王子のハンカチの香りが漂ってきて……。


 ぐはっ、やってしまった!!


 匂い嗅いだりしないって誓ったばっかりだったのにっ。



 如月祥子ともあろうものが何てはしたないことを……。



『祥子さん! お返事がありませんけど、どうしたのです!?』



 あ、あの声はお母さま!



 危ない危ない、お母さまが来なければ、もっとはしたない事をしてしまうとこだった……ような……。



「な、なんでもありませんわお母さま! 今開けますので少しお待ちくださいな」



 急いで衣服の乱れを直し、王子のハンカチを丁寧にポケットにしまい、一息ついてから部屋の扉を開けた。



 扉を開けた向こうから現れた女性、その姿に私は息を呑む。



 豪華なワンピースを身に纏った、見た目三十前後といった感じの若々しい姿のお母さま。


 原作では殆ど出番など無かった如月祥子の母親は、実際に見るとこんなにも美人だったのか。


 とても二人の子供を産んだ女の人とは思えない美貌の持ち主だ。



 ちなみに、如月祥子には兄が一人いるのだけど、紹介はまた別の機会に。



「どうかしましたの? 着替えもまだしていないじゃないですか」


「え、と、これは、ちょっと先にやってしまいたい用事がありましたもので……」


「まあ。もう、高校生なんですから着替えくらい先に済ませてからになさいな」



 溜息混じりに言うお母さまだけども、言葉に棘は無い。


 悪役令嬢の母親なのだから、もっと高慢な態度と性格なのかと思ってた。



 人間、話してみないとわからないものね。


 どっちかというと、良いお母さんって感じがする。



「ええ、以後気を付けますわ、お母さま。……ところで、私に何か用があったのでは?」



「そうでした、そうでした、今度の懇親会の…………」




 この後、お母さまの話が延々と続くことになる……。




 それにしても、どの世界でも母親というのは絶妙なタイミングで現れるのね……。

 





続きはまた明日ねぇ(´∀`*)ノ

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