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19、管鮑の交わり




 今は放課後。



 私は美化委員の仕事のため柊木君と打ち合わせをしている。



 花壇に植える苗がまだ届いていないので、届いてからの計画などを話し合っているのだ。


 とはいっても、殆どを柊木君に任せっきりなので、私は柊木君の話を聞いているだけなのだけどね……。



「……という訳で、余った分はこの植木鉢に植えますので、そんな感じで大丈夫ですか?」


「ええ、さすが柊木君ね、完璧なプランですわ」



 ごめん、ちょっと聞き流しててよく分からなかった。


 まあ、柊木君は優秀だから彼に任せておけば全て大丈夫なはずよね。



 ちなみに、美化委員だけにプランとプランターをかけたわけではないからね。



 令嬢はそんなオヤジみたいな事は言わないんだからね。




「美化委員ギャグですか如月さん?」



 違うっつうの!!



「あ、あら、何を言ってるのかしら柊木君は」



 頭には過ぎったよ、過ぎったけども意図はしてないからね!


 断じて意図はしてないからね!



「いやあ、プランとプランターをかけたのかなって。ごめんなさい、如月さんがそんな事を言う訳ないですよね」


 

 そうそう言う訳ないのよ。


 なんたって私は令嬢だからね。


 如月家の令嬢がそんな事を言う訳ないけど、その無垢な顔をこちらに向けるのはやめようね。



「まぁ、柊木君は面白い人ですわね。お、おほほほ」


「そうですか? ははは」



 二人して笑いあったけど、私の笑顔だけ若干引きつっていた。




 その後も、今後の予定を少し話し合い、今日のところはそれで解散となった。

 



 これでようやく一日が終わった。

 

 朝から色々あったけども、終わってしまうとその日の出来事も何て事のないただの日常のような気がしてくるから不思議だ。



 今朝の千聖君との甘い思い出だけは永久に特別だけどね。



 あれだけで、今日は良い夢が見られそうだわ。ふふふ。





 ロッカールームにやってきた私は、そこから荷物を取り出して帰り支度をする。


 一人一人に大きなロッカーが用意されている所も、さすがは青華院学園といったところだ。


 

 すぐさま帰り支度を済ませた私は、ロッカールームを後にした。




 下足場に向けてゆっくりと廊下を歩いていると、窓の外には沢山の生徒が行き来をしているのが目に入ってくる。



 校内とは真逆だな……。



 放課後の校内というのは独特な雰囲気だ。


 しんと静まり返っているけども、遠くの方に部活動に勤しんでいる人たちの声が騒がしく聞こえてくる。



 放課後という一時にしか味わえないこの雰囲気。


 寂しげだけど、何故だか胸が高鳴ってくる。


 そんな不思議な世界が広がっているのだ。



 確か、前世でも同じような事を思った気がするなぁ……。



 放課後って魅惑的なのよね。


 告白とかって大概は放課後だし。



 ひょっとしたら今もこの校内の何処かで、誰かが誰かに愛を告げているのやも……。



 そう考えると、ちょっと興奮するものがあるわね。


 

 帰るところを待ち伏せしてきて、『祥子、ちょっといいか……』みたいな感じでね。


 呼び止める千聖君の真剣な表情に、『ち、千聖君、どうしたの?』ってドキドキしながら答えるの。


 しばらく沈黙が続いた後『今まで、ちゃんと言ってなかったなって、思ってさ……』と、ぼそりと喋りだす千聖君。私の胸は張り裂けんばかりで『な、なに、かしら……?』って答えるんだけど、内心では何を言おうとしているか分かってる。分かってるけど、その続きは分かってるけどぉ! 言ってほしいぃのよぉ~!


 でも千聖君は、『……やっぱりまた今度言うわ』って言って走り去っちゃう、みたいなね!!



 くぅぅぅ……。


 こういう甘酸っぱいのもいいなぁ。


 この歯がゆさがまさに青春って感じよ。



 むふふふ。




 昼間に反省をしたことなどすっかり忘れ、妄想の世界にニヤニヤしているうちに下足場に到着した。



 もう迎えも来ている頃だろうし、さっさと靴を履き替えようと自分の下駄箱に向かって歩いていく。


 すると、なんだか今朝にも見たような光景が目に入ってきたのだ。



 そう今朝も見た光景とは、やはり葉月汐莉である。



 下駄箱の前で立ち尽くし、何やら困った顔をしている葉月汐莉。



 これは、あれ? デジャヴというやつかしら?



 それとも、お昼休みあたりから時間が逆行して、今はまた朝になってしまったとかかしら?



 いやいや、そんな訳がない。



 そうでは無いとするならば、物凄く嫌な予感がするんだけども……。

 


「あ、如月さん……。今、帰りですか?」



 見つかってしまった……。


 一瞬、見なかった事にしようかとも思ったけども、時すでに遅し……。



「ええ、葉月さんも今お帰りですか?」


「え、ええ、まあ……」



 くぐもったような声で返事をする葉月汐莉。



 ああ、これは予感的中ってやつかしら?


 それにしても今朝の今朝で放課後もって、ちょっとは警戒とかしようよ……。



「どうかされましたか葉月さん?」


「あ、いや、何でもないですよ……」



 やっぱりか……。


 でもこれに関していえば、犯人は教室に押し掛けてきていた子たちのような気がする。



 あの時、葉月汐莉があの子たちに何か言った後、千聖君があの子たちに一喝した。


 これって見ようによっては、葉月汐莉のせいで自分たちが怒られたようにも見える。


 いやむしろ、そう受け取った可能性のほうが高い。


 それでその仕返しに靴を隠されたと……。



 ……ん?



 何だろうね、このモヤっとする感じは……。



 あくまでも見ようによっては、……よね?



 ま、まあ、友達のために怒るとかっていうのは、普通のことだから。それはそれで構わないんだけども。


 構わないけど、……モヤモヤはするよね。



「葉月さん、どうされたのです? 早く靴を履き替えて帰らないのですか?」



 靴を履き替えた私は、未だ下駄箱の前で立ち尽くす葉月汐莉にそう言葉を投げかける。



「あ、いや、私の事は気にしないでください。ちょっと用事があるだけなので……」



 ちょっと、意地悪な言い方をしてしまったかな。



 確かに、葉月汐莉を可哀想だと思う気持ちはある。


 でも、何だか黙ってられない気持ちのほうが強くなってしまった。



 千聖君の事もあるけど、朝のやり取りは葉月汐莉にはあまり響くものでは無かったのか。


 そんな気がして、少し苛々した気持ちが湧き出てきたというのもあった。



「葉月さん、少し様子が変ですよ。何かあったのでは?」


「そうですか? 大丈夫です、何もありませんよぉ」



 そう言って笑顔で返す葉月汐莉。


 その笑顔はコロコロとしてとても可愛いものだ。


 男性からすれば、こういう子は健気で可愛く映るのだろう。



 でも、友達としてはその笑顔は全然可愛くない。



「……葉月さん。例えば一言、たった一言発するだけで物事が大きく変わることもあるのですよ」


「え……、き、如月さん?」


 

 こういう事はどこにでもある話だ。


 どこにでもある話だけに解決は難しい。


 何故なら、その多くが誰にも相談できないでいるケースが多いからだ。



 皆、一人で抱え込んで悩んでいる。


 

 でも、あなたは違うじゃない……。



 あなたは言える相手がいるでしょ、……ここに。



「何もしなければ何も変わらない、賽は転がしてみて初めてその目を変えるのですよ。私の言っている意味、貴女ならお分かりになりますでしょ?」



 私が全て覚っていると思ったのか、葉月汐莉はその顔を翳らせる。



「……ありがとう、如月さん。でもこれは、私の問題なので。如月さんに迷惑はかけられないですよ」



 こっちはもう半ば諦めてきているっていうのに、この子は何なのだ。


 全然、友達だとか思ってないじゃないか。



 迷惑って何なの! 迷惑って!



「私と葉月さんが逆の立場だったら、葉月さんは迷惑に思いますか?」


「えと……、それは……」


「葉月さん、もっと頼っていいんですよ。お家の事情で自分がしっかりしてなきゃいけないと思うのは分かりますが、私たちの前では宜しいんではなくて?」



 葉月汐莉は、その大きな瞳を潤ませる。


 

「如月さん……」



 私はそんな葉月汐莉に近づいてその手を取った。



「葉月さん……」



 目の前の潤んだ瞳を見ていると、私の目頭まで熱くなってくる。



 思えば、前世でこんな友達なんて一人も作れなかった。


 仲の良さそうな人たちを遠くから眺めているだけだった。


 いつも一人で悩むだけだった。誰かに相談なんて出来なかった。



 だからなのかもしれない。


 そんな姿を、自分の目の前で見たくはないと思ったのは。



 葉月汐莉は私の手をしっかりと握り返してきた。



「如月さん私ね、凄く嬉しいよ。私ね――」




 ――と、その時だった。




「何をしてるんだお前ら?」



 不意に掛けられた声、私と葉月汐莉はその声のした方に振り返る。



「ち、千聖君?」



 そこにいたのは千聖君だった。



 千聖君は、私たちと目が合ったかと思うと、スタスタとこちらに向かって近づいてくる。


 その手に何やら大きな袋を持って。



「……橘君も、今帰りですか?」



 千聖君はその問いに小さく「ああ」と答えるだけで、一直線に葉月汐莉の前に歩み寄った。



「あ、あの、千聖君……?」


「さっきそこでこれを拾ったから葉月にやるよ」



 そう言って手に持っていた大きな袋を強引に葉月汐莉に手渡した。



「じゃあ、そういう事でまた明日な。……あ、明日から下駄箱が変わるから。明日の朝、ちゃんと説明を受けろよ」



 千聖君はそう言い残して足早にこの場を去っていった。



 一陣の風のように、あっという間にいなくなってしまった千聖君。



 何が起こったのか状況がよく分からない私たちは、暫く無言のまま立ち尽くしていた。



「……あ、えと、これは何…かな?」



 すぐに我に返った葉月汐莉は、千聖君に渡された袋の中を覗き見る。



 ――すると。


 ゴソゴソと袋の中を探っていた葉月汐莉がその目を丸くした。



「こ、これ、……ローファーじゃ……」



 それを聞いて私もその袋を覗き込んでみると、そこにあったのは何足かの学校指定のローファーだった。



「確かに、ローファーですわね……。しかも、こんなに沢山の……」



 なるほど……。



 どうやら千聖君も葉月汐莉が靴を隠されたのを知ったのか。


 それで代わりの靴を買ってきたと……。



 あの大量の靴は、多分サイズが分からなかったので適当に違うサイズのを買ってきたんだな。


 さすがの千聖君でも女の子の足のサイズまでは分からなかったか。



「ど、どうしよう如月さん……。これ、落ちてたって嘘ですよね……」



 まあ、嘘だろうね……。



 もうちょっと上手い嘘はつけなかったのだろうか……。



 そういうとこ不器用だよね千聖君は。



 そんな所も好きだけどね!



「貰っておいてください。どうせ返しても絶対受け取らないと思いますし」


「え、でも、貰えないですよ。こんなに沢山あるし……」



 まあ、上履きよりもはるかに高い値段だしね……。


 気持ちは分かるけど、ここでまた朝のような遣り取りをするのは面倒くさい。



 よし、ここはこのまま押し通したほうが良さそうね。



「葉月さん、橘家の次期当主が一回上げると言って差し出した物をまた自分の手元に引っ込めるなんて、そんな家名に傷が付くような事は出来ませんわ。ここはどうか貰っておいてくださいませ」


「ええ、そんな理不尽な!?」


「それに、橘千聖が落ちていたと言えば、それは落ちていた物なんです。それがこの学園における不文律、この世界のルールであり真理なのです!」



 指をびしっと突き立てて、葉月汐莉に迫る。



「……ぷっ、ふふ、ふふふ。なんですかそれ、橘君が聞いたら怒りますよ、ふふふふ」



 思わず吹き出す葉月汐莉。


 そこまで面白かったとは思わないのだけど、指で目に溜まった涙を拭っている。



「ではこれは、二人だけの秘密としておきましょう」


「はいそうですね、ふふふ。……でも、本当にこれ貰っても良いんですか?」


「人の厚意は素直に受け取るものですよ。気が引けるのでしたら、また別の形でお返しすればいいだけですから」


「……そうですね、わかりました」



 それにしても、千聖君は随分と力技だったな。


 あんなに簡単に靴を受け取らせてしまったら、朝の私の芝居がなんか恥ずかしくなってくるじゃないの……。



 恥ずかしくなってくるといったら、さっき葉月汐莉と友情っぽい事してたのも今考えると赤面ものだわね。



 ああいうのは皆どうしてるのかしら、私にはちょっと耐性が無いから恥ずかしさが後から後から湧いてくるんだけど……。



 そんな事を考えながら、ちらりと葉月汐莉を見ると向こうもこちらに視線を向けてくる。



「皆さん、良い人ですよね。私、この学園に来て良かったです」



 私と目が合った葉月汐莉は笑顔でそう言った。




「ふふふ、大袈裟ですわ。友だち同士では当たり前の事でしょ汐莉さん?」




 これはもう諦めるしかないようだ。



 いくら頭で拒否をしても、気持ちの方は拒否をしてくれない。


 こればかりはどうしようもない事なのだけど。


 私は自分に友達というものが出来たことに、心が躍ってしまっているのだ。




 でも……。




 私はこの友達と同じ人が好きで、いずれこの友達とその好きな人を奪い合うことになる。



 今はまだその気配はないけど、その時が必ずやってくる。



 必ず、そうなってしまうのだ。



 

 私はその時どうするのだろう。




 その時になってしまったら……。





「あ、わ、私も、これから名前で呼びたいです」



 そう言いながら少し頬を染める汐莉さん。




「是非そうしてくださいませ」

 



 少し照れ臭そうにそれに答える私に。





「はい、そうします。祥子さん」




 汐莉さんは笑顔でそう言った。






いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/


なんとか年内に間に合いました。

もっと早く書き上げる予定だったのですが、色々諸事情で……。べ、別に年末特番見てたからとかじゃないんだからね!(`o´)


それではまた次回にお会いしましょう。

皆様に良い年が訪れますように。

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