18、不穏な伏線はやめてくださいまし
と……。
ともだち……。
友達って、何……?
がばっと机に突っ伏すると、自分が言った事が頭の中を駆け巡る。
『お友達だからですわ』
あああああ……。
何で私はあんな事を言ってしまったのか……。
何だか妙な雰囲気に流されたというのもあるかもしれないけども、よりにもよってあの葉月汐莉に。
と、と、とと友達って……宣言してしまった……。
何で私は自分からそんな事を……。
これはなに? ライバルとかいて友と読む的な事なの?
いや、そんな少年誌みたいなノリなはずがない!
ライバルはライバルよっ。
つまりは敵って事よ!
葉月汐莉は敵なのよっ!
敵!! 敵!! 敵!! 敵!!
敵ぃ~~~~!!
はぁ……。
敵であってくれないと困るのよねぇ……。
少女漫画の主人公だと、ライバルと仲良くなってってパターンがよくあるけど。
ああいうのって、いつも最後はフラれたライバルが吹っ切れた感じになって、主人公と仲良くしてるんだよね。
いやいや、そんなに簡単に諦められるような恋心ならね、最初からちょっかいなんか出してこないでよ、っていつも思うのよ。
まあでも、あれは漫画の世界だからね。
最後はハッピーに終わらせないといけない、そんなお約束みたいなものがある。
でも、現実はそんな仲良く終われるわけがない。
ヒロインはいいよ勝者の側だからね、でもライバル側は友達関係なんて続けられる訳がない……。
だからちゃんと敵であってほしいのだ。
関係が壊れても構わないような、そんな憎たらしい敵に……。
「祥子さまー、どうかしましたか?」
間延びしたような声が私に問いかけてくる。
「あら、晴香さん。いえ、少しだけ考え事をしていまして」
私がすました顔でそう答えると、いつものように薫子さんが話題に参加をしてくる。
「最近は物思いに耽る事が多くなりましたね」
こうして休み時間に二人と話す事も、随分と慣れた光景となってきた。
この子達を観察してるのも飽きないし、話をする事も割と楽しくなってきている。
女友達とのこういう遣り取りって、前世ではすっかり縁遠くなっていた事だったから、ちょっと嬉しい。
「あ、わたし分かりましたわ。祥子さまは何かお悩みなのですね?」
「晴香さん、まるで自分だけが気が付いたみたい言い方はやめてください。私は最初から祥子様の悩みの内容まで全て気が付いていましたから」
えっ……。
ちょっと、それはそれで怖いんだけど。
なに、なんなの、エスパーなのこの子は?
「えー、嘘ですよぉ。何を悩んでるかなんて分かるわけないですぅ」
「祥子様を見ていれば、それくらいは分かるというものですよ晴香さん」
うそっ!?
私、そんなに考えてる事が表に出ているの!?
やめて、私の心を読まないで!
「お、お二人とも、私は別に悩みなんて――」
「祥子様の悩みとは、ズバリあれですよ!」
薫子さんは私の言葉に被せるように高らかと言い放つと、ある場所を指さした。
それは、教室の前方。
そう、千聖君、怜史君、葉月汐莉が座る場所である。
今の今まで気付かなかったけども、現在そこには数名の女子生徒達が押しかけてきているのだ。
女子生徒達の目的は勿論、千聖君と怜史君。
二人の席に群がる様に集まって、何やら賑やかな様相を呈している。
それはまるで雌ライオンが獲物を狩るかのように、二人の周りを取り囲んでいるのだ。
ちょっ、何あれ!
怜史君はともかく、千聖君にまで話しかけてるじゃない!
何なの? このクラスの子たちじゃないよね?
しかも随分と騒がしくしているようで、周囲の生徒達の数人は眉をしかめてその集団を見ている。
「か、薫子さん、あれは何なのですかぁ!?」
「み、見かけない人たちですわね……」
この学園での、橘・神楽コンビの人気は絶大だ。
いつかああいうのがやって来るのではと思っていたけども、いざその光景を目の当たりしてしまうとショックがかなり大きい。
むむぅ……。
葉月汐莉も黙ってないでなんとか言ったら……。
千聖君と怜史君の席に挟まれてる葉月汐莉は、あの集団の真ん中に位置している。
……無理だな。
あれ、凄く居心地が悪そうだし……。
「あれは、隣のクラスの姉妹校組です。どうやら、あのお二人に目を付け始めたようですね」
私たちのクラスは、内部生徒と特待生、それと準特待生が多く集められたクラスなのだ。それに対して隣のクラスは、姉妹校からこちらに編入してきた生徒が多く集められている。
無用な争いを避けるためにクラスを別にしているらしいのだけど。
早くも火種が燻り始めているようですよ……。
「ま、まずいですよぉ、祥子さま! 黒船です、黒船襲来ですわ!」
黒船って……。
あの二人だったら、そこまで驚きの光景でもないと思うんだけど。
まあでも、あんなどこの馬の骨とも分からないのが出てくると、その胸中が穏やかでは無くなってくるのもわかる。
教室の前で騒がれてるのも、いい加減迷惑だしね。
さっさと自分の教室に帰れって話よ。
それにしても、誰かあの子たちを追っ払う人はいないのかしら?
何でみんな黙って見てるのよ、まったくもう……。
ああいうのは最初にガツンと言ってやれば意外と大人しくなるものなのよ。
ほんとに、このクラスは腰の引けてるのばっかりなんだから、もうっ。
……そういえば中等部のときは、ああいうのは祥子ちゃんが蹴散らしてたんだよね。
……ん?
ということは、……何?
私がやらないといけないの?
あ、あれを、蹴散らすの……?
肉食獣のような、あの連中を?
マジかぁ……。
私、超ヘタレなんだけど……。
その辺は大丈夫……なの?
で、でも、千聖君のためならあんなのは軽く追い払ってみせねば……よね……。
ま、まあ、いざとなったら如月家の威光をかざして……。
……ってあの子たちに威光は効くの?
そんな感じで私がまごまごしていると
「私たちのクラスでこれ以上好き勝手されるのは気に入りませんね。ちょっとシメてきましょうか」
薫子さんが勇ましくそう言って、あの一団を睨みつける。
おお、こういう時の薫子さんは頼もしいな。
相変わらずその自信が何処からくるのか分からないんだけども、そんな勝気な所を少し見習いたい。
「というわけで、いつものように参りましょう祥子様」
えっ!? 私も行くの!?
ちょ、ちょっと待ってよ、絶対私を前面に押し出す気でしょそれ!
ズ、ズルいわよ、薫子さん!! そういうのは言いだしっぺがやるもんでしょ!
だいたい、いつものようにって、いつもの私じゃないの!
いつもの祥子ちゃんは今はいないのよ!
ま、まずい、ここで拒んでもおかしいし、いつもの祥子ちゃんらしくない。
どうしたら……。
…………。
よし、ここは女子的な解決方法で。
「そ、そうですわね、いつものように皆で参りましょうかしらね……」
みんなで行けば恐くない。
誰かがそんな事を言ってた気がするよ……。
まあ、向こうも数がいるんだから、こっちも数を揃えないとよ。
それに、やっぱりあの連中が二度と来ないようにビシッと言う人間は必要よ。
最初に啖呵を切ってやれば、後の事は薫子さんに任せておけば何とかしてくれるでしょ。
後は野となれ山となれみたいな感じでいけるはず。
「あ、見てください、特待生が!」
私が覚悟を決めようとしていると、晴香さんが急にそんな声を上げた。
その晴香さんの言うように教室前方に視線を送ると、葉月汐莉が立ち上がって何かを言っている所だった。
「何か喋ってますね、お引き取り願っているのでしょうか……?」
薫子さんは訝しげにその光景を眺めている。
「そう、見えますわね……」
私がそう言ったとき、葉月汐莉が深々と頭を下げ始めた。
またあの子は、あんな大袈裟な事を……。
そういうのは逆効果だって学習しようよ、まったくもう。
「あ、聞き流されていますわ!」
女子集団は頭を下げる葉月汐莉などは見向きもせずに、お目当ての二人とのお喋りをやめようとはしない。
なるほど、あの二人の前で手荒な事は出来ないから、それで無視をするという選択肢を取ったのね。
葉月汐莉は相手にされなくなって、どうしていいか分からなくなってる。
なんだかちょっと可哀想な姿ね……。
「やれやれ、使えない特待生ですね。ここはやはり私たちの出番のようですね祥子様」
やっぱりそうなるの?
よし、こうなったら腹を括っていってやろうじゃないの。
待っててね千聖君、そんな小娘たちはすぐに追っ払ってあげるからね。
「で、では、参りましょうか……」
若干震える足に思いっきり力を入れて、私はすっくと立ちあがる。
そして教室前方を見据え、そこに向け歩を進めた。
するとそれを見て、薫子さんと晴香さんが何も言わず私に付き従ってくる。
やっぱり、私が一番前なのね……。
ま、まあ、しょうがない。
これも祥子ちゃんの宿命みたいなものよね。
そんな事よりも、今は目の前の敵よ。
こういうのは第一声が一番大事だからね……。
えーと、何て言おうかしら……。
できれば穏便にお引き取り願いたいんだけど、そんな便利な言葉は無いかしら……。
えーと、えーと。
悩んでいる間にも、その女子生徒達の集団との距離が縮まっていく。
「あ、如月さん」
私たちが近づいてきたことに、葉月汐莉が真っ先に気が付いた。
「葉月さん、さっき何かあったようですけど、どうかされたのですか? それにこの騒がしいのは何ですの?」
取り敢えず、葉月汐莉から取っ掛かりを掴もうとした。
――その時である。
「お前ら、いい加減自分の教室に戻れ。周りが迷惑してるだろ」
椅子から立ち上がった千聖君の一喝が飛んだ。
それは一喝というほど大きな声では無かったのだけど、その一声に教室は水を打ったように静まり返ったのだ。
まるで輝きを放っているかのような姿に、神の啓示を思わせるような声に、教室中の女子たちがその心を奪われ。
一瞬で女子集団を黙らせたその光景に、男子たちは胸のすく思いをし、彼に憧憬の念を抱いたという。
まさにこれが、橘家の次期当主が放つカリスマ性というやつなのだ。
よくよく考えると大したことは言っていないのだが、彼の言葉には従わざるを得ない何かがある。
彼の姿には誰もが魅了される何かがある。
それが橘千聖なのだ。
さすが私の千聖君だ……。
それでこそ私の千聖君なのだ。
この如月祥子。
この先に何があろうとも……。
一生貴方に付いていきますとも!
きゃ~~、千聖きゅ~~ん。
かっこい~~~。
しゅてき~~~。
はふ~~~。
「……さま。……祥子様。どうしました、祥子様?」
「……はへ、えっ、あ、はいっ! あれ、薫子さん?」
あ、あれ、私は何をしてたんだっけ?
「もうあの連中は自分の教室に戻りましたよ」
はっ!
そうだった、あの騒がしい集団を追っ払いにきたんだっけ?
教室に戻ったって、えっ、いつのまに!?
周りを見渡せばあの集団はもういなくなり、教室の中はいつものような喧噪に包まれている。
「教室に、戻った?」
「ええ、それはもう従順な子羊のように。さすがは橘様です」
「……そ、そうですか」
ま、またトリップしてたのか……。
段々、自分の妄想癖が怖くなってきた。
ちょっと自重しないとね……。
「もうすぐ授業が始まります。さあ、席に戻りましょう祥子様」
「ええ、そうですわね。では葉月さん、また後ほど」
そう言って踵を返し、私は自分の席へと戻る。
それにしても、私は一体何しに行ったんだろうか。
勇ましく席を立っただけに、ちょっと恥ずかしいものがあるわね……。
どうも、祥子ちゃんのように格好良くいかない気がするなぁ。
同じ如月祥子なのに、何が違うんだろうか……。
まあ、格好いい千聖君が見れたからいいか。
そんな事を考えながら自分の席に座ろうとしていた時だった。
何やら教室の後方から視線のようなものを感じたので、ふとそちらに目を向けてみた。
するとそこには、教室後方のドアの陰からこちらを覗き見ている一人の女子生徒の影があった。
誰かに用事があるのかしら……?
そう思ってその子を見ていると、私と視線が合ったその女子生徒はすぐにその姿を隠してしまった。
……何?
何なの?
さっきの集団といい、こんな事は原作に無かったよね?
ちょっと、あまり原作に無い事はやめてよね。
何だか不安になってくるじゃない……。
いつもお読みいただき有難うございます。
インフルエンザに罹ったかと思ったのですが、健康そのものでした。
神回避です(`・ω・´)b
皆さんもお気を付けくださいね。
では、次回にまたお会いしましょう( `ー´)ノ




