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17、その関係に名前を付けるなら




 気が付けば、私たちが乗る車は学校に到着していた。



「祥子、大丈夫か? 学校に着いたぞ」



 おかしい……。


 ここ数分くらいの記憶が曖昧なんだけど。



 何か重要な事があったような……。



 それにしても、何だか頭がフラフラして熱っぽいなぁ、風邪でもひいたのだろうか。



「は、はい。もう大丈夫です……」



 私は千聖君にそう返事をすると、よろめきながらも車から降りた。



 えと、何してたんだっけ。


 確か、千聖君と一緒に私が作ってきたファイルを見てて……。



 どうもその辺りから、夢を見ていたような気がするんだよね。


 何だかとても幸せな夢を……。



 そう、千聖君と二人寄り添っている……、そんな夢だったような……。



 腕と肩がくっついて、千聖君の体温なんかが感じられてね。


 なんだか、まだ腕のあたりに感触が残っているような、そんな気がするのよね……。



 あれ、これって現実じゃない?



 うん、だんだん頭がはっきりしてきたから、記憶が蘇ってきた。


 あれは紛れもない現実だ。


 という事は何?


 あ、朝から幸せ過ぎて、意識が飛んでしまったってこと……?



 いや、そりゃあんな事があったんだから意識も飛ぶって話か。



 うん、それはしょうがない……。



 まさか、あんな事になるとはね……。



 どうしよう、あんな事があったんじゃ、もう千聖君と目を合わせられないじゃない。


 千聖君も、きっと恥ずかしくてこっちを見られないはずよ。


 いや、そういうのも初々しくて良いかもしれないけども。


 目を逸らして、『なんだよ』とか、『なんでもありませんわ』とか言いあってね。それでちょっと沈黙の後に、二人でクスっと笑い合うのよ。



 むはっ!!



 良いぃ!!


 よし、そんな感じの雰囲気でいこう! 



 千聖君もきっと真っ赤な顔で照れてるはずだからね、ちょっと顔を見て目が合ったら逸らすのだ。





 ちらっ。




「どうした、祥子?」



 そこには、いつもと何も変わらない千聖君がいた。



 うん、分かってたよ。


 まあ、そんな事だろうとは思ってたけどね。


 何と言うか、分かってはいたけども、ガッカリはするよね……。



「何でもありません。さあ、こんな所で油を売ってないで参りますよ」


「ボーっと立ってたのはお前だろ……」



 何かを誤魔化すように歩きだした私の後を、千聖君は溜息混じりに追いかける。




 多くの生徒達が行き交う、朝の登校風景の中を進む私たち。




 それはいつもと変わらない朝の風景だったけど。




 いつもとは少し違った朝の一幕だった。






 

 



 校舎に向かう私たちに、何人かが朝の挨拶を投げかけてくる。


 私はそれに笑顔で、千聖君は不愛想に応えながら校舎へと入っていく。



 そして、校舎に入った私たちは、靴を履き替える為に下足場へと向かう。


 この青華院学園でも、他の学校と同じく土足は厳禁なのだ。



 そこで私たちは、もうすっかり見慣れた人物と遭遇した。



「あら葉月さん、おはようございます」



 その人物、下駄箱の前に立っている葉月汐莉に私はそう声を掛けた。



「あ、如月さんに橘君、おはようございます」



 葉月汐莉は私たちを見て笑顔を向けてきた。



 私たちはその笑顔を通り過ぎ、自分の下駄箱へと歩を進める。



 青華院学園の下駄箱は、やはり普通の学校の物とは少し違う。


 何と言うか、高そう?


 やたらと見た目だけが豪華なのだけど、ただそれだけで、他の学校の物と機能的な部分では変わらない。


 見た目を派手にする事に何か意味があるのだろうか……。



 そんな事を考えながら上履きに履き替えた私は、ふと葉月汐莉に目が留まる。



 葉月汐莉は先程と同じように、自分の下駄箱の位置から動こうとせず何かを考え込んでいた。



「葉月さん、どうかなさいましたか? 早くしませんと、授業が始まりますよ」



 何を突っ立ってるんだろう?


 誰かを待ってるのかな?



「あ、二人は先に行っててください。私、ちょっと忘れ物したみたいで、取りに帰らなきゃ」



 と、笑顔で応える葉月汐莉に、千聖君が横から口を挟んでくる。



「……今から帰って一限に間に合うのか? なんなら車出してやろうか?」


「いや、いい、いい。家、すぐそこだからっ、自転車で数分だよ。ははは」



 葉月汐莉は焦ったように手を振って千聖君の申し出を断ると、「じゃあ、また後で」と言うや否や駆け出していってしまった。



 なんだか忘れものとしたという雰囲気でもなさそうだったけども、何か緊急の用事でも出来たのだろうか。



「慌ただしい人ですね……」


「そうだな……」



 走り去る葉月汐莉を見送った私たちは、特にそれを気に留める事もなくその場を後にした。







 教室へと向かう廊下。



 青華院学園の廊下は普通の学校のものより広くとってある。しかも朝日が差してとても気持ちが良い。


 今は朝の授業前という事で沢山の生徒が行き交い、賑やかな様相を呈している。


 

 そんな廊下を、私は千聖君の後を半歩斜め後ろから付いていく。


 ここが、最近の私のお気に入りの場所なのだ。


 この位置から、千聖君の腕に手を伸ばそうかどうしようか考えているのが凄く楽しかったりする。



 まあ、実際に腕を組む度胸なんて無いのだけどもね……。妄想で楽しむくらいはいいでしょ……。




 教室に向かいながらそんな楽しみを満喫していると――。


 

「あら、橘様、如月様、おはようございます」



 廊下を歩く私たちに、同じクラスの女子生徒が挨拶をしてきた。



「おはようございます」



 私はそれに笑顔で応え、千聖君はいつものようにぶっきらぼうに返す。



 そして二言三言ほど言葉を交わした後、その女子生徒は「では後ほど」と言って他の友人の下へと向かっていった。



 その女子生徒たちの話声を遠くに聴こえながら、私たちは教室へと向かう。



 その遠くて内容までは聴こえないはずの女子生徒たちの話なのだけども、一つの言葉だけが私の耳に入ってきた。



 特待生……と。



 特待生……、誰のことだろう? 


 葉月汐莉も特待生だけども、うちのクラスだけだと特待生はあと二人いる。その中の誰かの事だろうか……。


 まあでも、葉月汐莉の可能性は高そうだな、あちこちから目を付けられちゃってるから……。




 …………。


 


 ……あっ!




 そうか、そういう事か。


 それでさっき、あんな所に突っ立っていたのか。



 最近うっかり忘れそうになるけど、葉月汐莉は入学して初日から女子たちに目を付けられていたのだ。


 もうちょっとよく考えれていば、すぐに分かる事だった。


 あの子自身がけろりとしているために、あまり気にしなくなってしまっていた。



 だけど、そう気が付いてしまったとき、私の足は自然とその場に止まってしまった。



 理由は分からない。



 私の心の引っ掛かりのようなものが、私の足を前へは動かしてくれないのだ。




 私が足を止めたことに気付いた千聖君は、不思議そうな顔でこちらに振り返る。



「…‥どうしたんだ?」



 …………。




 …………。



「千聖君、私ちょっと用事を思い出しましたので先に教室に行っていてください」



 私は千聖君の返事も聞かないうちに、さっきの所へ戻るべく素早く踵を返した。




 まったく、世話の焼ける。




 何で私がこんな事を心配しなきゃいけないのか。


 葉月汐莉は私のライバルなのよ。


 ライバルだったらもっとライバルらしく、私をこんな事でハラハラさせないでほしいんだけど。



 まったく……。



 ライバルだというのに……。





 足早に下足場まで戻ってきた私は、葉月汐莉の靴を確認しようと下駄箱の蓋に手を掛ける。


 しかし、ぱかっと開いた下駄箱の中に、葉月汐莉の上履きは入ってはいなかった。



 やっぱり……。



 私はそれを確認すると、すぐさまある場所へと足を向ける。



 

 青華院学園においては、身に着けるものは上履きに至るまで学校指定のものだ。


 もちろんこの学園のものというだけあって、上履き一つとっても一般のものに比べると安くはない。


 私たちのような内部生徒からしたら何でもない単なる上履きでも、葉月汐莉のような外部生徒にはそうではないだろう。


 

 特に、葉月汐莉は学費が無料になるという事でこの学園を選んでいる。


 大概の嫌がらせには我慢できても、こういうお金のかかるのが一番辛いはずだ。



 それなのに、あの子は笑っていた。



 決して本心ではない笑顔を私たちに向けた。



 どうせ私たちに心配をかけたくないとか思ったんだろう。


 友達に気を使わせたくないとか思ったんだろう。



 ……だったらさ。



 と、……友達と、思ってるんだったら。




 そんな笑顔を見せないでよ。




 友だちがそんな笑顔を向けられて嬉しいわけないでしょ。


 友だちと思ってるんだったら、ちょっとは頼りなさいよ。


 そういうのは、こっちからしたら壁作ってるように見えるの。



 そんなんだとさ……。



 そんなんだと、……ボッチになるのよ。




 ……前世の私みたいに。





 廊下を足早に歩いていると、眼前に学園の購買部が見えてきた。


 さすが青華院学園というか、購買部一つとってもまるでコンビニのような大きさと品数を誇っている。



 私は、その購買部に飛び込むと、上履きのコーナーに歩を進めた。



 ここで新しい上履きを買って……。



 うっ……!



 サ、サイズが分からない……。



 どうしよう、葉月汐莉の足のサイズはいくつなの? 公式さん、教えて!!



 むむぅ、葉月汐莉の身長は私と殆ど変わらないのよね……。


 だから多分、足のサイズもそんなに変わらないのではないかと思うのだけど……。


 こればっかりは本人に訊く訳にもいかないし……。



 …………。



 ええい、私と同じ23.5センチに賭けよう!!



 違ってたらまた別の方法を考えればいい。


 とにかく今は悩んでいる暇はない。早くしないと葉月汐莉が戻ってきてしまう。



 私はその23.5センチの上履きを手に取ると、すぐに会計を済ませて購買部を後にした。




 葉月汐莉は多分、隠された上履きをあちこち探し回っているのだろう。


 その葉月汐莉が戻ってくる前に、下駄箱の中にこの上履きを入れておくのだ。


 そうすれば誰が入れたか分からないし、都合よく考えてくれたら隠した人が戻してくれたのかと勘違いするかもしれない。


 

 これで誰にも気を使わなくて済むでしょ。


 穏便に済ませられるし、割と良いアイデアかも。



 まあでも、これはその場凌ぎにしかならないけどね……。



 こういう問題の根本解決は難しい。


 犯人をとっちめようにも誰がやってるのかも分からないし、さっきの子たちも噂してただけかもしれないし。



 それに、これは犯人が一人じゃない可能性の方が大きい。



 そうなると、もう解決は不可能じゃないかとさえ思える……。

 


 


 ようやく下足場に到着した私は、早くこの上履きを下駄箱の中に入れてしまおうとそこに近寄ろうとした。


 しかしその時に、こちらに向かってくる人影にはっとする。


 遠くに見えるその人影、それはやはり葉月汐莉のものだった。



 ま、まずい、とにかく隠れないと!



 慌てて下駄箱の陰に隠れた私は、こっそりと葉月汐莉の様子を覗き見る。



 うーむ、どうしよう……。


 今からこの上履きを入れに行ったら、確実に私が入れたってバレちゃうよね。


 かと言って、これを上げると言っても素直に受け取るとは思えないし。


 何とか私からって分からない方法は無いものか……。



 もう一度ちらりと様子を覗いてみると、葉月汐莉は自分の下駄箱を開けて中身を確認していた。



 どうやら上履きは見つからなかったみたいね……。



 下駄箱を確認した葉月汐莉は一つ溜息を吐く。



 ……このままだと、新しい上履きを買いにいくのも時間の問題か。


 よし、こうなったら多少強引だけどこの手段で。



 私は急いで新しい上履きと履き替え、今まで履いていた方を手に持った。



 私が履いてたやつだけど、まだ新品同様だし……いいよね?



 まあ、無いよりは良いでしょ。


 それじゃ、一芝居打ちましょうかね。



 私は気合いを入れて姿勢を正すと、颯爽とした姿で葉月汐莉の前に姿を現した。



「あ、如月さん。どうしたんですか、こんな所で?」



 私を発見した葉月汐莉はこちらに笑顔を向ける。



「あら、葉月さん、丁度良い所でお会いしましたわ」


「良い所? どうかしましたか?」


「ええ、実は上履きを新調したんですけどね、古い方を処分しに行く所だったんですの」


「え、新調って、まだ一週間くらいしか履いてないんじゃ……?」


「家の方針でしてね、常に新しい物を身に着けるようにと」


「へぇ、じゃあ、制服も一週間で新しいのにするんですか?」



 え……?


 さすがにそれは面倒くさいよね……。


 ちょっと変なツッコミを入れないでよ、設定にボロがでるでしょ。



「せ、制服はもう少し長く着るかもしれませんわね……。いえそんな事よりも、この上履きなんですけどね。もし良かったらこの古い方を貰っては頂けないかしらと思いまして」


「えっ、いやでも、そんな、貰えないですよ」



 葉月汐莉は手を振って私の申し出を断ってくる。



「ああ、やっぱり私のお下がりは嫌かしら? まだ新しいですし、このまま処分するのも勿体ないと思ったんですけどね」


「いや、全然、お下がりが嫌とかではないですよっ。そうじゃなくて、けっこう高い物だし、貰うのはちょっと悪いですよ」



 やっぱり遠慮してくるか。


 でも、私もここまで来たら引き下がる訳にはいかないのよね。



「貰ってくれないのでしたら、捨てるだけなのですが……」


「……いや、でも」



 なかなかしぶといわね。


 上履きくらい気軽に貰ってほしいんだけど。



「そんなに大袈裟に考えなくても宜しいんですよ。貰ってくれた方が私は嬉しいのですから」



 そう言うと、葉月汐莉はうーんと唸りだす。


 お、心が揺れ始めたかな?



「……実は私、上履きを無くしちゃったんですよね……。だから、如月さんの申し出は凄くありがたいんです……けど……」


「ああ、なら丁度良いではないですか。さあ、貰ってくださいな」



 私はそう言って、葉月汐莉に上履きを差し出した。



 しかし、葉月汐莉はそれに手を出してこようとはしない。


 

「……いえその、ありがたいんですけど、凄く申し訳ない気持ちのほうが強くて」


「そんな事思う必要はありませんわ、これは私がお願いしている事なんですから」



 もういいから、いい加減受け取ってよ!



「私、如月さんにしてもらってばっかりで、何か返せるようなものも無いですし……」



 お返しなんていいから、早く受け取りなさいって!



 まったく、けっこう頑固な子ね……。


 うーん、お返しか。


 お返しがあればいいのね。



「じゃあ、こうしましょう。今度皆でバーガーショップに行きますよね、そこで何か奢ってくださいな。それで帳消しということに致しましょう」



 ここまで言うと葉月汐莉は瞳を潤ませて、上履きを持つ私の手を握ってきた。



「如月さん、……本当にありがとう! 如月さんの心遣いが凄く嬉しい……。私何でも奢りますから、いっぱい食べてくださいね!」



 いや、いっぱいは食べられないから。


 変なプレッシャーはやめて……。



「お、大袈裟ですよ……。上履きは捨てるつもりだったんですから、私のほうが得をしてしまってますよ。だからどうか気になさらないで下さいな」



 そう言いながら上履きを手渡すと、葉月汐莉はそれを受け取ってさっそく履き替えた。



「あ、ぴったりです。如月さんと私、足のサイズ一緒なんですね」


「そう、それは良かったですわ」



 良かったぁ!


 ここまでやって、サイズが違ってたらどうしようかと思ったよ。




「さあ、早く教室に参りましょう。遅刻してしまいますわよ」




 私の言葉に葉月汐莉はにこやかに応えてくる。



 

 そんな笑顔を見ると、なんだかこの葉月汐莉というライバルと、また一段と仲が深まったような気がする。




 これでいいのだろうか、そんな事を思う反面。




 そんなに悪い気がしていない私もいるのだった。







 この後、葉月汐莉と教室に向かう道すがら、こんな事を訊かれた。




「如月さんはどうしてそんなに私に親切にしてくれるんですか?」




 どうしてかなんて私にも分からない。



 そんなのは私のほうが訊きたいくらいだ。


 

 本当に自分で自分が分からなくなってくる。





 答えに詰まった私は、思わず。




「お、お友達だから、……ですわ」




 そう、答えていた。


 




いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/


もう50話くらい書いたつもりでいたんですけど、まだ17話です。(50話は言い過ぎました)

頭の中を自動で文章にしてくれるアプリはないかしら…?(;'∀')


では、また次回にお会いしましょう。


誤字報告ありがとうございます。非常に助かります!

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