15、前世はカウントされません
お昼休みになり、私たちはいつものように学生食堂にて昼食を摂っていた。
千聖君、怜史君、そして葉月汐莉と私。
昼食をこの四人で摂るようになってから、もう一週間以上が過ぎた。
一週間以上ともなれば、もう随分とこの状況にも慣れてきたような気がする。
慣れてきたというか、だんだん葉月汐莉と仲良くなってるんだよね……。
いいのかこれで?
「待ち合わせをするときに、どれくらいの時間に行くかですか?」
さっき薫子さんと晴香さんがしていた話だけども、ちょうど良い話題になるかと思って話を振ってみたのだ。
「ええ、さっきそういう話が出たものですから、皆さんはどうなのかと」
私の問いに、葉月汐莉は食事に箸を伸ばしながら答える。
「んん……。どうだろう……もぐもぐ。私は、もぐ、やっぱり相手よりは、もぐもぐ、早く着いておきたいかな?」
うん、飲み込もうか?
飲み込んでから喋ろうか、葉月汐莉さん?
青華院学園よ、ここ。
セレブの集まる所なんだよ、ここは。
ちゃんとマナーを守らないと、何か色々言われる所なのよ。
まったくもう……。
葉月汐莉がもぐもぐと何を食べているかというと、例によって『青華院風極み御膳』だ。
極み御膳の内容は日によって多少違うため、毎日でも食べられる。
しかも特待生である葉月汐莉は食事代免除の特典があるため、毎日だってこの最高級メニューを注文できるというわけだ。
それにしても。
タダだからって、そればっかり食べるかね。
いくらタダでもやり過ぎじゃない?
いや、知ってるよ、家が裕福じゃない事は。原作のファンだったからね!
でも、だからって毎日それを食べるのはどうなの?
私はこの作品のファンだからこそ、このヒロイン葉月汐莉の事もよく知っている。
この葉月汐莉というヒロインは少し常識から外れている、いわゆる天然系ヒロインというやつだ。
ちょっと何するか分からない所があるこの不思議な子を、男の子からしたら可愛く見えるのだろう。
でも、私はいま内心ではハラハラしている。
なんかこの子、そのうちタッパーとか持ってきそうなんだよね……。
大丈夫だよね?
そのくらいの常識はあるよね?
「僕はいつも五分前に着くようにしてるよ。早く着きすぎると相手に対してもプレッシャーになっちゃうからね」
怜史君はナイフとフォークを置き、ナプキンを手に取り綺麗な所作で口を拭うと、これ以上無いような満点の回答を叩き出した。
イケメンというだけで妙な説得力を持ってしまうものだけども、言ってる事も真っ当過ぎて誰しもが納得してしまう。
まあでもあれだよね、それを言っちゃうと話終わっちゃうよね……。
そんな早々に正解を出されちゃうと、後はもう何も残ってないっていうかね。
大喜利だったらハリセンで叩かれてるとこよ?
「あはは、神楽君らしいなぁ、紳士って感じで」
「ええ、何それ褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる」
随分と楽し気に話す怜史君と葉月汐莉。
この一週間余りで、二人はその親密度を上げたように見える。
そんな二人を余所に、千聖君が眉を寄せて頭を捻っている。
「そういや俺、待ち合わせってした事無いような……」
おっと、意外な回答がまだ残ってたようだよ。
さすが橘千聖、待ち合わせをした事がないときたか。
そうよ、天下の橘千聖は待ち合わせなんてしないのよ!
「えっ? 待ち合わせした事無い人なんているの?」
そんな千聖君に、葉月汐莉だけが驚いた顔を向けた。
「まあ、迎えに来てもらうか迎えに行くかのどっちかが多いから、待ち合わせって滅多にしないよね」
「ああそうか、みんな車だもんね。どちらかの家に直接行ったほうが早いのか……」
葉月汐莉は自分でそう言いながら「なるほど」と頷く。
「でも待ち合わせをした事が無いっていうのは珍しいんじゃないか、千聖?」
「うるせぇ」
「じゃあ、如月さんとも待ち合わせはしないんですか?」
「そうですね、いつも迎えに来ていただいていますので、千聖君とは待ち合わせはした事ありませんでしたわね」
「他ではあるみたいに言うなよ。祥子だって待ち合わせなんてした事ないだろ」
残念、前世ではあるんですぅ。
数少ない友だちと、……数回だけね……。
えっ、前世は数に入らない? ちくしょー。
「では今度、してみますか? 待ち合わせを」
「別に態々そんな事しなくてもいいよ。面倒くさいだけだろ、そんなの」
「そ、そうですか……」
うう、流された……。
勢いに任せれば、どさくさ紛れにデートに誘えるかと思ったのに……。
「えぇ、案外楽しいもんだよ、待ち合わせも。あ、でも橘君が人を待ってる姿って想像できないかも」
「はは、言えてるかもね。祥子ちゃんも待ってる姿を想像できないし、二人は待ち合わせできないね」
ちょっと何てこと言うの。
そんな事言ったら、千聖君を遅刻させる計画はどうなるのよっ。
今も隙あらば計画遂行を狙っているというのに……。
「あら、仰いましたね神楽様。こう見えましても私、待つのは得意なのですよ?」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、祥子ちゃんが早く来れば千聖が待たずに済むというわけだね」
お、ナイスアシスト!
さすが神楽怜史、さりげなくチャンスボールを上げてくれるじゃない!
よ、よし、この流れに乗って突き進むのよ。
「そうですね、ですから――」
ここで目線を千聖君の方にやって、今度こそ。
「あ、じゃあ四人で待ち合わせをしてみようよ」
おおい!
今、私が喋ってたでしょうがっ!
確かにちょっと言葉を切っちゃったけども、何か続きがあったっぽいでしょうが!
「ああ、いいねそれ。千聖はあまり街にも行かないからね、皆で連れ出そうか」
ちょ、ちょっと、そっちの流れに乗らないで……。
「だから無理にやらなくていいって言ってるだろ」
そうよ、街に行くなら私と二人で……よ。
「橘君、何事も経験だよ。人生で一度は人を待ってみるのも悪くないんじゃないかな、藤原定家のように」
「それ、待っても来ないやつじゃねぇか」
おっと、一瞬誰よそれって思ったけど、賢い子は知ってるやつなのね。
危うくツッコんで恥をかくとこだったわ……。
そんなことよりも、話がすっかり四人で遊ぶ方向に変わってきている。
このままじゃ不味い……。
なんとか仕切り直しをしないと、千聖君と待ち合わせ計画が台無しになってしまうじゃない。
「まあ、待ち合わせはともかく、四人で遊ぶのは良いんじゃないかい、千聖?」
ええっ、待ち合わせはもういいの!?
わ、私の計画は!?
「お二人とも、少し落ち着いて――」
「あ、橘君、バーガーショップとか行った事無いんじゃない?」
おおい!
だから、私が喋ってるでしょうがよ!
何なの!? 頭に浮かんだ事をすぐ口に出さないと気が済まないの!?
それとも、わざとやってるの、それ!?
だいたい、なんで二人だけで話を進めるのよ。
千聖君はまだ行きたいなんて一言も……。
「バーガーショップ……? 確かに、行った事は無いな……」
揺らいでいる、ちょっとバーガーショップに行きたい方向に傾いている!
ちょっと、卑怯でしょそれ!
バーガーショップなんかで人を釣ろうとするなんて、ヒロインの風上にも置けない行為よ。
「千聖の家は厳しいからね、行った事なくて当然だよ」
「怜史は行った事あるような口ぶりだな」
千聖君の言葉に、怜史君は肩を竦めると。
「うちは割と自由だからね」
溜息混じりそう言った。
すると、ここで葉月汐莉が私の方にも話を振ってくる。
「じゃあ行ってみようよ! 如月さんもバーガーショップ行きたくないですか?」
う……。
正直言うと、……行きたい。
「い、行ってみたい……ですわね」
バーガーショップ……。
そんなもの、行きたいに決まっている。
如月家の食事は凄く美味しくて豪華なのだけど、やっぱりそれは上流階級の食事なのだ。
最初こそ、その食事に舌鼓を打ち、素晴らしい所に来たと歓喜していた。
でもやっぱり……。
元庶民でバカ舌の私には、あのジャンクな味がたまに恋しくなってしまうのだ。
ファストフードや駄菓子のあの大雑把な美味しさを、体が求めるときがあるのだ。
千聖君はもちろん、祥子ちゃんもそんな所には行った事が無い。
何故なら、私たち上流階級の行動範囲の中に、そんな場所は確実に存在しないからだ。
今まで行った事のない所故に、この先も行かない可能性もある。
つまり、この機会を逃すと次のチャンスはいつ来るか分からないという事であり、この日照りに雨のような誘いを断ることなんて事は、私に出来るわけがないのだ。
ただ気に食わないのが……。
このチャンスを齎したのが葉月汐莉だったということなのだ……ぐぬぬぬ。
「へぇ、祥子ちゃんもそういう所に興味あるんだね」
「葉月さんが楽しそうにお話になってますからね、私も興味が湧いてきましたわ」
まあ、よく考えたら千聖君とお出掛けできるチャンスではあるよね。
ちょっと、邪魔なのが二人いるけど、そこはこの際我慢しよう。
なんなら途中で二人で姿をくらまして……うふふ。
「ほら、如月さんもこう言ってるし、皆で行ったらきっと楽しいですよ」
千聖君はちらりと私の方を見ると。
「まあ、そんなに言うんだったら……」
渋々といった様子でその誘いを受け入れた。
ん?
何、今の? 何で私の方を一回見たの?
私、何か余計な事でも言ったかしら?
本当は行きたくなかったけど、私のせいで受けざるを得なかったとか……?
それだったら、どうしよう……。
怒っては……ないよね?
「よし、決まりだね。それじゃあ、今度の連休なんてどう? どこか都合が合う日を決めようよ」
怜史君は千聖君の言葉を聞くや否や、あれよあれよという間に段取りを決めていく。
しかも何か嬉しそうに。
どうも、怜史君にはこの一連を楽しんでいる感じがある。
あまり千聖君を弄って楽しまないでほしいんですけど。
こっちは千聖君の真意が判らなくてハラハラしてるんだから……。
そんな私の気も知らない、怜史君と葉月汐莉はどんどん話を進めていく。
一方の千聖君はというと、その二人を見ながらやれやれと溜息を吐いている。
やっぱり、私が行きたいって言ったから断れなくなったんだろうか……。
一人だけ行かないって言うのも感じ悪いもんね。
うう、千聖君が何を考えているのか分からない。
もうちょっと漫画みたいに分かり易くならないかしら……。
そこからは怜史君が音頭を取り、皆の予定を訊いて日取りを決めていく。
その一連を眺めていると、葉月汐莉が私の方に顔を寄せてきて。
「良かったですね。橘君、来てくれますよ」
耳元でそう囁いた後、葉月汐莉はにこりと微笑んだのだ。
…………。
「そうですね……」
私はその不意に向けられた悪意の無い表情に、一瞬言葉を失ってしまった。
え、なに?
なんなの、それ?
それって……。
い、いや、まさかね。
その手には乗らないんだから。
そんな手には……。
「そうだ、話は変わるんだけど。来月のオリエンテーリングで――」
皆の予定を訊き終えた怜史君は早々に話題を変え、皆もそれに耳を傾ける。
葉月汐莉も屈託のない笑顔でその話題の中に入っていく。
この物語のヒロイン葉月汐莉。
彼女はとても優しくて、性格も裏表が無く明るい女の子。
大概の少女漫画の主人公というものはそういうものだ。
彼女を見れば、誰もが応援したい気持ちになる。
彼女を見れば、こういう子こそ幸せになってほしいと、誰もが思ってしまうだろう。
ヒロインとはそういうものなのだ。
そんなヒロインだからこそ思ってしまう事がある。
せめてもう少し、敵意のようなものがあればと。
この時私は、つくづくそう感じてしまった。
葉月汐莉は今も楽しそうに話をしている。
時折こぼれる笑みが眩しくもあるその姿。
その葉月汐莉の姿に違和感みたいなものを感じ、私はふと目線を落としてみると……。
今まで気が付かなかったけど、葉月汐莉のスカートの裾がぐっしょりと濡れていたのだ。
「葉月さん、スカートが濡れているようですがどうかなさったのですか?」
「ああ、さっきちょっと水を溢しちゃったんですよ。私けっこうドジなもんだから、ははは」
葉月汐莉は笑いながらそう返してくる。
この上、ドジっ子属性まで……。
天然で、明るくて、優しくて、ドジっ子で……。
どこまでもヒロインとして完璧な子ね!
この時はそんな事を考えていたものだから、私はこの事をあまり深く考えていなかった。
いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/
今回の話は後で修正するかもしれませんが、話が進まないのでとりあえずこのままで。
修正しましたら前書きか後書きで報告いたします。
それではまた次回にお会いいたしましょう(*'ω'*)ノ




