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14、怖い話は苦手なのです




 とある休み時間の一幕。



「祥子様が羨ましいです」



 それは、この晴香さんの一言から始まった。




 晴香さんは私の机に両手で頬杖をつきながらそう言って溜息をこぼす。


 私と薫子さんはその晴香さんを横目に見ながら、いつも通りの日常風景だと心が和むのだった。



「どうかいたしましたか、晴香さん?」



 そのまま眺めていようかと思ったけど、人間関係はそうもいかない。


 だから私はそう訊き返した。



「私も橘様のような婚約者が良かったですぅ」


「あら、晴香さんはご自分の婚約者にご不満がおありのようですね?」



 晴香さんも薫子さんも、良家のご息女だ。


 婚約者の一人や二人いてもおかしくはないだろう。



「不満というかですねぇ~。うーん……」


「どうしました、相変わらずはっきりしませんね晴香さんは」



 煮え切らない口調の晴香さんに、ようやく薫子さんも口を挟んできた。


 相変わらずっていう所に毒気を感じるけど、薫子さんらしい言い方だ。



 この二人は一見するとテンポの合わない感じがして相性が悪そうなのだけど、意外と仲が良い。


 何でも言い合えるというのかな?


 ちょっと羨ましい。



「なんというかぁ、心の広い私としては、このくらいはふーんって流したいんですよねぇ」



 だからその、要点をぼかして言うのやめない?


 あと、自分で心が広いとか言っちゃうのはどうかと思うよ。


 まあ、そういう所が晴香さんらしいといえるのかもしれないけど。



「このくらいというのが、どのくらいなのかが判りませんので何とも言えませんね。それから、晴香さんの心は広くありませんよ」



 薫子さんが最後にさらっと何か言った。


 どうやら薫子さんにはオブラートという言葉は無いみたいだ。



 それにしても、面と向かって言っちゃうところが薫子さんらしいな。



「ええぇ、そんな事ないですぅ。お母さまによく言われるんですから、晴香さんは心が広いですわねぇって」


「どこのお母さまも子供にはそういう事を言うものです。一番間に受けてはいけない言葉ですよそれは」


「いいえ、お母さまは嘘は言いませんわ。だから、間に受けてもいいんですぅ」


「いえ、だめです。今すぐ考えを改めるのです」


「いいんですぅ」


「だめです」


「いいんですぅ」



 なるほど、元凶は晴香さんのお母さまだったのね。


 晴香さんのふわふわした雰囲気は、そのお母さま譲りということなのかしら。



 ……それは良いとして、そのどうでもいい遣り取りはいつまで続くの?



「お二人とも、話が脱線しているようですよ」



 私の言葉でその不毛な言い合いがストップした。




「そうでした。で、結局晴香さんは何が言いたかったのですか?」


「えっとー、つまり心の広い私の中にもやっとしたものがあって、何だか納得できずにいるというか何と言うか」


「その婚約者とやらが、何かをしでかしたということですか?」



 なかなか話の進まない事に薫子さんの語気に若干の苛立ちが見えた。



「そうなんですよぉ、やっぱり許せる許せないのギリギリの所ってあると思うんですよぉ」



 妙に引っ張るな……。


 何をそんなに勿体ぶってるのだろうか。



「それで、具体的に何をされたのですか?」



 私も段々焦れてきて、さっさと続きを話すよう促した。



「実はですねぇ、彼ったら、この前の待ち合わせに五分も遅刻してきたんですよぉ。これって私、怒ってもいいやつなのかなって?」



 ……あれだけ引っ張っておいて、何だそのくだらない話は。



 というか、ほぼ時間通りじゃない……。


 さっきの心が広いとかって件はどうなったのか。



「なるほど、それは許せませんね。私なら一分で帰っています」



 どれだけ心狭いのよあなた達!



 なに、これが令嬢ってものなの?


 こんなに傍若無人でいいの?


 ちょっと令嬢界隈の常識が分からないんだけど……?



「やっぱりそうですよねぇ。私も何となくそんな気がしてたんですよね」


「そもそも私と待ち合わせをするとしたら、楽しみで自然と早く来てしまうのが当たり前です。ましてや、遅刻なんて考えられませんね」


「そうです、そうです。それが言いたかったんですわ」



 ああ、あれだ。


 自分と同じ熱量か、それ以上じゃないと気が済まないやつだ……。


 相手が自分と同じように早く来たりしないと、何だか自分だけがはしゃいでいるような気になってくるという考え過ぎによる被害妄想。


 この被害妄想系女子によって殿方の犠牲者が後を絶たないとか……。



 でも、二人とも。


 

 そういう感情の押し付けは上手くいかないんだよ?


 祥子ちゃんがそれを証明してくれたからね。


 そんなので上手くいったら苦労はしないんだよ本当に……。


 

 この子達が、祥子ちゃんの二の舞にならないことを祈る。



「薫子さんにも覚えがあるような口ぶりですわね。同じような経験が?」



 私の問いに薫子さんは一つ首肯して答える。



「はい、まさに同じような事が先日ありました。その時は泣いて詫びるまで許しませんでしたね。そして、次やったら婚約解消だと言ってやりましたよ」



 こわっ!


 この子、超怖いっ!


 一分遅れただけで婚約解消になるの!?



 な、何が彼女をそうまでさせるのか……。



「わぁ、薫子さんかっこいいですわぁ。私もそうすれば良かったんですね!」



 いや、真似しちゃいけないやつだと思うよ?



 これ、あまり晴香さんに変な事吹き込まないほうが良い気がするなぁ。


 この子なんでも間に受けちゃいそうよ……。 

 


「す、少し、厳しすぎるのではないかしら?」


「そうですか? 私としては優しさが溢れる対応だったと思うのですが……。祥子様はどうですか? そういう事はありませんか?」 



 や、優しさが、溢れてるの……?



「わ、私ですか? ……そうですわね――」



 私だったらかぁ……。



 私が、千聖君と待ち合わせするとしたら……。



 そうね、千聖君より絶対早く待ち合わせ場所に行って、これからの事に思いを巡らせてるな。


 千聖君との妄想なら一時間くらいはあっという間だし。


 それに、遅刻した千聖君が走りながらやってきて、『わり、待たせたな』とか言われたら、私の為に走ってきてくれたんだぁってなるし。


 それで、わざと怒ったふりとかして『もう、遅いーっ』って頬っぺた膨らませてたら、千聖君が顔を寄せてきて『じゃあ、この埋め合わせしないとな』って耳元で囁くのよ。そこで私が『う、埋め合わせって?』って訊くと、顔を寄せたままの千聖君が『後のお楽しみだよ』って言って私の耳に唇が軽く触れるっていうね。


 

 どうよこれっ!! 


 最高じゃないの! いやもうむしろ遅刻してこいってなもんよね!



「私はそうですね、あまり気になりませんわね。というよりも、待つもの割と悪くないというか……」



 うん、悪くない、絶対悪くない。



「えぇぇ、そうですかぁ? 例えば、凄く寒い中で待たされてもですかぁ?」



 寒い中……。


 いや寒い中だったら『手が冷たくなっちゃった』とか言って合法的に手が握れるじゃない。


 ありだわ!



「ええ、寒い中でも大丈夫ですわよ。むしろ寒い方が良いかもしれませんわね」


「さすが祥子様です、お心が広い。でも流石に暑い中で待たされるのは、女子としては我慢できないものがありますよね?」



 うっ……。


 確かに、私は髪も長いし暑いのは嫌だな……。



 いや待てよ……。


 暑い中だからこそ『汗をかいてしまいました』とか言って泳ぎに誘えば、千聖君の水着姿が拝めるのでは……? 祥子ちゃんはメイクしなくても綺麗だしスタイルも良いからね、堂々とプールだろうが海だろうが誘えるわ!


 そしたら、プライベートビーチで半裸の二人が……。



 いける!



「暑いのも、良いかもしれませんわね。ふふふ」



「す、凄いですわ、祥子様っ。じゃ、じゃあ、人の多い場所での待ち合わせとかはどうですかぁ?」



 人の多い所か、千聖君がいると注目を浴びるかな……?


 まあでも、ちょっと自慢げになっちゃうかもね、私の彼を見てって。


 いいかも、ふふふ。



「それくらい、全然気にしませんわ」



 笑顔で答える私に、薫子さんも晴香さんも目を丸くしている。



「な、何という心の広さっ! で、では、彼の家で待ち合わせとか、現地集合とかはどうですか!?」



 そ、それは確かに、「ん?」とはなるけど……。

 

 まあ気にしなければ別にどうということはないわね。



「場所に拘りはありませんので、何処で待ち合わせでも構いませんわ」



 私が「ふふふん」と笑みを溢しつつ答えるのを見て、二人は驚きを隠せないようだった。



「祥子様ダメですよぉ。もっと怒らなきゃですよ、祥子様~」



 え、私がダメなの?


 いやいや、あなた達の方がダメでしょ。そんな事ばっかりしてたら地雷女とか言われるからね。



「そうです、そんなに甘やかしていては相手が付け上がるだけです。こういうのは隙を見せたほうが負けなのです」



 薫子さん、アナタは何と戦っているんだい……?



 この子達はちょっと自分を高く置きすぎてないかな?


 ああでも、令嬢だからしょうがないのか。


 祥子ちゃんの家でもそうだけど、やっぱチヤホヤされるもんね。あんな環境で育てば、そりゃ自分は特別だって思うよね。


 一般の人から見たら地雷って言われるようなのでも、このセレブな世界では当たり前なのか。



 こういう所で感覚に違いが出るなぁ……。


 ちゃんと祥子ちゃんを演じないと、そのうちニセ物疑惑がでちゃうかもしれないな。


 これは気を付けねば。



 ……気を付けたほうが良いとは思うんだけども、この二人のようにはなれない気がする。



「ですよねぇ薫子さん。やっぱり彼にはお灸を据えて差し上げますわっ」


「その意気ですよ、晴香さん」



 五分遅刻しただけでお灸を据えられてしまうのね。


 気の毒に……。



 ここで私にある疑問が思い浮かんだので、それをぶつけてみる事にした。



「ところでお二人は、もし神楽様が時間通りに現れなかったとしたら如何致しますの?」



 千聖君や怜史君でも同じ様な対応を取るのだろうか。


 隙を見せたほうが負けとか言ってたから、まさか相手によって態度が変わるなんてことは……。 

 


「何時間でもお待ちいたしますわっ!」


「当然です」



 まるで愚問だと言わんばかりに二人は語気を強めてくる。



 即答だったね……。


 何なの、結局は相手次第なんじゃない。


 なに? 但しイケメンに限るってやつなの?


 


 ああ、これはあれだわ。


 何の事は無い、自分より下に見てた人が自分を待たせたということに怒っているんだ。


 それにあれこれ理由を付けて自分を正当化しているやつだ。



 ちょっと『楽しみで自然と早く来てしまう』とか言ってたけど、完全な言い掛かりじゃない。




「ほんと神楽様に比べてうちの彼ったら――」


「そうです、私の彼なんて――」




 その後も二人は、それぞれの婚約者とやらの愚痴を言い続けた。




 これは、女子トークの令嬢版というやつなのかもしれない。



 前世であまり友達のいなかった私は、この女子トークをもっと楽しみたかった。


 もっとこの話で盛り上がりたかった……。




 でも、残念ながら私にはこれを楽しむ事ができないのだ。



 

 どうしても楽しむ事ができない理由が私にはあるのだ。




 その理由。




 それは、私が一つの真実を知っているからだ。



 たった一つの、とても恐ろしい真実。




 この二人は、単行本にのみ収録されていた番外編で何度か取り上げられている。



 恐らく作者のお気に入りキャラだったのだろう、そこでは彼女たちの背景なども詳しく説明していた。




 だから私は知っているのだ。




 これは前世の記憶を持っている私だけが知り得た事実なのだ。



 知らなければ、もっとこの女子トークを楽しむ事が出来ただろうと心から思う……。






 今も尚、自分たちの婚約者の愚痴を言い合うこの二人。




 浅野薫子と馬場園春香。





 この二人に、婚約者はいない……。








いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/


何故か薫子さんと晴香さんを出したくなります。

あまり本編に絡まない二人ですが、何とか絡ませたいと思っている次第なのです!


ではまた、次回お会いいたしましょう( ´Д`)ノ~

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