12、花は匂へど散りぬるを
青華院学園に入学してから、早くも一週間が過ぎていた。
あれ以降は特に何があったということもなく、もちろん千聖君と何か進展があったということも無い。
それはそれは、平穏な毎日が続いている。
……いや、平穏ということも無いか。
というのも、あれ以来なぜか昼食は四人で食べるというルールが出来上がってしまったのだ。
言いだしっぺは怜史君だったんだけど、なぜか葉月汐莉もそれに強く同調した。
そこから四人で食べなきゃいけないという空気が出来上がったのだ。
というか、葉月汐莉は分かっているんだろうか?
私たちと一緒に食事なんかしてたら、余計に目を付けられる事になるだろうに……。
私が初日に葉月汐莉に対する嫌がらせを止めたものだから、表立って葉月汐莉に手を出してくる者はいなくなった。
だけど、それでも地味な嫌がらせは今も続いているみたいだ。
今の所、何か物を隠されたりする程度に止まっているみたいだけど、こういうのは徐々にエスカレートしていくものだから油断はしないほうが良いと思うのだけど……。
なのに、あの葉月汐莉には全く警戒心というものがない……。
何なんだ、あの図太さは。
何なの、ヒロインってストレス耐性スキルとか持ってるの?
私なんて、靴を隠されただけでも超へこむっていうのに。
ほんと、見てるこっちがハラハラするじゃない!
っていうか、何で私があの子の心配をしなきゃいけないんだ……。
いやほんと、ライバルの心配なんてしてる場合じゃないのよ。
あの子、妙に私に懐いてくるからたまに忘れそうになるんだけど。
あの子はライバルだって、私の方がもっと警戒しないとね!
私が一つ溜息を吐いていると、そこへ声を掛けてくる人影が。
「如月さん、どうかしたんですか?」
それは、私と一緒に美化委員になった『柊木 誠』君だった。
美化委員になった私は、このところ放課後は毎日花壇づくりを行っている。
花を植える前にまず花壇を作らなきゃということで作業をしているんだけど、私はこういうのはやった事が無いので柊木君に色々と教えてもらっているのだ。
「あら柊木様。何でもありませんよ、少し考え事をしていただけです」
「あ、またぁ、様はやめてくださいって言ってるのに」
柊木君は焦ったようにそう言ってくる。
「あら、そうでしたね、柊木君」
どうも高校からこの学校に通う、いわゆる外部生徒の人達は様と呼ばれるのを嫌がるようだ。
……まあ、分からなくもないけど。
この青華院学園では、人との交流を広く持つという目的のため、外部生徒の受け入れを積極的に行っているというのが触れ込みらしい。
けどまぁ、本音のところは学校の偏差値を上げるためだろう。
その外部の生徒の中でも特に優秀な生徒は、葉月汐莉のように特待生となり色々と免除されるのだ。
この学園に入学してくる外部生徒というのは家柄の貴賎を問われない。
なので外部生徒たちの目的は二つ、特待生となって無料で学校に通うことを目指すか、将来この国の財界を担う人たちとのパイプを作ろうとするか。
柊木君は前者だと思うんだけど、どうなんだろ……?
あまり深くは訊いてないないけど、雰囲気からしてそうなのではないかと思う。
純朴で飾り気の無い、裏が無くて良い人という印象を受ける彼からは、あまり欲というものの匂いがしない。
だから、そういう腹黒さは無い人であってほしい……。
「花壇作りは慣れましたか?」
柊木君は、しゃがんで作業をする私の隣にしゃがみ込みながらそう訊いてきた。
「ええ、意外と面白いものですわね。こうやって作業をしていますと、いつのまにか夢中になって時間を忘れてしまいますわ」
そう言いながら、花壇に土壌改良用の土と堆肥を混ぜ込んでいく。
バーミなんとかっていうらしいけど、私は詳しくないのでその辺の所は柊木君任せなのだ。
「はは、如月さんは変わってますね」
「そうでしょうか……?」
それは、良い意味なの? 悪い意味なの?
悪い意味だったら、この悪役令嬢が許しませんわよ。
「ええ、ほら周りを見てくださいよ。内部の人で美化委員をしてる人なんていませんよ」
言われるままに周囲を見渡してみると、他のクラスの美化委員はみんな外部生徒のようだった。
そうか、この学校に通うような令息令嬢たちが、こんな土を触るような事をする訳ないってことか。
なるほど……。
…………。
……迂闊だった!
よく考えたらそりゃそうよって話だった!
そういや、私が美化委員に決まったとき、何だか微妙な空気になってたような気がする。
あれは、こういう意味だったのね。
なんてことだ、やっちまったぁ……!
もっと早く言ってよぉ……。
別に土を触ることに何の抵抗もないけど、如月祥子がって考えると拙かったかな……。
「や、やっぱり、変かしら……?」
心なしか、視線を集めているような気がする。
如月祥子が、土いじりなんてしたらおかしいかな?
あまり祥子ちゃんを好奇な目で見ないでよね!
「いえ、とても素晴らしいと思いますよ。それに、みんなが如月さんを見ているのは、きっと嬉しいんだと思います」
「……嬉しい? 私が美化委員をすることがですか?」
「ええ、如月さんみたいな人と一緒に委員ができたら、それは誰でも嬉しいものですよ」
……私と委員ができると嬉しい?
え、ちょっと、何それ、褒めてる?
私、いま褒められてるの?
そ、そういうのは免疫が無いからやめてほしいんだけどっ。
いや、そりゃ褒められたら嬉しいけどね、でも実際に言われると恥ずかしいほうが勝っちゃうというかね。
まあでも、たまになら褒めてもいいんだよ。
ほら、私の魅力を褒めたくなる気持ちも分からなくもないというか?
祥子様オーラがそうさせてしまうというか?
まあ、そうさせてしまったんなら仕方がない、それを受け止めてあげるのも令嬢としての務めってもんよね。
そうこれは、ノブレスオブなんとかってやつよ。
さあ、来なさい。
褒められる準備は万端よ!
おっとその前に令嬢スマイルを忘れずによね!
そんなわけで、私はクスリと笑って満更でもない微笑を浮かべて。
「あら、私みたいな人とは、一体どういう意味かしら?」
ここはこうやって、令嬢らしい返しで余裕を見せてみてね。
「あ、いや、悪い意味じゃないですよっ。如月さんは、ほら、女子の代表格みたいなもんだし」
……それって、褒めてないよね?
ちょっと待ってよ、それじゃあ女ボスが自分たち外部生徒の味方になって喜んでるみたいじゃないの。
なんか私、凄い恥ずかしい妄想してたんだけど?
なんか令嬢たるものとかって妄想してたんだけど!?
「そ、それって、悪い意味じゃないかしら……?」
その私の言葉に柊木君はぎょっとした顔を浮かべ、慌てて否定する。
「ああ、いや、違うんです! ごめんなさい、言い方が変でしたね。つまり、何と言うか、如月さんって凄い家のお嬢様なのに、謙虚というか、僕たちと同じ目線みたいというか、いや、同じ委員になったからって思いこみが激しすぎですよね、すいません忘れてください」
……お、おう。
慌てながらも照れた顔を見せる柊木君に、こっちまでつられて照れてしまった。
まあ、私も元庶民だし、目線が一緒なのは当たり前よね。
というか、ここの内部生徒たちの態度が大きすぎるのでは、って気がするけども……。
「いえ、そう思って頂いて大変光栄な事ですわ。私も皆さんと仲良くできそうで嬉しいですし」
「そうですか、それは良かった」
柊木君は安堵の息を漏らしながら、屈託のない笑顔をこちらに向けてくる。
その人畜無害そうな笑顔からは、何故か安心感のようなものを抱かせる力があるようだ。
癒しのパワーが出ている気がするわ……。
「そういえば、この土作りはいつまでかかるのかしら?」
「あ、来週には苗が届きますので、それまではこんな感じです。特に他にやる事もないですからね」
え、来週までこれ?
それはさすがに飽きるんだけど……。
「ちなみにですけど、花は何を植えるのでしたかしら?」
「あれ、憶えてないんですか? うちのクラスはゼラニウムですよ、育てやすい花なので僕が選びました」
ゼラニウム……。
聞いたことあるような、無いような……。
どんな花だったかしら……?
「ちなみに、そのゼラニウムというのはどんな花なんですの?」
「ええとですね、色は赤白ピンクとありまして、乾燥に強くて開花期も長い、初心者でも育てやすい花なんですよ。割とメジャーな花なので実物を見たら分かると思いますよ」
おお、柊木君やっぱり花に詳しいのね……。
ちょっと恰好いいじゃない。
これは柊木君に任せっきりになりそうな予感がする……。
「そうですか、私でも育てられそうで安心しましたわ」
「水のやり過ぎは良くないので、梅雨の時期は注意しなきゃいけませんけどね」
ごめんなさい、こんな事言いながら柊木君に任せようとか思ってしまってるの。
こんな私をどうか許して……。
…………。
……いや、待てよ。
少女漫画などで花に詳しい男の子がモテたりする場面がある。実際、今の柊木君は少し恰好が良かった。
これは、逆もまた然りなのでは?
確かに、花が好きな女の子は可愛い感じはする。
花好きの人に悪い人はいない的なイメージもあるかもしれない……。
うーむ、これは意外と美化委員は当たりだったのでは?
美化委員で花好きな女の子になったら、千聖君の私を見る目も変わってぐぐっと二人の距離が縮まるんじゃない?
こ、これは、いけるんじゃない?
こうなったら家の庭にバラ園でも作っちゃう?
それでバラに囲まれる私に千聖君が心奪われたりして?
バラと私、どっちが綺麗? とか訊いちゃったりして!
そしたら真剣な顔して『祥子、お前のほうが綺麗に決まってんだろ』とか言われるでしょ、『やだ、嬉しいわ』と満更でもなく返す私に、千聖君から突然の熱い抱擁、そして『祥子、お前を摘み取ってやる』って強引に迫ってくる千聖君、『ああ千聖君、こんな所ではバラの棘が……』そんな僅かな抵抗も虚しく『棘の痛みなんて気にならなくしてやるよ』と、バラ園に散る祥子ちゃんであった、みたいなねっ!
…………おお、……おおおお!!
これよこれよ! これなのよ!!
こんなの、興奮するなって方が無理よ!
どうすればこれが現実になるの!?
そうだ、バラだ!!
早く、バラを、バラを育てなきゃ!!
「どうかしましたか、如月さん?」
どきぃぃ!!
「えっ!? いえ、何でもありませんわ! そ、そう、デラウェアがどんな花か気になっていただけですわっ」
「ゼラニウムですよ如月さん」
ちょ、ちょっと妄想の世界に入り過ぎてたみたいね。
危ない危ない、あんな妄想を人前でしてる場合じゃないよ。
おまけに花の名前も間違ってるし……。
あんまり恥ずかしい妄想は控えるようにしないとね。
バラの事は後で考え……。
あ、そうだ、柊木君はバラも詳しそうだね。
ちょっと訊いてみようかな。
「……ところで柊木君、一つ訊きたいんですけど、バラって育てるのは難しいのかしら?」
「バラですか……? そうですね、繊細な花って言われて難しいイメージがありますけど、品種によっては初心者でも難しくないのもありますよ」
うーむ、何だか難しそうね……、もうちょっとよく調べたほうが良さそうか。
それにしても、本当に花に詳しいのね……。
なんだかこの人畜無害そうな顔が、段々とチャラい顔に見えてきたわ。
「柊木君は、花に詳しいのですね? お好きなのですか?」
「いやぁ、詳しいって程の事はないですよ。僕の場合は好きな花を調べる程度なので」
ほら、この嫌味の無い返し。
ひょっとしてこの男、相当なやり手なのでは?
本当は、何人もの女を泣かせてきたプレイボーイなのかも……。
いや、まさかねぇ……。
ど、どうなの、そのへん!?
い、いや、ここは柊木君をプレイボーイと見込んで相談に乗ってもらうというのも手かもしれない……。
男の人の意見を訊けるチャンスなんて滅多にないしね。
「ちなみに、なんだけど。……一般的に、男性というのは、花を好きな女性というのは、……どういうイメージを持つのかしら?」
「花を好きな女性ですか……? んー、どうなんでしょう、僕は良いと思いますけど、花に興味のある男って少ないですからねぇ……」
あれ、反応がいまいちね……?
男の人は、花はあんまりなのか?
ちょっと、すっかりその気になって、園芸店にダッシュしそうになってたのに何よそれ。
私のバラ園計画はどうなるのよっ。
むむぅ、この振り出しに戻ってしまった感じ。
その気にさせた責任を取ってほしいもんよね……。
よし、こうなったらもっと具体的な事を訊いてみよう。
男の人とこんな話をする機会なんて滅多にないしね。
「柊木君、もう一つ訊きたいんだけど、いいかしら?」
「え、はい、僕が答えられる事でしたら……」
柊木君なら何でも答えられるでしょ、何てったってプレイボーイなんだから。
「これも、一般論で構わないのですけど。……男性は、その、女性のどんな所に惹かれるのかと思いまして……」
柊木君は一つ首を傾げると、何かを覚ったように神妙な顔つきになる。
「な、なるほど……、恋愛相談というやつですね」
「いえ、そこまでハッキリ言わなくて良いのですが……」
そこはもう少し軽いトーンで返してほしかったんだけどね。
そんな事じゃ、プレイボーイ失格よ。
「そうですねぇ、どんな所か……。うーん、人それぞれな部分が強いですけど、やっぱり優しい人が良いんじゃないですか?」
「……や、優しい人。そ、そうですね、……優しい人ですか……」
優しい人、……ねぇ‥…。
優しさとか、全然自身が無いんだけど……。
割と、自分の事ばっかり考えてるような気がするし……。
ていうか、それって女の子が言うやつじゃないの?
最近じゃ男の人も優しさを求めているというの……?
いや、まぁ、分からなくもないけど……。
そうかぁ、みんな、優しさに飢えているのね。
というか、優しさって何!?
何だか哲学的になっちゃいそうね……。
「あ、き、如月さんは十分に優しいと思いますよっ!」
慌ててフォローしてくる柊木君。
なるほど、これが優しさか。
さりげなく相手を褒める事を忘れない、プレイボーイ復活ね柊木君。
いいんだよ柊木君、無理に褒めなくても。
私が悪役令嬢って呼ばれてるの知らないわけないもんね……。
ていうか、悪役って何よ! 私はレスラーかっつうの!
「ほ、他には無いのかしら? 何か男の子がぐっとくるような、そんな女の子らしい感じの……」
「は、はぁ、……女の子らしいですか。じゃあ、ちょっと違うかもしれませんが、料理を作るとかってのはどうですか? 定番かもしれないけど、これにぐっとこない男はいない気がしますよ」
「りょ、料理……?」
手料理かっ!
なるほど、それだ!!
確かに、昔から女の武器の定番といば料理だったわ!
なぜ、こんな事も思いつかなかったんだって話よ。
恋愛経験の無さが、こんな所にまで弊害を及ぼしているのね……。
まあそれは置いておいて、料理よ!
料理かぁ、うん、良いねぇ……。
何が良いって、男の人はキッチンに立つ女の人の姿に欲求を刺激されると聞いたことがあるもんね。
つまり、こういう事よ。
リビングで待つ千聖君に、『千聖君、上の棚のお鍋を取っていただけませんか?』と私が言ったら、『まったく、しょうがねぇなぁ祥子は』と言いながら私の後ろから棚の上に手を伸ばす千聖君。
後ろから体が密着した状態で私の前に鍋を持ってきて『ほら、これでいいか?』と千聖君が耳元で囁いてくる。
狼狽える私は『こ、これ、食べられるバラなんですよ』と、そう言ってキッチンにあった食用バラを口元に持ってくる、すると『そっか、じゃあ味見してみないとな』と、千聖君がバラの上から口づけを……。『ああ、千聖君、キッチンでこんな……』、私は僅かに抵抗するのだけど『危ないから大人しくしてろよ』と、キッチンに散らされる祥子ちゃんなのだった。
うきゃあああぁぁぁ!!!
これこれこれこれ!!!
これよ、これ!!!
もう、完璧じゃないのこれ!!
何が良いって、バラが無駄になってないところが超良い!!
料理と食用バラの二段構えよ!!
絶対これでいこう! もう、決まり!!
よし、方向性が決まった!
私はその場ですっくと立ちあがり、柊木君にお礼の言葉を述べる。
「柊木君、助言を頂いてありがとうございます。大変参考になりましたわ」
「そうですか? それは良かったです、僕でよければまた相談に乗りますよ」
立ち上がった私を見上げながら笑顔を見せる柊木君。
本当にありがとう柊木君。
君のおかげで、私はこうしてはいられなくなってしまったわ。
「是非ともお願いいたしますわ。それでは、私はこれから用事がありますので、後の事はお任せしてよろしいでしょうか?」
「あ、はい、わかりました」
私は軽くお辞儀をすると。
「では、ごきげんよう」
そう言って踵を返し、その場を後にする。
柊木君、君のおかげで気づかされた。
千聖君を振り向かせるには、まず自分を磨かなきゃっていうことよね。
そうよ、こんな引き籠り女子な私が、何もしないで千聖君に好かれようなんて虫が良過ぎだったわ。
葉月汐莉に対抗するためにも、これからは女子力を上げていくのよ!
見てなさい、葉月汐莉! 待ってなさい、千聖君!
絶対にあっと驚かせてあげるからね!
こうして、打倒葉月汐莉を胸に帰路に就くのであった。
いつもお読みいただき有難うございます(/・ω・)/
今回から一応新しい章のような感じになるのですが、章分けしようか悩んでます。(´ε`;)ウーン…
まあそのうち、やりますってことで……。
それではまた次回まで、ごきげんよう( ´Д`)ノ~




