10、四者の想いはすれ違う
結局、委員決めは上手くいかなかった……。
どうやら薫子さんと晴香さんの頭の中は、千聖君と怜史君のカップリングが見たいという一心だけだったのだ。
なんて子たちなのかしら……。
取り巻きって、一体何なのかしら……。
これはもう、破門よ!
あの子たちは、取り巻き破門です!
二度と敷居は跨がせないんだから!
と、憤っててもしかたないんだけど……。
まあでも、千聖君と葉月汐莉を二人きりにする状態は避けられたので良しとするか……。
それは良いとして……。
今、私を気落ちさせている問題がもう一つある。
今日はお昼を千聖君とご一緒して、お昼休みはウキウキ何とかになるはずだった……。
なのに何故、こうも予定が狂うのか……。
今日の私って運が良いんじゃなかったっけ?
だったら、この私の目の前の光景はおかしくないですか?
――朝の約束通り、私は千聖君と一緒に学生食堂に来ている。
学生食堂といっても、そこは令息令嬢の通う青華院学園。
メニューも内装もそれはもう絢爛豪華で、高級なカフェレストランといってもまだお釣りがくるくらいだ。
大きな窓の向こうには緑の多い中庭が一望できるようになっていて、とても心地の良い空間に仕上がっている。
そんなセレブな空間で、千聖君とランチを楽しむ一時。
私は朝からそれをずっと楽しみにしてきた……。
それなのに、これは一体どういうことなのか……?
今、私の目の前の席には千聖君が座っている。
ちょっと照れるので前を見れずに俯いてしまったりと、ドキドキする前面の席。
そしてその千聖君の隣には、千聖君の親友である怜史君が座っている。
まあ、最初から怜史君が一緒というのは聞いていた。
千聖君と二人きりだとまだ緊張するので、いてくれると割と助かる。
ここまではいい。
問題は私の右隣よ……。
怜史君の前でもあるこの席に、何も言わずに座っているこの女。
私のよく知っている女がすぐ隣にいる、これは何か悪い夢でも見ているのだろうか……?
いやいや、これは現実よ。
だったら、何故?
どうして?
どうして、葉月汐莉がここにいるの!?
あんた、一番ここにいちゃいけない女だからね!!
何なの!? 意味が分かんないんだけど!
いや、ほんとに何でいるのって話よ!
誰があんたを呼んだんだって話よ!
あ、そうか、誰かが誘わなきゃ葉月汐莉がここに来るわけがない……!
どっちだ、どっちが葉月汐莉を誘った?
いや、……千聖君じゃないと信じたい。
となると、こっちかっ!
私は神楽怜史に恨みを込めた視線を送った。
「いやぁさっきの委員決めの後、お昼は祥子ちゃんと一緒に食べるって話してたら、葉月さんが自分も行ってもいいかって言いだしてね」
まさかの自分からっ!!
ちょっとその根性を見習いたいところはあるけども!
何で? 何でそこで割って入ってこれるの!?
「最初は僕も遠慮しようかと思ったんだけど、葉月さんが祥子ちゃんに用があるみたいだったから、付き添いで来ちゃったよ」
それはもう爽やかな笑顔でそう話す神楽怜史君。
多くの女生徒をその笑顔で魅了してきた、まさにヴァンパイアのような男。
ま、千聖君一筋の私には効かないけどね!
……効かないけど、あまり見ないようにしておこう。
「……まあ、葉月様が?」
「は、はい、あの、如月さんに、昨日の事で謝りたかったのと、お礼が言いたかったので……」
あぁなるほど、さっきからチラチラとこちに視線を送ってきていると思ったらそういうことか。
「昨日も言いましたけど、謝罪はもう結構ですのよ。それに、お礼と言いましても、逆に迷惑をかけてしまいましたし……」
「いやでも、そういう訳には……」
申し訳なさそうな顔をこちらに見せる葉月汐莉、そこに怜史君が話に入ってくる。
「謝りたいって、昨日のあれ? あれは可笑しかったなぁ、ははは」
はははじゃないよっ。
こっちは確実に悪い噂が広がってるのっ。
ただでさえ怖い顔してるってのに、これ以上怖がられたらどうするのよ!
まったくもう……。
その原因を作った葉月汐莉は、可笑しかったと言われて茹でだこのように顔を赤くしている。
「いや、だって、誠意をもって謝れば大丈夫って……」
そう言って、チラリと千聖君の方を見る葉月汐莉。
ちょっと、何を見ているのかしら……って、あっ。
なるほど、そうですか、この子ったら人のせいですか、ヒロインが人のせいにしちゃいますか。
それは、しちゃだめよねぇ。
ヒロインたるもの、常に内に責任を追及しないと。
どうやら貴女はまだヒロイン道というものを理解できてないみたいね。
それじゃあ、ヒロインは失格よ。
というわけで、今日から私がヒロインをやります。
さあ、早くその座を譲りなさい。
さあ! 私にその座を!!
私がそんな妄想を膨らませていると、ようやく千聖君が口を開いた。
「まったく……。誰も、土下座しろなんて言ってないだろ」
やっぱり千聖君が言ったんじゃなかったのか。
うん、私は信じてたよ千聖君!
「いや、でも、……ううん違う、そういうことじゃなくて――」
さらに葉月汐莉は私の方に向き直って。
「――如月さん、昨日は本当にごめんなさい!! あと、私を助けに入ってくれて、ありがとうございます!! って、ずっと言いたくて、昨日は本当に嬉しくて、その……」
予想以上に大きな声でそう言った。
もちろん、この青華院学園にそんな大声を出して食事をしている人はいない。
それが上流階級の食事のマナーというものだ。
そんな場所で大声を張り上げるもんだから、当然のように周囲からの奇異な目が私たちに集まることになってしまった。
ほんと、……そういう所だと思うんだよね。
その空気の読めなさというか……。
自分から目を付けられにいってるんじゃないかっていう、そんな気さえする。
しかし、怜史君はそんな事を気にも留めずに笑顔を見せる。
「はは、葉月さんは面白いね。ここでは君みたいな子は珍しいから見てると飽きないよ」
そんな、まるで少女漫画のヒーローが言いそうな台詞を言う神楽怜史。
まあ、少女漫画なんだけども。
だから、そうやって男どもが甘やかすからダメなのっ。
ちょっと可愛いとすぐこれだよ。ほんと、やってられないってんですよ!
ちゃんと女はみんな平等に扱いなさいってのよ!
あんたみたいなイケメンは特にね!
おっと、いかんいかん、前世の私の愚痴が……。
「そ、それって褒めてないのでは……?」
そう言った葉月汐莉にまたもや「ははは」と笑って返す怜史君。
それはまるで、怜史君が葉月汐莉をからかっているようにも見える。
葉月汐莉の方も、「むぅぅっ」と唸りながら少し頬を染めているような……。
お、……これは。
ひょっとして二人は満更でもない感じ?
既に意識しあってるとか……?
というか、この二人がくっついてしまえば、必然的に私が勝者になれるのでは?
そういえば、原作でも祥子ちゃんは怜史君と葉月汐莉をくっつけようとしてたっけ。
物語の中盤辺りだったと思うけど、如月祥子と神楽怜史が共闘してお互いの恋を成就しようという協定を結ぶのだ。
共闘していくうちに仲が良くなっていく二人に、ファンの間ではこの二人がくっつくのではという噂が流れた。
しかし、最終的に二人がくっつく事はなく物語はラストを迎える。
連載が終わった後、作者がこの事についてインタビューを受けたときにこう答えている。
如月祥子ほど一途な女はいない、と。
物語では悪役として描かれていた如月祥子だったけども、作者自身は如月祥子を単なる悪役というものにはしたくなかったのではないか。
悪役には悪役の美学のようなものがあるのではないか、そんな作者の思い入れのようなものがあるのかと。
色々と物議を醸したが、この作者は多くを語らないタイプだった。
でも、今の私ならこの作者の言いたかったことがなんとなく分かるような気がする。
祥子ちゃんの気持ちがよく分かる今なら……。
「と、とにかく、私は如月さんに昨日のお詫びとお礼を――」
「おい、それくらいでもういいだろ。早く食べないと料理が冷めてしまうぞ」
と、話が堂々巡りになってきたところで千聖君が痺れを切らしたように口を挟んできた。
「そうですよ、葉月様ももう昨日の事はよろしいので、普通にしてくださいな」
「は、はい、ありがとう、如月さん」
私の言葉でようやく落ち着いてくれたのか、葉月汐莉はようやく自分の食事に箸を伸ばし始めた。
それを見て千聖君も怜史君も、自分たちの食事に手を付けていく。
この青華院学園の学生食堂はそのメニューも超一流である。
千聖君と怜史君が食べている日替わりのセットですら、その内容は前世の私ではお目に掛かれないようなものだ。
舌の肥えた令息令嬢たちを満足させるために何人もの一流シェフたちを篩にかけ、厳選された食材を使って最高の一品を作り上げているのだ。
千聖君と怜史君の二人が頼んだ本日の日替わりメニュー、魚介を中心としたポワレやスープなどが並んでいる。
まるでキラキラと輝いているかのように見える、そんな料理なんだけども。
二人は、それを綺麗な所作で口に運んでいく。
はぁぁ、なんて絵になるんだろう……。
ずっと見てたいわぁ……。
私は自分が頼んだサンドイッチを口に運びながら、目の前の光景にうっとりとしていた。
――そんな時である。
ふと隣が気になって、葉月汐莉の頼んだものに目がいく。
そして私は、その葉月汐莉の目の前に置かれている料理に我が目を疑った。
それは、この学生食堂における究極のメニュー。
贅沢な食材をふんだんに使った、この学生食堂の最高級メニュー。
シェフのこだわりが細部にまで行き渡った、至高の一品。
その名も、青華院風極み御膳!!
ここの生徒ですら注文するのを一瞬躊躇するという学園の名物といってもいいそのメニュ―を、葉月汐莉が今まさに食しているのである。
うん、……ちょっとおかしくない?
いや、分かるよ。特待生は学費と食堂内の食事代が免除されるからね。
どうせなら良いもの食べたいというその気持ちは分かる。
分かるよ、うん、分かるんだけどさ……。
あなた、私に謝りたいとか言ってなかったっけ?
それ、謝る人が頼むやつなの?
いや別にいいんだけどさ、何を食べるかは個人の自由だし、別にいいんだけど……何だろう、……この釈然としないものは。
私が頼んだの、サンドイッチよ?
サンドイッチ食べてる人が、極み御膳食べてる人に謝られるって何かおかしくない?
その辺、どうなの?
私のサンドイッチを見て何も思わなかった?
まさか、私がサンドイッチを頼んでるとは思わなかったとか?
いや、私はお昼はあまり食べないからサンドイッチを頼んだだけであってね……。
このサンドイッチだって、高級なトマトとか使ってんだからね、……たぶん。
サンドイッチだって美味しいんだからね!
何だかよくわからない敗北感を味わいながらサンドイッチを頬張っていると、葉月汐莉が私に話しかけてくる。
「ここのお料理って美味しいですね、如月さん」
なぜサンドイッチを食べてる人に、その同意を求めるの?
「そうですね……。葉月様がお気に召したのでしたら何よりですわ」
「あ、その、様っていうのはやめてほしいな……。私はそんな大層な人間じゃないし、なんだか距離があるというか……」
もじもじしながら口ごもって喋る葉月汐莉。
「これは癖のようなものですから、別にお気になさらなくていいんですよ」
ほんとは結構しんどいけどね、この喋り方……。
でも、千聖君以外の前では、ちゃんと祥子ちゃんを演じなきゃと思ってやってるのだ。
「ははは、祥子ちゃん。葉月さんは祥子ちゃんと仲良くなりたいんだよ」
そう言いながら爽やかな笑みをこちらに向ける怜史君。
こっちはそれほど仲良くなりたくはないんだけど……。
葉月汐莉とはライバル関係になるわけだから、仲良くなっちゃうと、……後々つらいじゃない?
もちろん、葉月汐莉はそんなことは知らないわけだけど。
「そうなのですか? じゃあ、これからは葉月さんとお呼びしますね」
この辺りが、無難な所かと思う。
やはり、ライバルたるもの馴れ合うべきじゃない。
ましてや名前で呼び合うとかしちゃったらアウトよ!
「良かった、如月さんとは何となく仲良くなれそうな気がしていたので嬉しい……」
屈託のない笑顔をこちらに向けてくる葉月汐莉。
思えばイケメン二人に挟まれてたら友達なんて出来ないだろなぁ……。
原作でも序盤は嫌がらせばっかりで、ずっとボッチだったし……。
はっ、同情している場合じゃないっ!
あの笑顔に、つい気持ちが絆されそうになってしまった。
……恐るべし、葉月汐莉。
そこへ、私たちのやり取りをニコニコとしながら見ていた怜史君が口を挟んでくる。
「ついでに僕の事も昔みたいに、れい君って呼んでも構わないんだよ」
………………。
「まあ、神楽様ったらお戯れを。ほほほ」
「つれないなぁ、祥子ちゃんは。ははは」
怜史君って、こんなキャラだっけ?
原作でも少しチャラい感じはあったけど、何か少し違うような……。
「皆さん、仲が良いんですね」
私と怜史君のやり取りにそんな感想を漏らしてくる葉月汐莉。
「僕たち三人は小さい頃から知ってるからね。幼馴染みってやつだよ、なぁ千聖?」
急に話を振られた千聖君は面倒くさそうに口を開く。
「……ああ、腐れ縁だな」
その腐れ縁に私を入れないでね!
怜史君一人だけを指してるんだよねっ??
「やれやれ、千聖まで僕につれないよ。まったく、似たもの夫婦だねぇ」
……なんだって?
ちょっとそれ、もう一回言ってごらん?
似た者、……なんだって?
似た者ふう……何? 何て言ったの!?
そこの所を、もう百回くらい言って!!
「え、橘君と如月さんって夫婦なんですか!?」
葉月汐莉の口からでる夫婦という言葉に、これ以上ないくらいに胸が躍る。
まあ、夫婦といえば夫婦みたいなもんよね。
なんせ似た者ふう何とかだからね!
「ああ、知らなかったんだ? 二人は婚約しているんだよ」
優越感とも安心感とも似た感覚。
この男は私のものとでも宣言したかのような、そんな魔法のような言葉だ。
それが現実とは少し違うものであっても、やはり嬉しさが込み上げてきて堪らなくなる。
「こ、高校生で、もう婚約? 許嫁っていうやつですか? ……そういうの、本当にあるんですね」
バカな私は、許嫁なんていう言葉にも一喜一憂してしまうのだ。
バカな私は、現実などすっかり忘れてその気になってしまうのだ。
でも、そんな浮かれた気持ちは長くは続かない……。
この後に、千聖君の口からこぼれた言葉に私の気持ちは深く深く沈むことになるのだ。
「婚約っていっても、正式なものじゃないけどな」
その言葉はズシリと重く、まるで杭のように私の胸へと突き刺さる。
そう、私と千聖君の婚約は正式なものじゃない……。
これが、私にとっての悲しい現実だ。
それは、子供の時の約束に縛られないようにと、そう思った親たちの優しさだったのだろう。
その優しさが、如月祥子に重くのしかかることになり、彼女の心の歯車を狂わせた。
そして今、その現実がまた新たな歯車を狂わせようとしている。
胸に突き刺さった痛みを感じながら、そんな事を思わせたのだった。
いつもお読みいただき有難うございます ☆-(ノ゜Д゜)ノ
私の気分的にはもう20話くらいの感覚ですが、まだ10話です(; ・`д・´)……なぜだ?
けっこう書いたつもりでも全然書いてないんですねぇ……。
そんなわけで、また次回お会いしましょう(´∀`*)ノ
……ブクマ、評価頂けるとありがたいです(*ノωノ)




