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1、涙の誓い




「校庭の桜の花も咲きそろい、日に日に暖かさを増す季節となりました。この桜の木達も我々教師一同も、皆さまのご入学を心より歓迎しております。新入生の皆さま、そしてその保護者の皆さま、本当におめでとうございます。―――――」



 それは私立青華院学園の入学式。



 この国の中枢を担う名家が集う私立青華院学園の入学式ともなるとそれはもう豪華絢爛である。


 コンサートホールのような講堂に、煌びやかな装いを身に纏った紳士淑女とそのご子息ご息女。


 そこは一切の一般庶民を寄せ付けない、これぞ上流階級であると謂わんばかりの異世界空間。



 その装飾と虚飾に満ちた世界の幕開けのような入学式が今まさに執り行われているのである。




 さて、その入学式に参列している私は誰かというと、この国の数ある大財閥の一つ如月家の長女『如月 祥子(きさらぎ しょうこ)』。


 如月家は大財閥の中でも一際巨大な超大財閥。



 その、この国を代表するような名家の長女として生まれた私だったのだけど……。



 学園長の長い長い話を聴いているうちに、何故か頭の中がぼーっとなり。


 何が何だか、……よく……判らない感覚が……。



 ――そして。



 その時思い出してしまった。


 私は確か部屋に引き籠って、毎日ネットで漫画とアニメを見て暮らしていたはずだった。あと、たまにあれ系のエッチな動画を見てた腐った系女子のはずだ。


 それなのに私は今、如月祥子としてここに座っている。


 これってどういうことなの? 


 ゆ、夢? いや、夢にしてはリアル過ぎる…。まさか、生まれ変わりってやつ?


 あれ、私死んだの? いつ? 覚えにないんですけど! 


 えっ、人間って、アニメ見過ぎたら死ぬの!? やばい、気を付けろお前ら!



 ま、まあ、落ち着きなさい私。


 死んでしまったことは一旦置いておいて、今の現状よ。


 今の私には二人分の記憶がある。前世の私の記憶と、如月祥子としての記憶。


 そして、この如月祥子というのは前世の私にも縁の深い名前だ。この絢爛豪華な講堂から見ても間違いないと思う。



 ここは前世の私がハマりにハマった漫画『ツンデレ王子に攫われたい』の世界だ。



 この漫画、ストーリーは割とよくある学園もので、大金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんが通う学園に庶民であるヒロインが特待生として入学して、ヒロインと学園の王子とが恋に落ちるというもの。


 アニメ化もされたこの漫画、ストーリーはまあベタな展開なんだけど、問題はこのツンデレ王子だ。


 私は前世で、この漫画のツンデレ王子に本気で恋をしてしまったのだ。


 わかっている。漫画のキャラに恋をするなんてって思うかもしれない。でも恋心ってものは本人の意思とは無関係に膨れ上がっていくものなのだ。



 それからというもの、三次元に別れを告げて自室に引き籠ってこのツンデレ王子に愛を捧げていた。



 そして、私の念願がかなったのか、いま私はその『ツンデレ王子に攫われたい』の世界にいる。



 だけど……、やっぱりというか……、如月祥子っていうのは……、ヒロインの恋のライバルなのだ。というか、悪役令嬢じゃないですか。


 このパターンかぁ……、やっぱりこのパターンかぁ……。


 悪役令嬢に転生パターンかぁ……。


 この漫画、ベタなストーリーであるため、悪役令嬢は最後に悪事を暴かれ没落する。


 正直、漫画を読んでいるときは王子しか見ていなくて、ストーリーがベタでもどうでもよかった。とにかく、この王子の一挙手一投足に胸をときめかせていたのだ。私もこのヒロインになって王子から愛を受けてみたいと、そう思いながらずっと読んでいた。



 でも、いま私は悪役令嬢の如月祥子。



 私は座っていた講堂の椅子に深く背を預けた。


 令嬢たるもの姿勢正しく優雅に座っているものだけど、その落胆に全身の力が抜けてしまった。



 如月祥子は没落する……、そんな事はどうでもよかった。


 何よりも、あのツンデレ王子がヒロインに奪われていく所をこれからまざまざと見せつけられる事に、言い様の無い失望感が全身を襲うのだ。



 その失意の中、学園の入学式はいつのまにやら終わりを迎えていた。


 あまりの衝撃に、式の内容など頭には入らずただ茫然と過ぎていくのを眺めていた。



 式が終わり、よろめく足に鞭を打って席を立つ。


 そこから何処に向かえばいいのかもわからないままに、私の足はある所に向かっていた。



 そうそれは、ツンデレ王子と言われる事になる私の婚約者、『橘 千聖(たちばな ちさと)』が座っている場所だ。


 如月家と双極を為すこの国の超大財閥、橘家の御曹司である。


 流れるような少し長めの黒髪。人の心まで射貫くような凛々しい双眸。シャープな輪郭に、女性のような綺麗な肌。痩せ型の体型だけど、しっかりと引き締まった身体。


 これほど綺麗で整った容姿を見た事が無いというくらいの美男子がここにいる。



「……祥子? どうした、ぼーっと突っ立って」



 椅子に座ったまま私を見上げる、橘千聖。



 この破壊力、二次元をさらに凌駕するこの圧倒的なヴィジュアル。


 こ、腰が、……腰が砕けそうだわ。


 この人が私の婚約者かと思うと、心臓が爆発して死んでしまいそうになる。



 ――でも。



 でも、この人はもうすぐあのヒロインに心を奪われる。



 ツンデレ王子こと橘千聖はいつもは素っ気なく冷たい雰囲気を漂わせ、そのクールな見た目にエムっ気のある女性ファンが多数いる。


 だけど私は知っている、本当は優しいのに不器用だから上手く自分を表現できないことを。

 

 私は知っている、ついつい悪態をついてしまうがデレたときが異常に可愛いことを。



 私は知っている、本当は如月祥子の事もそれほど嫌ってはいなかったことを……。



 漫画では殆ど触れられなかったけど、一瞬だけ見せた祥子を見る目が非常に印象的なシーンだった。


 そんな私の婚約者、橘千聖。



 もうすぐこの人は、私の下を去っていく。



 ここはそういうお話の世界。



 ……確定事項であり、運命……。



 ………………。



 ………。




 …………いや……。



 ……いや……。



 …いやだ……。



 ……そんなの……。




 やだあああぁぁぁぁぁぁ!!!!




 如月祥子の、前世の私の、どうしようもない二人分の想いが一気に私の中に押し寄せてくる。



 なんということだ、漫画ではあれほど憎らしかった如月祥子という女も、これほどまでに純粋な恋の炎を燃やしていたのだ。


 前世の私に負けないほどの、強くて切なくて激しい恋慕の情。


 あまりに強すぎるその想いが、漫画の中では違う方向に向かってしまった。……ただそれだけなのだ。



 それを知ったとき、私の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。



「お、おい、祥子、どうしたんだ!?」



 次から次へと涙は溢れ出す。


 

 駄目だ、気持ちが止まらない。



 これから起こる耐えられない現実を考えても、この気持ちは止まってはくれない。


 いくらこのツンデレ王子から冷たくあしらわれると分かっていても、この気持ちは止まらないのだ。



 ――そんなのは当たり前だ。



 この如月祥子と前世の私の恋心が、こんなことで砕けて無くなってしまう訳がない。


 そんじょそこらの吐いて捨てるほどある、安っぽい恋心とは訳が違うのだ。


 やれ、自分だけを見てくれるからだとか、自分を肯定してくれるからだとか、他に女がいないからだとか、優しいからとか、誠実だからとか、好きって言われたからとか、金があるからとか、地位があるからとか、そんな条件付きでなきゃ発生しないような恋は、そんなものは本当の恋ではないのだ。



 自分に都合が良い相手にしか恋をしないなんてのは、本当の恋を知らないのだ。



 如月祥子は、どんなに冷たく突き放されても、王子の気持ちがヒロインに奪われていくところを見ても、その気持ちは揺るがずぶれる事はなかった。


 前世の私も、家族からの誹謗中傷にも負けず世間体の悪さからも目を背け、三次元を捨ててまで貫いたこの気持ちがある。



 私も、如月祥子も、心の底から骨の髄までこの人の事が好き。



 たとえ死んだとしてもこの気持ちは変わらない。



 それは、何があっても変わらないのだ。



 だから。



 だから……。



 だから、私は今この時決めたのだ。




 この恋を諦めないと。




 漫画のシナリオだからって、何故はいそうですかと聞いてやらなきゃいけないの。


 どんな運命だろうと、この好きを貫き通して見せる。



 私と如月祥子の想いは、誰かに言われて好きであることを止めることなんてできない。



「うっ、……うっうっ……、……ぐすっ……、……うぅ……」



 溢れ出る涙が、滝のように流れて止まらない。


 いくらハンカチで抑えようとも、この涙を止める事が出来ないのだ。



 私がその場で何も言わずにただ涙を流していると。



「ちょっと、こっちに来い」



 そう言って、ツンデレ王子が私の腕を掴んだ。



 その場に立ち上がり、私の腕を引っ張って歩きだすツンデレ王子。


 強引に引っ張られる腕が少し痛い。



 その痛みを感じながら、思った。



 この腕の痛みはどっちの痛みだろう。



 私を思っての痛みなのか……。



 それとも、婚約者があんな所で泣いていたのがみっともなかったのか……。





 ツンデレ王子に引っ張られるままに連れてこられたのは、さっきまで入学式をしていた講堂の裏手だった。



「……うっ、……うぅ……、……ぐすっ……、……すみま、……せん……」



 未だ止まらない涙。


 ハンカチをあてがい、拭けども拭けども次々に涙が零れてくる。



 こんなにも涙が止まらないのは初めての事だった。


 私自身も何故こんなに泣いているのか、理解もできない。


 唯々、悲しさと嬉しさが綯い交ぜになったような感情が胸を締め付けているのだ。



「……まったく、どうしたんだお前? こんな事は初めてだろ……、何かあったのか?」



 呆れたような声をだすツンデレ王子だったが、気に掛けてくれる事が素直に嬉しい。



「……うっ、……すみません……。……ぐすっ……、何でも、ないんです……。……人前で、……みっともない姿を……、すみま……せん……ぐすっ……」



 目にハンカチを押し当てて俯いているので、ツンデレ王子の顔が見られない。


 きっと面倒くさく思っているだろう。


 訳も解らず泣いてる女なんて引かれるに決まってる。



 諦めないと決心したのに初っ端から挫いてしまった。



 そう思った時である。



「……別に、みっともなくなんかねぇよ。……ほら、それじゃ追いつかねぇだろ」



 ツンデレ王子がそう言って差し出してきたのは、自身のハンカチだった。



 それを見て、はっと顔を上げる。


 涙でぐしょぐしょになった顔だけど、そんな事よりも王子の意図が知りたかった。



 でも、王子はそっぽを向いてしまっていて顔が見られない。



「……あ、あの、……ありがとう……ございます……」



 少し間があった後、王子は「……おう」と一言呟いた。



 そっけなく返事をして背を向ける王子だけど。


 その後ろ姿から少しだけ覗いている王子の耳が赤くなっていた……。




 照れてるの……かな……?




 この時、王子から渡されたハンカチを見つめた私は……。




 少しだけ……。




 少しだけ、期待してもいいのかもしれない。





 桜の舞い散る春の陽気の中、その王子の後ろ姿を見ながらそう思うのだった。







ちょっと令嬢ものが書きたくなって書いてみました。

割と書いてて楽しいです。


私の事だから、時々下ネタが入るかもしれません。

予めご了承ください。_(._.)_

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