その後 賢人の店
カリフ東一番通り6番地、90年ほど〝空間断裂魔導実験の失敗〟によって地図から消えていた……ことになっている場所。通関も近く、旅人・観光客・商人が行き来し、そういった客を相手にした宿屋も多くあるカリフでも栄えた地区。
そこに白い二階建ての新築が建てられた。正門には【ササヤ時計店】と刻まれた大きなプレートが飾られ、店の入り口右横には大きな振り子時計が置かれている。
1階内部は封印ガラスに入れられた懐中時計・細工時計・絡繰時計と様々な時計が陳列されており、どれも立ち入る人間皆を驚かせる精巧な職人業を感じさせる逸品だ。
「愛しの我が家はやっぱり良いわね、2階は居住の場所にしたけれど、シャワーやドライヤーが有るっていうのはやっぱり素敵なことだわぁ。」
「魔導工学品だからそこまで一般的って訳じゃねぇけどな。古帝国にゃ無かったんだったか。」
「ええ、お湯を沸かして布で拭くのが一般的だったわ。出来るとしても五右衛門風呂よ。」
「それはそれで趣きがあって良いと思うが。」
店の2階……店主である赤渕眼鏡の女性、〝時の賢人〟アミー=ササヤと談笑するのは、細身ながら鍛え抜かれた体躯を全身から感じる男、傭兵モリイ=ユウキだった。7日前に建物が完成し、3日前に新築・開店祝いを盛大に行った【ササヤ時計店】。開店を祝う花束には、開店協力をしてもらった商会の他、匿名でテグレクト邸の皆からのものが6つあった。
ユウキが懇意にしている商会はアミーが思った以上に多く、今まで戦場で【賢人】として祀られ生きてきたアミーにとって、商人のビジネス話半分・ドンチャン騒ぎ半分の空気は、困惑しつつも楽しい時間であった。
そして今日は【ササヤ時計店】の定休日。王国には一週間という概念は存在せず、古帝国から続く六曜で日程が動いている。今日は【仏滅】ということで、観光客向けの宿屋や食事処・カジノといった娯楽産業・生活雑貨店・葬式屋以外は軒並みどの商会も定休日となる。
……もっとも帝国に六曜の概念を伝えたのはここにいる【帝国の女賢人】であり、〝仏〟がどういう意味なのかは説明していない。
「おかしいとは思ってたんだよ、六曜以外にもトランプやチェスは前の世界と変わらない様式だったし、〝古帝国式建築〟って聞いた家に行けば思いっきり和風だったし、どっかの誰かが入れ知恵してるとしか思えなかったがお前だったか。」
「わたしも2000年も後にまで残っているなんて思わなかったわ。でも似たような発想をしていた国は他にもあったわよ?わたしだけが吹き込んだ訳じゃ無い。」
「……俺ら以外にもここに飛ばされたやつがいるってことか?」
「さぁ?でも居たって不思議じゃないでしょ?わたしたちと違って悲惨な運命を辿ったのかも解らないし、確かめようがないわ。わたしだって魔導陣の暴走が無ければあなたと会うことは無かった訳だし。」
「まぁ確かにな。」
話しの区切りが付いたのを見計らったかのように時計の短針と長針が頂で重なり合い、扉から音楽と共に6人の子供が手を繋ぎ踊り回る彫刻が現れ、そのまま扉へと戻っていった。
「丁度お昼ね、いままでお世話になったことだしご馳走するわ。この辺の地理も解らないから案内してくれると嬉しいのだけれど。」
「おおそうかい、んじゃお言葉に甘えて。」
◇ ◇ ◇
「赤の1です。ジーノ様3倍付け・ミミイ様2倍付けとなります。おめでとうございます!」
「リリア様のバーストによりディーラーの総取りとなります。大変失礼致しました。」
「バンカーは19、フェルト様ブラックジャック達成おめでとうございます。」
「……ねぇ。」
「なんだ?」
喧騒な鉄火場の空気が流れる中、手慣れた様子で厚切りの燻製肉とチーズが大胆に入ったホットサンドを頬張る傭兵に睨みを入れる。
「あなたデートとか向かないタイプなのは知ってたけれど、カジノって……。」
「そうは言ってもなぁ、馴染みの酒屋や飯屋は閉まってるし……。それにあれだ、競馬場やカジノに併設されてる飯屋ってのは結構安くて旨いんだよ。」
「まぁ確かにおいしいわね。それは認めるわ。」
アミーも砂糖とベリーが掛かったポテトパンケーキを優雅に食べ、紅茶を啜る。2人分飲み物込みで銅貨8枚というのだから破格値だろう。……その破格値の理由が、横で見る見るチップを減らし頭を抱えている魔導師や人間達の賜物かと思うと少し気が引けるが。
「さぁて、腹ごなしもしたし一勝負するか!」
「言うと思ったわ。言っておくけれどカジノ代まで奢らないわよ。」
「言われても固辞するさ。折角だからアミもやってみろよ。」
「わたしギャンブルなんて、帝国で叛乱起こしかけた貴族をサイコロ博打のイカサマで嵌めて破産させた以来ね。」
「俺よりギャンブラーしてるじゃねーかよ……。」
「それにしても聞いてはいたけれど、カジノというよりも魔導師の拳闘場ね。魔力でお互い結果をねじ曲げ合ってる。」
「そ、魔力を持たない俺らはどの魔導師が勝つかを賭けの対象にするわけだ。」
「おや!ユウキ様お久しぶりです、ご健勝の様でなにより。……そちらはお連れ様ですか?」
「おう、シランも久しぶり。横のはアミ……アミーって言う。見ての通り2人とも魔力無しだ。」
「いやはや……しかしユウキ殿の勝負強さは知っていますが、そちらのご婦人も中々いい目をされている。今日は大人しく閉店していた方が良かったかもしれませんね。」
「お世辞はいいからこいつをチップにしてくれ、金貨2枚を2人分。全部銀貨チップで。」
そう言ってユウキは金貨4枚を支配人に投げた。
「畏まりました。楽しいお時間をお過ごし下さい。」
「……金貨1枚って銀貨50枚分なのね、銀貨は銅貨20枚分なのに。」
アミーは100枚のチップが入った籠を手に疑問を口にした。
「そこが王国の不思議なところでな、結構頻繁に変動するんだ。」
「は?」
「銀貨の価値が銅貨25枚だったり20枚だったりする。両替商人ってのがいるんだが、そこの元締め……いや、国の機関が為替の相場を決めてるらしい。銀貨は早々変動しないが、1回金貨1枚=銀貨40枚まで価値が高騰したことがある。そんな訳もあって、支払いは金貨か銀貨で済ませた方が喜ばれる。今後商売するなら覚えておいて損はないぞ。」
「それはどうも。……ところで何をしようかしら。ルーレット・サイコロ・カード・コイントス……。結構単純なギャンブルばかりね。」
「魔導でねじ曲げ合う前提だからな、スロットルだったらジャックポット頻発で商売あがったりだろ。」
「じゃあカードに座ろうかしら。ブラックジャックなら何となくルールは解るし。」
「んじゃ俺も。」
「いらっしゃいませ、ユウキ様・アミー様。ルールブックはお読みになりましたか?」
「ああ、説明済みだ。プレイヤーはカードを透視しても構わない、ただしディーラーが偽の幻影を映してるかも知れないってやつだろ?」
「その通りです。ではゲームを開始させて頂きます。チップをお願いします。」
「んじゃとりあえず10枚。」
「わたしも10枚から。」
ディーラーがユウキとアミーにカードを配る。ユウキはスペードキングとダイヤの7で【17】、アミーはクラブのクイーンとスペードの8で【18】。ディーラーのカードは絵札が一枚であとは伏せられている。
「ヒットしますか?それともスタンド?」
「俺はスタンドだ。」
「わたしも、そして……。」
「「 ? 」」
「残りチップ190枚全部賭けるわ。」
「おいおいアミ、おめぇなぁ。」
「あら、何を賭けようと自由じゃない。」
ユウキはなんとなくアミーの思惑を悟り……。
「俺も全賭けだ。」
テーブルにチップの山が並び立つ。ディーラーは信じられないといった顔だ。しかし直ぐに営業用の笑みに戻り
「畏まりました。ではディーラーのカードを開けさせて頂きます。」
開いたカードはジョーカー、トランプ8セットの内に1枚だけミスディレクションの一環として入っており、配られた時点で負けが確定する鬼札だった。
「はぇ?あ?」
「あら、勝っちゃったわね。」
「だな、魔導師じゃない客相手だと平手で戦う良い店だ。なぁシランの大将。」
支配人は顔面を引き攣らせながら、歓声に沸く客達を見る。何をどうしたか解らないが、イカサマは明らかだ。しかし〝魔導師ディーラーが目を盗まれました〟なんて風評、カリフのカジノでは恥以外の何物でもない。それこそユウキの言った様に〝相手が魔導師でないから魔導を使わなかった〟と言った方が店の評判も上がる。
「流石です。〝魔導と召喚術の街〟で無魔力ながら高名の傭兵なだけありますな。」
「まぁ、ここではそこそこ負けてんだ、たまには良い夢みさせてくれ。……ったく、おめぇ意外と負けず嫌いなんだな。」
「別に、ただ負けるのが解ってるギャンブルが不毛に思っただけよ。」
アミーは銀時計を愛おしそうに撫でながらそう言った。
【帝国の賢人】編 これにて一旦終了です。




