賢人の家探し ⑥ ラスト
ただ白い地面が続くだけの何も無い空間、封印と空間断裂で遮断された世界。その外側は喧騒なカリフの街であり、一方通行で僕たちの姿を見ることが出来ない。結界の外はアミーさんによって時間停止がなされ、物も人も微塵たりと動く気配が無い。
なんだか自分たちがガラス張りの飾り棚に入れられたような奇妙な感覚だ。そんな違和感は凶悪極まる瘴気によって打ち消される。空間中央が禍々しい黒の瘴気を発生させ、竜巻のようにうねり、魔霊と呼ぶには余りにも悪意に充ち満ちた存在がドロドロと蠢いていた。
「黒幕の登場じゃな。」
そして、真っ黒い万の剣が突如として現れる。剣は僕たちに狙いを定め、一斉に射出された。
「とんだ御挨拶をしてくれる。ウィーサ、兄上、護り漏らした剣を頼む!」
アムちゃんは巨大な水銀スライムを壁の様に築き上げ、聖の神獣ガイアを憑依させた。式に式を憑依させる高等技術、瘴気を纏った黒の剣は壁に突き刺さりそのまま浄化された。
壁を迂回、又はすり抜けた剣はウィーサさんによって浄化の防殻魔導で消失。フィリノーゲンさんの水銀スライムで防護された剣は、ユウキさんが浄化の弾丸でひとつひとつ丁寧に撃ち抜かれていく。
「ユウキ殿!正気に!?」
「ウィーサちゃんの藁人形のお陰か、〝結界〟に入った影響かは知らんが……少なくとも普通の商会には見えてねぇ。依頼をくれたおっさんが、こんな気味の悪ぃ怪物だったたぁ不甲斐ねぇ。見る目の無い自分を呪いたい気分だ。いや、呪ってくれた相手なら、ご丁寧に向こうで醜態晒してやがるか。」
ユウキさんの眼差しは鋭く、巨大な瘴気と怨嗟の集合体ともいうべきヘドロのような物体を射貫く。
「 ピョ…ピョ……帰イラスナい、飢飢飢飢奇飢奇飢……憎贈悪……ォピォ…… 」
先程の黒の剣はアムちゃんの言ったように挨拶代わりだったのだろう。奇々怪々な言葉を発した直後、黒い影が渦となり、渦は竜巻となって旋風を呼び起こし、嵐の代わりに瘴気を、雷の代わりに怨嗟を撒き散らす。
旋風が呼び起こす瘴気の波は強烈な嘔気と眩暈を呼び起こすもので、人体の許容を越えている。ウィーサさん謹製の生き人形が黒く穢れ炭となり次々に朽ちていく。
「皆下がっておれ!シオン、お主も聖獣天馬を式としておる。2人で打ち消すぞ、わたしに続け!」
アムちゃんはその身に神獣ガイアを憑依させ、器用なことに僕の天馬憑依にも手を貸し、僕とアムちゃんの2人で裁きの光を黒の旋風に向けて撃ち出す。2つの光は螺旋を描き、黒の竜巻と拮抗し……。
「根性の見せ所じゃ!男じゃろう!」
アムちゃんに言われると違和感を覚える言葉だな……なんて一瞬脳裏に過ぎったが、目の前の脅威を前にすれば些末なこと。2体の神獣、その力を持ってしても黒の竜巻は簡単に消失を許さない。そんな最中、2つの影……白銀に光る鋼を持ったユウキさんと、ウィーサさんが竜巻へ向かう。
「ウィーサちゃん、合わせてくれよ!」
「合点承知!」
ユウキさんが剣……いや刀を手に飛び上がる。おそらくウィーサさんが肉体強化の魔導を施しているのだろう、見上げるほどの竜巻の頂に至るほどの高度から剣閃を放つ。拮抗していた竜巻は二つに割れ、僕とアムちゃんの力によって消失した。
「おまけだ!」
そう言ってユウキさんはヘドロの怪物へライフルを向け、弾丸で撃ち抜いた。銃弾はそのまま塊に沈むよう呑み込まれ、ダメージを負った様子は無い。
「……しっかしキリがねぇ。これじゃあ対症療法もいいところだ。本体へ攻撃しねぇと、永劫繰り返しになんぞ。」
あれだけ生き藁人形にまみれていたユウキさんは、純白のスーツを穢れ朽ちた幾多もの藁屑で汚し、残った藁人形は数えるほどとなっている。
「ユウキ殿の言うとおりじゃが、既存の魔霊の延長で倒せる敵でもない。悪魔や疫病神……死神とも違う。それに気がかりなこともある。」
「……というと?」
「 いひ イヒ 遺悲 遺悲悲 異火火火火火 乱 爛 卵 」
黒の塊に会話を待ってくれる高尚な精神などあるはずもなく、攻撃は止むことがない。暗雲が空間を覆い付くし、人の身程の血濡れた目玉が無数に現れる。暗闇から浮き上がった目玉は、よく熟れた果実のごとくゴロリと地に落ちる。
『 認知 情動 意欲 自我意識 以上の喪失及び耗弱能力を確認 』
『 ……稚拙な幻覚・妄想の術 容易に遮断出来る 』
マリーの麗しい銀髪が逆立ち、僕らに精神保護の加護を掛ける。マリーが言う【稚拙】がどのレベルを差すのかは解らないが、正気を保てるレベルでないことは確か。ゴロゴロと転がる目玉から感じる気味の悪い視線は肌を粟立てるに十分なもの。僕は目を逸らしたくなる気持ちを抑え、剣に天馬を憑依させ、闇を斬り裂き目玉を刺し潰す。
「んで、話しの途中だったな。気がかりっていうと?」
ユウキさんも目玉を撃ち抜き、アムちゃんも聖獣を憑依させ裁きの光で闇を祓う。
「あの怪物からは微塵の知性も感じない、他者を呪う事しか知らん憎悪と怨嗟の塊じゃ。……ユウキ殿を呪った相手、この場へ誘った案内人がヤツだとは考えにくい。」
「……ジュニアは他にも、このような怪物に近しい存在が居ると言うのかい?」
「悲観的な仮説に過ぎんがな。こやつを倒して万事解決ならばそれに超したことはないが……。」
『 いいえ アムちゃんの見立ては間違えと言って良い 』
アムちゃんの仮説に異議を申したのは、麗しい銀髪を逆立て禍々しい呪いの気配を振りまいているマリーだった。
「……聞こう、どういう事じゃ?」
『 アレは知性が無いのではない 我々と思考・思想が激烈かつ不可解な類にあるため 理解が及ばないだけ 』
『 逸脱した正気は 理解不能な狂気となる 』
「ではユウキ殿を呪いへ誘った事由はどう説明する?」
『 アレは怨嗟と憎悪の集合体 それも複雑に入り組んだ 絡まりすぎた糸 』
『 しかし一つの目的に集約されている そのためならば理性も働かせられる 』
「……一つの目的?」
『 国へ 人へ 災いあらんこと 』
「ますます解らんな、ユウキ殿を呪うために頭を働かせた者とアレが同義とは。」
『 言ったはず 〝理解が及ばない存在〟と 』
「ごちゃごちゃ解んねぇけど、ぶっ倒せば解決ってことでいいんだな!?」
『 そう そしてもう 終わる話 』
「あ?」
『 突発的連鎖性不安恐慌処置…… 流石に時間が掛かった でも終わり 』
うふふ
マリーが鈴の様に可憐な声で不気味に笑うと、黒い塊が空間を劈く様な雄叫びを挙げた。老若男女の大絶叫という有様で、僕たちは思わず耳を塞ぐ。そして……黒い塊からひとつ、ふたつ、四つ、八つと次々 瘡蓋が剥がれるように肌が乖離していき、淀んだ黒い靄だけが残った。
『 主 始末を 』
僕はマリーに促され、同じく立ち上がったアムちゃんと共に聖獣を憑依させ、黒の靄……かつてない瘴気の根源を浄化させた。
◇ ◇ ◇
僕とアムちゃんで浄化し、隔絶された白の空間は静寂を取り戻す。先程まで激戦を繰り広げていたとはとても思えない、静謐な空間だった。
「……マリー、今度は何をしたの?」
主として式がどんな術式を行ったのか、皆目検討もつかないのは如何なモノかと思うが、解らないものは仕方がない。それに皆も同じ気持ちだろう。
『 簡単なこと アレは憎悪と怨嗟を一つの目的とした歪な集合体 』
『 一つのようで一つでない 一つでないようで一つの存在 』
「霊魂と魔霊のキマイラに近しい存在と言う訳か……。」
『 その通り 憎悪と怨嗟で縛られた多頭同一体 』
『 そこで一つ呪いを掛けた 感染する憎悪・怨嗟の増強 』
「簡単に説明してくれ、訳わかんねぇ。」
ユウキさんは僕たちの代弁をするように、マリーへ説明を求めた。そしてマリーの一言は確かに解りやすいものだった。
『 集団ヒステリー とても強力な 』
◇ ◇ ◇
「あらお帰りなさい。随分ボロボロね、街に被害は無いわ。無事倒せたの?」
アミーさんは銀時計を閉じて時の封印を解き、僕たちに労いの言葉を掛けた。
「アミー殿、助力感謝する。レイチドもよく妙案を出してくれた、最早封印を解いても問題なかろう。」
「あら?そうすれば地図に〝ありもしない土地〟が出てくるんじゃないの?」
「空間断裂で歪めていた土地を元に戻すだけじゃ、不自然に白い空き地が出来るが……。アミー殿、ひとつ勝手な願いをしたい。」
「記録や記憶の改竄をするから、ここにわたしのお店を出して欲しいってとこ?」
「……流石理解が早くて助かる。文字通り〝訳あり〟の土地じゃ、事情を知っている者が使うに超したことはない。無理強いはせん、最悪テグレクト邸の別邸を建てても良いのだが。」
「そうね、じゃあ条件が3つ。」
「聞こうか。」
「1つ、わたしが口外しないように、あなたたちもわたしの存在を口外しない事。」
「ふむ……。」
「2つ、店が建ち次第、再度空間断裂と封印を施すこと。……といっても最低限で十分だわ、あなた達を信用していない訳じゃないけれど、流石にそのままじゃ夢見が悪すぎる。」
「よかろう。」
「3つ、わたしの店から時計を買う時、値引きもぼったくりもしない。」
「……は?」
「言った通りよ。今回の功績という理由でわたしに金銭を付与されるのは何となく嫌だもの。」
「あ、ああ。それでいいならば。」
「じゃあヤーさん、この場所に決めたわ。建築商会その他諸々手続きお願い。」
「おう、まずは事後処理が収まってからだな。まぁそれまでゆっくりしてくれ。」
「はいはい。」
……カリフ東一番通り6番地、そこに赤渕眼鏡を掛けた時計職人の女主人がいる。名前は【ササヤ時計店】。その開業数ヶ月前の出来事だった。




