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賢人の家探し ⑤

 テグレクト邸の正面玄関、僕たち8人みんなが揃い、ウィーサさん謹製きんせいの禁忌の魔導が施された防具……生き藁人形に自分の髪と爪を入れ、血液を一滴垂らして身体に括り付ける。マリーだけは〝わたしには無意味な魔導〟とのことで、装備していない。


  ……そもそもマリーが流血しているところなど見たことがない。マリーの指腹に針をさせば赤い血が流れるのだろうか?とても恐ろしい実験で試す気にもならない。


 今回の討伐行動は、今までの襲来や依頼から始まった望みもしない冒険とは根本から異なる。


 1つ、空間断裂と封印……それも先代テグレクト=ウィリアムが施した生半可な術式ではない、〝本来認識も出来ない空間〟へおもむく事となる。相手が最も力を発揮するであろう場所へ、いざなわれる事が解っていて出陣する。


 何しろ場所を案内出来るのは、黒幕に魅入られているモリイ=ユウキさんだけなのだ。呪いが暴走しユウキさんが亡くなれば、僕たちが出来るのは封印が完全に解け、厄災をばらまいた後となる。情報収集に回せる時間が無い。


 〝万全を期す〟ということは、ユウキさんの命と、後手に回る恐怖を天秤に掛けなければならない。そしてアムちゃんは、情報が不完全でも8人で戦う決断をした。


 2つ、決戦の地がカリフの街、その要所であること。


 今までしくじれば王国が危機におちいっていたであろう討伐は多々あった。今考えれば、街を巻き込んでいたかもしれない危険は枚挙に暇が無い。


 しかし今回は、ユウキさんが〝店を出すには良い土地〟と判断したように、通関が近く、人通りも住民も多いカリフ東1番通り。90年前に存在を抹消された〝6番地〟。地図上に存在しない閉鎖された空間。僕たちの奮迅によって、街そのものに被害をもたらす恐れがある。


 3つ、相手の脅威が未知数である。


 霊魂レイス魔霊ゴーストの怨嗟を累積るいせきさせた存在……。僕たちに与えられた情報とはこれだけだ。それも推測の域を出ていない。ただでさえ魔霊ゴーストとは、時に金色竜王さえも凌ぐ、最高位に数えられる厄介な魔物だ。


 その怨嗟を約90年以上に渡り、蠱毒こどくの要領で累積させる。どんな禍々しい魔物……否悪魔と定義すべきか。どのような力を発揮するか想像も付かない。


 ……それでも僕たちは挑む、天馬・箒・ガルーダ・風竜に各人を乗せ、僕たちはカリフ東1番通り6番地へと飛び立った。


 ◇   ◇   ◇


「……とまぁ、この商会が俺に依頼をしてきた【ユーリ不動商会】だ。」


 ユウキさんは不安げを隠せない様子で呟く。当然だ、僕たちに〝そんな商会は見えていない〟。あるのは地図と同じ、〝五番地〟の角に存在する行商人や観光客のための旅館だ。人通りも多く、街の要所らしく賑わっている。僕たちはウィーサさんの〝不可視魔導〟で姿を消している状態だ。


「僅かだが確かに、封印と空間断裂のほころびがある。言われなければ気がつかなんだ。わたしも未熟じゃな。」


 アムちゃんが手をかざし、その正体を察する。


「ジュニア、中には入れそうかい?」


「潜れるほどの丸穴を作るのは容易であるが、街に瘴気が漏れ出すことは避けたい。即座に再封印と空間断裂を施す必要がある。ウィーサ、協力してくれるか?」


 ウィーサさんもその綻びに気がついているのか、冷や汗を流しながら静かに頷いた。


「わたしとレイチドちゃんはここに残るわ、戦力にならないし……ちょっとした実験があるの。」


「実験?」


「ええ、レイチドちゃんが面白いことを考えてね。再封印とやらが終わったら合図を頂戴。上手く行けば一番懸念している街への被害が抑えられることを約束するわ。」


 アミーさんは銀時計を愛おしそうに撫でながらそう言った。ここで敵前逃亡だと罵る愚かな人間はいない。相手は〝時の賢人〟、策があるならば乗ってみようではないか。


「……解った。レイチドとアミー殿はここへ残ってくれ。壺の蓋が閉まれば合図する。」


「そう、助かるわ。」


 アムちゃんは数珠式の紋章を無数に射出し、一部が旅館の横壁に引っ掛かったのを確認。そのまま詠唱を口にした。すると人1人屈めば通れるほどの丸い穴が出来上がり……。突如真っ黒な瘴気が恐ろしい勢いで噴出する。


「今じゃ、入るぞ!」


 噴出した黒の瘴気を紋章で抑え込み、アムちゃんは突入を決断。僕もマリーに手を引かれ即座に丸穴へ侵入する。既にウィーサさんの生き人形が2つ3つと藁が黒にけがれ朽ち落ちている。真っ暗闇と噎せ返る瘴気の中、マリーの柔らかな手だけが感じられる。


「入り口を封鎖する。ウィーサ、合わせてくれ!」


「あいよ!……心に炎を宿したもう。」


 アムちゃんは暗闇でも燦然と煌めくほどの真っ赤な術式を編み込み、綻びへ再封印を施す。そしてウィーサさんは魔力を爆発的に上昇させ、空間断裂の魔導を何重にも張り巡らせた。


「一旦瘴気をはらう!アミー殿への合図にもなろう。」


 アムちゃんは聖の神獣ガイアを憑依させ、そのまま全身を真っ白な光で覆った。すると暗闇は晴れ……、外部から断絶された、ただただ真っ白い空間が広がる。敵の姿は見えないが、アムちゃんのガイアですら瘴気を完全に祓えていないあたり、何処かに身を隠しているのだろう。


 そして断裂された空間から見る外部に変化があった。先程まであれだけ賑わっていた人々が人形の様に動いていない。先程の入り口を見ると、ひとりだけ動く影……。アミーさんの銀時計が純白のオーラを出してきらめき、見えない僕たちに対し笑顔で手を振っている。


「……なるほど、断裂された空間以外の時を止めたのか。」


『 この世にこれほど固い壁はないわ 安心して戦って ですって 』


 マリーが読口術からアミーさんの言葉を代弁する。


「凄い、わたしたち以外の時間……動となることわりを停止させたんだ。確かにこれ以上固い物質は世界を探してもないね。〝動かしようがない〟んだから。」


 ウィーサさんが感嘆するように壁を叩いて言った。文字通りここは世界から断絶された空間、閉鎖された壺の中。直後、空間中央から禍々しい黒の瘴気が竜巻のようにうねる。そこには魔霊ゴーストと呼ぶには余りにも悪意に充ち満ちた存在がドロドロとうごめいていた。


「……黒幕の登場じゃな。」


 そして、真っ黒いよろずの剣が突如として現れる。剣は僕たちに狙いをさだめ、一斉に射出された。

 

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