賢人の家探し ④
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この世に蔓延る厄災は、枚挙に暇が無い。いつかお伽噺で聞いた、『小さな葛籠に幸せが入っていた』という話も納得だ。厄災を集めたパンドラの箱は小さな箱に収まらぬ、さぞ大きな葛籠だったに違いない。
……着想はそんな些細でつまらぬ戯れ言からだった。
東西戦争が終結し、忌まわしき西デラス王国が愛する祖国を我が物顔で蹂躙すること60年の歳月が過ぎた。燻り狂う火種は消える事こそないが、目に見える勢いで収束していることは認めなければならない。叛乱を目論んだ勇者は悉く処刑され、自らの矜持を捨てた〝王国民〟だけが生き残った。
……そんなご時世、不甲斐ないことにカルト教団と同義に数えられる〝革命家集団〟に名乗りを挙げる者というのは、この世の全てが憎らしく、何を憎んでいるのかも解らなくなり、全てを滅ぼしたい大罪に近しい欲求に支配された者が多い。その怒りを国にぶつけている、本来の革命精神とは乖離した者達といえる。
・〝防疫〟という理由で疫病が蔓延した村を丸ごと封鎖され、両親・愛妻・愛娘の最期さえ看取れなかった騎士。
・東王国に代々祀られていた祠を見られたが為、〝西デラス過激派〟に、両親を惨殺され孤児として生きた若者。
・先祖の名も墓碑も記すことが許されなかった王族の末裔。
・〝敵国貴族の血脈〟であったが故、まともな仕事にありつけず、マフィアに囲われ春を売って生活していた少女と少年。
・〝国の名誉〟の為だけに編制され、無謀で絶望的な作戦の最前線にて四肢と戦友を失い、己が魔力のみで亡霊が如くやってきた元魔導師団の長。
我が拙い集団の支団長、その来歴を羅列するだけでもこの有様だ。最早革命組織と言うよりも、反社会的群衆の扶養組織となって久しい。純粋な革命に燃え剣を取る者は少なくなり、マフィアや麻薬カルテルと結託せねば存続も危ういのが、革命組織の現状だ。
わたしは当初 『革命は剣から生まれる』 という論調に懐疑的であった。戦争は終わり〝平和〟と定義される時代だ。そんな中、戦争を大ぴらに吹聴するなど、民衆の支持を手放すだけだ。革命は民衆から自然に湧き上がるものでなくてはならない。
だが幾ら国が掲げる美辞麗句の矛盾を説こうと、〝平和〟と定義されるこの国がどれほどの危険を孕んでいるか説こうと、人々は耳を貸さない。次第にわたしは民衆が肉屋を支持する豚に見えて仕方が無くなってきた。
豚に説法を説いても仕方がない、聞く耳を持ち合わせていないのなら、肉挽き器へ入れて己の無知と愚かさを教え込む他に無いだろう。
それからわたしは悪魔に魂を売る研究を始めた。この世界に厄災をもたらすため、地獄を破壊するため、魔導・召喚術だけでなく、呪術・降霊術まで様々な文献に手を出した。そして冒頭に記した言葉で1つの可能性を見出す。
霊魂・魔霊を用いた呪術……蠱毒を行う実験である。同志の中から志願者を募り、この世に怨嗟を遺しえる人材を隔絶した空間へ閉じ込めるというものだ。
……共に呪い合うまで半年を要したが、その効果は驚くべきモノだった。ただの霊魂10体が共に呪い合うことで怨嗟を累積させ、最後に残った一体は百の病を操り、飢餓をもたらし、祟れば絶望による死をあたえたもう怪物に変化した。
人工的に悪魔さえも造り上げられる。そう確信するには十分だ。ただし生半可な設備では怨嗟が累積する前に漏れ出してしまう。その施設……共食いに至る壺が必要だった。わたしは一計を案じた。
なんてことはない、敵に〝絶対漏れ出さない封印〟を作ってもらえばいいのだ。街のど真ん中で盛大に霊魂騒ぎを起こそう、さすれば大急ぎで封印に乗り出すはずだ。一々討伐していれば、被害が幾ら広がるか解らない。封印を施すとなれば、侵入は容易だが、脱出はほぼ不可能なものとなるだろう。……わたしの計画する場としてこれほど最適な場所はない。
向こうも1000を越える霊魂や魔霊が封印の中に入り込むなど、思いもしないはずだ。幸いなことに、我が集団は怨嗟に満ちた人間で溢れている。同志たちを拷問に等しい方法で殺害するのは、中々に骨の折れる作業だった。
わたしは封印の施された場所で、同志を呼び寄せる道しるべとなろう。そしてわたしも、結界の中で命を落とそう。この遠大極まる計画が実を結ぶのは何十年・何百年後になるか解らない。
西デラス王国に、災いあらんことを。
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