賢人の家探し ③-2 各自の準備
傭兵モリイ=ユウキはウィーサ謹製、禁忌の術式を編み込んだ生き藁人形を身体中に纏わされ困惑していた。
「なぁ、俺は別に生鮮食品として出荷される気はねぇんだが。」
……普段買っている防護の藁人形と作製方法の機序から異なり、身にまとう人間の髪・爪・血液を内包することで〝身代わり〟とする生きた藁人形。
四英雄魔導師イリー=コロンが着想し、ウィーサが実用化させたある意味で非人道的とも言える魔導はテグレクト=ウィリアム・ジュニアやマリーすら感嘆させた逸品だ。
「アムちゃんやマリーさんの話し聞いてたでしょ!?一番魅入れて身が危ういのはユウキなの!これでも不安な位なんだから!」
ウィーサは徹夜で生き藁人形を3箱分作り上げ、内2箱分をユウキに装備させた。何しろ向かう場所が場所……、高位の術師が掃いて捨てるほどいるカリフの街で〝呪いの気配〟さえも感知させない【街中にある悪魔の城】だ。
「それと剣……刀だったね、こっちにも対 霊魂・魔霊の浄化魔導を浸して置いたし、銃弾は全部魔導銀と浄化を付加させてる。」
「そいつはどうも……。悪いな、ウィーサちゃんまで巻き込む事になって。」
「90年も危険を放っておいた王国が悪い話し、ユウキは落ち込まない!アムちゃんのご先祖様……イリー=コロン様の仲間ですら討伐し損ねた相手なんだから、【魔女】を継ぐわたしが動くのは当然だよ!」
「頼もしいこった。俺もやられっぱなしは性に合わねぇ、一発ぶちこんでやるよ。」
「うん、じゃあ行こう!」
モリイ=ユウキは武器を、モリー=ウィーサは箒を持ち、正面玄関へと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
【探偵捜索室】……レイチド=キャンドネストの仕事部屋。そこで〝時の賢人〟アミー=ササヤは胸に提げた銀時計を撫でながら、様々な文献を見つめていた。
「封印は解るけれども〝空間断裂〟って言うのは初耳ね、魔導が進化した世界とは思っていたけれど、一般的なのかしら?」
「いいえ、最低でも単身で詠唱も媒体も無く空を飛べるレベルの高位の魔導師でしか出来ません。文字通り空間と空間の繋ぎ目に亀裂を入れ、時空そのものをねじ曲げる魔導です。」
「詳しいのね。」
「ウィーサ……あの紫帽子にローブの子から聞きました。あの子レベルになると二重・三重にも掛けられるのですが、彼女は別格なので。」
レイチドも文献を読みながらアミーの話しを伺う。……彼女は自分が無力であることを知っている。探偵や捜索者として名は売れて来ているが、戦闘となれば魔導剣士として3流を抜け2流に足を掛けた程度だ。だからこそ、自分は〝知恵〟と〝洞察〟で此度の戦闘に役立てればと考えている。
「まぁいざ全滅しそうになったら全員逃がす位のことはしてあげる。……わたしが生きていればだけでど。」
「時を止める能力ですか……。」
……レイチドは小考し、1つの作戦を思いついた。
「アミーさん、あなたの力ですが、一部の時間だけ止めることは出来ないのですよね?」
「ええ、残念ながら。」
「では、〝断裂された空間の時間だけ止める〟というのは?」
「それは……、試したことが無いわ。」
「大博打ですが、もし可能ならば我々は……。」
◇ ◇ ◇
テグレクト=フィリノーゲンの私室兼仕事部屋。そこにテグレクト兄弟が集まっていた。
「兄上、ひいおじいさまが〝討伐に失敗〟し、尚かつ〝失敗した事実を後生に残さない〟などあり得るか?」
「認めたくないが、実際あったのだから仕方がない。90年前と言えば、自らが封印に入る直前だ。」
「如何に延命の術式を組むことに急がしかろうと仕事に手を抜く性分ではない、それは兄上も知っているだろう。」
「ああ。だからこそ引っ掛かる。曾祖父は自らの肉体を凍結させ、精神体として生き延びている間、僕ともジュニアとも接していた。しかしカリフの街に、解ける可能性が有る封印がある事実は話されたことがない。……つまり曾祖父の中では〝終わった事件〟だったということだ。」
「ひょっとすれば、ひいおじいさまさえ、一杯食わされたのではないかと考えておる。」
「というと?」
「蠱毒の要領で霊魂・魔霊の怨嗟を累積させる……。なるほどどんな呪術よりも禍々しく恐ろしい。だがひいおじいさまが討伐したのは本当に〝最後に残った一体〟だったのか?とな。」
「実験を行った場所は1つでなかったと?」
「むしろ討伐・封印した場所こそ〝実験場〟で、本来の目的が〝壺の中の共食いが終了するまで、90年以上の歳月を掛けるほど膨大な怨嗟の累積〟を呼ぶ蠱毒であったら……あれほど途方も無い、残り香だけでの呪いも納得出来る。」
「……。」
「第46代テグレクト=ウィリアム直々に施した空間断裂と封印の地……蠱毒の壺としてこれほど最適な場所も早々無いだろう。行き場を失った怨嗟の塊たる霊魂・魔霊は互いを呪い、殺し合う。」
「……その推測が本当だとすれば、我々の曾祖父は道化にされたも同然だね。」
「思った以上に厄介な仕事になりそうじゃ。」
「決戦の場所はカリフの街中……。非情な決断をしなければならない恐れがある。」
「兄上……。」
「どうした、ジュニア?」
「シオンやマリー、ウィーサにレイチド、ユウキ殿、挙げ句アミー殿……それらが味方してくれることに安堵しているわたしは、テグレクト=ウィリアム失格なのだろうか……?」
「今までジュニアは1人で出来ることが多すぎた。仲間を持つことに困惑しているのは僕も同じさ。でも、ジュニアがみんなを信頼しているように、みんなからもジュニアは信頼されている。その信頼を裏切らないよう、ジュニアも考察と努力をしている。立派なものだと僕は思うね。」
「ふむぅ……。兄上に弱音など、どうやら想像以上に緊張しているようじゃ。ユウキ殿の言葉を借りるなら〝ガラでもない〟わ。さっさと討伐してしまおう、約束の時間まで間もなくじゃ。」
「ああ、僕も微力を尽くすさ。」
◇ ◇ ◇
うふふふふ
不気味で可憐な笑い声を漏らし、マリーは栗色の髪を慈愛に満ちた様子で撫でる。膝には愛しの主……シオンが寝息を立てていた。霊魂・魔霊に有効な聖を司る神獣天馬を式とするシオンは〝剣に天馬を宿す練習〟や〝裁きの光の練習〟をしようとしていたが、決戦を前に体力を消費するなど愚の骨頂と止められ、不安に押しつぶされそうになっていた。
そんなシオンをマリーは抱擁し、膝を貸して寝かしつけたのが先程。
『 あなたは必ず わたしが護る 』
マリーは凶兆を感じつつも、愛しの主の前で決意を固めていた。




