賢人の家探し ③
テグレクト邸会議室。そこには僕たち6人の他に、傭兵モリイ=ユウキさん、〝時の賢人〟アミー=ササヤさんが席に座っている。
事の発端はテグレクト邸を訪れた2人……ユウキさんとアミーさんが〝正体不明の呪い〟に冒されていたこと。フィリノーゲンさんがその呪いに気づき、アムちゃんが一時的な解呪を行ったが……。
「あくまでわたしが解呪したものは【呪いの残渣】……即ち、何物かが付けた残り香でしかない。それでも2人に……特にユウキ殿に癒着した呪いは、下手な疫病神の本体をも凌駕した。それに、呪いの気配は既に感じ取れないというのに、脳神経に微弱な呪いが癒着しているのか、ユウキ殿の行動は〝普通でない〟。そして常軌を逸脱した行為にも関わらず、マリーですら精神の異常は感じ取れないという。」
解呪後、鍛錬場で見た光景……。ユウキさんが〝通信の式〟と言って取り出した白い板が置かれる。ユウキさんはこの木の板で〝一体誰と話していた〟のか、アムちゃんはおろかマリーでも解らないという。
アムちゃんの言葉に続いてみんながマリーを見る。こと〝精神を操る〟に関しては、右に出る者がいないマリーだ。そのマリーがユウキさんの精神に【正常】のお墨付きを付けた時は、誰もが肝を冷やした。
『 彼なりの〝正気〟に基づいた〝狂気〟の行動 』
『 妄想でも幻覚でもない 彼には本当に 〝声が聞こえ〟〝有りもしないモノが見えている〟 』
「……横やりを入れるようで申し訳ない。それを幻覚・妄想というのではないかな?」
フィリノーゲンさんはみんなの疑問を代弁するようマリーに問う。その通りだ、〝有りもしないモノが見えて聞こえている状況〟を【幻覚】というのではないのか?
『 幻覚とは神経に変性を来たし〝ありもしないものが〟見えている状況を言う 』
『 しかし彼の神経は変性を起こしていない つまりは 』
『 彼の精神は今 わたしたちと乖離した世界にあると言って良い 』
「……アミ、すまねぇな。気味の悪ぃ厄介事に巻き込んだみてぇだ。」
ユウキさんは心底気味が悪そうに頭を振り、アミーさんに謝罪した。
「厄介事に巻き込まれるのは慣れてるわ、なってしまったものは仕方がないのだから、落ち込まない。こっちまで滅入るわ。それにしても呪いねぇ……。わたし、このヤーさんの家からほとんど出ていないわよ?何でわたしにまで憑いているの?」
「それについては兄上から話して貰おうか……。」
解呪の時、そしてその後、レイチドとフィリノーゲンさんは唯一の情報、【カリフの東一番通り6号地】についてを古書庫で捜索していた。
「まずユウキ殿に残酷な話しを……。ユウキ殿が言っていた【ユーリ不動商会】だが、90年前に〝消えた〟商会だ。消えたというのは文字通り、商会の組合員全員を巻き込んだ神隠しさ。ユウキ殿は何処でその存在を知った?」
「何処も何も……アミの家を探してブラブラしてたら声を掛けられてな、〝良い土地がある〟と案内された。数回しか関わりは無ぇ商会だったが、東一番通りと言えば通関も近いし、行商人も多い。時計屋やるならここがいいかなと。」
「案内した人物の名を覚えているかい?」
「それは何度か護衛仕事を依頼された事のあるおっさんだ、アウグスト=リウス。スラムに家を建てる仕事の時とか、夜間スラムのガキや盗人が悪戯しないよう見張る依頼を受けてたな。」
「ふむ……。」
「そんな人間存在しないってか?……何だってんだ本当に。」
「いや、存在した。ただ〝不動産商会の長〟という名ではない。90年前カリフに存在した反国家集団の長の名だ。」
「……はぁ?」
「当時は東西戦争を終えてまだ60年……。今以上に革命の灯火や打倒西デラス王国を謳う者が多くいた。彼はその中でも優秀な術師であり、首に懸賞金も懸けられた危険人物だった。ああ、遅れてしまったね。僕とレイチド君でまとめた情報だ。」
僕たちの手元に紙が配られる。似顔絵になっているのは丸坊主の眼鏡を掛けた割腹の良い、壮年の男性。【ソノ首モチシ者ニ金200ヲ配当ス】とある。90年前ということを加味すれば、現在の価値で金貨3000枚近い一級品の賞金首だ。
「ふむぅ……。結局この男は何をしたのじゃ?」
「今順番を追って説明するよ。ユウキ殿は霊魂やゴーストという魔物は知っているね。」
「ああ、レイスは如何にもな幽霊で、ゴーストは肉体そのまま持った魔物だろ、えれぇ強いのが多いヤツ。」
「そう、両方この世に怨嗟を遺し、死に魅入られ、生有る者を妬み、死を振りまく魔物だ。両者の違いは生前、〝人の形を保てるほど高位の能力を有していた〟かどうかだけだ。」
「ふぅん。俺を誘ったのはその革命家様のゴーストって訳か。」
「推測だが、その可能性が高い。そしてこの男が行った事だが……。確かに〝不動産商会〟を表の顔として営んでいた。その上で、その生涯を懸けとんでもない実験を行ったと曾祖父の記録にある。」
「なるほど、見えてきた。」
アムちゃんが何かに感づいたらしく、眉間にシワを寄せ偏頭痛を起こしたように片手で頭を抱えた。
「蠱毒という呪術は知っているかい?」
「コドク?ああ、あの沢山の毒虫を壺に入れて共食いさせて、最後に残った虫を……ってやつか?」
「そう、アウグストはその蠱毒をレイスとゴーストで行った……とある。最期は自らもゴーストになってね。おそらく〝不動産商会〟をやっていたのは、その場所を確保するためだろう。先程も言った様に、レイス・ゴーストとは怨嗟の塊だ。共食いした怨嗟は累積され、蠱毒最後の虫が如く、疫病神や悪魔にも負けないほどの恐ろしいゴーストが出来上がる。いや、既に悪魔と定義していいだろう。」
「カリフの街中に悪魔の城が有ったって事!?90年前でしょ?何か対処しなかったの?」
「した、我々の曾祖父……第46代テグレクト=ウィリアムが討伐したとある。」
「ひいおじ……曾祖父が取り逃したのか?英雄の末席に連なる身じゃ、90年前ならば60~70歳か、年老いていたとはいえ生半可な術師ではないぞ。」
「討伐後、跡地が悪魔の城とならないよう空間断裂と封印を施したらしい。それが……。」
「〝カリフの東一番通り6号地〟か……。つまり俺に〝レイス退治〟を依頼したのは、俺を使って封印を解こうとした訳か?」
「そういう事になる。ユウキ殿が魅入られたのは……申し訳ないことに我々だ。どうやって知ったか、残り香から感づいたか解らない、我々テグレクト一族と繋がりのあるユウキ殿を餌に引っ張り出そうとしたのだろう。」
「引っ張り出す?」
「我々の曾祖父が施した封印だ。その封印が解けかけているとなれば、我々が動かないとならない。」
「舐められたものじゃ、二度も討伐されたいらしいな。ユウキ殿を元に戻す義務もある。……二度と目覚めぬよう今度こそ地獄へ叩き落としてやろう。」
「なるほど……。俺はまんまと人質に取られた訳だ、癪に障る。俺もあのハゲに銃弾ぶち込んでやる。」
「……ユウキを、許せない!レイチドも行くよ!」
「わたし足手まといにならないといいけれど。」
「まぁ事の発端はわたしの家探しみたいだし……。わたしも協力するわ。何が出来るか解らないけれど。」
「マリー、僕らも行こう!」
『 ええ 死後の怨嗟 その累積…… どれほどのものか楽しみ 』
うふふふふ
「では行こうか【カリフの東一番通り6号地】へ。」




