賢人の家探し ②
伝説の召喚術師の館、テグレクト邸。その一室には召喚術師の館に似合わぬ【魔導実験室】が置かれている。
一般人が見れば用途のわからない複雑な最新鋭の魔導実験器具が多数 揃えられ、棚には酸や硫黄や黄麻などといった、魔導研究の基礎材料は勿論のこと、四大精霊の涙・大天使の羽・魔石に至るまで……。
奥を覗けば。巨大なV字をした攪拌機・東西南北各地から集めた薬草や毒草・香木。そして大きな本棚が8つあり、どれもタイトルからして難しそうな分厚い魔導書や〝記憶で書いた四英雄魔導師秘伝の書〟等々が一杯に埋まっている。物によっては2,3売るだけで一生遊ぶことも出来るだろう。
ここは魔女モリー=ウィーサの研究所。そんな薬品臭い部屋に、白いスーツと紫のYシャツ姿に細身ながら鍛え抜かれた体躯の男性……傭兵モリイ=ユウキが訪れていた。
「やっほーー!ユウキ-!そろそろ来る頃かなぁ?って思ってたよ!」
「疑問符付けてんじゃねぇよ。全然思ってなかっただろ……。」
大きな合金ケースを持っているユウキがため息混じりに返答する。
モリイ=ユウキが扱う武器……拳銃・ライフル銃の弾丸・閃光弾・手榴弾・射出機能付きナイフ・煙幕、ガスマスク・対物理・対魔導の藁人形といった防具、バイクの魔力供給まで………。ユウキはそのほとんどをウィーサに協力してもらっている。
「とりあえず……いつもの。防具、銃弾一式を4セット、それと対 霊魂弾を頼む。あと刀にあれだ……浄化の魔導とやら掛けてくれ。」
「はいよー!」
武器は弾丸だけにとどまらない、元々持っていた拳銃は大改造され、ライフルに至ってはウィーサのお手製だ。ウィーサがユウキからの口伝と、元々持っていた拳銃を参考にして作製した特製品であり、弾丸もウィーサか、余程高位の魔導師・魔導工学士が現物を見ながらでなければ作れない。
未知なる魔導工学品作製に熱を燃やしたウィーサはさまざまなバリエーションの弾丸を作製し、軽く羅列するだけでも……
・貫通力を強めた鉄鋼を魔導銀で完全に覆った弾丸
・傷口を広げ殺傷力を強める目的で、着弾と同時に弾頭がつぶれ花のように広がる弾丸
・着弾と共に爆発を起こす榴弾
・射出と同時に魔導を封じる呪縛樹が網となって開く弾丸
・威嚇、訓練用の澱粉弾
・生け捕り又は沈静用のゴム弾
・煙幕弾
・催涙弾
・ガス弾(麻痺・睡眠・混乱が付属)
・浄化の魔導を付随させた対アンデッド弾
・銀で作られた大蒜の花弁入り対ヴァンパイア弾
……等々。
本来〝本物のライフル〟にこれらの弾丸を全て装填することは不可能だが、何分ウィーサがユウキ聞きかじりから作り始め、独自の進化を遂げたライフル銃故、空間変異を含む多くの魔導が付加されており大きさの違う弾丸まで一度に装填・射出が可能だ。
「んでユウキ、霊魂退治でもするの?」
「ああ、アミの家を建てる場所なんだが曰く付きでな。幽霊退治してくれれば金貨2000枚はする土地を200枚で売ってくれるって話しだ。」
「ふーん、コトボ?王都?」
「いや、カリフの東一番通り6号地って言ってたな。」
それを聞いて、防具や武具の準備をしていたウィーサの手が止まる。
「……アミーさんは今何処?」
「入り口まではバイクで付いてきたんだが、フィリノーゲンの兄さんに呼ばれたみたいだ。用件は知らん。」
「その土建屋さん教えて、あとでキッツイ罰を与えてやる。」
「おいおい、どうした?顔が怖えぞ。」
「ユウキ!いいからアムちゃんのところまで行こう、不甲斐ないけれど、わたし解呪は専門外だから!」
「だから何だっての!?」
「ユウキは嵌められたの!カリフの東一番通りに【6番地】なんて存在しない。【5番地】の次はない……。ユウキがその有りもしない存在を認識したということは〝ナニカ〟に魅入られたってことなの!!!」
◇ ◇ ◇
テグレクト邸鍛錬場、〝時の賢人〟アミー=ササヤさんはマリーによって眠らされ、アムちゃんの手によって解呪を受けていた。赤い編み込み術式を成した数珠状の紋章が螺旋状にアミーさんを覆い、黒い穢れにも似た靄が身体から排出されていく。
「ユウキ殿はウィーサのところか……ならば直ぐに血相を変えて連れてくるであろう。詳細も伺いたい。」
「ねぇアムちゃん、これ……何?」
「呪いじゃ。それも本体が憑依した呪いでなく、残渣だけでこの影響力……。悪魔か疫病神に匹敵する。マリー、精神の影響は?」
『 正常の範囲内 精神を荒廃させる因子は無い ……今のところ 』
「ふむぅ、兄上が呪いの気配に気がついて良かった。しかし何があったのだ?」
バン!と勢い良く鍛錬場の扉が開き、アムちゃんの言ったとおり血相を変えたウィーサさんが、困惑気味のユウキさんの手を引きやってくる。
「アムちゃん!ユウキが!」
「ああ、解っておる。……ユウキ殿、少し眠っていてくれ。」
『 傾眠陶酔処置…… 』
ユウキさんはマリーの呪いによって、そのまま深い眠りについた。
「睡眠魔導ならわたしが……。」
「万全を期す必要がある。ユウキ殿もアミーも魔力こそ持ち合わせておらんが、両方異能力を持つ転移者。癪じゃが魔導による睡眠では解呪に差し障りが出る。」
アムちゃんはアミーさんに行った様、ユウキさんにも同じ解呪を施す。すると先程アミーさんから出た倍以上の瘴気を孕んだ禍々しい靄が竜巻のようにうねり、突風の如く飛び出した。
「やはり根源となる被害者はユウキ殿の方か……。マリー、2人を起こしてくれ。」
パチン
マリーのフィンガースナップと共に、ユウキさんとアミーさんが同時に目を醒ます。
「あら?ここは……、来たことの無い場所ね。」
「何だってんだ、次から次へとよぉ……。」
『 …… 』
僕はマリーの無言を何処か不気味に思いながらも、とりあえず2人の無事に安堵する。
「ユウキ殿、単刀直入に言う。正体の解らん呪いに掛かっていたので解呪した。何か心当たりはないか?」
「心当たりって……。さっきウィーサちゃんに言われた事だな。アミの家を探すのに土建屋へ相談したんだ。その【6番地】が存在しないっていう話しくらいだな。……いい、ちょっと聞いてみる。」
イラ立ち気味のユウキさんが、胸ポケットから通信の式を取り出し発信した。
「おいコラ!てめぇの紹介した土地だが、予想以上に厄介な事になってんぞ!何が〝軽く幽霊退治してくれれば良い〟だ、呪いだの何だの……」
「ちょっとユウキ……?」
「ユウキ殿、お主……」
「あ?」
僕たちはその光景に戦慄するしかなかった。
「……お主、一体誰と話しておる?」
一瞬通信の式に見えたが……ユウキさんが胸から取り出したのは、白いただの木の板だった。




