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閑話 アムちゃんの夢

 場所はテグレクト邸鍛錬場。部屋全体がロンズデーライトと魔導銀の混合物で作製されていて、召喚術における伝説の系譜テグレクト一族が鍛錬に用いるだけあり、館で最も頑丈に作られている。


「シオン!貴様の天馬は飾りか!?これほどに希有けうな神獣を式にしながら1/100も使いこなせておらん!」


「レイチド!それでは風の精霊の無駄遣いじゃ、風を起こすだけならば団扇うちわでも出来るぞ!」


 ……今日の鍛錬講師はフィリノーゲンさんではなく、第48代テグレクト=ウィリアムを継ぐアムちゃんが直々に行ってくれている。フィリノーゲンさんは学会があるらしく王都へ、ウィーサさんも薬草を採りに出かけて居ない。


 それを聞いたアムちゃんが僕とレイチドの為に一肌脱いでくれた。召喚術師を志す者としては大変名誉な事だが、、、非凡なる身に産まれた性分か、フィリノーゲンさんに比べ指導がものすごく抽象的だ。非才なる身である僕とレイチドにはとても着いていけない。


〝そんなものやれば出来るであろう、こうするんじゃ!〟


 と天馬の〝聖〟の力を発揮する手法を実演しながら言われた時は、どうすればいいのかサッパリ解らなかった。


「ほれ、これ位避けてみろ!下手に当たれば死ぬぞ!」


 と〝アムちゃんなりの手加減〟がほどこされた火玉や剣閃、雷撃、る呪縛樹は僕やレイチドに死を覚悟させるに十分なもの。かたわらには魔髙司祭をたずさえおり、僕らが腕や足の1、2本 不虞ふぐになっても直ぐ回復出来るよう準備を整えているのが逆に恐ろしい。それでもなんとかギリギリでかわし生きていられるのは……


『 主 しゃがんで 頭1つ右に  緑女 腕を引いて 左足に警戒  』


 うふふ


 この状況を楽しんで見ているマリーの誘導指示ナビゲートがあるためだ。そうして湯浴みでもしたのかと錯覚するほどの汗を流し、実践でも無いほどの緊張と体力の消耗を味わい午前の鍛錬を終えた。


「なんじゃだらしない、もう動けんのか。」


 未だ阿修羅を憑依ひょういしているアムちゃんは汗1つかいておらず、崩れ落ちている僕たちにため息を漏らしながら言い放った。


「まぁ、マリーの指示があったとはいえ、わたしの攻撃をかわせる術師など早々におらん。ふたりとも見上げた進歩じゃな。」


 アムちゃんは午前の鍛錬を笑顔でそう〆、僕たちは食堂へ向かった。アムちゃんの足取りは何処か軽く、上機嫌だ。昼食を終えた後、午後は大広間で〝総括そうかつ〟……という名のお茶会と相成った。香り高いお茶が人数分……アムちゃん直々に煎れたお茶と目が回りそうな値段の茶菓子が机に並べられる。


「そう言えばシオンやレイチドは元々術師の家系では無いのだったな?」


「うん、まぁ僕の実家は何処にでもある小さな農業だよ。」


「わたしの家は代々役人ね。子供のころから親が〝役人になれ〟って五月蝿うるさかったし、役人試験科目選挙専属の家庭教師まで付けられていたわ。でも自由な仕事に憧れて〝召喚術師になって、国の専属術師になる〟って適当に理由をつけて王立学園の入試を説得ってところね。……結局留年した上、卒業する前に探偵なんてやってるけれど。」


「レイチドの家もまた面倒そうじゃな。……シオンはまた珍しい、小さな農家の出ともなると入学を志した時、王立学園入試の試験問題はおろか、まず複雑な字の読み書きから覚えなければならなかっただろう。」


 ……僕の産まれた村は簡単な数字や生活に必要な文字を読むことが出来れば一人前で、それすら難しい村人も多くいた。ニュース紙は村長の家の前に掲示され、学のある村人が内容を読み解いて教えてくれる。そんな普通の村だった。


「うん、憧れの理由になった【騎士道物語】だって、未だ童話の方しか読んだことが無いし、自分を鎖で机に縛って勉強する羽目になったよ。」


「……見かけによらず随分と苦労家だったのじゃな。」


「そうでもないよ、やっぱり子供の時からの夢をこうやって実現させられてるのは嬉しい。」


「夢ねぇ……わたしは生まれながら召喚術師以外、道はなかったからな。」


 そういうとアムちゃんは何処か寂しげにカップを眺め、中のお茶を軽く回し揺さぶらせた。


「アムちゃんは召喚術師になってなかったら何になってた?」


 伝説の系譜を継ぐ、12歳の少女に似た少年。万の式を操り最年少でテグレクト=ウィリアムを継承する稀代の天才児。僕は聞いた瞬間、ひょっとしたら怒るかな……と少し後悔したが、アムちゃんは特に怒った様子も無く淡々と話しを続けた。


「……さぁ、考えたこともないな。物心付いた時から召喚術師として道は一本であったし、鍛錬は食事のように日常であった。高位の神や悪魔と接するのも伸びた髪を切る程度には珍しくない、そんな家系じゃ。」


 アムちゃんはそう言って、カップを傾け残りのお茶を一口で飲み干した。


「ほれ、明日には兄上も戻る。そのザマでは鍛錬に支障が出るぞ。今日は早いが休むと良い。」


 ◇  ◇  ◇


  第48代テグレクト=ウィリアムの私室。12歳の少女の様な見た目をした少年、館の……部屋の主が戻ってきた。


 棚には懇意こんいにしている茶摘みから購入した新茶の詰まった様々な瓶が並び、茶器や茶入れの道具も一級品が揃っている。また保存魔導の宝物庫には春夏や秋にとれる茶が新鮮なまま、あるものは熟成された状態で保存されている。


 ジュニアはその中から香りは薄いが独特の風味がある冬育の茶葉を取り出し、丁寧に煎れる。その茶法は熟練しており、下手な喫茶店の店主も舌を巻くであろうが、それを見る者はいない。


「夢ねぇ……。」


 窓際には中庭からいくつか見積もり持って来て、ジュニア自ら丁寧に処置し生けた花々が花瓶に差され、ジュニアは色鮮やかな花々を見つつ呟く。そしてそのままカップを傾け……


「お♪」


 茶柱が立っているのを見て、上機嫌に声をあげた。

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