クオリアの魔 ③ ラスト
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〝妖精とは何か〟
……そう問うと一般の国民はおろか、妖精を扱う専門職、魔導師・召喚術師でさえ正確な答えを示すことは出来ない。
その理由としては〝妖精〟という存在に対する、定義の曖昧さがあるためと小生は考える。古帝国という高度に発達した文明と後生への記述書類が一般的となる以前の時代から、各地で妖精は様々な伝承・詩・歌・劇、はては児童向けの子守歌にまで登場している。
一般に思い描かれる妖精の姿は、蝶の様な羽根を持つ神聖な服を着たコビトであり、性格は善悪の区別無くイタズラをする無邪気な児童というイメージが根強い。
しかし古帝国の時代に〝妖精プーカ〟の騒動が発生したことで、妖精に対する危険視の度合いは飛躍的に向上した。古帝国の領土であった村一つがプーカの厄災に見舞われ、老若男女区別なく村人はおろか家畜や村に生息していた動物や魔物までが姿形に変異を起こした。
村長は人語を話すロバになり、猫は人間の姿となって川魚を追いかけ、6才の児童は野を駆け巡る黒馬へと変貌した。幸い厄災は村一つで収まったが、村人達の変異は当時の錬金術では解呪できず、変異された動物や魔物、美男・美女・醜女・醜男のまま変異を受けた村人たちは生涯を終えた。村人の証言ではプーカは様々姿を変え、魔王のような巨躯から幼い少女の姿まで様々変異を繰り返して誰も本当の姿を見ていないという。
ここで小生に一つの疑問が浮かんだのだ〝何故プーカは妖精として扱われたのか?〟という問題である。一般的に召喚術師が式とする妖精は、風の妖精・火の妖精・土の妖精・花の妖精と様々であるが、プーカは自然物より生まれた妖精ではなく、混沌をもたらした〝悪魔〟と呼んでも差し支えない存在である。
しかし悪魔や魔物にしては魔力の感知ができず、術式が変異に特化しているということから魔物とも悪魔とも違う〝妖精〟の称号が付けられたのだ。
妖精の特徴としては人間や他の魔物が持つ〝魔力〟を持つ存在が限りなく少ない。生命力そのものが炎であったり、風であったりする自然物の化身だ。一般の妖精は、神でも人でも悪魔でも動物でも魔物でもない、自然から生まれて自然に還る儚い存在だ。
しかし突然変異を起こしたかのような奇抜な妖精…〝変異の妖精プーカ〟を始め、〝妖精を操る妖精〟オーベロンといった人に仇成す魔物や悪魔に近しい存在の者から、〝機械の妖精〟〝船の妖精〟〝本の妖精〟など人工物より誕生した妖精まで確認されている。
〝妖精とは何か〟その仮説として自然物・創作物に宿り、信仰によって自然発生した、神の一種でとも言える存在ではないかと推測する。これは今まで人間・動物・魔物・神・悪魔といった分類の垣根を越えた存在として新たな研究を進める必要性を提示するものである。
参考文献:『妖精学立ち上げ論』 ジャル=スノウ
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場所はリック地区にある開拓村。その村に前代未聞の珍事が起きて、6人は用意された粗末な客人用の部屋へと集まり会議をしていた。
「妖精による仕業か……。確かに合点はいく、もしその仮説が正しいならばプーカと同等か、それ以上の力を有した妖精ということになる。しかし土着しているというのに、こうも気配を消せるなど……神でも難しいことだ。」
「妖精さんかー!イリー=コロン様の考察でも〝魔女の糾弾と共に排他された存在〝って書いてたね。」
「わたしは風の精霊を式に持っていますが……。私の風の式レシーの魔力はしっかりと感じるのですよね。」
「ああ、最近立ち上げられた〝妖精学〟での論調ではあるが、妖精と精霊は区別されるべきという学説がある。姿形は似ていても、風の妖精と風の精霊は別物いう論調だ。」
「じゃあ私のレシーは、〝風の魔物〟だということになるんですか?」
「あくまで仮説さ、〝妖精学〟自体最近になって立ち上げられた学問で、まだまだ研究が進んでいない。我々テグレクト一族の研究でも妖精とはかなり曖昧でね。自然物や人工物に宿り、やがて宿っていたモノへと還る存在としか解明されていないんだ。」
「そんな学問……学園でも習わなかったなぁ。」
「ふむぅ。まぁ、ここで妖精学を語っていても仕方があるまい。とにかく村人の五感の混乱は、プーカ並の妖精が仇をなしてると考えて良いのだな。」
12才の赤髪の少女……にもみえる少年、第48代テグレクト=ウィリアムが逸れた話を元に戻す。
「そうなれば我々召喚術師の管轄になるな。村に土着している妖精を引っぺがすように召喚して姿を現してもらおうか。死人や怪我人はいないとはいえイタズラが過ぎる。」
「兄上やシオンでは難しいだろうな。どれ、わたしが一肌脱ぐか!」
ジュニアはそう言って椅子から立ち上がり5人を先導して村の畑へ入って行く。時刻は日没を過ぎて少し、村人達が寝静まるのを待ってからウィリアムは魔力を最大限まで宿して召喚門を作り上げる。そして土地のすべての魔力を吸い上げるようにして召喚の術をかけた。すると……
「……なんだ、これ。」
「妖精さん!?なんか想像してたのと全然ちがうー!」
召喚門から現れたのは、礼服を見に纏った、顔を歪めた笑い方をする山羊の頭をした小人だった。召喚され目の前に現れた山羊頭からは一切の魔力は感知できない、ただ謎の不安のにおいだけが漂う不気味な存在で、その容貌と相まって〝悪魔〟と言われた方が納得できる程だった。礼服を着た二足歩行の山羊は、6人を見て歪んだ顔を更に歪める。
「醜い笑い方をするものだ、召喚はひとまずできたが式にはできていない……。逃げられないようにせねば!」
ジュニアはそう言って数珠繋ぎに編み込んだ紋章を目の前の礼服の山羊へ掛けようとする、しかし……
「んな!?」
ウィリアムの放った紋章はあらぬ方向へと飛んでいき、礼服の山羊から離れる。
『 この妖精の術式 アムちゃんは五感を狂わされた 脆弱な魔 愚行 』
シオンの式マリーは怒りで目の前の山羊の礼服に、嫌気と殺気をぶつける。礼服の山羊の歪んだ顔が少し違う歪み方をする、口はへの字に曲がり眉間にはシワが寄っている。
「わたしの五感を狂わせた!?マリーとも違う、幻術でも何でもない。わたしは確かに〝山羊のいる方向〟へ紋章を飛ばしたはずだ!」
『 主を 元に戻せ さもなくば…… 』
「マリー、まってよ!まだどんな敵か想像すらついてないのに!」
『 クオリア 主観 他者と疎通不能な自意識を狂わせる 』
「ウィーサ!疎通の魔導が使えるか?この不気味な山羊と対話できるならば協定を結べるかもしれぬ!」
「あいさー!心に炎を宿したも…」
【 心配ご無用 対話は可能です 】
6人はいきなり脳に響くような声を感知して困惑する。目の前の礼服の山羊……目の前の妖精からだ。
「人語を介せる妖精……。もはや神といっても差し支えないではないか!?」
【 6名様 大変なご迷惑をおかけしたようで申し訳ない 少し遊んでいただけだったのですが 】
「遊びとて、事が過ぎれば仇成すものとして討伐する。対話するか、戦闘をするか選べ。」
【 無益な争いは好きではありません 正体までばれてしまった身 前者を選びます 】
「まず、目の前のシオンを元に戻せ。それから村の騒動がすべて貴様の性だというのならば、それも解決させろ。」
【 お安い御用 術式は一晩眠れば解除しましょう もうこの村に執着する気もない 】
「……他で同じ騒動を繰り返すならばこの手で抹消するぞ。」
【 さぁ それはどうでしょう 今回は規模が大きいから騒動になってしまいましたが 少し遊ぶだけなら誰も気がつきません 】
そういってクオリアの妖精は再び顔を歪めて、クスクスと気味の悪い笑い声を発した。
『 主を戻せ さもなくば…… 』
【 既に戻してますよ イタズラで火傷をするのは御免です ……わたしは即刻、この村を去りましょう 】
「まて!話は終わっておらん!貴様、今この手で……」
ジュニアがそう話す前に、召喚門からクオリアの妖精は姿を消した。その後何度もジュニアは召喚門を描いたが、二度とクオリアの妖精は姿を現さなかった。
◇ ◇ ◇
「この色はなんだ!」
「「赤い!」」
「この色は!」
「青い!」
「「やった!戻ったぞ!」」
アムちゃんが不気味な妖精を召喚した次の日、村は端から見れば些か奇妙な歓喜に包まれていた。みんなが村の様子を〝元に戻った〟と話し合い、みんなが〝赤〟と言った色は、全員が共感する感覚となり喜び合う。僕もマリーの術で遮断されていたモノクロの視界と嗅覚・味覚を取り戻す。
リック地区領主の元には、アムちゃんとレイチドが調査の報告へ行き、騒動が無事に解決したことを報告し大いに感謝された。村は陰鬱とした雰囲気がなくなり、皆自身の感覚を他の村人と共感できることをよろこんでいる。
かくして元凶である妖精には逃げられたものの、僕たちの仕事は終了し、無事にテグレクト邸へと帰還した。僕はしばらくモノクロの視界と遮断されていた嗅覚・味覚を取り戻せた安堵のため、自室でマリーに膝枕をされながらぐったりとしていた。
「ねぇマリー。あの妖精……、また何か起こすのかな。もう僕だけがみんなと違う感覚なんてイヤだなぁ。1人ぼっちになっちゃった気分。」
『 主観は中々共感できない 言語で曖昧な疎通を図っているだけ それが著明になったに過ぎない 』
「う~ん。なんか難しいなぁ。もうあんな目に遭うのだけは御免だよ。」
『 花瓶にささった〝赤の花束〟 わたしは綺麗で大好き 主は? 』
「僕も。マリーにプレゼントした甲斐があったなって思うよ。凄く綺麗」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
『 なら わたしはそれで満足 主と共感できるのは とても嬉しい 』
「僕も……。」
『 何色に見えていようと 一緒に美しいと共感できるなら それでいい 』
「そうだね。ぼくもマリーと共感できてうれしいよ。」
『 大好き 愛しの主 』
「僕もだよマリー、大好き」
ぼくはマリーの膝枕を受けたまま眠りに入って行った。
◇ ◇ ◇
場所はテグレクト邸、モリー=ウィーサの私室。そこにレイチドが遊びに来てベッドの上で談笑していた。
「いやー!気味の悪い妖精さんだったねー!もっと可愛らしい妖精さんを想像してたのに!」
「そうね。でも無事解決できてよかったわ、村が一つ潰れてかもしれない騒動だもの。」
「それにしても妖精さんねー!てっきりわたしも羽の生えた可愛い子ばっかりだと思ってたよー。」
「プーカの例もあるし、本当に謎が多いわね。」
「そういえばさぁ!この前レイチドが王立召喚術師学園での話しをしてくれたじゃん!?」
「ああ、そういえばそんな事もあったわね。」
「その時言った言葉覚えてる?」
「えーと。どの言葉かしら?」
「マリーさんの正体のこと!〝私は 神でも 悪魔でも 疫病神でも 魔物でもない 怨霊でもない そして人でもない〟って断言した話し!マリーさんの正体ってさ!ひょっとして……」




