クオリアの魔 ①
リック地区にある、麦の生産を主におこなう開拓村。そこでとある異変が起きていた。粗末な木製の建物が並び、村人の住む小屋と種や肥料わらや油を入れる農屋、そして畑だけが広がる…そんなどこにでもある光景に、突然彩り豊かな〝色〟が付いたのだ。赤・黄・青・紫・緑・茶・黒・灰色に、はては銀色・金色と……
村は様々な色に染まり、まだ何も植えていない土だけの畑は赤・黄色・青のグラデーションを描いていた。金色に染まった小屋もあれば、真っ黒になった小屋もある。木で作られた食器は様々色が違い、井戸から汲んだ水にすら様々色がついている。村人たちは突然の出来事に困惑した。
異変はそれだけではなかった。村人達の間で〝色〟に対する情報の交錯が発生したのだ。ある村人が〝赤〟と言った色を、違う村人は〝黒〟という。これでは
〝赤い肥料の後に、青い肥料ををまいて、焦げ茶色になった土の部分に黒の種と茶色の種を交互に植えていく〟
という農学者のマニュアルすら通じない。まもなく越冬のための麦の植え付けを行う季節、開拓村は混乱に包まれていた。
……そんな村人達の様子を見て、仕立ての良い礼服を着た不気味な存在は山羊の顔を歪めてクスクスと笑っていた。
◇ ◇ ◇
フィリノーゲンは依頼のあった手紙の内容に目を通し、首をかしげていた。
「うむぅ?どうした兄上、なんの依頼だ?」
「いや、これは僕たち宛じゃない。レイチド君への捜索者としての依頼だ。依頼人はリック地区の領主なのだが……。書いていることが不可思議な事でね。まぁ見てくれ。」
フィリノーゲンは依頼状を机において、内容をジュニアへと見せた。
※ ※ ※
依頼状
平素より大変お世話になっております。今回はテグレクト邸を拠点とされている、探偵レイチド=キャンドネスト様へご依頼をしたくお手紙を送らせていただきました。現在わたくしが領主を務めております、リック地区の一開拓村で村人が集団で混乱するという事件が発生。
村人は土色の畑を見て「見ろ真っ赤に染まってる」「いや青じゃないか」など、意味不明な言動を繰り返しております。村そのものに損害はなく、村人達が狂気に陥り凶暴化することもありませんでした。近衛の調査のほか、わたくしも自ら赴きましたが魔物や怨霊に憑依されている様子はなく、生活行動もやや困惑しながらではありますが行えています。今回の原因不明の珍事に対し、レイチド様のご高察を頂きたくお願いを申し上げます。
リック=クロミッド
※ ※ ※
「と、このような内容だ。村単位の異変だ、確かに〝珍事〟としかいいようがない。ただケガ人も死者もでていないという。」
「ふむぅ。リック地区は開拓村と農村ばかりの地区ではあるが、リック侯爵自体は高位の召喚術師だ、それで怨霊憑きも感じなかったのだとしたら本当に不気味で不可思議な現象だな。……兎に角レイチドへの依頼状であれば我々が読んでいても仕方有るまい。」
そうして会議室にレイチド、ウィーサ、シオン・マリーが呼び出された。
「レイチド君、とりあえずリック地区領主の元へ行って話を伺って来るのがいいだろう。あと今回の護衛にはウィーサさんはもちろん、シオン君とマリーさんも一緒の方が良い。未知の魔物や悪魔が飛び出す危険すらある。恐らくリック侯爵はレイチド君に調査を依頼してから原因が解り次第、わたしたちに依頼をするつもりでいるのだろう。何かあったら直ぐに、通信の式で連絡を飛ばしてほしい。」
「……わかりました。このご依頼お受けしますね。」
「ほー!領主様から一杯依頼がくるなんてレイチドすごいじゃん!」
「嬉しいことだけど、同時に緊張もするわよ。普通の捜索依頼とは危険度が段違いだもの。」
「じゃあ、僕とマリーも一緒にレイチドをボディーガードするね!」
うふふふふふふふふふふふふふ
『 なにが出るのか 楽しみましょう 』
4人は早速装備を調えて、リック地区領主の館へと向かった。
◇ ◇ ◇
場所はリック邸の客間。貴族と領主の家禄を継いだばかりの、未だ青年と言っても差し支えない男性が、4人に応対した。
「はじめまして、リック=クロミッドと申します。この度はご依頼を受けていただき、ありがとうございます。内容はお手紙に書いた通りで未だに変化はありません。村人達全員〝色〟に対する齟齬が発生していて生活には不便が生じているようですが…。今回の異変の原因が魔物によるものか、村全体を巻き込んだ伝染病の類かわからないのですよ。」
「畏まりました、近衛の調査報告書などを拝見させていただいてもよろしいですか?」
「はい、既に準備させております。どうぞよろしくお願いします。」
レイチドは調査報告書に目を通す、異変発生は10日前で時刻は早朝。異変の仕方は集団パニックのように村人全員が同時に発生。調査に赴いた近衛や目の前の領主には村人達のような症状はでていない。
「ありがとうございます。伝染病の一種でしたら魔導師や医師の領分でしょうが、これほどの一斉同時発生であり、近衛兵士や領主様は正気を保たれていることから、疫病の線は一旦消してもいいでしょう。だとすれば新手の魔物か悪魔か……」
「悪魔!?わたしが赴いたときには、魔力すら感知できませんでしたが!」
「ではなおのこと危険ですね。気配を消すか、隠す能力を持つ恐れがあります。……わたしたちはこれから農村へ赴かせていただきます。調査結果が出次第報告に参りますので。」
「わかりました、どうかお気を付けください。」
領主の青年は、不安な様子で4人を見送った。
◇ ◇ ◇
4人は異変のあったという開拓村に到着した。見た限りではどこにでもありそうな、普通の発展途上の開拓村。レイチド達は村長を捜し、詳しい話を聞きに言った。村長は中年の黒髪をした男性であった。
「今回は調査のご依頼を受けていただきありがとうございます。ええと、わたしも今まさに異変を肌で受けている身です。今村へ来ているのは、金髪の少年と紫色の長い髪をした赤いドレスの女性、横の黄色いローブと三角帽子をまとった赤い瞳の女性、そしてレイチド様は白髪を綺麗に束ねている。……間違っておりますでしょう?ですが私にはそう見えるのです。」
「なるほど…。村長様には〝そう見えている〟ということですか……。」
「ええ、他の村人に聞けば全く違う答えが返ってくるでしょう。それが今のわたしたちなのです。植え付けの種や肥料は近衛兵士の力を借りて番号をつけ、小麦を育てる作業は無事にできそうなのですがこの症状がいつまで続くのやら不気味でしかたないのです。」
「畏まりました。それでは村人達への聞き込み及び農村の情報収集をさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、是非お願いします。」
シオン・マリー、レイチドとウィーサは村の人達からの聞き込みを続けて畑の様子や農屋の状況を拝見して情報をまとめていく。手がかりは未だに掴めない。魔物が絡んでいるのか、それとも集団パニックの一種なのか……。
日没になり4人は用意された客人用の粗末な小屋に入る。
「結局手がかり無しね。集団ヒステリーなのか新種の魔物なのかどうかさえ判明しないわ。」
「ふーん。でもどうするんレイチドー?明日もまた地味~な聞き込み!?」
「そうなるわ。せめて何か切っ掛けが掴めればいいんだけど……。」
「僕たち初めてレイチドの調査に付き添ったけど大変なんだね。ずーっと人の話を聞きっぱなし。慣れなくて疲れたよ-。」
『 地味 楽しくない 』
「ごめんなさいね。探偵って思ったよりも地味な仕事なのよ?」
「それにしても見事にみんな意見がバラバラだね。ウィーサさんの青い首飾りひとつでも皆違う色を話すんだもん。」
シオンの一言に、ほかの3人が顔を引きつらせる。ウィーサの首飾りは、真っ赤に燃える炎を宿した煉獄の宝玉。少なくとも3人にはとても〝青〟には見えない。
「……マリーさん。何か感じましたか?」
『 不覚 正体不明 』
「ちょっとー!!シオンまで病気にかかっちゃったの!?」
「え!?何?どういうこと!?」
シオンだけが困惑した中、3人に緊張が走った。




