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賢者の接待

 場所はマルボ山のふもとにある貴族の屋敷、サイレクサー邸。貴族の称号を持つのは、精神に重度の遅滞がある12才の少年であり、同時に〝目にした魔導・召喚術を一目で習得する〟という稀代きだいの能力をもつ、タダン=サイレクサー。二つ名を〝白知はくち賢者けんじゃ


 1階の広間の奧には積み木やヴァイオリン、白紙のキャンバスが秩序ちつじょだって散乱している。散らかり放題に見えて、少しでもズレがあると癇癪かんしゃくを起こすため、世話人にとっては立ち入り禁止区域に近いタダンの遊び場。


 そこから少し距離を置いた場所に机と椅子があり、扉の向こうには厨房と膨大な財宝を内包する金庫、非番世話人の仮眠室がある。そんな貴族の館と思えぬ1階の広間で、倚子に坐り使用人兼世話人の4人…執事長ロナルド=マークレン、世話主任のハーフエルフ ルファー、魔導師マーモ・クロン姉妹が難しい顔をして一通の手紙を眺めていた。


※  ※  ※


 ご繁忙の中まことに恐れ入ります。先日はわたくしの未熟な不始末による依頼を受けていただきありがとうございました。タダン卿があの〝討伐不可能〟と称された恐ろしい怪物を退治して下さって以来、順調に元の生活へと戻っております。


 私事ではございますが、先日妻と子も戻って参りました。現在は慎ましながらも集合住宅にて生活を立て直しております。タダン卿のご厚意により依頼金は不要とのことでしたが、今一度家族でお礼のご挨拶へうかがいたくお手紙をお送り致しました。改めて深く感謝の意を表明いたします。


        エンエス=デアー


※  ※  ※


 ……訪問を告げる手紙であった。タダンはこのエンエス=デアーというカリフの召喚術師に取り憑いていた死神、〝貧乏神〟を退治した。


 事の始まりはタダンが窓から鳥を捕まえた事。すると足には血でつづられた手紙が縛られていた。内容は〝自分は死神に魅入られている〟というSOS信号で、一刻も早い対応が必要であることを知らせるに十分な代物だった。


 ……そして、タダンはスラム街とはいえ、五大都市に数えられるカリフの街で盛大に隕石の魔導を炸裂させ、サイレクサー邸は膨大な事後処理に追われた。


 しかし功績としては、魔導と召喚術の街カリフのどんな術師でも不可能な事であり、それこそタダンは〝死神に魅入られた〟人間を救ったのだ。その偉業はニュース紙にも乗る程であり、改めてタダンの能力のデタラメさが王国中に知れ渡る事となる。


 それはまぁいい、タダンの討伐・退治・殲滅せんめつに関するデタラメさは身近で世話をしている4人が一番判っている。問題は……


「ご家族の来訪……、流石に玄関口で挨拶だけして帰って頂くのはマズイですよねぇ。」


「来訪時刻も丁度 昼餐ちゅうさんの時刻と言ったところか…。貴族として来客に昼餐も出さずに帰すのは流石に気が引けるものだ。」


「しかしお料理と言っても我が屋敷では……。」


 ルファーは扉を一瞥いちべつする、扉の向こうにある厨房ではタダンの料理番である青年が粗雑で粗悪な黒パンを練ってミルクの準備をしている事だろう。


 青年はタダンのこだわりの逸品を作ることに秀でているが、貴族が感謝の意を述べに来た客に出す昼餐を作れるとはとても思えないし、そのような目的で雇ってはいない。


 そもそもタダンはデアーの事など覚えてもいない。かといってデアーの手紙からは万感の思いがひしひしと伝わるものであり、門前払いするのは余りにも気が引けた。


 サイレクサー邸は接遇・接待など行ったこともないし、主であるタダン自体そのような能力が欠落している。3日前に来た手紙に記された来訪予定時刻は明日の昼前、画して世話人一同は未知の〝貴族としての接待〟という大難題に直面した。


「この中で一番料理が上手いのはルファー君だが……、どうだろう少し凝った料理を作ってくれないだろうか。」


「わ、わたくしですか!?キノコやハーブを使った森の料理でしたらある程度。ただお子様もいらっしゃるので、お肉や魚を使った料理はわたくし苦手で……。」


「ふむ…野菜嫌いな子供でない事を祈るしかないな。それとタダン様はこの男性を覚えていないだろう、驚いて癇癪を起こさないよう万全な対策が必要だ。」


「見知らぬ人間3人……それなら癒しの魔導で癇癪は抑えられると思います。」


「よし、なにしろ未だ苦しいであろう家庭事情の中遠路はるばる来て下さるのだ。せめて昼餐だけでもお出ししよう。それ以上は…危険なので止めておこう。」


 そうして世話人たちの会議は終わった、タダンは積み木で神鳥ガルーダの模型を作って遊んでいる。丁度ドアが開き厨房から黒パンとミルクが届いた。ルファーはタダンに声を掛け倚子に坐らせエプロンをさせて食事を食べさせた。


 ルファーはそんな日常業務をしながら、明日の献立を考えて緊張をしていた。



 ……何故来訪する客に対し貴族側が緊張しないといけないのか、そんなアベコベを誰も疑問には思わなかった。



◇  ◇  ◇



 カリフからリーフ地区征きの馬車、途中のマルボ山付近で降りて30分ほど歩けば〝賢者の住む館〟サイレクサー邸が見えてくる。ローブ姿でなく安物の礼服に身を包んだ3人の家族、30代ほどの男性と20代前半の女性、そして6歳の子供がサイレクサー邸を訪れた。貧窮故不健康にやせ細っていた男…エンエス=デアーはいくらか体に肉を取り戻して、未だやや痩けた頬を化粧で隠していた。


 何しろこれから会うのは正真正銘命の恩人、手土産には精一杯の金を叩いて買ったカリフ名産の菓子がある。家族3人はサイレクサー邸の門の前に立ち、ノックをしようとすると……


「タダン様!タダン様いけません!」


 バン!と勢い良く扉が開きパジャマ姿の金髪の少年が無表情で3人の家族を見つめていた。少し驚きながらもデアーは感謝の挨拶を行う。


「こ、これはこれはタダン卿。先日はご依頼を受けていただき本当にありがとうございました。是非改めてお礼を申し上げたいと思……」


「おきゃくさん?」


 タダンは感謝の意など何処吹く風で頓珍漢な質問を行う。


「あ、はい。是非お礼にと……こちらはつまらないものなのですが……。」


 デアーが菓子折をタダンに渡そうとしたところ耳の長い白い少女が凄い勢いで走って来て、菓子折を奪い取るようにして受け取った。少女の顔は緊張に満ちていた。


「いえいえいえいえいえ、ありがとうございます。こんな素晴らしいものをわざわざ頂きまして、え~とその…。ああ、立ち話も何ですからどうぞ中へ!」


 菓子折がタダンの気に触れて燃やされでもしたら事だ、かなり無礼な受け取り方になってしまったが仕方がないだろう。おそらくは切り詰め無理をして買ってくれたであろう手土産だ、目の前で灰になるよりマシ……。デアー一家は呆気に取られながらもサイレクサー邸へと入り、初めての〝賢者のお客様〟となった。


「丁度昼餐の準備ができております、もしよろしければご一緒に如何でしょうか?」


 デアー一家は一度断りを入れ、再びの促しにご一緒させていただくという教科書通りのマナーで対応した。献立はキノコとハーブ大蒜を使ったマリネ、バターとキノコの包み焼き、小麦粉ソースとハーブのパスタ。


 経済的に立て直しつつあるデアー一家にとってはご馳走と言っても良い素晴らしいメニューで、懸念けねんしていた子供の好き嫌いという問題もなく礼儀正しく美味しそうに食べてくれていた。


 一緒に食卓を囲むタダン1人だけが黒パンにミルクという、貧乏神に取り憑かれていた極貧時代のようなメニューを食べていることにデアー一家は少し気が引けたが、〝全く気にしないで下さい〟と有無を言わさぬ気迫で断言されたので何も言えなかった。


 エンエス=デアーだけが〝賢者はパンとミルクだけで生活をしている〟という都市伝説が本当だったのだと驚いた。


 昼餐は無言ということはなく、マークレンが他愛ない話を振りマーモ・クロン姉妹もそれに続く。ルファーもタダンの食事の世話をしながら談笑の輪に入り、団欒という雰囲気が流れるサイレクサー邸にしては珍しい昼食の時間になった。デアーの子供はタダンが作った精巧な積み木のガルーダ模型に釘付けとなって、心を踊らせているようだった。


「楽しい時間と素晴らしい昼餐をありがとうございます。改めてこのご恩は一生忘れません。」


 昼餐も終わり一家が帰ろうと支度を始める。サイレクサー邸初の〝接待〟は無事に終了した…かに思われた。


「おきゃくさん」


 食事を終えたタダンが無表情を崩さないままデアー一家を呼び止めた。そしてルファーの服を引っ張ってこう話した。


「おきゃくさん なにしたらいい?」


 ルファーは一瞬何を聞かれているか判らなかった。タダンにおもてなしの心など持ち合わせていないとばかり思っていたためだ。談笑にも混ざらず終始何時も通りだったが、何時もと違う様子を見て〝何かした方が良い〟という気持ちでも芽生えたのだろうか?それとも気まぐれか。どの道タダンはデアー一家に何かしらのことをしたいらしかった。


 ルファーは何が良いのか頭を巡らせる、まず子供が釘付けになっていた積み木の模型をあげるのは却下だ。明日からタダンの遊び道具が無くなる。音楽を聴かせる?それも良いだろうが帰り間際にヴァイオリンの演奏というのも違う気がした。ならば残ったのは……


「タダン様、絵を描いて差し上げたら如何でしょうか?」


 白紙のキャンバスを見てルファーはそういった。



「動かないで!」


 やや癇癪を起こした声でそう叫ぶのは筆を持つタダンだ、周りにはルファー・マーモ・クロン姉妹が囲み癒しの魔導を掛けつつ万が一のため眠りの魔導を準備している。直立不動を余儀なくされたデアー一家は、困惑しながらもタダンのスケッチのモデルとなった。


 10分もすると一流魔導具で映写したとしか思えないような一家3人の絵画が出来上がった。映写館で撮ろうと思えば金貨での支払いが必要であろうし、ましてや絵画でこれだけの出来映えを期待すれば中流召喚術師には手の届かない金額になるだろう。


 そして何より金額の問題云々ではなく、〝恩人がくれた贈り物〟という響きが何よりも嬉しかった。何度もお礼を言って、妻に至っては少し感涙しながらタダンの絵画を受け取った。


 一度は死に神に魅入られ極貧に墜ち、牢獄にまで入ったエンエス=デアー。後にカリフ領主の専任召喚術師にまで登り詰める男の家には、立派な額縁に飾られた一枚の絵画がある。痩せこけた安い礼服すがたの一家3人の絵画であり、来客皆を驚かせる出来映えの絵画。



 ……デアーは来客には自慢げに〝賢者からの贈り物〟と笑顔で話し続けることになる。

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