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貧窮に魅入られて

 【活動記録① 祟りの日より 56日目】


 おそらくこれは、遺書となるだろう。


 本日より、この身を持って後生へ厄災の記録を遺す決意を固めた。横には陽炎かげろうのように揺らめいた人ならざる少女が、微笑をたたえている。召喚術の失敗……、死神と定義されている〝死に至る厄災をつかさどる神〟の中で最も悪辣あくらつとも言われ、緩慢かんまんな死を与える〝貧乏神〟を呼び出し取り憑かれた。


 カリフ地区管轄の召喚術師だったわたしは、上司・同僚にこの厄介極まる憑依を見抜かれ、即座に仕事を失った。【疫病神に魅入られた】など、術師として今生の恥だ、仕方がない。それも、高位に位置する〝死神〟が相手ともなれば、恐怖を覚えて当然のこと。


 ……誰もわたしに関わりたくなど無いだろう。


 仕事を失い、自宅は大火に見舞われていた。妻と娘は出て行った。銅貨の一枚も持てぬわたしは、遂に法を犯した。空腹に耐えかね、パンを盗み近衛兵士に逮捕・拘留されてしまったのだ。しかし、罪人としての安寧あんねいすら、貧乏神は許してくれない。


 わたしに解呪不可能な貧乏神が取り憑いていると判明するや否や、牢獄すらもわたしを拒絶した。着の身着のまま放り出されたわたしは、今カリフのスラムで残飯とも付かぬ、孤児や乞食ですら拒絶するような腐敗した生ゴミを口にし、土に溜まったほぼ泥の味しかしない水溜まりで水分を補給し命を繋いでいる。


 その様子が可笑しいのか、赤い陽炎かげろうの様な少女は可憐に微笑み、わたしを見つめている。


 記録者:エンエス=デアー



【 活動記録③ 】


 草臥くたびれた煉瓦レンガに背中を預け、記録をつづる。体力の消耗がいちじるしい、肌は乾燥し、口の中は泥と吐物の味がこびり付いている。


 夜に眠れば悪夢で目覚め、悪夢よりなお残酷な現実に絶望する。スラムの孤児たちが石を蹴り遊んでいる。横にはスラムに似合わぬ可憐な少女がいる、しかしどうやら子供達には……いや、魅入られた人間以外には、目視出来ないようだ。


 「あなたは何故笑っているのですか?」


 わたしは少女に尋ねてみた。嶺上に開花した様な可憐な姿、おおよそ想像する死神と対極にある容貌だ。世界の全てから見捨てられたわたしを、唯一見てくれている存在。冥府へ魂を運ぶためと解っていても、孤独よりマシと思えるのは末期症状だろうか。


 「わたしは直接命を奪わない。奪えない。孤独こどく貧窮ひんきゅうを呼び、貧窮ひんきゅう飢餓きがを呼ぶ、そして飢餓は自己中心をはらんだ、更なる孤独となる。奇々怪々な魔物があなたの命を奪う。それが滑稽こっけいだから。」


 少女は微笑みそう言った。……ああ、お腹が空いた。喉が渇いた。


 記録者:エンエス=デアー



【 活動記録⑤ 】


 なけなしのインクもペンから消えた。血で手帳に記録をつづることとなる。自分の血を飲み、指を千切って食べてしまいそうだ。最早もはや歩くこともままならない、枯れ木をかじり、泥をすする。それが終わればやることもない。わたしは手帳の一部を切り取り、【死神に魅入られています。助けて下さい。】と最後の力を振り絞り、一羽の鳥を召喚し、足に縛って飛ばした。


「あなたは絶望していないの?」


 わたしの行動を見て、少女が尋ねてきた。


「望みが絶たれているからと、死ぬ理由にも諦める理由にもならない。」


 わたしは答えた。


「人間は不思議。簡単に自らの命を絶つ者も居る、それでいて生き地獄の釜の底にあっても、なお命を繋ごうとする者も居る。」

 

 随分と見てきたようだな、と言った。少女は微笑みを返してきた。


 記録者:エンエス=デアー



【 活動記録⑧ 】


 雨がフラない、カラダが鉛のように重い。コキュウが乱れる、いよいよ死が近い。横で死神が笑っている。いつものビショウだ。


エンエス=デアー



【 活動記録⑨ 】

 

 わたしは神を見ているのかと思った。死神ではない、今までに感じた事も、想像した事もない魔力を内包する、少年の姿をした神さまを。いよいよ夢とうつつの区別が付かなくなって久しい中、絵本を朗読するような子供の声が聞こえた。直後、いつも微笑をたたえていた少女の顔が恐怖に彩られ……


 一瞬だった。天空が赤く染まり、無数の炎をまとった巨岩が少女を撃ち抜いた。



 巨岩の熱がわたしの服を燃やす中、ハーフエルフの少女……ルファー様という〝賢者の使用人〟が消火と同時に、癒しの魔導を施してくれ、ミルクにひたしたパンをわたしに与えてくれた。


 それはいままで食べたどんな料理よりも美味なるもので、今後もこの料理を越える味はないだろう。わたしはパジャマ姿に木の棒を持った金髪の少年に、崇拝すうはいへ近しい感情を抱いていた。


「何故ここに来られたのですか?」


「何故も何も、あなたの手紙をタダン様……じゃない、タダンきょうが見て、気まぐれで来られました。」


 あっけらかんと言われたその言葉に、わたしは驚きを隠せなかった。確かにSOS信号は何度も出した、しかしあの忌まわしい高位の死神を前にすると、全ての行動が裏目に出る。何しろ解呪の依頼すら出来なかったのだ。


「おわった かえる」


 わたしが感謝の意を伝えようとするも、金髪の少年……噂やニュース紙でしかみたことのない〝白知の賢者〟はわたしに目もくれず、そのまま3人居た使用人の2人を連れて石版に乗り飛んで行ってしまった。衝撃波で鼓膜が破れるのではないかという、凄まじい初速だった。


 わたしは今、カリフの王立治療院にいる。ルファー様が手配してくれたらしい。一文無しであることも言ったが、治療費は〝タダン卿〟のお屋敷が立て替えてくれるという。〝貴族として当然のこと、お礼は結構〟と言われたが、そんな恥知らずで居られるはずもない。


 死地からの脱却がこれほどまでに甘美であるならば、その生涯を懸けて恩を返すのが人の道だろう。まずは生活を立て直そう。


  記録者:エンエス=デアー

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