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時の賢人

 場所はカリフを拠点とする高位の傭兵、モリイ=ユウキの自宅。家は2階建てで、壁は鋼鉄と魔導銀によって隔てられ、カモフラージュと飾りをかねて唐竹割からたけわりにされた巨木を大胆に貼り付けている。


 部屋の中はだだっ広く壁にはドラゴンの首を切り落として加工した飾りと、異世界の文字で〝仁義じんぎ〟とインクではない太い字で書かれた掛け物が飾られている。部屋の中にはソファーとベッドと囲炉裏、先日の護衛で討伐した熊一頭の毛皮を丸ごと床に並べた大変迫力のある絨毯じゅうたん、そして食材を入れる木箱や水瓶が置かれている。2階は射撃場と刀技の鍛錬場となっている。


 そんな傭兵モリイ=ユウキは護衛仕事を終えて、ソファーに寝転んでいた。そんな時 ビー ビー と、いくつも棚に並んだ通信の式のひとつが鳴り響く。……テグレクト邸からの通信であった。ユウキは面倒に思いながらも、恩人からの通信を無視するわけにもいかず、3コール以内に通信をとる。


「はい、こちらモリイ事務所。」


 通信を出たとき名前を名乗らず、【モリイ事務所】と言う時は、自分は自宅に居て、すぐに仕事を受けることが可能であるというユウキなりの合図サインだ。


〝お忙しい所申し訳ないユウキ殿、依頼があって通信をさせていただいた。〟


 電話の主はテグレクト一族長兄、テグレクト=フィリノーゲン……。事務方を一任しているのか、依頼の電話があるときは大抵この男からだ。


「ああ、構わねぇよ。また悪魔でも狩りに行くのか?」


〝いや、此度こたびはユウキ殿の知恵をお借りしたい。〟


「知恵ねぇ。なるほど、厄介事に巻き込まれたらしいな。」


 ……召喚術の叡智えいちを探求し続ける伝説の系譜、テグレクト一族がユウキに〝知恵を借りたい〟と依頼する時は大きく分けて2つ、ユウキが持ち合わせていて、向こうが持ち合わせていない知識。〝異界の知識〟か〝公共の敵であった時分の知識〟どちらかだ。


 つまりは〝マフィア・闇社会絡み〟か〝王国最高峰の召喚術師でさえ未知なる存在〟について。十二分な厄介事だろう。


「んで、念のため武装をしていくが……。どの程度必要だ?」


 マフィア絡みならそのまま本拠地へ乗り込むことになりかねないし、異界の品が厄災をもたらすものならば望みもしない冒険活劇の始まりだ。


〝いや、戦闘にはならないだろう。……ある人物と話しをしてもらいたい。ユウキ殿はアミー=ササヤという名に聞き覚えは?〟


 ユウキは小考する、聞き覚えはないが、何処か違和感を覚える名前だ。


「ねぇな。ただ……なんか引っ掛かる。」


〝そうか、古帝国時代の【時の賢人】と言われた人物だ。我々やウィーサさんでさえ未知の術を使う。……時をつかさどる能力だ。〟


「そりゃあ羨ましい、人類の夢だ。……兎に角今から行く。ちょっと待っててくれ。」


〝面倒を掛ける、ありがとう。〟


 そういって通信は切れた。ユウキはとりあえず拳銃・ライフル・刀・閃光弾・手榴弾の準備を行い、バイクに鍵を差し……違和感を覚えた名前にひとつの推測を立てた。それはアナグラムにすらなっていない、稚拙な並び替え。


「アミー=ササヤ……。ササヤアミ?」


 ◇  ◇  ◇


 テグレクト邸の大広間。アムちゃんは焦燥しょうそうを隠せず足の先で床をカツカツとせわしなく叩いている。態度にこそ表さないがその焦燥はフィリノーゲンさんも、レイチドも、ウィーサさんも、……そしてマリーでさえも同じようだった。


 何しろ目の前で、見知らぬ言語を交わし盛り上がる〝時の賢人〟と〝依頼者〟を前にしているのだ。


 テグレクト邸……フィリノーゲンさんが〝依頼〟したのは、細身ながら鍛え抜かれた体躯を紫のYシャツと純白のスーツで覆った、黒髪を短髪に切った男性。傭兵モリイ=ユウキさんは〝ばいく〟なるカマト特注の駆動機器でテグレクト邸へやってきて、アミー=ササヤさんと和気藹々談笑している。


 それは古帝国語とも違う、独自のイントネーションを持つ複雑怪奇な言語で、誰も聞き取ることは叶わなかった。ウィーサさんの〝意思疎通魔導〟も、【疎通意思がある相手】にのみ有効らしく、ユウキさんとアミーさん二人で完結している会話に僕らが入り込む余地はない。


「っとすまねぇ。同郷だったもんで思わず話しこんじまった。」


「同郷!?ユウキ殿とアミー殿が?」


「ああ、飛ばされた場所は随分と違うが、同じ国の似た時代から飛ばされた同士だ。……俺と違ってへんてこな能力を持ってるのは、なんだか不公平だがな。」


「本当よ、わたしは帝国……今は古帝国だったわね。その国の魔導陣に召喚された。それから初代皇帝陛下から第7代皇帝アレン陛下まで200年……わたしの体感感覚だともっとだけれども、時間を共にしたわ。」


「……アミーよ、お主幾つじゃ?」


 見た目はおおよそ20前半だが、その目は何処か達観を感じるものであり、久遠くおんの時を過ごした賢人に相応しい風格を持ち合わせている。


「さぁ?飛ばされた時は21歳の小娘だったけれど、100を越えた辺りから数えるのも面倒になったわ。日記を探れば正確なものは出てくるでしょうけれど、わたしの私室……。2000年前の城の中。」


「〝賢人の日記〟……。本物だったのか、大多数が消失していて数十冊しか遺っていない、未知の暗号文書。」


「未知の暗号文章ねぇ……。母国語よ、横のヤーさんなら読めるわ。」


「ヤーさん言うな、今は平和な傭兵だ。……んでだ、なんでまた〝飛ばされた〟?」


 ユウキさんが話しの核心に迫る。古帝国では神話の人物とされ、最期は天より遣われた使者に迎えられ消えたとされた〝時の賢人〟。それが何故この王国、テグレクト邸へ?


「簡単に言えば錬金術実験の失敗ね。5年掛けて城の階丸ごと1つ覆うほどの魔導陣を組んで……、わたしの力で遠隔転移させる実験だったのだけれど、途中魔導陣が暴走。真っ黒に染まって逃げることも出来ず吸い込まれ、気がついたらここにいたわ。」


「それがあの丸穴か。それに〝時を操る能力〟……。首に提げておる懐中時計が能力をつかさどっているようだが。」


 マリーの【金属忌避】が呪いを解かれ、再び首からぶら下げている銀の懐中時計。その能力は僕たちも先程目にしたばかりだ。気がつけばアミーさんが後ろに回りこんでおり、古書庫から文献を幾つも拝借、勉強のため3日の時を過ごしたという。


「おめぇそれ、無敵じゃねぇのか?」


「そうでも無いのよ。時間が止まれば、わたし以外の時間がみんな止まる。手に触れたものは動かせるけれど、人や生物は構造が複雑だからか、動かせない。〝敵の時間だけ止めて、仲間だけを動かせる〟なんて都合の良い真似は出来ないし、〝時が止まっている間に相手をナイフで突き刺す〟ことも出来ない。それにわたし単体での戦闘力は、普通の女性と同じよ。……なにより個人的に戦いって大嫌い。死ぬのも、殺すのも、痛いのも、もう嫌。」


「……お主が忠誠を立てた国は既に滅んでおる、今後どう過ごすつもりじゃ?」


「そうねぇ、のんびり隠居したいわ。時計屋さんでも始めようかしら。わたしは元々時計職人の家系だし、趣味で作った時計も歴史に残る位には評判だったわよ?」


 ……【時の賢人】の偉業。それは古帝国の大戦に勝利をもたらしただけではない。〝暦・時間という概念の創設〟〝時計の設計図〟〝星占術〟を帝国にもたらしたとされ、200年を生きたという眉唾な伝承も相まって〝アミー=ササヤ〟が実在したかどうか歴史学者を悩ませる種だ。また一説には帝国花札トランプやチェスを考案したともされている。


「アミー殿、当館は貴君を客人として迎え入れたい。時計屋を始めるというならば投資もしよう。」


「ありがとう。でも遠慮しておくわ、怖いお姉さんがいる館で寝られるほど神経図太くないの。……ユウキ、しばらく家に置いてくれない?」


「は?」


 アミーさんはマリーを一瞬睨み、唐突な願いを言い始めた。


「ゆ、ユウキの家!?なんで!?」


 ウィーサさんがやや慌てふためきながら問いただす。


「あら、未知なる異国……いえ異世界に身を置く同郷の身。ある程度信頼出来るわ。」


「ユウキ殿、いいのか?」


 アムちゃんは客人として断られたことを残念そうにしながらも、案外悪くない様子でユウキさんに問う。確かにユウキさんの元ならば連絡を付けることは容易であるし、口が堅いのでユウキさんが〝時の能力〟を聞き出したところで、話してもらうことは難しいだろうが、少なくともあの恐ろしい能力が敵にまわることはない。


「まぁいいが……。しばらく衣食住の世話くらいしてやるよ。時計屋始めたいってんなら、懇意こんいの商会に頼んで露店に出して見たり、頭金作る準備までは手伝ってやる。」


「あら結構この世界に馴染んでるのね。」


「……ではユウキ殿、こちらは力になれず申し訳ないが、しばし頼む。」


「あいよ。んじゃアミ、とりあえず服からだな。その格好は目立ちすぎる。」


 ユウキさんが立ち上がり、そのままアミーさんを連れ、正面玄関へ消えていった。


 ……【時の賢人 アミー=ササヤ】 カリフの一角にある時計屋の、いつまでも歳をとらない不思議な女主人。第三の人生の始まりの日だった。



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