古帝国 繁栄と衰退
皇帝シュナイダー=ウルス率いるウルス国は、東西南北と次々領土を拡大し、小国から大国までを呑み込み吸収していった。帝国に対し、ある国は帝国へ反逆し、ある国は併合を要求し、ある国は王が逃げ右往左往していた。
反逆する国は滅ぼし、併合を求める国には手厚い保護をおこない、王無き国には使者を派遣して、その人民や領土を次々帝国の物としていった。
そして大陸でも類を見ない超大国ができあがり、ウルス国はいつしか〝帝国〟と呼ばれるようになった。他に名前は必要ない、他に国などないのだから。
一代にしてウルス国を大帝国にまで繁栄させた賢帝は、幾多の賞賛と幾多の憎悪を同時に受ける事になった。
そんな皇帝の元へ、近衛の錬金術師が奇妙な報告をしてきた、何でも召喚術の研究をしていた魔導陣から人が現れたというのだ。
低位の魔物すらもロクに召喚させられない未だ研究段階にある〝召喚術〟、そこからいきなり人間が召喚されたという。興味を持った皇帝は是非連れてこいと命じた、そして現れたのはおそらく10代後半の女性で幾多の国を併合する上で様々な語学を聞いたが、どれとも違うまったく意味不明な言語を話していた。
皇帝はとりあえず世話役をあてがい、女性に言葉を教えるよう命じた。これが帝国と後に英雄として名を残すアミー=ササヤの出会いだった。
◇ ◇ ◇
あきらかにおかしな場所に来てしまった。まるで教科書で学んだ古代エジプトのような場所に、奇抜な服装をした意味不明な言語を話す人達。わたし、笹谷亜美は父親が営む時計店で次期時計職人になるねく修業をさせられていたはずだ。
父はクオーツ時計の専門ではなく、今時珍しいネジ巻き式の懐中時計を作る職人だ。そんなレトロ好きの好事家が結構居るもので、それなりに繁盛していた。
わたしは急に淡い光に包まれて気がつけば、光り輝く円の中に居た。周りには腰に布を巻いただけの男性達に囲まれていた。言葉は一切通じない。そしてその後如何にも偉そうな孔雀の羽根みたいな飾りをつけた王冠を被った中年男性に会わせられ、わたしの世話をする人と、言葉を教える教師をあてがった。
食事はなにやら小麦粉をこねて焼いたパンとも言えない代物と肉か野菜の何か一品で、口に合うまで一月はかかった。そして言葉を片言で理解し、意思疎通できるまで3月かかった。そして外国では名と苗字を逆にするというわたしの世界の常識で〝亜美笹谷〟と名乗った。……その時、わたしの名前は〝アミー=ササヤ〟に決定された。
どうやらわたしが日本に帰れる術はないらしい。父にも母にも友達にももう会えないのかと思うと涙がでてきた、一時は自殺すらも考えた。しかしそこまでする度胸は無く、わたしはこのよくわからない世界で過ごす事となってしまった。
◇ ◇ ◇
「アミー様、一体何をされているのですか?」
わたしの作業に声を掛けてきたのは世話役の男だった。わたしは父直伝の時計作成をしていた。どうやら歯車とバネを作成する技術がこの国にもあったらしく、ゼンマイ式に必要な糸も魔物から取れると言う事だった。
わたしは語学を学ぶ以外何もすることもせず、ヒマを持てあましていた。そこで暇つぶしに、此所でも時計が作れるかを試してみた。
結果を言うと一度は失敗した。構造は完璧だったのだが、一日の周期が地球よりも長いらしい。わたしは一つ目に作った時計を頼りに、この国の24時間を測定して作り直しを行った。そしてそれは見事に成功した。この国専用の時計を作り上げることができた。
どうやらこの国には時間や日にちといった概念はないらしい。わたしは時計を持って皇帝さんの所へ行った、皇帝というだけあって時計に対しての理解はとても早かった。更に日にち・時間の重要性も瞬時に理解してくれた、流石ただ偉そうにしているんじゃないんだなとわたしは思った。
わたしの作った時計は、皇帝さんの命令で大量生産されることになった。もちろんわたし1人では不可能なので設計図を渡し、何人かに作り方を教えて指導者にし、その後は指導者の下何千人体勢で作成された。わたしは暇つぶしでやったことがここまで大がかりになるとは思いもしなかった。
時計作成の指導も終わり、再び退屈な毎日がやってきた。そんな時、錬金術師なる人がわたしに奇妙な事を伝えてきた。〝あなたには魔力が備わっている、我々以上のものかもしれない〟と言う言葉だ。
わたしは最初、この国で魔法じみた…いや本当の魔法なのだろう、火を灯したり風を起こすという術をみせられた。その気になれば火の玉を飛ばすことも可能だという、ゲームのマリオじゃあるまいし…と思ったが実物を見せられては疑いようがない。
つまりはわたしも火をおこしたり風を吹かせることができるということだ。〝魔法を一度でも使えたら〟なんていう夢が現実になろうとしているのだ。わたしは錬金術師さんに魔法の使い方を教えてもらった、しかしわたしは火を起こすことも風を吹かせることもできたかった。毎日6時間も練習したのに…、残念。
変化は練習を始めて40日後に起きた、何時ものように自分が作った懐中時計を見てどれだけの時間練習したかを確認し、懐中時計の蓋を閉めた。その瞬間教師の錬金術師さんは銅像のように動かなくなった。
パニックになったわたしは揺さぶったり大声で呼びかけたりしたが一向に反応がない。わたしは助けを求めにお城を巡った、すると世話人・執事・メイド・奴隷すべてが錬金術師さんと同じように固まっていた。それは皇帝さんも同じだった。
しばらく信じられず呆然としていた。そして閉めていた懐中時計の蓋を開く、すると止まっていた人々は一斉に動き出した。もはや疑いようがない、わたしには〝時間を止める力〟が備わったのだ。
◇ ◇ ◇
かつて幾多の国々を併呑し、幾多の反乱者を制圧し、大陸史上最大の規模を誇った国があった。大帝国、本来はウルス国という名もあったが〝帝国〟の一言で通じた。他に国など無いのだから。そして帝国は幾多の国々が持っていた技術も吸収し、皇帝の名の下に錬金術・医術・法学・算術・諜報術・地学・神学・哲学など数え切れない学問が栄えた。
そして帝国は1000年の繁栄を遂げた。現在は〝古帝国跡地〟として草木も生えない荒野と化している。
永遠の繁栄が無いように、帝国の繁栄も1000年目に終わりを告げた。厳格ながらも法に則った政治を行い、大臣も市民による選挙で選ばれていた。魔物であろうが奴隷であろうが功績を作れば貴族へ成り上がることも可能だった。悪魔・魔物の襲来や反抗勢力の攻撃こそあったが崩壊に至るほどではなかった。
崩壊の原因は大帝国を育て上げた皇帝の血を引く子孫であり、最後の皇帝の愚行であった。皇帝の名の下に行われた各政治や大臣の権限・市民の人権すべてを皇帝に集約、皇帝は法を超えた独裁者となった。規律を失った国の住人は過重労働を強いられ、重税に苦しみ、冤罪による処刑に怯えて暮らした。
そうなると当然革命の芽が生えて、怨嗟を栄養として育ち開花する。そして大帝国は皇帝とその一族の処刑によって終焉を迎え、幾多の勢力が争い合う戦国の世になった。
しかし誰も〝古帝国跡地〟に陣を取ることはしなかった、否試みた者は例外なく不慮の事故や突然の病で死に絶えた。大帝国を作り上げるほどの末裔が持つ怨嗟は常人の比ではなく、生い茂っていた森も100年もし無い内に腐り朽ちて枯れていった。
残ったのは怨嗟を糧とすることのできる魔物や悪魔の類だけとなり、かつて最も繁栄した都市とは思えない無人の荒野が遠大に広がるばかりだった。
そしてかつての皇帝…狂王は怨霊として生き続け、怨嗟を振りまき分身を作り上げ高位の魔物として現在も存在し続けている。皇帝が狂った理由に付いて歴史家達は様々見当しているが、まったく研究は進んでいない。皇帝を狂王へと拐かした、神に近しい美女姿の魔物の存在など、どんな文献にも残っていないためだ…。
◇ ◇ ◇
場所は古帝国跡地、その首都であり皇帝の住まう城があった場所。今その場所は〝悪魔の城〟と呼ばれる、その名の通り悪魔が魔物を支配し配下に置き過ごす場所となっている。そして地下牢には幾多の魔物が幽閉されている。
主は〝帝国の悪魔〟と呼ばれ、比類無き力と魔物を従順に使役させるカリスマ性を持っている、現在地下牢はそんな悪魔でも手に負えない者達や、老いや病苦に陥った元部下に世話役をあてがい過ごさせる場所として機能している。
その一つが〝狂王の怨霊〟本体。帝国の悪魔ですら幽閉するのがやっとであったほど強力な怨嗟・憎悪・愛情といった様々な怨念でできた思想体であり、地下牢に厳重な防護魔導をかけた部屋に閉じ込められている。その呻き声は並の世話人ならば精神に異常を来すか、即死してしまうほどだ。そして最近になり、死を呼ぶ呻き声は一層酷くなっている。
ほんの1年ほど前に幽閉された女形の魔物、世の戦乱を好む神に近しい存在であり一度は帝国の悪魔すらも誑たぶらかした白面金毛九尾の狐。人間同士ではなく魔物と人間の全面対決を画策し、テグレクト邸の一族によって阻止され一度は処刑も見当されたが、帝国の悪魔の慈悲で地下牢での幽閉に留まっている。
……そう、大帝国の皇帝を狂王へ変えた張本人が、同じ地下牢にいるのだ。その事によって狂王の怨霊は愛情と憎悪の相反する感情が高まり、より一層の力を付け呻き声とも取れる禍々しい声で言葉を発しているのだ。
〝愛するダッキよ、何故返事をしない〟〝ああ憎らしい、だが再びそなたに一目会いたい〟〝私への愛は偽りであったのか〟
最奥に幽閉されても響き渡る声、だが当事者である九尾はまったく返事をしない。遊び飽きた玩具に興味など無いと言った様子だった。
「まったくやかましい…。本当にあーなんといったかの?ああいう輩。そうそうすとーかーじゃ。眠るに眠れん、おいそこのエルフ!耳栓を用意してくれ、それと騒がしくて耳鳴りまでしおるわ。マッサージでもしてくれ。この前してくれた頭皮マッサージとやらは随分と気持ちよかった、是非またしてくれ。」
稀代の悪女は幽閉されてなお、尊大な態度は変わらず都度都度世話人を困らせていた。狂王も悔やんでも悔やみきれないであろう、悪女に誑かされ国を滅ぼし自身までも人に死を振りまく存在となってしまったのだから。
だが件の悪女は世話人に頭皮マッサージをされ、艶めかしい声をあげ気持ちよさそうに眠りに入って行った。




