霊妙なる薬 ② ラスト
王国の首都王都やカリフと並ぶ、魔導と召喚術の栄える街コトボ。この王都・カリフ・コトボの三つの都はそれぞれに個性を持っている。例えば王都、文字通り王の住む都であり魔導・召喚術・魔導剣術は洗練されており主に王侯貴族の護衛・護身に特化した魔導や召喚術を得意とする。
そしてカリフの街、英雄の末裔が住む館テグレクト邸の近くということもあり、住人の4人に1人は魔導師または召喚術師である。特徴は魔導・召喚術を活かした商売…、例えば召喚術師が式を使って行う警備屋や魔導具の作成・修理屋・服屋やクリーニング店も一風変わって、店主が魔導師や術師であることが多い。
そしてコトボ、その二つ名は【薬学と医療の街】。
トレジャーハンターが扱う武器は毒や状態異常が付加されたもの、防具の類は回復や止血を促す独特の製造を経たものが多い。またそして回復・滋養強壮の妙薬などの作成を売りにしており、高度な魔導師・召喚術師が薬師を行っていたり武器商人になっていることが珍しくない。
…そのコトボの街で画期的な新薬が作成され、街に蔓延し始めたのは三月ほど前の話である。
コトボでも有数の薬師であったフェタン=ハットが〝リスタール〟という新薬を作成したのだ、その効果は絶大で火事場の馬鹿力が6刻は続くほどの薬であり、今は街で流行しているだけだが、常に集中力を切らすことの許されぬ冒険者やトレジャーハンターに売れることは間違えないだろうと思われている。
…そんな夢のような新薬の正体を知る人間が〝リスタール〟の正体に気がつくまでは。テグレクト邸の一団は天馬・ガルーダ・ほうき・風龍で空を駆けてコトボの町へと向かっていた。事の発端はこの夢の新薬が、骨の髄までしゃぶり尽くす〝強烈な麻薬〟であることに傭兵モリイ=ユウキが気づいたためだ。
モリイ=ユウキがまだ森井佑樹という一介の極道ヤクザであった頃に、このリスタールに似た薬を知っていた。それは覚醒剤という麻薬であり、乱用すれば心身に取り返しの付かない異常を来す薬であった。
既にコトボの街では露天ですら売られている薬、その制作者に話を付けるべく一同はコトボを目指していた。そして2刻も空を駆けるとコトボの町へ到着した。
コトボの町では異常なまでの活気……、狂躁状態に陥っている人々があちらこちらに見える。ただ一点、ユウキが護衛で来ていた5日前と変わっている点がある。露天で果物のように売られていたリスタールが、どこを探しても売られていなかった。
その異常を察した一同が、事情を聞いて周る。なんでもリスタールの制作者フェタン=ハットがこれ以上うることはできないと家に篭もってしまい仕入れができなくなったというのだ。
フェタン=ハットの家は街の人に聞けば直ぐに判った。黄麻や硫黄の匂いが漂う、やや古ぼけた煉瓦造りの一軒家。窓はカーテンで閉められ中も見えず、家は頑丈に施錠をされていた。ノックを鳴らしても居るのか居留守か出て来る気配すらない。
「ふむぅ、魔力は中から感じ取れる。おそらくは居留守であろう、……どうしようか。強引に入ってみるのも手であるが。」
ジュニアは一同に確認を取る、フェタン=ハットは一番最初にリスタールを使用した人間でおそらくはコトボの誰よりも乱用しているだろう。それならばユウキが言っていた〝賑やかな副作用〟に犯されている可能性もある。
しばし皆で相談し、強硬に扉をぶち壊す方向に話がまとまった。高位の魔導師らしい頑丈な扉、その扉を壊す係はクジ引きでウィーサに決まった。
「心に炎を宿したもう……。」
ウィーサの魔力が爆発的に上昇し、人差し指を突き出し水魔導を噴射した。ペンほどの細さの水は勢い良く噴射して扉を切り刻んでいき、人がくぐれるほどの大きな穴を空けた。
そして一同はフェタン=ハットが居るであろう館へ侵入する。…そこにいたのは虚ろな目で壁に向かって独り言を呟き、枯れ木の様にやせ細り黄麻とも硫黄とも違う、酸のような臭いを発する変わり果てたフェタン=ハットの姿だった。
一同は鼻を塞ぎたくなるほどの臭いと侵入にも気がついていないハットの姿を見てユウキの話が本当であったことを実感する。しばし壁に向かい独り言を呟いていた変わり果てた魔導師はテグレクト邸の一団に気がついて悪魔を見るような怯えた目で壁に後ずさりした。
「おおおお、襲いかかって来たんだな!遂に来たんだな悪魔だ悪マめ!月から伝播した信号が伝えたんだ、奴らは奴らに彼と言ったんだ!顔の出かけなかった僕が我々も知っているとな!ダメだこのことは誰にも言っちゃいけない、彼にも誰にもだ…。わたしは彼女かこのことに巻き込めないんだ!帰れ!帰れ!帰れ!悪ま!あくま!あくま!あくま!」
呂律の回らない舌でまくし立てられた言葉はまったく意味不明な言動であった。精神に異常をきたしていることは見るまでもなく、充血し真っ赤に染まった目が殺気と恐怖を宿してテグレクト邸の一団を見つめる。よく見ると部屋にはリスタールの結晶があちらこちらに散らばって、黄麻や硫黄も床に撒かれ凄惨たる状態になっていた。
「……なんとまぁ。これほどとは。」
フィリノーゲンは〝夢の新薬〟の制作者の変わり果てた姿を見て言葉を詰まらせていた。それはほかの5人も同じで、ユウキだけが額に手を当てて過去〝夢の薬〟を使った者たちを回想していた。
「……マリー。この魔導師さん、治せる?」
シオンがマリーに尋ねる、マリーは怯え竦むハットに近づいて頬に手を当てた。銀髪を逆立て、傾眠の呪いをかけ眠らせた後しばしマリーはハットを精査する。
『 過剰服薬(オーバード-ズ)による脳神経過覚醒状態 脳は既に正常な機能を失っている 神経の配列に壊死がみられる ……手遅れ 』
一同は深く悲痛な表情を浮かべる。優秀な魔導師がこのような形で最後を迎えることになるなど、なんとも無念な話だ。机の上には〝リスタール〟のレシピが置かれていた。…危険な薬であることがわかった以上放って置くわけにもいかない。
こっそりと、ウィーサが拝借することとなった。そうして〝夢の新薬〟リスタールは完全に供給が途絶えた、残されたのは依存に苦しむ使用者達…。コトボに設立されたDAR支部には、リスタールに依存した者達が集まりパンク状態に陥った。
一同は帰路に付く、ユウキの警告が無ければより悲惨な状況になり下手を打てばコトボの町は滅んで居ただろう。それほどに大きな功績であったが、〝夢の新薬〟を作り上げた魔導師はカリフにあるDAR本部で一応の治療を受けることとなった。DARの会長はコトボへの増援などの手はずで忙しい中でも、ハット氏を受け入れてくれた。
場所はテグレクト邸、テグレクト兄弟は危機を救ったユウキに改めて礼を言った。どうにもスッキリしない結末ではあるが、町…下手をすれば王国全土の危機を救ったのだ。王賞状が授与されてもおかしくはない功績である。
しかしユウキは王都にまで報告することは止めようと話した。自分がみつけたことはただの偶然、褒美もなにもいらないということだった。
「しかしユウキ殿、その覚醒剤とやらはユウキ殿の世界では一般的な薬なのか?」
「いんや、俺らみてぇな悪者でさえ扱うのを御法度にするほどのものだ。使う馬鹿も売る馬鹿も減らねぇけどな。」
「ふむぅ、しかしユウキ殿が報酬を断るなど珍しい。手持ちの金もリスタールを買い占めるのに使ってしまったのだろう?ならばその代金くらいはこちらで出したいのだが。」
「いらねぇよ。うちの組でもシャブは御法度だったんだ。そいつに首を突っ込んだ俺なりのけじめだ。」
「…そうか。ならば無理強いはせん。」
炎で燃えさかる白い結晶と顆粒。その焚き火をみながらジュニアとユウキはそんな話をしていた。




