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霊妙なる薬 ①

「よし、できあがった!それにしても…なんと美しい結晶だ。」


 男は顔を炭で黒く染め黄麻が全身を汚している。男は薬学と医療の街コトボでも有数の薬師くすしであった。彼は今、自身の研究成果に大きく満足している。


 目の前には採掘されたばかりの水晶石を思い起こす、白濁した光を放つ物体。これこそフェタン=ハットが5年の歳月をかけて作り上げた、新たな薬であった。5年前男は研究の失敗により〝偶然〟この結晶を作り出した。


 動物実験で人体への毒が無いことを精査した上、好奇心から結晶を噛むと中でジャリジャリと噛み砕け、あっという間に飲み込めた。そしてその薬には未知の力があった。脳が活発化し、謎の万能感に満たされ3日は寝れないほど作業に集中できた。


 その〝偶然〟できあがった薬を再現させようと努力し、5年の歳月をかけて遂に男は完成品と薬のマニュアルを作り上げた。この薬は売れるに違いない、そんな確信を持っていた。あの時感じた謎の万能感や寝ずとも頭が働く素晴らしい薬、男はある程度の動物実験を終えてその薬をクリスタルにちなみ〝リスタール〟と名付けて販売した。


 夜間馬車の運転手・夜間営業の術師や兵士に大売れしてコトボの町ではハットが作った薬は〝強精剤〟として間も無く大流行するだろうほどまで流行していた。


 ……そんな中、一人の傭兵がコトボの町に護衛として訪れていた。傭兵モリイ=ユウキは暇つぶしに夕刻の町を歩いていた、今回護衛した商会団は何やら商談も兼ねているらしく一日はコトボで泊まっていくという。


 大抵は数時間の仮眠をして再びカリフへ戻ることが常だが、朝方からぐっすりと眠りコトボの町を散歩していた。そしてそこでは露天商が元気な声で何やら結晶のようなものをたたき売りしていた。


「さぁさぁ、紳士淑女の皆様お立ち会い!こちらは薬師ハット様の作られた、最新の強精剤〝リスタール〟でございます!この結晶を一粒噛めばまず十刻は眠れません、二粒噛めばやる気に満ちあふれ作業の捗はかどる事と言ったらぁございません。結晶一粒銀貨3枚からでお取り扱い、二粒ならばこちらも負けましょう!銀貨5枚でございます!」


 露天商を囲む者達は既に噂を聞いていた新薬〝リスタール〟を我先にと買い求め、ついには露天に並べられていた結晶は姿を消し商人は嬉しそうに売り上げを数えていた。…そこに険しい顔をしたユウキが商人に駆け寄る。


「なぁあんた。この薬がどんな薬かさっき話してたのは本当かい?」


「え?ああ旦那、わたしは嘘は付きませんや。正真正銘魔導師の薬師様が作られた薬でございます。」


「…その結晶はまだ残ってるか?」


「そうそう怖い顔なさらないで下さいましな。有るには有りますがこれは明日の分でございましてねぇ、残念ながら今日は…。」


 ユウキは露天商が話し終わる前に、チャリンと木で作られた露天商の売り場台に金貨を数枚投げた。


「これで一つ…いや、4つ売ってくれ。頼む、後生の願いだ。」


 露天商は売り場台に置かれた金貨に目をパチクリさせながら、喜び勇んでユウキにリスタールの結晶を4つ売り渡した。ユウキは自身に与えられた部屋に戻る、そして結晶の一つを拳銃のグリップの底で叩いた。結晶は顆粒状かりゅうじょうの白く輝く物体となり、水に落とせば水面を走りやがて溶けていった。これでユウキはこの新薬だという〝リスタール〟と呼ばれている代物が何であるか理解した。


「こりゃ…覚醒剤シャブじゃねぇかよ!」


 なんでもこの薬は現在コトボの町で流行しているという。ユウキは覚醒剤メタンフェタミンがどれほど恐ろしい麻薬かを知っていた。元ヤクザにして現在不思議な世界で傭兵をしているユウキが、前に居た世界ではこの薬に手を出す馬鹿が多くいた。


 その末路は疑心暗鬼の末犯罪を犯すか、あまりの依存性のため金ほしさに悪事に手を染めるか、思考回路が破綻し妄想・幻覚に苛まれ、一生を鉄格子のついた病院で過ごすことになるほど廃人になるかどれかだ。


 事の大きさを知るユウキは、自分1人で何も出来ないことを悟っている。だがこの危機をなんとかしてくれそうな連中には心当たりがある。…一刻も早くテグレクト邸へ相談に行かねば、ユウキはそう考えていた。



 護衛として雇われた傭兵モリイ=ユウキは、商人が荷馬車に積む荷物を見て渋い顔をしていた。そして商人達の言っていた〝商談〟というのはリスタールの輸入販売についてであったことがわかった。ユウキは既にこの〝リスタール〟と呼ばれる新薬の正体に気がついている。元いた世界…極道者であったユウキにとっては、周りに使う馬鹿も多くその悲惨な末路を行く度も見てきた麻薬、〝覚醒剤〟そのものであった。


 ユウキは護衛の仕事をしっかりとこなす、この商人はカリフにもこの〝覚醒剤リスタール〟を売りに出そうとしているという。日没も間も無くといった夕飯の時間、ユウキは商会の輸送団に軽く警告をした。


「麻薬…!?この商品はあくまで〝強精剤〟と伺っておりましたが…。」


「コトボの町で使ってた奴らをみたろ、あの活気はハッキリ言って異常だ。直に体にその無理がたたる、そうなれば異常を察知しいずれ麻薬指定されるだろうよ。」


「麻薬と聞きますと眠気を誘い退廃的になっていくというイメージしかないのですがねぇ。」


「こいつは別物さ、それに折角慣れ親しんだカリフの人間がこいつを使う所なんて見たくはない。…良ければ俺が全部買い取る。それでお宅に損は無いはずだ。」


「リスタールすべてをですか!?珍しい新薬ということで金貨30枚で買い取ったものですが…。」


 ユウキは自身の財布を見る、残った金貨は34枚と銀貨・銅貨が少々。


「今回の護衛料金はいらん、それに今の手持ちはこれしかない。どうかこれで売ってくれないだろうか。後生の頼みだ。」


 ユウキは土下座をしてまで商人達に言う。自分が駆け出しの頃から厚意にしてくれている商人だからと、今ならば金貨が必要な護衛業務を当時の駆け出しの頃の値段で行ってくれるユウキ。


 商人達はカリフについて商会の会長に相談をしてから決めますと話してくれた。そして無事カリフへ戻り会長も恩がある身であるとして、買い取り価格と同じ金貨30枚で売ってくれた。そして会長とユウキが話す。


「この覚醒剤…リスタールを他に扱おうとする商会はあるか?」


「う~ん。魔導の町カリフで薬を扱う商会は珍しいからねぇ、ウチか南に立ってる王立病院くらいだと思うよ。」


「そうか…、じゃあしばらくこの街で蔓延まんえんする心配はないな。会長、恩にきる。」


「いやいや、危うく麻薬を売る商会の汚名が付くところだった。ありがとうね、また依頼事を頼むことがあればよろしく。」


「ああ、こっちこそな。」


 ユウキと会長は堅い握手を結んだ。その後、ユウキは一旦自宅に戻りバイクに新薬リスタールを全て積んでテグレクト邸へと出発した。



◇  ◇  ◇




 場所はカリフの町の外れにある、小高い山に居を構える伝説の召喚術師の館テグレクト邸。そこに来客が1名、純白のスーツを身にまとった傭兵モリイ=ユウキである。ユウキはテグレクト邸会議室で、現在起こっている騒動の火種についてをテグレクト邸の皆に相談をしにに来ていた。


「この結晶や粉が麻薬指定されていないというコトボの新薬か…。麻薬とは人を退廃的にさせるというイメージしかないのだがなぁ。」


「やっぱり此所じゃあ麻薬といえばそういうイメージなのか、薬として普通に売り出されたのも仕方がねぇな。」


「この結晶…リスタールは強精剤とのことですが、使用しすぎるとどうなるのです?」


 ユウキは過去悲惨な末路を辿った仲間や、売人の犬に成り下がった人間達を回想しレイチドの質問に重々しく答える。


「まずやせ細っていく。食べ物を口にできなくなるんだ、それに全く眠れなくなるから不眠不休で働き続けられる。もちろん使う側にゃそんな自覚はない、んで気がついたら無理がたたって体もズタボロになるって寸法だ。それに理由はわからんが妄想がひどくなるな、俺の兄弟分だったやつがこいつに手を出した挙げ句〝盗聴器がある!〟って騒ぎ出して事務所をメチャクチャにしたことがあった。使ってざっと半年ほどって時さ。」


「ふむ…、要は過労と栄養失調によって体も心も壊れてしまう薬というわけか。〝強精剤〟としてはこの上ないのだろうが、確かに恐ろしい薬だ。」


「ふむぅ…、確かに危険な薬であることは判った。だが今は法で裁かれる薬にはなっていない、危険な薬であると言うことに気がつかれるまで時間を要するだろう。そして禁止命令が出されるのが常ではあるが…、知ってしまった以上我々も手を打ちたいものだ。」


『 過覚醒 A10脳神経ドーパミン受容体に入り込み 同時に再取り込みの阻害をする力を有している 』


 マリーが結晶を手にとって、ユウキの話した内容を小難しく話す。


「でもさー!?どうするん?今は普通に売られてるんでしょ?それを全部回収するなんて無理だし、王宮にいきなり〝これは危ない薬だから取り締まれ〟って言っても効果は無い気がするなぁ。」


 ウィーサはもっともな意見を話す、幾ら英雄の末裔といえど未だ被害の報告がない薬を麻薬指定にまでさせる権限はない。つまりは被害者がでなければ国は動かせないのだ、会議室に重々しい空気が流れる。できるとするならば被害を最小限に留めるということくらいか。


 うふふふふふふふふふふふふ


 そんな重々しい空気を可憐で不気味な笑い声がかき消す。マリーが笑うときは大抵妙案のあるときであることを皆知っているためだ。


『 何も難しい話ではない 』


『 作った人間がいるのだろう 場所もコトボだとわかっている 』


『 そのものを探し出して 生産をやめるように言えばいい 』


『 …というよりもむしろ 一番の被害にあっているのは作成者かもしれない 』


 マリーの案に皆賛同した。そして一同はコトボの町へと飛び立っていく。



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