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安らかで楽なる死を ② ラスト

 ラボラス=ルボミーは魔導工学の街カマトで買い付けた商品を荷馬車に積み込み、王都へと向かっていた。彼はどの商会にもぞくさない行商人である。単身の行商人は、商会に属する行商人と違い、手数料や上納金を支払うデメリットがない。


 その代わり、何かあったとき誰も護ってくれない。そんなハイリスク・ハイリターンな仕事である。ルボミーはそのメリット・デメリットを理解した上で、単身の行商人という道を選んだ。また背景に商会を持たない行商人というのは、大抵舐めて掛かられる。しかしルボミーは別格であった。


 商品に対する確かな知識・商談中も崩さない柔和な笑顔の奥底に宿る笑っていない目・たくみな話術と交渉術。……そんな彼を、人々は守銭奴と揶揄やゆした。しかしルボミーはそんな事を一切気にしない。むしろ〝商人が金を愛することの何処が不思議なのだ?〟と首をかしげるほどだった。


 荷馬車には護衛も無く、魔物避けとして気休め程度に司祭の祈りが宿やどった宝玉を積んでいる位。……兎に角ルボミーという商人は、金のためならば自らの命さえも天秤に掛けられる人物だった。


 そうしてある日の商談で、ひとつ奇妙な事が起こった。魔導工学品を王都に売りさばき、買い付けの2倍近い利益をあげた時、ひとつだけ売り物にならない商品があった。


 それは金属とも木とも骨とも違う、奇妙な物質で出来た緑のコップだった。そのコップは水をはじき、中に何も入れることの出来ないコップ。……これが水を霊薬へ変える品であったり、無限に水をあふれさせる品ならば高値が付くだろうが、何も入れられぬコップなど、何の役にも立ちはしない。


 不思議に思ったルボミーは懇意こんいの魔導師や召喚術師に相談してみたが、神気も悪意も感じぬ奇妙な品だという。コップの底に指を入れると、確かに底を感じ取れるのだが、他の全てを拒絶した。


 〝奇妙な品もあるものだ。〟と、ルボミーはそのコップを捨てる事無く、持ち歩くことにした。


 そしてルボミーは行商人として名を挙げ、ついには自分の店を構える事となった。守銭奴と同業者に揶揄やゆされていたルボミーではあるが、相手をだますこともせず、商品についての知識が確かであることは既に噂となっていた。


 ルボミー商会は瞬く間に王都でも屈指の大商会となり、属する商人や行商人は100を越え、魔導師・召喚術師、果ては貴族や王族とも取引をする大店おおだなとなった。


 しかしそこに大難題が訪れた。王都でルボミー商会に匹敵する商会……、敵対するマデラ商会が買い取り値を2倍に、売値を1/2にすると宣言した。明らかにルボミー商会を潰すための行為であった。


 当然のように客足は見る見る減り、ルボミーは毎日帳簿と睨めっこをする羽目となる。……マデラ商会もあんな破格値を続けていたら、確実に破綻する。二つの商会のチキンレースが始まった。


 二つの商会が争い始め2ヶ月ほど……、ルボミーは商会の一室で頭を抱えていた。このままでは破滅は秒読みとなる。そんな確信からであった。


〝お困りのようですね。〟


 ルボミーは突如聞こえた声に、身を震わせる。扉は施錠しているし、使用人も寝静まっている頃合いだ。そして、声の主はすぐに解った。ルボミーは机から、例のコップ……水を弾く、役立たずのコップを取り出した。


「なんだ、何事だ!?」


〝何事も何も……、わたしはわたしです。〟


「説明になっていない。お前は……神具か何かなのか?」


〝さぁ?考えたこともありません。それにしてもあなたは芯の強いお方だ。わたしが目覚めるまでこれほど時間が掛かるとは。〟


「目覚める?」


〝わたしは運命をつかさどる者、持ち主が窮地きゅうちに追い込まれると目覚める仕様になっているのです。〟


「何とも胡散うさん臭い話しだ。」


〝信じようと信じまいと勝手で御座います。ただ、あなたの力になることは出来ます。〟


「具体的には?」


〝あなたはこのままでは62%の確率で破産します。わたしはその確率を引き下げることが可能です。〟


「それはどうも。ただ、代償があるだろう?」


〝随分と話しが早い。下げた確率と同等の確率で、あなたは命尽き果てます。〟


「確かに神具ではないな、悪魔ではないか。」


〝さぁ?考えたこともありません。〟


「その話し……、信じてもいいのだな?」


〝無理強いはしませんが。〟


「最早この商会はわたしだけのモノでは無い。所属する商人もいれば、使用人もいる。出来ればさっさと決着を付けたい。」


〝そうですか、どの程度確率を下げますか?〟


「出来うる全てだ。」


〝でしたら、1%の確率を残し、61%となります。……再確認致します、あなたはこれから〝大博打〟をします。38%の確率であなたの願いは叶い、61%の確率であなたの命は尽き果て、1%の確率で毒を飲んだ意味はなくなります。……それでもよろしいですね?〟


「……どうぞ。」


〝では……〟


 すると、今まで空洞を保持してきたコップから、みるからに毒々しい茶褐色の液体がなみなみとそそがれる。コポコポと泡を吹いており、ルボミーはいよいよ覚悟を決める。


「苦しむのか?」


〝経験上、皆のたうち回って死にましたから、多分苦しいんでしょう。〟


「やはり悪魔ではないか。」


〝さぁ、覚悟が決まりましたらどうぞ。〟


 ルボミーはコップを持ち上げ……。そのまま一気に毒を飲み干した。



 ◇  ◇  ◇



 老商人ルボミーは緑のコップをさすりながら、話しを終えた。


「……つまりあなたは、その38%を引き当てたと。」


「ええ、マデラ商会は無理がたたって倒産。あとは我々の一人勝ちでした。ここまで我が商会が躍進やくしん出来たのも、このコップのおかげでしょう。」


「質問をよろしいか?不治の病を治癒する願いを、そのコップに頼めなかったのか?」


「恥ずかしながら、一度頼みました。しかしわたしは今命あること事態が奇跡のようで、既に奇跡が起きているのに更なる奇跡は起こせないと言われてしまったのですよ。」


『 安楽死を頼むことは? 』


「それも頼みました。どちらも死ぬ選択は、出来ないそうです。」


「なるほど、……それでルボミー殿。我々に頼み事というのは、そのコップの解呪か?」


 ルボミーは柔和な笑みで、首を横に振った。


「このコップは、わたしの命終と共に何処かへ行くそうです。今更に正体を突き止めようという気にはなりません。」


「では、我々に頼みたいことといえば……。」


「ご明察の通り、わたしに安楽な死を与えて欲しいのです。それがわたしの望みです。」


『 わたしたちに 人殺しになれと? 』


 マリーは皆の気持ちを代弁するよう言った。


「ええ、わたしは麻薬に等しい治癒魔導でかろうじて痛みをおさえている。もう数日もすれば、満足に自分の意思や意識さえ認識出来ず、自意識さえも吹き飛び廃人となるでしょう。……商人の感です。」


「その前に、全てを終わらせたいと……。」


「こんな老体です。突然死したところで誰が怪しみましょう。」


『 覚悟は? 』


「とっくに。」


『 そう 』


 マリーの麗しい銀髪が禍々しく逆立っていく。


『 傾眠陶酔処置…… 』


 ルボミーはそのまま意識を昏睡させ、深い眠りについた。


『 生命波長紡錘処置 』


 そして身体が小刻みに痙攣けいれんを起こし、最後にボンと跳ね上がった。……そして、笑顔を浮かべたまま、二度と息をしなくなっていた。


『 完了 』


 老商人が抱きかかえていた緑のコップがあわく光はじめ球体となり、大きな光となって消失した。



 ◇  ◇  ◇



 王都で大規模な葬列が行われていた。王国経済の立役者とも言われたルボミー商会初代会長の死。その葬儀は国葬に近しいものだった。テグレクト邸の皆も、喪服へ着替え参列している。現ルボミー商会会長は、何があったのか薄々感じ取ったのだろう。香典として渡した額の10倍近い料金を、〝今までお世話になりました〟と渡してきた。


 ひつぎが運ばれる道中は、涙雨が降り注いでいた。……その雨を弾く不思議な存在、緑のコップに気がつく者は、数人を除き、誰も居なかった。

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