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閑話 テグレクト邸杯 柔術グランプリ

「おめぇら、なにをそんなボロボロになりながら盛り上がってたんだ?」


 ウィーサに拳銃・ライフルの弾丸、手榴弾・閃光弾、防具の藁人形を買いに来たモリイ=ユウキはぼろぼろの格好になり息を切らせて中庭で座り込むテグレクト邸の面々と、優雅に立っているマリーを見て疑問を口にした。ユウキの記憶が正しければ今日はテグレクト邸の〝安息日〟なる日だったはず。


 心身を休め次の修業へと向かうための大事な日、そんな日にこれほど皆クタクタになっているのはシオンの一言が原因であった…。



◇  ◇  ◇



 今日は安息日、特段予定はなく何時もの癖で日の出前には起きてしまい二度寝する気分でもなかった。マリーも僕に合わせて起きだしさっそく本を読んでいる。マリーを呼び出し召喚すること2年経つが、優雅に本を読む姿は変わらない。変わった点があるとするなら雪のような銀髪に宝樹の髪飾りが付き、顔を覆っていたものが不気味な仮面からドレスに合わせたピンクのクロスに変わったことだろうか。


 それだけでも大きな変化で、マリーはまるでお忍びのお姫様のような出で立ちとなっている。ぼくは王立学園にいた頃を回想する、まだまだ未熟でマリーに頼りっぱなしだったが少しは成長できただろうか。ふと僕はマリーと腕相撲をやったときのことを思い出した。あのとき僕とマリーの力は五分五分で、最後には〝柔術〟での勝負になり完敗した。


 あの時は少し悔しかったが、マリーが奇妙な幻術無しでもノボラの拳闘士相手に健闘できる実力を持っている事が判りその悔しさは無くなった。力は14才だった頃の僕と五分五分なマリー、今腕相撲などをしたらどうなるのだろうか。僕は読書をするマリーに腕相撲の再戦を提案してみた、マリーは笑いながらそれを受け入れてくれた。


 結果としては僕の完勝だった。テグレクト邸で修業を積んで体術もかなり叩き込まれている、マリーの細腕を机の上で押さえるには十分な力が付いていた。…だが負けず嫌いなマリー、マリーは再び〝柔術〟での再戦を望んできた。僕のわがままに付き合ってもらったのだから僕も付き合おう、そう思いマリーが指定した中庭で僕とマリーの勝負が始まった。


 結果から言えば僕の完敗だった。相変わらずバランスをあっという間に崩され押さえ込まれるか、マリーの背中越しに地面にたたき付けられ押さえ込まれるばかりだった。僕も体術は結構叩き込まれた方だったのに悔しい、そんなことを思っていると中庭に見学者がやってきた。


「安息日だというのに2人は何をしているのだ…。」


 僕はやってきたアムちゃんに、ケガをしないよう〝柔術〟でマリーと勝負をしていたこと、腕相撲では勝てたのにさっぱりマリーに勝てない事を説明した。


「まったく、日々の鍛錬を怠っているからだ。魔物の力に溺れるべからずは基本なのだぞ。どれ、わたしが一つ見本を見せてやろう!」


 そういって僕よりも頭一つは小さいアムちゃんが、僕よりも背の高いマリーに臨んで行った。結果は…。


「ふみゃぁ!」


「うぐぅ!」


「うみゃ!」


 3連続マリーの足払いでバランスを崩されて押さえ込まれていた。中庭の騒ぎを聞きつけたレイチドやフィリノーゲンさんもやってきて、フィリノーゲンさんは涙目のアムちゃんを慰めていた。そしてアムちゃんはレイチドとフィリノーゲンさんに仇をとってくれとムチャブリをし始めた。…こうして安息日にも関わらず、テグレクト邸柔術大会がはじまった。


 まず僕よりも体術では才能も実力もあるレイチド、ある程度の距離をとって隙を探している。2人の間に静寂が訪れる。そしてレイチドがタックルをおこなった際に…、レイチドの掴もうとした足は避けられそのままタックルの勢いを利用され、腕を掴まれて体ごと背負い込まれ背中から地面に叩きつけられた。


 次に背格好ではマリーと同じくらいのフィリノーゲンさん。フィリノーゲンさんは始めから乗り気ではないようだが、アムちゃんの目力で嫌々ながらマリーと対峙する。マリーの放つ足払いを何度か避け、隙を探している状態だった。今までの中で一番健闘している、フィリノーゲンさんの目も徐々に本気になる。そしてマリーを背負い投げようと手を握った瞬間だった、フィリノーゲンさんは手首の関節をマリーに押さえ込まれ足払いで地面に転倒、そのまま押さえ込まれた。


 かくして研究室にこもるウィーサさん以外全員がマリーに負けてしまった.全員服はボロボロの土まみれになり、息を切らせて項垂れている。そんな中、ひとりの客人がやってきた。


「おめぇら、なにをそんなボロボロになりながら盛り上がってたんだ?」


 おそらくはウィーサさんから弾丸や防具を買った帰りであろう、傭兵のモリイ=ユウキさんだった。フィリノーゲンさんは少し恥ずかしそうにこれまでの顛末をユウキさんに話していた。そしてユウキさんの顔が徐々に獰猛な笑顔になっていく。


「ほぅ、マリーってのはあの意味不明な幻術無しでもそんなに強いのか。どれ、俺も一丁やらせてくれよ。」


 そういってユウキさんは真っ白の〝スーツ〟の上を脱いで、シャツ姿になる。


『 … 武術はやってなかったのでは? 構えに研磨を感じる 』


「少年院がっこうで柔道をかじってたんだよ。黒帯を投げつけたこともある…って言っても通じないだろうけどな。」


『 強敵 』


 マリーとユウキさんが対峙する。マリーは相変わらず自然体で立っているが、漂ってくる雰囲気はこれまでと違う真剣なものだった。ユウキさんも柔術拳闘士の様な構えを取っており、お互いに緊迫した空気が流れている。これまでのお遊びとは全く違う雰囲気に思わず僕たちも見入ってしまう。


 始めにしかけたのはユウキさんから、マリーのドレスの袖を取って引き寄せようとするがマリーは体を斜めに腰軸を切りユウキさんのバランスを崩す。そこを押さえつけようとするが、ユウキさんは即座に距離を取り直した。


「チィ…合気道みてぇなことしやがるな。」


うふふふふふふふ


 その後、ユウキさんはマリーの手首を掴む。先ほどフィリノーゲンさんが失敗した戦術だが、ユウキさんはマリーが手首を押さえつけようとした力を利用して、マリーの太ももを狩るように足をかけマリーを宙に浮かせた。そのまま投げつけられるものかと思っていたが、マリーは即座に手を離し間一髪で着地する。


 しばらく2人の攻防が続く、そして遂にお互いがお互いの襟袖を掴んでの接近戦となった。ユウキさんは何度かマリーを背負い投げようとしたり、腰から足を狩ったりと繰り返すが全てマリーが寸ででいなす。そして、マリーが急にしゃがみこんだ。急に相手を見失い真下に姿勢を崩されたユウキさんはそのまま円を描くように一回転して地面に叩きつけられた。


「空気投げ!?」


 叩きつけられたユウキさんの表情に悔しさは無く、むしろ何か感動までしているようだった。


『 強かった 流石 』


「いやぁ…。油断はしてなかった、鮮やかだったよ。まさかこの世界に来て空気投げが体験できるとは思わなかった。楽しかった、またやろうぜ。」


 そう言ってユウキさんはマリーと握手をした。…ユウキさんでも勝てない相手、僕たちで歯が立つ訳がない。僕たちは2人に拍手を送って、〝柔術大会〟はお開きとなった。

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