溺れるギャンブラー ④
僕の目の前の光景は一言ではとても説明ができない。特にマリーの銀髪が逆立っている時はいつもそうだ。
まず一番目に付くのは、幾つものテーブル。バカラ・ブラックジャック・ルーレット・サイコロ・数字当てのギャンブルの卓と、吹き出るようにチップを吐き出し続ける、壊れたスロットル。それらを遊戯する客の前にある、眩むほどに積み上げられた金貨や銀貨、赤・黒・青といったチップの山たち。目に狂気を宿し、ギャンブルに魅了されていた客とディーラー。
そこに突然やって来た黒いローブに、覆面で顔を隠した魔導師や召喚術師らしき人間、マスケット銃を持つ同じく覆面の男達50人ほど。数十秒前まで耳がおかしくなりそうなほど鳴っていた警報は、天井に撃ち込まれたマスケットの一撃を合図に止み、代わりに不気味なほどの静寂が訪れる。ひとつ上の階から支配人らしき中年の男性が、ふらふらと虚ろな目をしながら覆面二人がかりに連れてこられた。
覆面の一人が支配人らしき男性をチョイチョイと手の平の合図で呼び出して、いきなり胸ぐらを掴み、何が起きたかを恐ろしい剣幕で尋ねる。支配人は支離滅裂なことを口走ってその後、覆面魔導師に魔導の杖で殴打され炎で焼かれた、男は叫びながら周りを転げ回り髪が焼け焦げた匂いを充満させ床に倒れた。
バン!と僕の背中が叩かれる。
「さぁ!シオン君!!荒事のお時間だよ!」
ウィーサさんが目を輝かせて僕に活を入れた。そうだ、おそらくあの50人は緊急コードか何か出来たマフィア達、マリーも銀髪を逆立て続けている。覆面魔導師の一人が杖を掲げる…突如手首に巻かれた呪縛樹の締めつけが強まって手首が千切れそうになる、僕以外の客やディーラも苦悶の表情を浮かべる。
「やっぱそうきたねー!!!心に炎を宿したもう…。」
風船が割れたような音を立ててウィーサさんの手首に巻かれた呪縛樹が破裂する。マリーも呪縛樹など最初から無かったかのようにリストバンドを外す要領でスルリと手首から外す。異様さを察知されたのだろう、僕たちに覆面のマスケット銃が向けられる。ニヤリとウィーサさんが唇を吊り上げる。
「心に炎を宿せ!!!」
客やディーラー、覆面の一部の魔力が爆発的に上がっていく、客やディーラーの手首に巻かれた呪縛樹が破裂して…そのまま高まった魔力が蒸発するように消えて無くなり、襲来した覆面の半分と客とディーラーは皆失神した。おそらく急激に上昇する魔力の負荷に耐えられなかったのだろう。僕の手首についた呪縛樹も締め付けが弱まって、リストバンドのように外すことができた。
「ふーん、魔導師や召喚術師は半分くらいかー!!さぁて残りのマフィアのみんな!魔女が相手だよ!本気でおいで!」
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
残りの覆面は一般構成員だったのだろう、呪縛樹を解いても魔力は感じない。しかし手にはマスケット銃がある。ユウキさんのチャカやライフルほどの威力でないにしろ当たったらケガでは済まないかも知れない。…その横でウィーサとマリーはコイントスをしていた。
「よっしゃー!わたしだ!マリーさんにばかり良いところ取られないぞーー!!」
なんとどちらが倒すかを、コイントスで決めていたらしい…。30近い銃口が僕らに向けられる、相手はマフィアだ殺したところで、山や下位のダンジョンに埋めるなり、アンデッドにされるなりして証拠隠滅を図るだろう。覆面達が引き金を引こうとした瞬間に、覆面全身が堅い土で覆われ土偶の様になった。
「魔導防止のローブと覆面なんかに頼ってるからさー!息はできるでしょ!?ちょいっと待ててねー、近衛兵が本格的に活動を始める朝まで!!」
『 … 』
「どうしたのマリー?まだ何か来るの?」
『 わたしも 戦いたかった。 』
「いや、もういいんじゃないかな…」
立っているのが僕たちだけとなったカジノで、倒れた襲撃部隊達の黒い覆面を剥いでいく。驚いたのは支配人らしき男性を殴打して、炎で焼いたリーダーらしき魔導師は受付にいた柔和な顔の女性だった。緊急コードは女性を介して行われたものなのか…
「そうだ、式でテグレクト邸に連絡を!」
「はいはーい!!」
そういってウィーサさんは通信の式を取り出し、ビーと音を立てて通信がつながった。
「こちら電撃カジノで大もうけ!化けの皮が剥がれたマフィアを全滅作戦実行部隊!!」
〝フィリノーゲンです、ウィーサさん成果はどうだい?〟
「う~んとね!客も店員も気絶させて、襲ってきたマフィアさん50人は失神させるか土偶化させましたー!」
〝やはり襲来があったか…。他に戦闘員が来る気配は?〟
「今のところ無いと思うよ!すごい光景になってるからみんな来る!?」
〝そうだな…事が終わったなら少しでも顔の利く人間がいた方が良い。ジュニアとレイチド君を向かわせる。〟
「はーい!待ってるね!」
そしてビーと音を立てて、通信が切れる。10分ほどしたらアムちゃんとレイチドが扉からやってきた。
「昨日の受付嬢がこのカジノのリーダーとはね。流石にそこまでは読めなかったわ。…それにしてもすごい光景ね。どこみても金貨の山…」
「ふむぅ、そして襲った賊を倒したのはウィーサか。流石だな」
「ふふ~ん!新しい魔導を初めて実践で使ってみたけど上手くいってよかったよ!」
「とりあえず客は置いておいて…ディーラーと賊だけでも縛り付けておくか。」
そう言ってアムちゃんは赤の呪縛樹でディーラー含めたカジノの関係者100人近くを縛り上げた。その後、夜明けまで交代で仮眠をとりつつ朝を待ってアムちゃんがカリフ領主に直々に式を飛ばして事情を説明、近衛を呼ぶ手はずを整えた。
「さて、これで半刻もすれば近衛が来る。おそらくは客もろとも引き渡されるだろう」
「お客さんも!?」
「まぁ違法賭博に手をだしたのだ。一応は罪だからな、ただ客たちは事情を聞かれてそのまま帰されるだろう。この金貨の山たちは…まぁ没収だろうな。」
「あららー!!折角勝たせたのに残念!」
「あぶく銭で大もうけしたところでろくな運命は辿らん、キツイ罰になっただろう。」
近衛兵士たちがカジノに踏み込んでくる。一様に異常な光景に対して困惑していたがレイチドが調査報告の概要を説明、気絶した客達もろともカジノのディーラー、襲撃したマフィアの軍勢は近衛に引き渡された。そしてカジノのあった建物には非常線が張られ、立ち入りができなくなった。僕たちは一度テグレクト邸に帰還する。
◇ ◇ ◇
「さて、カジノは潰したけど問題の貴族の息子だね。行き場を無くしてどんな行動にでるか…」
「引き続き調査は行いたいと思いますが、おとなしく自宅にこもって改心するとも思えません。それにマフィアに借金をしている身、それで脅される可能性も否定できないですね。」
「そうなれば、あのアホウは本当に悪事にまで手を染めることになる。インベース一族だってそれは避けたいだろう。」
「うーん、元凶のカジノをぶっ壊しても問題はつづくのか-!厄介だねぇ!」
「では引き続きレイチド君とウィーサさんは、インベース邸に戻って息子のカルディー君を追ってくれ。カリフの領主との交渉や事情の説明は私とジュニアでおこなう。証人にはシオン君とマリーさんもいるから大丈夫だろう。」
「かしこまりました。では、引き続き調査をおこないます。」
レイチドとウィーサは再びインバース邸まで飛んで、用意された客間へ戻る。息子はまだ眠っているということだった。レイチドは調査報告書を記入しなおしてイカサマ賭博であった部分を省略する。おそらくはウィリアムの言ったように、カリフのマフィアと全面戦争になってもおかしくない出来事だ。そしてあくまでマフィアの絡んだカジノで大負けをして、借金までしている可能性を記入しカジノ自体は本朝に摘発されたことを記載して説明をおこなった。
「では息子は、このマフィア共の餌食になったと…」
怒りで震え青筋を立てる侯爵が、くしゃくしゃになるほど握り絞めながら報告書を読んでいる。
「はい、現在金額までは確認できていませんがマフィアに借金をしている状況もあります。」
「額が判らない限り、立て替えることもできん…。」
「おそらくはカジノがつぶれた今、息子様の借用書はマフィアにとって切り札の一つです。表向きは商会としても活動しておりますのでおそらくはその名義での借金でしょう。これがある内はインベース様でも手を出せません」
「道理は判る。商会に借金をした息子の借金踏み倒しの為に商会を襲った、などとデタラメを風潮されればそれこそ一族の沽券に関わるからな。」
「左様でございます。今はカジノを失った息子様の動向を観察して、各自の専門に協力を仰ぐ必要があると考えます。」
「わかった。いや、ありがとうございました。今後もどうか息子の調査をお願いします。」
怒りに震えながらも両親はレイチドとウィーサに頭を下げた。レイチドとウィーサは一度客間に戻る。
……階段を下りる音がする。2日間の事情をしらない息子が起きだした。




