賢者の使用人
マルボ山の麓にある貴族の屋敷タダン=サイレクサー邸。そこで柔和な印象を受ける老人と、双子の魔導師マーモとクロンの3人がヘトヘトに疲れ果てていた。交代で主人であるタダンの世話をしつつ、殺到する弟子入り志願者や使用人の面接をおこなっていたためだ。
…タダンが悪龍アジ・ダハーカの討伐をしてからというもの、この状況がほぼ毎日であり12才の白知の賢者は殺到する人混みに驚き、3人がかりで癇癪を止めるのが精一杯だ。元々人混みを嫌うタダンの性格もあって、マークレンは自身が孤児院時代から育てて信頼している、タダンに必要不可欠な癒しや睡眠の魔導を得意とする双子の魔導師。そして形式だけのタダンの世話はせず家の整理をするメイド・執事をひとりづつ以外を雇っていなかった。
弟子入り志願者はとりあえず面前払いで事が済んだが、問題は使用人や住み込みとして働きたいという魔導師や召喚術師だ。どのような能力を持っているか、タダンの財産目当てでないか、タダンのことを理解してくれる人物かを査定して、試しに3日のみ雇ってみたが見事に全員3日後に辞表をだした。詳しい理由は書かれず、ほぼバックレに近い状態だったので不明だがタダンの病的ともいえる症状と能力のアンバランスさについていけなかったのだろう。
マークレンも既に65才、王国の平均寿命を上回っている。そろそろ新しい執事長を探して、後生へ引き継がなくては行けない年だ、しかし3才の児童並の知性と召喚術・魔導・魔導剣術を超一級で操るアンバランスなタダン…〝白知の賢者〟の世話は困難の連続だ。ある程度の実力もないといけないし、どんな理不尽なことがあってもタダンを素直に主人と認め奉仕できる人間ならば文句ないのだが。
…3人が頭を悩ませているとき、タダンの屋敷に神鳥ガルーダが宝箱を持ち窓際に置いていった。王都からもリーフ地区からも報酬は断ったはず。ではこれはなんであろうか?マークレンは緊張しながら宝箱を開けた。
※ ※ ※
先日の決闘見事であった。あれほど血の踊る戦いは久々だ、褒美の一つもやらねばなるまいと色々考えて時間が経ってしまいすまない。人とダークエルフの混血だ、あの偉大な白知だろうが世話を出来るだろう。うまくつかえるのなら使ってくれ。
帝国の城主より
※ ※ ※
宝箱に入っていたのは、麗しい姿をした長耳を持つタダンと同い年程度の女の子だった。
◇ ◇ ◇
「ハーフエルフ…ですか。」
「おそらくだがそうだろう。わたしも実物をみるのは初めてだ、帝国の悪魔からの報酬ということなのだろう。古帝国ではエルフと人間の合いの子は珍しくなかったらしいがな。」
「エルフと言えば、高度な知性を持つ人間と疎通の取れる魔物というイメージでしかないのですが。」
「悲しいことに東西王国立国前の戦乱で多くのエルフが森に姿を隠し、人間に対して敵意を持ったことから人間から〝魔物〟の烙印を押されたのだろう。…元を正せばエルフを戦力としようとした人間の性なのだがな。」
マークレンと双子の魔導師マーモとクロンは左右に束ねた白髪と長耳が目立つ少女をしげしげと見つめる。少女はまるで、猫のように首をかしげて3人の問答を聞いている。少女からはマーモやクロンは勿論マークレン以上に睡眠・癒しの魔導と魔力を感じ取れる。確かにタダンの世話役としては十二分に役立ってくれるだろう。問題があるとすれば…
「この子、言葉が通じないようですね。」
「ん~、そのようだ。これでタダン様の世話ができるかどうか。」
「タダン様の餌食にならないといいのですが。」
「ふむ、不安要素の一つだ。」
トトト と階段の降りる音がする。件の賢者タダンが起きてきたようだ、タダンはパジャマ姿で新しく来た使用人?であるハーフエルフを眺める。そしてしばらくにらめっこのように、お互い無表情で見つめ合っていた。
「 しろい 」
タダンはそれだけ言って興味を示したのか、ぺたぺたと無邪気に少女に触り始めた。少女は嫌そうな顔一つせずタダンに触られ続けている。そして
「こころにほのうをやどしたもう。」
タダンの魔力が爆発的に上昇する。3人に緊張が走る、神や悪魔さえ束縛する紫の呪縛樹を受けても抑えきれない魔力が高まり始めた。この少女を消し炭にでもするのだろうか、だとすれば3人に止める術はない。しかしタダンが行った魔導は、3人でさえ見たことのない独創的な魔導だった。
「ふぇ?あ、はは、はじめまして。わたくし帝国の城より派遣されました、ルファーと申します…」
今まで無言を貫いていた少女が急に喋り始めた。意思疎通の魔導、3人はタダンがこんな繊細な魔導を扱えることに驚き、次に少女が自分の意思で話し始めたことに驚いた。少女にはあきらかに困惑の色が浮かんでいる。
3人は早速面接を行い、3日のみタダンの世話を付き添いでルファーと共に行うことにした。ルファーはとても器用で、タダンのこだわりを瞬時に理解して湯浴み・食事・着替えから下の世話まで見事にやってのけた。
「元は地下牢に幽閉されている方の世話をしていましたので、こういう仕事は得意なんです。」
と ルファーは笑顔で言っていた。また魔力も3人を超える力を発揮して癇癪を起こしそうになるタダンを、癒しや睡眠の魔導で平常心に戻らせていた。3人で行う仕事は大分楽になり、マークレンも胸をなで下ろした。将来はメイド長にでもなってくれることを内心期待している。
事件はルファーが来てから一月という時に起こった。山菜を採りに行ったルファーが夜になっても帰ってこないのだ。3人はタダンを連れて散策に出かけたが、山道にもいない。マークレンとマーモ・クロン姉妹は、人さらいの可能性を含めて調査に当たった。
…本来ならばタダンの力を使えれば事は簡単なのだろうが、タダンは自分の名前はおろかマークレンやマーモ・クロン姉妹の名前すら未だに覚えてくれないほど、自分にも他人にも無頓着だ。それに下手をすれば人さらいのアジトもろとも、ルファーまで消し炭になるだろう。人間とダークエルフの混血で、無垢で可憐な少女…。人さらい・奴隷商人からすれば、これ以上ないというほどの商品だ。
「しろいひとさがし?」
タダンが真剣な顔つきで汗だくになりながら散策する、マークレンやマーモ・クロンに対して話した。珍しいことにタダンは、朧気ながらルファーの事を覚えていた。
「左様でございます。あのルファーさんが、山菜を採りにいってからいなくなってしまったのです。」
「あっ、そう」
マークレンは主であるタダンにそう説明する。…タダンは自分の魔力を抑えている紫の呪縛樹で作ったブレスレットをカチャリと外した。
◇ ◇ ◇
「中々の上玉だな。売れば金貨で1500…いや2000はいくかもな!」
「それにしても混血ねぇ。未だにいるとは思いもしなかったよ。運が悪かったなぁ。」
月が高く上がる夜、薄暗い洞窟の中で人さらいの集団は〝戦利品〟について語り合っていた。人間とダークエルフの混血でしかも年も若く美しいと来ている、これは一生遊んで暮らせるほどの値段がつくに違いない。男達は酒盛りをしながら盛り上がっていた。
ルファーは口枷を嵌められ、赤の呪縛樹で縛られたまま項垂れ時に男達をにらみ付けていた。おそらく助けはこないだろう。タダンは愛しの主であるが、自分のことなど路頭の石ころに近い存在。人間と魔物はおろか、カラスと書き物机の違いすらわからない。自分の今後について考え不安が過ぎる。
ルファーが鬱々としていると膨大な魔力が察知できた。生まれてからこれほどの魔力を持つモノは帝国の悪魔か現主人しかしらない、信じられない顔で洞窟の入り口に目を向けるとタダンとマークレン、マーモとクロンが石版に乗って佇んでいた。
「 しろいの かえして 」
タダンが男達に話す。男達は突如現れたガキ3人と老人1人に笑い声を上げて酒瓶をタダンに向けて投げつけた。…その酒瓶は空中で破裂してガラス片は投げた男の全身に刺さり、男は悲鳴をあげる。その隙にマーモとクロンがルファーを洞窟から逃がした。タダンがこれからこの人さらい達を討伐するならルファーだって無事では済まない。
人さらいの集団17人は剣をもってタダンへ襲いかかろうとする。…そこに金色龍王3体とキマイラ2体、スティンガーの搭載されたモンスタータンクが洞窟を塞いだ。そして金色龍王がブレスで焼き払い、キマイラが咆吼をあげ、モンスタータンクがスティンガーを発射しようとした瞬間…。タダンは眠りについた。
「主人を人殺しにはできません。申し訳ない。」
マークレンとマーモ・クロンの3人で癒しと眠りの魔導をかけたのだ。そしてルファーを縛っていた赤の呪縛樹を切り裂く。
「4人で戦いましょう。そして近衛に引き渡すのが一番です。」
ルファーを合わせた4人が臨戦態勢に入る。17人の人さらいは先ほどみた、6体の高位の魔物で既に意気消沈だ。4人がかりで眠りの魔導をかけ、ロープで縛り付けるだけの簡単な仕事であった。
…翌日、17人の人さらいは近衛に引き渡され御用となった。タダンは前日のことなど覚えてもいないらしく相変わらず気まぐれとこだわりに支配された生活をしている。
黒パンにミルクを浸して食べ、湯浴みと着替えを手伝ってもらい生活する。新たな使用人はタダンにずっと〝しろいひと〟と呼ばれながらも笑顔で賢者の世話を続けていた。
白知の賢者編 これにてしばし終了となります。




