決闘
タダンの執事ロナルド=マークレンは一通の手紙を読んでいた。
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決闘状
タダン=サイレクサー卿へ
この度のアジ・ダハーカの討伐ご苦労であった。アジ・ダハーカは貴殿らにとっては邪悪なる神龍であったかもしれないが、我々一族にとっては讃えるべき神でもあった。とある者たちと〝二度と王国に魔物を率いて襲わない〟と約束をしたため、無関係の人間相手に復讐をする気などさらさらない。
ただ討伐者である貴殿を許すことは出来ない。もしその気ならば古帝国跡地にある荒野へと顔を出せ、もし顔をださねばわたし自らが貴殿の屋敷へ赴くことになるだろう。わたしとて無益な被害は避けたい是非、顔をだしてほしい。
帝国の城主 貴殿らで言う悪魔より
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…マークレンは立ちくらみを起こしそうになり、他の魔導師2人に支えられ転倒を免れた。朝方に届いた突然の手紙、それはあまりにも非情な決闘状であった。タダンに見せずに捨てたとしても今度はあちらから赴くという。これは無視できない。
帝国の悪魔といえば、数ある悪魔の城の中でも正当派の最難関とまでよばれる〝魔王〟の住む城。テグレクト一族にその相談へ行くと、手紙にあった〝とあるものたち〟とはテグレクト邸の面々と1人の傭兵のことであったという。
そして8人がかりで行っても倒すことは難しいほどの実力を持っていたとのことだった。この決闘状…タダンの気まぐれ次第、どう転ぶかは判らない。
「けっとう にいく」
タダンの気まぐれは決闘に応じる方向に転んだ、パジャマ姿に木の棒という相変わらずの装備で石版に乗る。マークレンと魔導師2人も仕える主人を見殺しにできないと遺書を残してタダンと行動を共にする選択をした。そんな3人の決意など何処吹く風でタダンは、同行しても良いかという問いにコクリと1回頷くだけだった。
タダンは緊張もしていなければ、やる気に満ちているわけでもない。ただただ無表情で4人が乗る石版を、浮遊と操作の魔導を用い猛スピードで運転している。そして飛ぶこと二刻ほど、古帝国の跡地でありどの貴族が統治しているわけでもない無法地帯、見渡す限り土だけの荒野へと降り立った。時刻は丁度昼といったところ。
…4人の正面から膨大で豪気な魔力が感知され、恐ろしいスピードで迫ってくる。そしてマークレンと2人の魔導師が呆気にとられている内に、一人の異形の男が姿を現した。龍王ほどの巨躯を持ち、黄金の巻角を生やし手足は大熊のように豪気で爪は猛禽類のように鋭い人型の男だった。
「ほう、決闘に応じたか。骨のあるヤツだ。となりの3人は…戦力として連れてきたわけでもないのか、変わったヤツだな。」
帝国の悪魔は楽しそうにそう話した。そして拳を大振りに構えて魔力を宿し、大振りに打たれた拳の一撃は凶悪なブレスのようになった。タダンは銀色の水銀のようなスライムを三〇〇体ほど召喚して自身を守った、悪魔の放った一撃は300のスライムを貫いてタダンのパジャマと金髪を少し焦がした。何時も無表情なタダンは笑顔になる。
「こころにほのおをやどしたもう。こころにほのおをやどしたもう。こころにほのおをやどしたもう…。」
タダンの魔力が爆発的な上昇を繰り返す、そして左の握り拳にすべての魔力を宿した。タダンは左腕を真っ直ぐと伸ばして腰軸を切り、左肩を大振りに回し拳に宿した魔力を、一撃すべてに乗せてぶっ放した。魔力は強烈で凶悪なブレスへと変わり、帝国の悪魔に襲いかかる。
咄嗟の出来事に帝国の悪魔も動けずにおり、模倣された自身の得意技をそのまま食らい片膝を着く。今生の不覚だ、ダメージが大きく動けるよう回復するまで10秒はかかる、このまま剣の一撃や魔導を急所に食らえば…。
悪魔はあまりにも鮮明な回想の中に居た。一匹のコウモリと戯れていた童の時、自身が悪魔という種族、その頂点に立つ一族であることを知ったときの栄光、悪魔という卑劣な種族への嫌悪を抱いた反発の時期、すべてを受け入れ生きる決心が付くまでの葛藤、そして一族を離れての悪魔としての独り立ち、そこからの繁栄、自身の城を築きあげ、高位の魔物を部下としていく成り上がりの高揚感、自身が女に籠絡されるという屈辱、勇敢なる8人の人間、そしてアジ・ダハーカを討伐したという童の記事を読み送った決闘状、…そして悪魔は目の前の現実に戻る。
目の前には金髪とパジャマが少し焦げたタダンが、無表情で立ちすくんでいた。自身が回想をしていたのはどれだけの時間だっただろう、少なくともトドメを刺せる時間はあったはず。そんな混乱する悪魔にタダンは一言だけいった
「つぎ」
そういうとタダンは水銀の様なスライムを再び300近い数出して防御の姿勢に入る。…決闘というものを何か勘違いしているのだろうか、帝国の悪魔は混乱する。
「つぎ!!はやく!」
癇癪を起こしたような声で攻撃をすることを迫られる、帝国の悪魔も初の事だった。しかし体は動く、悪魔は再び魔力を拳に宿して一撃を放つ。二度目で慣れたのか、タダンは300のスライムを犠牲にすることでタダンは無傷を保った。そして今度はタダンが左手に魔力を宿し、大振りに拳を放って強烈なブレスを放つ。帝国の悪魔は今度こそ防御を行う、両手で前方を魔力で覆い強烈で凶悪なブレス防ぎきった。
「ふはははははは!!面白い童だ!わたしの技を一目で習得するなど、人間でも悪魔でも聞いたことがない!」
「つぎ そっちのばん」
そうして交互にブレスの撃ち合いを行う、タダンと帝国の悪魔。マークレンと魔導師2人は完全に置き去り状態で安全を確保して、呆然と膨大な魔力のブレスを見守るほかなかった。そして夕方になろうとした頃であった。
「あきた」
帝国の悪魔の一撃を計47回防ぎ、金髪とぱじゃまを焦がしたタダンは最後の防衛だけして石版に乗ろうとしていた。
「なんだ!?何処へ行くのだ!!」
「かえる」
「…???」
帝国の悪魔は言葉が出なかった、一度不覚を取り死を覚悟した身。あの時点で勝敗はついていた、しかし決闘の方法を向こうが変えたため付き添いを行っていたに過ぎない。そのため逃げるなとも言えない。そこに1人の老人が入ってきた。
「申し訳ございません。タダン様は大変きまぐれな方でございまして、知性は3才の幼児に劣るのでございます。」
帝国の悪魔は目を見開き驚いた。そんな子どもがアジ・ダハーカを討伐し、己にここまでのダメージを負わせるなど考えられなかった。今この童に本気で襲いかかれば自分はどうなるのだろうか、そんな考えが帝国の悪魔に過ぎった時だった。
「 キン かたい つよい ごわごわ 白い 黒い 」
石版で浮かび移動してきたタダンが恐れのない無垢で無邪気な手つきと瞳で、帝国の悪魔の龍王ほどの巨躯や黄金の巻角、大熊や猛禽類のような手足爪にぺたぺたと触ってきたのだ。その触り方には敵意は無く、興味を引かれている目をしていた。帝国の悪魔も、自分を恐れもせず触ってくる童に興味をそそられた。
「貴殿こそ強かった。あれほどのダメージは生まれて初めて食らった。貴殿がその気ならば殺せたであろうに何故しなかった」
「じゅんばん」
「順番?」
「えぇと、タダン様は〝決闘〟というのはお互いが1回づつ攻撃していくものと捉えております。おそらくボードゲームのチェス、トランプのポーカーやジンラミーの様な物と考えていたようです。」
「なんと!?では最初に攻撃を避けず、正面から受けたのもそのためか。」
「おそらくですが、そうなります。」
帝国の悪魔は、この不可思議な童を何度も見定める。膨大な魔力を持っており召喚の術と魔導の術を同時に行った、その上自身の拳の一撃さえも即座に解析され完璧に模倣された。…ただ改めて見ると焦げた髪の毛や服に執着はないようで、焼けた穴からは巻オムツの跡も見える。
巻オムツなど、これほどまでに成長した人間がつけるものでないことは悪魔でもわかる。それに付き添った使用人3人からは治癒や睡眠の魔導を感じ取れる。そして先ほどの激烈な攻撃性が嘘のような無邪気なタダンを見て、帝国の悪魔は全てを理解した。…この童、タダンは白知なのだ。
「ふはははははははははは!!白知であれほどの能力を持つなど、面白いこともあるものだな。世話焼きも大変であろう、わたしの部下にならんか?いくらでも世話役をあてがってやる。」
タダンが首を横にかしげる。そこにマークレンが耳打ちをして、部下とは自分たちのような人の事であると説明をする。
「やだ」
タダンは無表情で帝国の悪魔にそういった。悪魔は笑いながら〝残念だ〟と話し、石版に乗って帰還しようとする4人を見送った。…帝国の悪魔も満足げな顔で自身の城に戻り、王座ヘ座る。生まれ育った一族では信仰されていたアジ・ダハーカ、しかし一族に嫌気が指し離脱した身としては特に気にしていない。ただアジ・ダハーカを倒すほどの実力者と腕試しがしたかったのだ。
久方ぶりの血が踊る戦闘、男比べともいえる腕比べ万全な真っ向勝負、47発もの己の技の完璧な模倣の応酬に、生まれて初めて受けた膝を着くほどのダメージ。悪魔は満足げに溜息を吐く、悪魔が回想する過去に1人の金髪の少年が加わった日であった。




