賢者への依頼
場所はマルボ山の麓にある貴族の屋敷、サイレクサー邸。貴族の称号を持つのは、精神に重度の遅滞がある12才の少年であり、同時に〝目にした魔導・召喚術を一目で習得する〟という稀代の能力をもつ、タダン=サイレクサー。二つ名を〝白知の賢者〟
そのタダンが住む屋敷に、来客が来ていた。対応するのは、貧窮院・傷病寺院に改革を成して王国の福祉に大きく貢献し、王賞状まで授与された老齢の男性で、現在はタダンの執事を行っている老人ロナルド=マークレン。
来客は王都からの使者、タダンは王都からの使者に貴族の称号を得てから貴族らしい行動を一つも取っていない事に苦言を呈されていた。貴族は〝社会の模範となるように振る舞うべき〟という論調が強く、いくら悪魔の城を一つ壊した功績があるからといって、その後隠居生活のように何もしないのはいかがな物かと言われていた。…タダンはそんな使者の皮肉など目もくれず積み木遊びに興じている。
マークレンは横で積み木遊びをする主…この屋敷の貴族であるタダンをみて困った顔をする。社会の模範もなにも、湯浴み・食事・着替えすら1人では行えない精神に重度の発達遅れがある子供なのだ。善悪の区別や、社会からどう見られているかなど気にもしていないだろうし、気にする能力も備わっていない。
しかし持ち合わせている力は膨大で、それこそ難攻不落悪魔の城を単身棒きれ一本で瓦礫の山にする実力者だ。下手なことを言えば、どんな騒動が起こるか判らない。そんな事情もしらない目の前の役人に、頭の中で悪態をつく。目の前の役人は遠回しに色々と言葉を紡いでいるが、要は〝貴族になったからには何か実績を作れ〟ということである。
貴族としての実績は多々ある。草民の統治や新たな政制度の改革、近衛を使い襲来した魔物の討伐をすることや、農作を主とする領土ならば生産量の増加などなど。しかし、ここはマルボ山の麓。統治している草民がいるわけでもなく、農業が盛んなわけでもない。魔物はいるが整備された道があり、行商人や旅人も安心して道々を歩いている。…そうなればタダンにできることといえば、冒険者まがいに討伐の旅にでることくらいだろう。気まぐれではあるが、こと破壊や殲滅に関しては右に出る者がいない不可能を可能にする賢者なのだ。
「できた」
マークレンは、横で立派な積み木の城を作り上げた主人を見ながら頭を悩ませた。
◇ ◇ ◇
その夜マークレンは使用人である魔導師たちを集めて、会議を開いた。
「タダン様に功績…。悪魔の城を一つ潰したのですからいいではないですか。これ以上何をしろと。」
「わたしもそう思う。ただ、貴族の称号を得てから何もしていないということに対して役人たちは不機嫌に思っているようだ。」
「王都の役場にタダン様を3日ほどあづけてみますか?二度とそんな戯れ言は言わないはずです。」
「いいアイデアだが、王都に隕石の雨でも降り注いだら事だ。止めておこう。」
「まったく…。わたし達の苦労も知らないで。これだから役人は嫌いなのよ!なんでもかんでも口ばっかり。」
「タダン様は、こと戦闘やダンジョンの破壊の功績を作ろうと思えば、いくらでも作れる実力をお持ちだ。しかし能力が膨大すぎて、周り事焼け野原になってしまう恐れすらある。だから止めていたのだがなぁ。」
「もういっそのこと、貴族の称号なんて返上してもよいのではないでしょうか?タダン様には既に悪魔の城を壊滅させた時の莫大な財宝があります。3回は死ぬまで暮らせるでしょう。」
「いや、貴族の称号は捨てるわけにはいかない。私も生い先が短い身だ、次の世話役を捜すときに貴族の称号はかなりの効果を持つ。」
「そうですか…。ではどうしますか、また悪魔の城でもぶち壊しにいきますか?」
「タダン様の気が向いてくれればいいのだがなぁ。良い方向へ執着してくれれば文句ないのだが。あの性格だ、自分が気にくわないことはしないだろう。」
そんな話し合いの中 トトト と階段をおりる音がした。今使用人は全員会議室、つまり足跡の主はタダンだ。時刻は日没を過ぎてかなり立つ。使用人たちは急いで階段の方向へ走り出す。タダンはパジャマ姿のまま木の棒を手に持って、屋敷から出ようとしていた。
「さんぽ」
タダンは一言それだけ言った。急いで使用人の魔導師とマークレンは装備を調え、タダンに付きそう。4,5日に一度あるかどうかの気まぐれだ。大抵は高位のダンジョンに連れていかれたり、魔物の巣窟に入って行ったりとロクな目に合わない。しかし自力で帰ってくる能力が欠如しているため、誰も付き添わないわけにもいかない。タダンとマークレン、使用人の魔導師2人はタダンの操作と浮遊の魔導で飛ぶ石版に乗って、タダンの気まぐれ散歩に付き合うことになった。
◇ ◇ ◇
真っ黒焦げになった炭の中、〝元〟人食い花の巣。そこでタダンはパジャマ姿に木の棒一本という装備で、キョロキョロと他に何も無いか探していた。マークレンも使用人の魔導師も唖然としている。タダンの運転する石版が〝人食い花の巣〟に入ったかと思えば、タダンは石版に乗ったまま火・水・土・雷・風魔導を5重にかけたブレスのような竜巻を巻き起こした。
そしてあっという間に人食い花たちは土で動きを止められ、風と水で切り裂かれ、炎で焼かれ、雷に打たれた。あわれな人食い花たちは一匹残らず消し炭となって、蔓草だらけだった巣も焼け焦げ、元が何であったか痕跡すら残っていない完全な焼け野原と化した。
「147」
タダンは無表情でそれだけ言った。おそらくは討伐した人食い花の数だろう。使用人たちはタダンのデタラメな強さは知っていたが、これほどの力… 一瞬で魔物の巣を焼け野原にする光景は初めて見た。おそらくどんな高位の魔導師が束になってもこんな真似できないだろう。いつもは適当にとんでもない場所を散歩して帰るだけなのだが、なんの琴線に触れたのかタダンは人食い花たちを全滅させたのだ。
「マークレン様…、これは。」
「おそらくだが、貴族の称号を持つ前に〝人食いの森〟を全滅させたと聞いた。おそらくそれの回想だろう。」
「恐ろしい能力ですね。これは功績にはならないでしょうか。」
「証明する手段がないからな。それにただ討伐しただけだ、草民の手助けとなって初めて〝貴族の功績〟になるのだ。恐らく無駄だろう。」
「なんだか頭が痛くなってきました。」
「奇遇だね、私もだ。」
使用人3人が未だに消し炭の中をうろちょろしているタダンを眺めていると、1人の青年が小走りでやってきた。始めはタダンに話しかけようとしていたがマークレンが急いでそれを止めた。いきなり見知らぬ男に話しかけられれば驚いて癇癪をおこしてしまう。
「いやはや夜分遅く失礼、すこし散歩に来たのですが手違いで森ごと焼け野原にしてしまいました。」
青年からは魔導の力を感じ、腰に剣をさしていることから魔導剣士であろう。青年はマークレンに対して敬意を表しながら村で起きている異変の話を始めた。
「突然の訪問失礼致します。高位の冒険者様とお見受けします。このたびはご助力を申し出たく参りました。現在我々の領地であるオリア村で未曾有の危機が起こっているのです。」
「未曾有の危機?聞かない話しですなぁ。ここはたしか…リーフ地区ですから、そのお話しは領主様や近衛様へお話しはされたのですか?」
マークレンの質問に男はこう答えた。
「わたしがその近衛兵士、騎士団団長です!」
◇ ◇ ◇
タダンとマークレン、2人の魔導師はキースンというリーフ地区の近衛兵士団長の家へ招かれた。キースンはタダンが貴族であると言うことに驚いて、同時に納得した。
キースンが言うにはオリア村に得体の知れない人の身の3倍はある大きな卵が突然現れ、危機を察した近衛兵士が向かったが魔導を掛けようが剣で刺そうがスティンガーを撃ち込もうがヒビひとつ入らないとうことだった。そしてその卵からは禍々しい気配が感じ取れ、日に日に禍々しさを宿した胎動が強まり、力を増しているという。
「確かに不気味な話しですな…。応援要請などは?」
「スティンガーを連射する際に行いましたが結果は同じでした。卵にはヒビ一つ入りません。何が出て来るか判らないだけに恐ろしいのです。そこで今人食い花の巣を焼け野原にされたタダン様へこの謎の不気味な卵を対処してほしいのです。」
タダンは椅子に無表情で座り、落ち着き無くギコギコと椅子を揺すらせていた。
「かしこまりました。村人達の避難は済んでおいでですか?」
「はい、現在は近衛兵士が交代で見張りをしている状況です。」
「ではそのオリア村へ向かいましょう。タダン様の説得はわたしが致します。…村事破壊してしまったら申し訳ございません。」
翌朝、タダンが癇癪を起こさないようマークレンがあやしながら馬車でオリア村へ向かう。村は閑散としていて、夜通しの見張りで疲れの目立つ近衛兵士が数名いるだけだった。そして噂の卵…卵は白と緑のまだらを描いており、なんともいえない不気味で禍々しい気配を発している。タダンはその卵に興味を示したのかぺたぺたと触っている。
「黒い」
タダンは卵を触ってそれだけ言った。白と緑のまだら模様の卵…、タダンが黒いといったのは中身のことなのだろうか。マークレンと使用人の魔導師2人に緊張が走る。タダンは早速と6体の金色龍王・ガルーダ・スティンガーの搭載されたモンスタータンクを召喚して一斉攻撃し、自身も火・水・土・雷・風の魔導をぶつける。卵は堅くしばらく無傷を保っていたが、タダンの強烈な攻撃を雨あられと浴びて徐々にヒビが入って行く。そしてヒビの部分から殻が完全に割れ、中身をさらけ出した。
「ヒィ…」
使用人の魔導師が思わず悲鳴をあげる。卵から現れたのは、瘴気をこれでもかと発する、龍の形をした巨大な黒い塊…邪神とも邪龍とも言われる神話の世界の生き物で、神話の中では既に滅亡したものと言われているアジ・ダハーカだった。
「こんな…神話の存在が。」
マークレンも驚きを通り越して目を丸くしている。タダンだけが、1人召喚獣と自身の魔導でアジ・ダハーカへ攻撃をつづける。アジ・ダハーカは瘴気のブレスをタダンへと向け応戦するが、タダンは無表情のまま攻撃の手を止めない。式に攻撃を行わせ、風で切り裂き、雷鳴で打ち抜き、炎で焼け焦がし、水を勢い良く打ち上げ、地割れで岩を投擲する。そして自身の魔力での攻撃を止めアジ・ダハーカの対応を式に任せてタダンは呪文を詠唱しはじめた。
「タダンのぼうしは ふしぎなぼうし、空にあげるとトリがでてくる。タダンはさらにたかくとばすと次はお星様がはいってでてくる、〝もっとおおきなおほしさまがいい〟タダンはそういってさらに高くぼうしをそらにあげた、でも何日たってもぼうしはおちてこない。あきらめていえにかえると、タダンのぼうしがおちてきた。そして… 」
呪文を詠唱する事にタダンの魔力が上がっていく。どんな魔導か知っている魔導師の使用人たちとマークレンは、一目散にタダンから離れる。これでは自分たちもタダンの魔導の餌食となる。
「おおきなお星様がおちてきた。それはそれはきれいなあかく光るおほしさまだった。」
…タダンが詠唱を終えると天から無数の真っ赤に燃える隕石が降り注いできた。猛スピードで落下し赤く燃え上がる大岩は、アジ・ダハーカの体を鱗ごと貫き、頭部を砕き、牙を折り、瘴気を集めて回復させる暇も与えず全身に隕石を突き刺した。アジ・ダハーカは断末魔をあげて、そのまま黒い霧となって消えていった…。
◇ ◇ ◇
〝賢者タダン=サイレクサー、邪神アジ・ダハーカを単身討伐〟
そんなニュースが王国中を駆け巡った。不気味な卵があると村に取材にきていた記者がタダンの戦闘の一部始終を写真と映写の魔導具に収め、功績を記事にしたのだ。リーフ地区からは莫大な報酬が与えられたが、〝貴族として当然のことをしたまでです〟とマークレンが断った。そもそも隕石はアジ・ダハーカだけでなく、民家にまで被害が及んでいる。そのままあの邪神が完全体で復活するよりは被害は少ないだろうが、それでも村一つ半壊させたのだ報酬を受け取るのは気が引けた。
それにこのニュース以降王都からの使者に小言を言われることはなくなった。むしろかなりの低姿勢でゴマでもするような対応に変わった。マークレンは役人という生き物の変わり身の早さに溜息をついた。そろそろ食事の時間。白パンや高級な食材など幾らでも手に入るのだが、なんのこだわりかタダンは安物の黒パンとミルク、適当に磨り潰した緑か赤のペースト食しか食べない。マークレンはエプロンをかけ、主人のために食事を作り始めた。




