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白知の賢者 ③

「289630」


 一切気配すら感じない無音の中、金髪の少年は木の棒を持って床のタイルの数を数えながら歩いていた。場所は〝静寂の城〟制覇した人間はおろか、生還した冒険者すら数少ない〝悪魔の城〟とも〝絆の城〟とも言われる場所。仮に生還できても悪魔に魂を吸い取られ生きた屍となる、悪魔の住む屋敷。


 そこにろくな装備もしていない木の棒一本持った少年が、1人で高位のモンスター達と戦っている。自分の発した声や足音すらしない場所で、金色龍王3体と神獣麒麟を2体、ガルーダを1体召喚して、自在に操っている。少年は視界を7つに分裂させて、音もなく襲いかかる魔物を対処していた。名前はしらないが、赤い髪や青い髪をもった人達が式の目を自分の視界にする技を行っている場面をみて即座に習得していた。


 装備が棒きれ一本の少年は、1人でキマイラや龍王、ジェノサイダーや高位のゴースト、狂王の怨霊を式の従者や、強力な魔導で討ち倒していく。やがて屋敷の中でも豪華な部屋にたどり着く、そこには赤と白のローブ姿をした黒い塊がいた。


 少年はその異形な姿をみても無表情で攻撃つづけようとする、しかしその黒い塊にはあまり攻撃が通じなかった。黒い塊の口らしき部分が三日月のようにつりあがる。


「少年、生きて帰りたいかい?」


 黒い塊…屋敷の主、静寂の悪魔は少年に問うた。タダンはまるで無関心に悪魔の質問に対してこう話した。


「タダンのぼうしは ふしぎなぼうし、空にあげるとトリがでてくる。タダンはさらにたかくとばすと次はお星様がはいってでてくる、〝もっとおおきなおほしさまがいい〟タダンはそういってさらに高くぼうしをそらにあげた、でも何日たってもぼうしはおちてこない。あきらめていえにかえるとタダンのぼうしがおちてきた、そして… 」



◇   ◇   ◇



 日の出になる少し前、僕たち6人は広間に集まった。タダン君が夜間テグレクト邸を抜け出して、単身絆の城に向かったというのだ。歩いていける距離ではない、おそらく転移の魔導を繰り返したのだろう。そして気まぐれでよりにもよって〝静寂の城〟に入ってしまった…


「静寂の城…、みんな知っての通り、魂を抜き取る力のある悪魔が住む屋敷だ。そこに手ぶらの少年が向かうなど…、自殺行為もいいところだ。」


「うむぅ。あの屋敷はわたしでも制覇は難しいかもしれないほど、助けに向かったところで生きているかどうか…」


「今から装備を調えてみんなで屋敷に向かって全速力で飛ばしても半刻ほど…、静寂の城は一階建ての屋敷です。決着そのものは往き道でつくか既についているか…。」


「もーーー!!話してる時間も無駄じゃん!!さっさといこうよ!!」


「…ウィーサの言うとおりだ、各人装備を調え次第正門に集合!全速で飛ばしていく!!」


 僕とマリーも一旦部屋に戻って装備を調える。僕は龍王の鎧に兜、マリーはナックルを装備して正門に向かう。全員が集合したのを確認して、僕とマリーは天馬、ウィーサさんとレイチドはほうき、テグレクト兄弟は式に乗ってコトボの近くにある絆の城〝静寂の城〟へと向かう。


 みんな表情は堅く無言、半月とはいえ生活を共にした子供が悪魔の餌食になっているかもしれないのだ。それも助太刀できるほどに広い城ならまだしも場所は一階建ての屋敷、既に悪魔に殺されているか魂を抜き取られているか…。


 半刻は飛んだ頃だった、異様な光景に最初に気がついたのはウィーサさんとレイチドだった。


「ありゃ!?なんじゃあれ!?」


「なんです?あの赤い岩石…」


 悪魔の城のあるはずの場所が見えてきた頃、僕たちも異常に気がついた。悪名名高い一階建ての広い屋敷〝静寂の城〟、そこには真っ赤に燃える大きな岩石が無数に突き刺さり、屋敷を貫いてボロボロの瓦礫になっていた。そして金髪の少年、タダン君は瓦礫の側に座りながら砂遊びをしていた。


「なんだ!?どういうことだ!?」


 アムちゃんも驚き、タダン君のもとへと急ぐ。僕たちは悪魔の城だった瓦礫の山に到着する。屋敷に突き刺さった大岩は、熱を帯びて真っ赤に染まっている。タダン君は僕たちにまるで無関心に砂遊びを続けていた。


「おい!!タダン!なにをしたのだ!静寂の悪魔はどこにいった!」


 タダン君は砂遊びをする手を止めずに、視線すら向けないままこう言った。


「おおきなお星様がおちてきた」



◇  ◇  ◇



 僕たちは静寂の城跡地である瓦礫を探っていった。隕石が直撃し、焼け焦げ討ち倒された白と赤のローブを羽織った悪魔の屍をみつけた。そして悪魔が吸い取っていた魂入れであろうガラス玉は割れて粉々になっている。目が眩むほどの宝物も同時にみつかった、ただタダン君は宝にまるで興味を示さなかった。砂遊びに飽きたのかキョロキョロと周りを見渡して、何かを数えては数字を口にしている。


「隕石の魔導など…我々でできる者はいない。そもそもどれほど膨大な魔導が必要なのか…。ウィーサよ、イリー=コロンの文献になにかあったか?」


 ウィーサさんもこれほど大規模なメテオの魔導など自身でもできないと驚いていた。


「えーとねぇ…〝古帝国の賢者が錬金術の粋を用い遠長な呪文によってのみ完成できる魔導であり、現在の召喚術と魔導が分離しそれぞれが独自の専門性をもった現代では再現不可能〟だったかな!それしか書いてなかったはず!」


「ではタダンはその再現不可能を再現してみせたと…。もはや本物の賢者ではないか。」


僕たちは単身悪魔の城を制覇した、11才の精神遅滞の少年を見て今後の行く末を考えた。


 ◇  ◇  ◇


 半月前両親に捨てられ、自分の名前や両親の名前すらわからない11才の少年。精神の発達に遅滞がある少年が、マリーに抱かれながら眠っていた。場所はコトボ地区の城壁外にある悪魔の城〝静寂の城〟跡地、瓦礫と熱を帯びた大岩の山。日があがり、物々しい数の近衛兵が悪魔の城の跡地を調査している。


 そこにはテグレクト兄弟とシオン・マリー、レイチドとウィーサ、そして眠っている金髪の少年が1人いた。物々しい数の近衛兵をみて、タダンが恐怖で癇癪かんしゃくを起こしたため、マリーが呪いで寝かせたのだ。


「これが静寂の悪魔か…。元は堕天使か何かだったのだろう、音と気配を強化・遮断する力を司っている。」


 ウィリアムは頭部が潰れ、黒い翼を持ち、焼け焦げた赤と白のローブを羽織った人型の屍を見てそう言った。そしてウィリアムは自身のみが異世界から召喚できる超一級の魔導具〝過去を映す鏡〟を召喚して、静寂の城で起きた一部始終をテグレクト邸の面々と共に見た。


 そこには棒きれ一本の装備で気配も音もなく襲いかかる魔物を次々高度な魔導や、6体の高位の魔物を同時召喚して討伐するタダンの姿があった。そして静寂の悪魔の部屋にたどり着いて静寂の悪魔…元堕天使が不敵に笑い〝城から生きて出たいか?〟とタダンに問う姿がみえた。


 タダンはその問いに、絵本を読むようなトンチンカンな回答をしている。しかしその絵本の文面を暗唱するごとにタダンの魔力が上昇していくのが映像越しにも判る。


 そして最後に 〝おおきなお星様がおちてきた。それはそれはきれいなあかく光るおほしさまだった。〟 と呪文を終えると無数の隕石が屋敷に降り注いできた、悪魔も必死に応戦するが、隕石の直撃で翼はあり得ない方向に曲がり頭は陥没し、腰は砕け全身が焼け焦げ最後には頭部に隕石を食らって動かなくなった。


「…おそらくここで帰りたいと回答すれば魂を吸い取られた上で城から放り出されるのだろう。しかし防具も着けず、棒きれ一本で悪魔の城を制覇どころか瓦礫の山にするなど…、本当に恐ろしい。」


「うひゃー!すごい迫力!!隕石の魔導なんて本当にできるんだね!」


「この子…タダン君の力は少し緩められないかしら。紫色が結構好きだし、冥界の紫の呪縛樹をリストバンドみたいに加工してはめてもらいましょう。じゃないととてもテグレクト邸ですらめんどうをみれないわ。」


「うむ。僕もレイチド君の意見に賛成だ。まぁとにかくこの山積みの宝はタダン君の戦利品だ。彼には一生価値がわからないだろうが、生活を行う上では必要になるかも知れない。」


「とにかく調書も終わった、タダンも無事だった。もう我々が居る必要はないだろう、戦利品だけタダンのために詰めて帰ろうではないか。」


 ウィリアムの一言で、静寂の城にあった宝石・宝玉・宝剣の山を大きな宝箱に仕舞い各自はテグレクト邸に帰還した。



◇  ◇  ◇



 場所はテグレクト邸、そこで新たに呪縛樹を加工して作った特性のリストバンドを6人が見守りタダンに着けさせていた。


「タダン君、着け心地はどうかな?」


タダンは紫色のリストバンドをしげしげと見つめて、コクリと1回だけ頷いた。


「ふぅ。これで変に転移でいなくなったり暴走することもないだろう。…しかし神ですら呪縛する呪縛樹でさえ微力とはいえ魔力を感知させるとは、本当に底知れないヤツだ。」


「うむ。マリーさん曰く気まぐれとこだわりに支配された存在で、脳や魔力のリミッターが外れているそうだ。その代償がこの病気ともいえる生活行動の不自由さなのだろう」


「うーん、だいぶタダン君のこだわりにも慣れてきたけどやっぱり神経使うね…。」


「シオンはまだいいわよ。私なんて何度死にかけたか…、緑色が好きみたいで髪の毛も引っ張られるし大変。」


「いやー!完璧な模倣だけじゃなくて自分で魔導を作り上げることまでできるんだねー!隕石の魔導…いつかわたしも使いたいな-!!」


『 情動脱力処置は行っている でも 焼け石に水 感情の起伏と癇癪かんしゃくは治らない 』


「マリーの術でもだめか…。本当にどうすればよいのか…」



6人が悩んでいたところに一体の式が飛んで来た、そして持っていた宝箱を窓際に置いて式は去っていく。



「これは…王都からの報酬、それもタダンに送られた物だ!!」


「王都から!?コトボじゃなくて?」


「いや、何千年と冒険者を食い物にしてきた悪魔の城を壊滅させたのだ。当然地方の領主ではなく王直々の報酬がくるだろう。」


「とにかく開けて見るか…。」


 6人は人形遊びをするタダンを横目に、王宮から送られた宝箱を開ける。中に入っていたのはタダンあての王賞状と王宮への招待状だった。




◇  ◇  ◇




 場所は王宮、謁見の間。そこでテグレクト邸の5人が謁見の間について色々と注文をつけていた、タダンが王への謁見をするのは次の日。タダンの子守をウィーサに任せて5人はタダンが王の前で癇癪をおこさないように謁見の間を改造していた。


「えーと、銀と黒の柱は止めた方がいいです。タダン君は銀と黒の混ざった色は不吉だと思ってるみたいなので…。緑と赤の布あたりで巻いて隠して下さい」


「この絨毯じゅうたんも豪華すぎるな、彼は足場が柔らかすぎると不安になる。すまないが一時的に石化させてもらってもいいだろうか?終わり次第すぐに元に戻す。」


「この明かりも強すぎるわ。あの子いきなり強い光りを浴びると怖がるから。もっと薄暗くして。」


『 謁見で 近衛の横隊はいらない 彼は人混みを嫌う 4,5人とわたし達で十分 』


「ああ、あと髭を生やした人間は来てはいけない。タダンは髭を怖がる、どうしても必要ならマスクで隠してくれ。」


 王宮の近衛達も謁見に注文を付けられるなど初の事であったが、相手が悪魔の城を木の棒一本で破壊した精神の発達が遅れた子供と聞いて特例を受け入れた。5人は半月の間に学んだタダンの性格を予測して謁見の間を改造していく。


「ふぅ、こんなものか。これならばいきなり怒り出したり、こだわりをこじらせる事もないだろう。」


 謁見の間は薄暗く、柱には赤と緑の布が巻かれ、床は石作りになり、髭を生やした近衛にはマスクが被された。そして翌日、7人は王宮に入り王との謁見をおこなう。王国の長たる王は王座に座り、タダン以外の6人は最敬礼の姿を取る。タダンは棒立ちでキョロキョロと周りを眺めていた。


(タダン君、座って!)


 シオンがタダンに耳打ちする。タダンは無表情のまま、王の前であぐらをかいて座った。6人の顔が少し引きつる、だがある程度予想通りの展開だ、急に怒り出すよりはマシだろう。


 王も無礼な態度に少し驚いていたが、事前に精神に遅滞のある子供だと聞いていたので何も言わなかった。そして王は事前に決めていた事を話し出す。


「タダン殿。貴殿はこの度誰しもが討伐できず、王国の大切で勇敢なる冒険者達を食い物にしてきた〝絆の城〟を見事に制覇した。その勇気と叡智は王国の民や近衛の模範となるであろう。そしてその名誉に対し、貴殿に〝貴族の称号とあざな〟を授与するものとする。タダン=サイレクサーとして今後も王国の繁栄に寄与することを期待する。貴殿への一層の活躍と繁栄を期待し神と精霊の加護を祈る。」


 6人は驚愕する。王からお褒めの言葉をもらうだけと思っていたが、まさかタダンに貴族の称号が付くとは思っていなかった。タダンは王印が押された貴族の証明書を授与された、タダンはそれを受け取って、紙飛行機にして飛ばそうとしていたところをウィリアムとマリーに止められた。そして7人は謁見の間から去っていく。



◇  ◇  ◇



 王宮からテグレクト邸に戻った6人と1人は、何度繰り返したかわからない会議を進めていた。


「貴族の称号…。確かにそれだけの功績ではあるがタダン君にはその価値はわからないだろう。」


「しかし一つ前進できました。貴族の称号があるならば世話役兼近衛として高位の魔導師でも雇えるでしょう。」


「なるほど、世話役と近衛を貴族として探すか。幸い金も宝石類も大量にある、それに貴族としての統治費用も入ってくる。ただ雇う使用人には信用がいるな、宝をすべて盗むような輩なら元も子もない。タダンにそれを判断する能力もないだろうしな。」


「悪い人じゃない高位の魔導師でタダン君を理解してくれる人かぁ…。」


「レイチド君がその辺は得意そうだが…。どうだろうか?」


「人材捜しですか…。一度依頼を受けたことはございます。面倒なので断っていましたが、今回はしかたがないでしょう。…そのご依頼お受けします。」


 そしてレイチドはウィーサを連れて、貴族の子供の近衛探しに旅立っていった。

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