白知の賢者 ①
「ふむぅ…」
ウィリアムは目の前の少年、解呪の依頼を受けた12才の息子を見て困惑していた。どう考えても怨霊や悪霊の類ではなく、生まれつきの病気だ。そして極めつけがその両親…、〝しばしお手洗いをお借りしますわね〟と言って席から離れたかと思えば、気がついたときにはテグレクト館から姿を消していた。魔導師の一族だ、遠隔転移の魔導を事前に仕込んでおいたのだろう。
つまりは…。目の前の少年は両親に捨てられたのだ、依頼の紹介状に書いてあった住所もすべて探したのだが、夜逃げ同然に逃げ去られたあとだった。少年は両親が逃げたことなど気にも止めずに、真剣な眼差しで絵本を読んでいる。
「あの両親め…、子捨て山に我が屋敷を使いおったな…。それにしてもこの子供から膨大な魔力を感じるが、肝心の発育がかなり遅れている。」
ウィリアムはしばし悩んで奥の手を使うことにした。
◇ ◇ ◇
僕とマリーはアムちゃんに客室へと呼ばれた。部屋にはアムちゃんの他に、独り言を口にして窓を見つめる、僕と同い年くらいの少年がいた。なんでも依頼人の両親は子供を置いて逃げ去ったというのだ、初めからテグレクト邸に子供を捨てるつもりできたのだろう。かなり用意周到な、計画的犯行だった。
「急に呼んですまない。魔導師の息子なんだが、屋敷は既にもぬけの殻だった。おそらくこの子供を捨てるための計画だったのだろう。さてマリーよ、すこしこの子を診てくれないか?この子供には悪霊も怨霊も憑いてはいない。そうなればもはや魔導師や医者の領分…。ただ依頼人である医療に特化した魔導師一族でも手に負えなかったのだ。紹介状には子供のように振る舞い、癇癪を起こして時折不気味なことを話すと書いている。どこまで本当かはわからんがな。」
マリーは少年の頬に手を当てようと手を伸ばす、すると…
「やぁーーーー!!!」
急に怒り出してマリーの手を払ってきた、そして窓の外を見るのに飽きたのかテーブルの木の年輪を数え始めた。しかたがないので、マリーは後ろからかるく人差し指でツンと少年に軽く触れた。
『 精神発達遅滞 精神年齢は3才レベル 』
「ふむぅ、やはりか…」
僕とマリー、アムちゃんは重い空気を発する。12才の子供をテグレクト邸に捨てられるなど前代未聞だった。ぼくたちがどうしようか悩んでいると、少年が作業を終えたように穏やかな顔で座った。
「うむぅ?もう木遊びはおわったのか?」
「2597」
アムちゃんの質問に少年はそれだけ言った。何をあらわす数字かさっぱりだった。
「それは何の数字なのだ…?」
「これの数」
少年はテーブルに指を指して端的に話した。天然木でつくられた一級のテーブルで、切った際の年輪や木独特の線が多数ある。
『 たしかに 2597つの 線がある 』
マリーはそう話した、少年は僕たちがアムちゃんと話している間にすべてを数えきったのだ。
「なんと!精神年齢は3才ではなかったのか!?…先ほど絵本を読んでいたな。ちょっと試してみるか」
アムちゃんは少年に見せていた絵本をもってきて、読んでみてくれといった。
「タダンのぼうしは ふしぎなぼうし、空にあげるとトリがでてくる。タダンはさらにたかくとばすと次はお星様がはいってでてくる、〝もっとおおきなおほしさまがいい〟タダンはそういってさらに高くぼうしをそらにあげた、でも何日たってもぼうしはおちてこない。あきらめていえにかえるとタダンのぼうしがおちてきた、そしておおきなお星様がおちてきた。それはそれはきれいなあかく光るおほしさまだった。」
少年は一度読んだだけの絵本を暗唱してみせた。その後アムちゃんは絵本を逆さまにすると今度は絵本の内容を逆唱しはじめた。異様に思ったぼくたちはアムちゃんを筆頭にほかの3人も呼んだ。
◇ ◇ ◇
フィリノーゲンさん、レイチド、ウィーサさんが客間にあつまって、僕たちは少年の経緯を伝えた。
「自分では着替えすら出来ない子供が、本の暗唱やこのテーブルの線を数十秒で数えきったのか…。しかしすでに親は夜逃げしている、詳しい話はきけないだろう。」
『 先天性 治療は不可能 』
「ひどすぎるよ!!自分の子供を捨てていくなんて!」
「まぁ貧しい農村では子供の間引きはよくあることだわ。ただ魔導師ほどの人がやるのはめずらしいわね。」
「しかしこの子供はどこまでの力をもっていて、何が厄介で捨てられたのか…。確かに先ほどマリーが触れようとしたらいきなり怒り出したな。」
「家で面倒を見きれなかったのだろう、着替えや生活行動が1人でできないばかりか親の名前すら覚えていないほど他人に無関心だ。それに感情の起伏も激しい。…しかし11才とは思えない魔力をもっているな。もったいない。」
「でもこの子はどうしますか?わたしが捜索で両親を捜したところで今度は山にでも捨てられるでしょう。」
「なんとかこの子が幸せになれる方法ないかなぁ…。」
僕たち6人は頭を悩ませる。
「知性の魔導でなんとかならないかな!!ちょっと試すよ!…心に炎を宿したもう。」
ウィーサさんの魔力が爆発的に上昇する。ウィーサさん…ひいてはイリー=コロンの秘伝である魔力向上の魔導だ。変化がおきたのはその直後だった。
「こころにほのおをやどしたもう。」
僕たちの話の横で積み木遊びをしていた少年が笑顔でウィーサさんと同じ魔導を宿し、魔力が爆発的に上昇したのだ。僕たちもかなりおどろいたが、ウィーサさんの驚きようは半端ではなかった。
「えええ!!イリー=コロン様の秘術だよ!?わたしだって書物を読んでマスターするのに50日はかかったのに!!!」
「なんと!?一目見てウィーサの魔導を解析したのか!?凄まじい魔導師ではないか!」
「知性の魔導もなにも…わたし以上だよ!わたしでも一目見て未知の魔導の完璧な模倣なんて出来ない!」
「うむ。しばらくこの子に稽古をつけてみるか…。驚くべき才能をもっているかもしれない。」
そして、客人の名も無き少年はテグレクト邸で鍛錬を共にすることになった。名前がないと不自由なので少年が最初に読んだ絵本にちなんで〝タダン〟と名付けた。
…結論からいうと少年は〝無知無能〟でもあり〝凄まじい天才〟でもあった。ウィーサさんの秘伝の魔導はおろか、高度な召喚術すらも一目で完璧に模倣するのだが、基礎的な魔導である火を灯す魔導や簡単な式の召喚はできなかった。いくら教え込んでも基礎の魔導や召喚の技はできないが、一度覚えた高度な魔導や召喚術は幾らでも使えて、アムちゃんを見て覚えた金色龍王の3体同時召喚から、ウィーサさんの炎・水・風・土・雷を重複させた魔導のブレスすら習得した。
「召喚術と魔導を同時に扱えるなど…前代未聞だ。魔導師でも召喚術師でもない、神ですらできるかどうかだ。賢者と呼んでも差し支えないだろう。」
アムちゃんはおどろきながら11才のタダンをそう称した。しかし生活は相変わらずで自分で食事すらまともに食べられず食べこぼしもかなり多い、服の着替えにも介助が必要だ。一目見ただけならば本当にただの精神発達が遅れた子供なのだが、あれほどの技を見せられた後だとそうも言えない。
「この子…エンサーの孤児院あたりで過ごせればいいかもしれません。これを見て下さい。」
レイチドが取り出したのは一枚の絵だった。そこにはテグレクト邸の様子が細部に至るまで事細かに描写されている。映写の魔導でも使ったのかと思うほどだ。
「エンサーといえば芸術の町…たしかにこの子の才能を受け入れてくれるかもしれない。ただ、精神発育がかなり遅れた子供だ。引き取ってくれるかどうか…」
「とにかく動かないと始まらないさ!!わたし達でつれていくね!レイチド!タダン君をのせて!」
ウィーサさんはほうきを取り寄せて跨る。タダン君もそれをみて近くにあった木の棒を操作と浮遊の魔導で取り寄せてまたがって宙を浮いた。
「ありゃ!?乗せるまでもないかな?迷子にならないでね!じゃあいくよ!」
そう言ってウィーサさんとレイチド、タダン君はエンサーの町へ旅立っていった。




