各人の光栄・困惑・受難
僕とマリーの前には2枚の羊皮紙ではない丁寧に線維から編まれた立派な紙、それがこれまた立派な額縁と封印硝子に納められた王賞状がある。
〝シオン=セレベックス殿 貴殿は誰しもが恐れ竦むであろう魔軍討伐をおこない、帝国の城に住まう悪魔への協定に貢献した。その勇気は王国の危機を救い、王国の民達や兵士・近衛の模範となるであろう。その勇気と叡智をここに表彰し英雄として讃えるものとする。今後も貴殿への一層の活躍と繁栄を期待し神と精霊の加護を祈る。〟
文面の最後に王印が押された王賞状、どう考えても15歳の召喚術師見習いたる僕には身分不相応な立派なものだ。テグレクト兄弟の助言もあって、いらぬ混乱を避けるように魔軍の襲来と帝国の城の騒動は王より国家機密に値するものとして扱われニュースにはなっていない。大々的に英雄として祭り上げられるよりはマシだが、こんな立派な表彰を受けても僕は困惑するだけだ。部屋に飾るにはあまりに眩しすぎる。マリーにも同文の表彰状が贈られている。
『 英雄だって おめでとう 夢だったんでしょ? 』
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
マリーはそう言って茶化すように困惑する僕に話しかける。身に余りすぎる光栄、4英雄に憧れ目指した召喚術師だが、こんな何足も飛んでいきなり英雄扱いされても…というのが正直な気持ちだ。
「どうしようか…部屋に飾るのはもう少し修業を積んで自分で何かを成し遂げてからにしたいなぁ。まだまだ修業の身だし。」
『 まかせる わたしも この紙はいらない 』
マリーはそもそも王賞状そのものに興味がないようで〝この紙〟扱いだ。英雄として讃えられたということも何処吹く風、いつもと変わらず読書をして過ごしている。
「とりあえず…僕がこれを堂々と飾れるように!しっかりと力を付けないと!それまで封印しよう。」
そういって僕は僕とマリーの王賞状を引き出しへと仕舞って鍵を掛けた。
『 がんばって 』
マリーはその様子を見て笑いながら読書を続けた。
◇ ◇ ◇
テグレクト兄弟の前には2枚の羊皮紙ではない丁寧に線維から編まれた立派な紙、それがこれまた立派な額縁と封印硝子に納められた王賞状がある。
「英雄の末裔から遂に英雄扱いか…、しかし元はシオンとマリー。それにウィーサ・レイチドとユウキ殿の活躍からだ、別段ひいおじいちゃんの様に15年に渡る壮絶な旅をして満身創痍で勝利を収めたわけでもない。それで英雄と言われてもなぁ」
「まぁ、それにあの帝国の悪魔が豪気で話しの通じる男で無ければこれほどスムーズに事は進まなかっただろう。曾祖父の扱われる英雄という称号とは格が違う。しかし今回の一件でカリフや地方どころか王都からも依頼が増えるだろうな。それも王直々にだ。」
「ふむぅ、まぁそれはよい。依頼が来るなら幾らでも働こう、それにしても王賞状なんぞもらってもなぁ…」
「名誉なことではあるが複雑だな、我々は一戦力でしかなかった。とても英雄と称されるほどの活躍はしていない。皆の力だ。」
「飾っておいてもなにやら自慢の様でこっ恥ずかしい、宝物庫にでも仕舞っておくか…。」
「僕も同意見だ。客人に見られても恥ずべきものでもないが、王賞状には秘密にしてくれと頼んだ魔軍の襲来についても書かれている。それについて尋ねられたら対応に困る。」
「ではそうしよう。王よ、すまぬな。感謝の気持ちなどメモ紙で十分だったと伝えるべきだった。」
「ああ、事を重大に伝えすぎたか…いや十分重大だったか。」
そしてテグレクト邸の膨大な宝物庫に二つの王賞状があらたに納められた。
◇ ◇ ◇
「英雄なんて言われてもねぇ…」
レイチドは目の前の王賞状を手に持ち溜息をついた。狙ったシーフ一体捕まえられない探偵・捜索者のなにが英雄か。視線を金貨が入れられ顔の形にくり取られた2つのカボチャに向ける。
「オーランタン…あのカボチャ野郎をとっつかまえたら記念に飾りましょうか。」
レイチドは王賞状を戸棚にしまう。そして押しつけられるようにテグレクト兄弟からもらった宝石や宝剣に目を落とす。
「こいつらもどうしよう…、捜索者としての装備はもう一級品をもらってるし。寝食の世話もしてもらってる身、不相応な贅沢する気もないしなぁ。この宝であのカボチャ野郎が釣れればいいんだけどなぁ。…そんなに甘くないか。」
一度オーランタンをお縄にしたときにカリフの領主からもらった大きな宝箱に宝石・宝剣を仕舞う。かつてオーランタンは2度レイチドの部屋に侵入しているがこの宝には一切手をつけていない。挑発するようにメモ紙と金貨を入れたカボチャを置いて去っていっただけだ。シーフとしての活動を再開したというオーランタン、今どこでその盗技を駆使しようとしているのか…。
「絶対に…もう一度捕まえてやる…。」
顔を引きつらせてレイチドは何度も思った決意を口にする。
◇ ◇ ◇
「うっひゃー♪さすが悪魔の城の魔石だねー!!すごい魔力だ!こりゃ解析するだけでかなり時間かかるねー!」
ウィーサは魔導実験室で大小様々なノミやドリルといった工具を持ち、封印硝子製のゴーグルかけて魔石を削りながら魔石から魔導の研究を行っていた。
「ん~、祭礼の魔石を削った粉だけで高位のゴーストを20~30は操れるね。これは禁忌の魔導にカテゴライズかな?魔石全部にありったけの魔導こめたらカリフの町や近くの山までゴースト祭りになっちゃうねー。」
ウィーサは王賞状など何処吹く風、研究室の端に置いて魔石の研究に目を輝かせていた。
「そして…召喚の魔石かぁ~。専門外だしアム君たちの方が詳しそうだけど魔石だからねー。こりゃどっちつかずの困ったもんだね。感じる魔導は…禍々しいねー!!悪魔かな?神様かな?いやもっとだね、死の臭いまでする…間違いなく高位の神様クラスの力を宿してるね。よしアム君に相談だ!」
ウィーサに引っ張られるようにウィリアムが魔導研究室に連れてこられた。
「ウィーサよ…仮にも王賞状を雑板のように置いておくのはどうかと思うが…」
「飾る場所ないしねー♪そういえばアム君たちも宝物庫にしまったんでしょ?一緒にしまっといて!」
「まぁ…ここで置かれてるよりはいいだろう。そして何の用だ」
「ん~とね。召喚の魔石の研究してたんだけど九尾に近い戦乱の気配と死の気配がするのさ。どんな魔物の力を宿してるのかなーと思って。」
「むむぅ、どれこれか。それにしても魔石を削るなど宝石を加工するよりも遥かに難しいのに流石だな…」
「へっへーん!魔女に不可能なしさー」
「して…、これか。たしかに禍々しいがぁ!!!!!!」
「おお?どうしたアム君、何を感じた?神様?悪魔?」
「神の力…それも並の神じゃない。死と戦乱を司る最高位の神オーディーンの力を秘めた魔石だ!!本人までは召喚されぬだろうが力の一部を発揮される。」
「おおおおお!!超一級品じゃないかー!!死と戦乱ねぇ…。そうだ!これならあの九尾の狐がつかってた霧の魔導を再現できるかもしれない!死の力を射影と混沌に変異させてー…、戦乱の力に混乱強化を混ぜて付加させれば!あの一撃で大体要領はつかめたからね、あれは本来自分に向かう攻撃を空間ごとねじ曲げる魔導だね。ありがとうアム君!!」
「なんと!あの厄介な霧をか!?…どこまで高見にいくつもりだウィーサよ。」
「イリー=コロン様の元までさ!!大爆発したり死の呪いにかかったらよろしくね~♪」
そういってウィーサは再び目を輝かせ、食事も睡眠も最低限に魔導の研究に勤しんだ。
◇ ◇ ◇
英雄としての王賞状など一介の傭兵には不相応と判断してとっくに自宅の物置にしまったモリイ=ユウキはテグレクト邸でもらった報酬と、帝国の悪魔とかいう爽快な男からもらった宝を厚意にしている商会に持ち込んだ。
「先生…じゃない失礼。モリイさん!このような莫大な財宝をどこから!?」
「ん?ああ、ちと大仕事があってな。査定を頼む、信用してるぜ?遠征が必要ならチャラで護衛もしてやる。手数料もいつも通り払うからよ。」
「あ、ありがとうごいざます。しかしあまりに膨大でお時間を頂きます。」
「いいぜ。ちと寝不足だ、ソファー貸してくれ。終わるまで寝てる。」
ユウキが厚意にしている商人たちはまず自分たちでは扱うことができないほどの莫大な宝石や煌びやかな宝剣を丁寧に査定していく。下手な領主の宝物以上だ。未知の宝石に関しては同商会の専門家も呼んで査定する。宝石商は驚愕しながら査定していく、中には古帝国時代の宝剣や自身でさえ未知の鋼や魔導銀よりも堅い水晶のような見た目をした先の尖った58面体の宝石まである。最終的に金貨で2500枚という値段が付けられた。
「ユウキさん査定が終わりました。」
「おうなんぼだ?」
「金貨で2500枚です…。とても我が商会の一支部ではこれほどの金貨を払えません。王都の商会連合まで行く必要があります。」
「マジかよ!?えっと…金貨一枚で日本円で6万から7万の価値だから。億越えか!!命張った甲斐があったってもんだ!いつも通り査定と運送の手数料に2割だったな。え~と金貨500枚がおまえらの取り分、2000枚が俺だな。」
「そん…そんなにいただいても!?」
「いつもの相場じゃねぇか、何を今更」
「そうですが、そうですよね。すみません額が額だったもので…」
「じゃあ行くか。王都ならどういけばいい?」
「はい、荷馬車に積んでマルボ山を越えれば2,3日です。」
「あいよ、じゃあよろしくな!」
マルボ山には大した魔物はおらず、2日で王都へと到着した。持ち込まれた商会連合すらも驚く財宝の量で金貨を集めるのに丸一日かかった。
「では、金貨2500枚を荷馬車に積んでいます。野党に…いやユウキさんならば大丈夫でしょうが気をつけて戻りましょう。」
「あいよ。」
そして、荷馬車に乗った商人とユウキ。ユウキは野党や下位の魔物を次々倒していき無事2日でカリフの町までたどり着いた。
「では本当にこの度は当商会をご利用いただいてありがとうございました。金貨500など…商会の年間の利益に匹敵します。」
「おう、無駄遣いしたり下手に欲かくなよ!そしたら二度と頼らねぇぞ!」
「もちろんです。ではお互い依頼がありましたらお願いします!」
「こっちもな!」
そして商会の主とユウキは堅い握手を結んだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ…、万の時を生きたとはいえ遂に介護までされる身になったか…」
古帝国跡地にある悪魔の城の地下牢。そこで紫の呪縛樹で縛られた九尾の狐はダークエルフに食事の介助をされていた。帝国の悪魔は始めこそ怒りに満ちていたが、魅了の術にかかっていたとはいえ寝室を共にした仲。殺すことも目覚めが悪く地下牢で禁固処分とすることにした。世話係にはダークエルフやゴーストがあてがわれている。始めは脱出の計画も立てたが古帝国の跡地に巣くう呪いや怨霊の力は凄まじく、冥界の呪縛樹まで受けている九尾の狐。とても脱出は不可能だった。
願うことはあの悪魔をだれでもいい、高位の冒険者が討伐して地下牢もろとも破壊してくれることだけだ。九尾の狐は何度ついたかわからない溜息を吐いた。




