犬も食わないような話し & 人を食ったような話し
とある場面で少年と雪のような銀髪に宝樹の髪飾りを刺しベールで顔を隠した女性がおりました。
「あの~、マリーごめん…」
『 … 』
「わざとじゃないんだよ、ただインクこぼしちゃって…」
『 … 』
「この前買った本汚してごめんってば~!」
『 … 』
机の上には黒のインクで染められ真っ黒になってしまった本が数冊おいてありました。銀髪の女性は少年に背を向けて無言を貫きます。安息日に町へ買い物へいって少年と共に選んで買った本でした。
「せめて何か言ってよ~。…もう!僕もしらない!」
少年は今日の鍛錬のレポートを書く作業にもどります。時折自分の愛しの式をチラチラと見ながらでいつもの何倍も時間がかかりました。
「さて、おわりっと。」
お互いまるで誰もいないかのように振る舞うフリをします。
「次の安息日どうしようかな。また買い物いこうかな…」
少年が独り言のようにつぶやきます。
「本買うのもいいな~。でもぼくあまり本に詳しくないからなー」
あきらかに女性をチラチラみながらの独り言です。
『 ぷっ 』
うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ
銀髪の女性が限界とばかりに笑いだしました。そして少年に近づいて良い香りを漂わせながら抱き締めます。少年から安堵の溜息がでました。
『 また デート 楽しみ 』
「ぼくも…。」
そのまま二人はベッドで横になり眠りにつきました。
◇ ◇ ◇
とある場面で緑髪を束ねた少女が苦々しい顔をしておりました。
「あのカボチャ野郎…」
可憐でスレンダーな見た目に似合わぬ暴言を吐く手にはメモ紙が堅く握られてあります。内容はこうです。
〝親愛なるレイチド様へ この度わたくしオーランタンはシーフとしての活動を再開することにしました。手始めにコトボにある、わっる~い高利貸しから根こそぎ財宝を盗みます。もしレイチドちゃんがその気なら捕まえてみてください。私は盗み終わるまでコトボにいます。あのこわ~い銀髪のネーチャンや伝説の召喚術師ちゃんが来たら速攻逃げるけどねぇ。 じゃあサヨナラバイバイ〟
机の上に金貨一枚とこのメモ紙の入ったカボチャが置いてあったのです。窓の鍵は解錠されていました。それだけ置いて逃げていったのです。予告状です。そんな真似するメリットといえば自分をおちょくることくらいでしょう。レイチドはウィーサを連れてコトボの町へと急ぎます。
「レイチド男っ気ないって言ったけどそういえばオーランタンがいたねー!くっついちゃえよー!」
「後ろから剣で刺すわよ…。にしても予告状なんて真似して完全にバカにされてるわ。」
「あはははは、私まだ本物のオーランタンみてないからねー。イリー=コロン様でさえ再現不可能と称したシーフ秘伝の魔導の腕前か~。ちょっと楽しみだなー」
「それを発揮される前にとっつかまえるのよ。そのために行くんじゃない!!」
「いつになく怒るねー。ドウドウ」
場所はコトボにある豪華な建物、高利貸しの館です。物々しい数の近衛兵や高利貸し自ら雇った傭兵や高位の探偵・捜索者が囲んでいました。高利貸しの主は傲慢な性格でレイチドなど駆け出しの探偵を煙たく思っているほどでした。ウィーサに対しても魔力を見る目はないのでしょう邪魔者扱いです。
「感じわるいヤツ~。もう盗まれてもいいんじゃねぇ~?」
「目的はあくまでオーランタン、場所ならどこでもいいわ。それにしてもこれほど数が多くて素性不明の人間を雇う作戦は逆効果よ。変異の魔導で傭兵なり捜索者に混じって潜入されてたらどうしょうもないわ。って言ってもあの高利貸しは聞く耳もたないでしょうね…」
「はーん。見た限りではそこまで膨大な魔力を持ってる人いなかったけどね。」
「ウィーサでも感じとれないか…。実際アムちゃんでも感じられなかったのよ、その魔導を駆使するための膨大な魔力を隠す技術はね。シーフの秘技ってやつよ。」
「マジ!?そんなことまでできるのか!!」
「多分予告状送ったのは高利貸しが近衛だけに頼らず必ず傭兵なり捜索者を自分で雇うと考えたからよ。だから今変異でこの大人数の中に紛れ込んでる可能性が高い。実行時間は交代の見張りなりをしている頃合い。明かりなりを消して数十秒もすれば金庫は空っぽ、いつものカボチャがあるだけってやつよ。」
瞬間、メモ紙が飛んで来ました。それをレイチドがキャッチします。
〝ご名答!さすがだねぇ〟
「あんの糞カボチャ!!!!!!!!」
「うわ、私でも本当にどっから飛んで来たのかわからない。すごいんだね-!流石シーフ。…ってもう字が消えてる!!」
「館の主に見られたらマズイからよ。私がいま直談判しても鼻にもかけられないわ。」
レイチドとウィーサは近衛や雇われ傭兵・捜索者の魔力を見定めますがサッパリです。そして日没もすぎて、各自が交代での見回りと金庫番の係をする時間になりました。
「明かりが消えるなりしたら速攻で光りの魔導の準備、それから土偶化の魔導なり石化なりで固めてしまって!」
「はいはーい。」
レイチドとウィーサは金庫の側に佇みます。しかし翌朝になっても音沙汰はありません。近衛たちや雇われ傭兵・探偵たちにも疲れが見えます。その様子をみたレイチドの顔が青ざめました。
「まさか…、いや油断した!!?」
「どうしたん?レイチド-?」
「多分だけど…、いやもう手遅れだし確かめようがないわ。近衛が20人、雇われ傭兵が15人、探偵と捜索者が10人いたんだけど…数えてみてよ」
「えっと~。あちゃー探偵さん9人しかいないよ!」
「おそらくわたし達にあの消えるインクでメモを出した瞬間よ。この中で一番恐ろしい力を持つ人間…ウィーサの気が散ってる隙にやったんだわ。白昼堂々、近衛や傭兵が取り囲む中ね。探偵として金庫の構造を確認させてくれなり館の主に言って開けさせた。そして見回る隙に既に解錠の魔導を終えた。1回解錠の場面をみたら数十秒どころか数秒の仕事だわ。もはや窓の開け閉めよ。」
「そっかー。高利貸しさんにはこのこと話す?」
「八つ当たりされて終わるわ。もう知らない、最初にウィーサが言ったことじゃないけど気にくわないヤツだし。あのカボチャ野郎本当にやってくれる…!!!」
「レイチドーこわいこわい!」
ふわりと再びメモ紙が舞うようにレイチドとウィーサの元に落ちてきました。
「あの糞カボチャから。もう見たくもないわ…」
「ほぉー、相変わらずどっから飛んで来たのか全然わかんねー。魔力は感じるのにこんなこと初めてだ!」
〝またまたご名答!!おバカな高利貸しで助かったよ!良い線してたし、横の魔導師ちゃんもおっかないねぇ。二人だけなら逃げてたかもねぇ!!じゃあねレイチドちゃんにウィーサちゃん!サヨナラバイバイ!!また会いましょう。〟
「チィ…」
「レイチド!ドウドウ!おっかない!顔がやばいって!女の子がしちゃいけない顔してるよー。」
怒髪天のレイチドを慰めながらウィーサは箒でテグレクト邸に戻りました。コトボの露天で果物を売る茶髪の女性、オーランタンが変異した偽りの露天商はその姿を見て安堵の溜息をつきました。
「いやぁ~。さすがレイチドちゃん!やっぱ盗賊活動を再開するにはこれくらい緊張が無いとね。俺っちの腕もまだ錆びてないかぁ。よかったよかった。」
コトボにある悪名名高い高利貸しの金庫から宝がすべて盗まれてカボチャの中に金貨が一枚だけ残され、雇った傭兵や捜索者・探偵から料金の支払いについてをもめるのはレイチド達がテグレクト邸に戻った後の話でした。




