閑話 アムちゃんの悩み事
「ァァァァァァアアアアアァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!ハナセハナセハナセハナセハナセハナセ!ハナセハナセハナセ!殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスハナセハナセハナセハナセハナセハナセハナセ!ハナセ!ハナセエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエええええええええええ!」
縄でがんじがらめに縛られた若い女性が枯れた喉で罵詈雑言を発し、目には狂気が宿っている。場所はテグレクト邸の客間、その様子を心配そうに若い男性が見つめている。依頼人は若い夫婦で数日前から妻の様子が急変し、何処も手に負えずテグレクト邸を紹介され訪れていた。館の主、第48代テグレクト=ウィリアムが旦那に声をかける。
「では、後はわたしに任せてくれ。その奥様に憑依しているのは間違いなく狂王の怨霊……、かつての古帝国独裁者アムス皇帝の怨霊が、時を経ていくつも分散され力を増した高位の魔物であろう。」
「は、はい。なにやら数日前から様子がおかしく…刃物を持ち私に襲いかかってきたり、言葉もまるで通じなくなってしまったのです。」
「では、憑依している怨霊の解離にかかる。旦那様は離れていてくれ。」
「わかりました……。」
ウィリアムは紋章を縄のように縛り、目に狂気を宿す女性から禍々しい真っ赤な霊魂を分離させた。
「さて、これで奥様は元に戻られるじゃろう。数日の記憶は無かろうが後遺症もないはずだ。」
紋章で縛り上げた真っ赤な霊魂は徐々に消えていき、ウィリアムの式として調伏された。その後女性は目を覚まし、旦那は泣きながら妻の無事を喜んだ。そして目の前の館の主に礼を言って素晴らしい腕前であることを賛美して去っていった。…ウィリアムはその賛美の言葉を苦々しく感じながら夫婦を見送った。
◇ ◇ ◇
今日は安息日、アムちゃんは仕事で客人がきているから静かにと言われていたが依頼人の夫婦は無事に去っていったようだった。簀巻きにされて罵詈雑言を発し、近づけば噛み付かれそうなほど凶悪な目をした女性も正気を取り戻して夫婦仲良く帰っていた。僕は広間で難しい顔をしているアムちゃんに出会った。
「アムちゃんお疲れ様、流石だね。狂王の怨霊をあんな短時間で調伏するなんて。」
「うむぅ…それはよい。ただ少し気にくわないことがあってな」
「 …? 怨霊に逃げられたとか? 」
「あれっぽっちの魔物に逃げられるほど耄碌してなどいない!あの夫婦ときたら帰り際に何て言って去ったと思う!!!?」
「え?ありがとうございました。じゃなくて?」
「 〝まだ幼い少女とは思えない素晴らしい腕前でした。本当にありがとうございます。〟 だ!!館の主と説明もした!第48代テグレクト=ウィリアムとも説明した!何故だ!?何故こんなに見下されねばならぬ!女扱いに子供扱いだ!」
実際まだ12歳だし、僕もフィリノーゲンさんから弟と聞くまで、半月近く女の子だと思っていた容姿だからじゃないかな……
なんて言えるはずもなく、僕は曖昧に言葉を濁した。アムちゃんは館の主、引いては第48代テグレクト=ウィリアムとして威厳をつけるべく、しゃべり方に威厳をつけてみたり、身長を水増しする靴を無理矢理はいてみたり、様々服装を変えたりと色々工夫しているようだが、その努力は女の子のような見た目と声変わりもしていない少女の様な声のアンバランスさに依頼人が困惑するだけで、全てが失敗に終わっている。
「いっそのことプーカでも召喚して、魔王のような姿にでもなればいいのか!?それにひいおじいちゃん…じゃない曾祖父も騎士道物語の中で20歳を超えているにも関わらず〝女性のような容姿をした〟と記載がある!もう一族の呪いではないか!!」
「じゃあもういいんじゃないかな…無理に威厳をつける必要はないと思うよ。」
「兄上はあれほど男らしさを持っているのに何故わたしはこの姿なのだ!?それに体術の鍛錬を積んでもみているが一向に体に筋力がつかぬ!」
「マッシブなアムちゃんはあまりみたくないなぁ…」
「うむぅ、それに人格の統合だ!マリーによる〝幼児退行〟の呪いは少しづつ収まってきているが未だに記憶が飛ぶ!それに前と違い一気に飛ぶのではなく少しづつ薄れるようにだ。自分で幼児の様になっていく様を感じながら徐々に記憶が消えるなど恥もいいところだ!」
激昂するアムちゃんをなだめている中一人の男性が広間にやってきた。
「おっガキ共じゃねぇか!久々だな!どうした、険しい顔して?」
僕たちの会話に入ってきたのは傭兵として大分名を馳せ〝白服の射手〟〝龍王殺し〟など様々な二つ名がつき、最近ではドラゴンの巣という高位のダンジョンに単身で赴き金色龍王もろとも無数のドラゴンや火龍の討伐までしたというモリイ=ユウキさんだった。
おそらくウィーサさんからケンジュウの銃弾や〝ライフル弾〟なる鋼をも貫く弾丸、魔導や物理耐性の秘術を編み込んだワラ人形を買い取った帰りだろう。
アムちゃんは〝ガキ〟という言葉に少しカチンときたようだが、直ぐさま表情を変えてユウキさんに質問をしはじめた。
「そうだ!ユウキ殿、そういえばユウキ殿の元いた世界では〝ゴクドウ〟という仕事は〝男を売る家業〟だとか言っていたな!?」
「あ?まぁ一応名目上はな。ただなぁ…、今のご時世じゃただのマフィアとそんなに変わらないけどな。悲しい話だ。」
「そこで質問なのだが、男らしさとはどうすれば身につくのだ!?」
「男らしさって…おめぇ確かまだ12歳だろ。なにをそんなに焦ってんだよ。」
「私はこれでも館の主であり、王国の英雄の末裔である第48代テグレクト=ウィリアムなのだ!女呼ばわりされたり子供扱いされるなど屈辱の極み!是非そのゴクドウの秘伝をお教え願いたい!」
「極道に秘伝ってほどのもんはねぇよ。そうさなぁ…まず男の顔は生き様で変わる、決死の覚悟をした人間と平穏に暮らす人間じゃあ顔つきが変わるだろ?そんなもんさ。おめぇさんは生まれつき強すぎて自分が死ぬ覚悟を決めるほどの相手と戦ったことないだろ、だからじゃねぇか?」
「ふむぅ…決死の覚悟か。確かにマリー以外でそこまでの覚悟を決めて挑んだ相手はいない。」
「あと野暮な話しだが、そんなに焦んな。まだ12歳なんだろ?そのうち男も磨かれるさ。下手に小細工するよりは目の前の仕事を確実に熱心に、そして決死の覚悟で臨め。おれがおめぇに言えるのはそれくれぇだ」
「うむぅ、たしかにしゃべり方や体つきで小細工など第48代テグレクト=ウィリアムとしてあるまじきことであった。…ユウキ殿感謝する。」
「はははは、俺も人に言えたガラじゃあねぇけどな。じゃあなガキ共!死んでなきゃまた会おうぜ。魔物について詳しく聞きたいことがあったら聞きに来ても良いか?」
「ああ、ユウキ殿にならばいくらでも教えよう。魔物の生態についてはわたし達は専門職だ。完璧を約束しよう。」
「そうか、そりゃあ頼もしいね。仕事があるから帰るぜ。アムはあの兄貴仲良く、シオンはマリーとかいう不気味な女と仲良くな!」
そういってユウキさんはテグレクト邸から去っていった。
…それからアムちゃんは少し変わった。しゃべり方に威厳をつけるのはすでに癖がついたようでそのままだが変に〝威厳〟にこだわらなくなった。あくまで自然体で依頼・調伏・鍛錬を行うことにより、一層力を付けているようにすら見えた。
そして数十日後、今回の依頼はそのアムちゃんを変えた切っ掛け、ユウキさんからの依頼であった。レイチドが調査をおこなった魔物であり、今だ新種で生態がわからない魔物についての情報を買い取りに来た。なんでもその魔物が住む竹林のダンジョンで護衛件討伐の仕事が入ったそうだ。
「紅孔雀か…正直ユウキ殿とは相性が悪い。変異を得意とする魔力の強い魔物で、何もしない分にはおとなしいが自身の縄張りを荒らす人間とみなされたら竹林の竹が槍のように襲ってくる。そして名前の通り普段は緑の鳥だが、臨戦態勢にはいると羽根が真っ赤に染まる。そのマスケットで打ち落とすとしても既に竹林には無数の紅孔雀が生息している。数の暴力で敗れる恐れがある。」
「なるほどな、確かに竹槍まで銃で打ち落とす自信はねぇな。竹ぐらいなら刀で切るって手もあるが…。」
「そうか、そういえば異様に鋭利な剣をもっていたな。竹は堅い植物だが切れるのか?」
「ああ、前の世界でも刀扱う練習にその辺の山に入って竹を切ってたくらいだ。じゃあ、孫六の刀を良く研いでいかねぇとな。あとはなるべく事が済んだら刺激しないように通ればいいわけだ。よっしゃ、ありがとよ情報料金はいくらだ?」
「いらん、次からはもらうがこの前の礼だ。」
「は?俺なんかそれほどのことしたか?」
「ニヒヒ、秘密だ。とにかく生きて帰ってきてくることね。」
「…あぁ?お、おう。おめぇも元気でな。ありがとよ!」
アムちゃんの突然の子供らしい仕草に動揺したユウキさんは武器を片手に傭兵の仕事へ戻っていった。




